2006年03月19日

若いから

「若い今だからできるんだよ」
僕らに会う人会う人ほとんど100%口を揃えて言った。
「いやー」「どもども」「そうっすねー」としか言えなかった僕も同罪。
本当はこう言い返したかった。
「俺は40過ぎたってこれぐらいできるね。」と。
応援してもらって本当にうれしかった。でも「チクショー、若いと損だ(何がだ)」とも確かに思っていた。
きっと彼らは「大人になると体力も無くなるし、家族もいるし、冒険しようと思うと色々面倒なことがあるから」という気持ちで言ったんだろう。
「若いと暇があって好きなことできていいね」ってことじゃんか。
僕がひねくれているだけですか。

思うんだけれども、例えばあなたが5歳とか6歳の時、大人たちが考えている以上に「分かっていた」はずだ。お母さんの感情の揺れ動きだって、先生が嘘を付いていることだって。そんで一生懸命生きてた。
でもさ、なぜだか大人になるとそれを忘れて年下の事を軽く扱う。
今時の若いものは分からん なんつって。アホかと。
いつだってその時なりに大事なもん抱えてたはずだろう。
中学生の時だって「大好きなアイツのために死んでもいい」って思ってただろう。
オヤジたちオバちゃんたち、どうか老け込まないでくれよ。
元気出して人生楽しんでくれよ。
必要以上に年齢感じないでくれよ。

ああ、あの時はこう言い返せば良かったのか
「そんな仙人みたいなこと言わないで、元気出してがんばりましょーよっ」って。
熱いオッサンの友達だっているし、かっこいいです。男が友達になるのに年齢差なんえ関係ない。
僕はおっさんになってもバカやり続けたいです。

(たっちゃん付き合ってくれるかなあ…)

旅は道連れ

女二人旅はよくある話。
男の二人旅ってのはなんか怪しい響きを持ってる。
「山根君と陣内係長、二人でバリ行ったらしいわよ ヒソヒソ」
「あの二人、デキてるのよ。キャーー(はあと)」
それなんてレディコミ  って感じだな。
(レディコミなんて殆どみたことないけど)

アホな話は置いといて。
僕が旅を思い出すとき、脳内スクリーンに映し出される景色はいつも明け方。
秋田県鳥海の道の駅目指して走った一晩だ。
この夜、僕らは一番喋った。
昔好きだった女の子の話だとか、中学の時の友達の話だとか、本当にたくさんのことを喋った。
一人旅のほうが自分をよく見つめられる、と旅人はいうけど。
二人旅には二人旅の良さがあるんです。

たとえばひとつ、僕はそれまで知らなかったんだけど、過去の話ってすっげえ楽しい。
共有している話題メインの会話に走りがちな日常だけど、たっぷりと時間のある旅では昔話(共有していない)ができるんだと思う。
「そうそう、あん時ムカついたよなー」
じゃなくて、ただ一方がずーっと喋って、もう一方が「ふんふん、それで?」っ会話。意外とこれが何時間でも続いた。すっげえ楽しかった。
妙にウマがあってこんな旅しちゃってる二人だけど、実際初対面から会って2年そこそこ。ところがどうだい、5年前の話だってできちゃうんです。
これって熱いと思いませんか?
二人旅万歳ですよ、大ちゃんちのトマト万歳ですよ。
いま僕はただ「旅してよかった」ってことを伝えたいだけで、書いてるんすよ。

そういうわけで、旅のことをジワリジワリと書いてみます。

ひさしぶり

ひろきです。
旅が終わり秋が来て冬が去って春の気配すら感じられます。
面倒くさいごちゃごちゃも落ち着いて、僕は6月からアメリカの大学に通います。
ほったらかしになってしまっていたこのブログでしたが、渡米までにはまとめたいと思います。
あの時応援してくれた皆さん、本当にありがとう。がんばってよかったと思います。
旅のことを思い出さない日はない。
だがほったらかしになっててものを忘れて、いい思い出だけに浸ってるのも気持ちよくない。

2千キロ漕ぐよりはずっと楽だろう、書き始めてみよう。

2005年09月18日

おわって3

 さて、出発が夜だったので当然ながら気温がどんどん下がってきました。エロ本販売機で雨をしのいだ日の寒さも中々でしたが、やっぱり日本の避暑地・北海道はレベルが違います。たっちゃんは防寒着として長袖のポロシャツ、下用にはウインドブレーカーを装備していました。しかしながら僕は東京人、まさか長袖にお世話になる機会があるもんかと、たかをくくって長袖なんて一枚も持っていなかったのです。むしろ「たっちゃんアホだな。長袖なんて使う訳ねえじゃん」なんて毒づいていた始末。自然の神様はナメられるのが大嫌い、ってことを忘れてしまっていました。どんなときでも自然をバカにしてはいけません。僕の防寒着は百均で買った雨具(上着のみ、肩から脇にかけて破けている、100円)だけでした。下はサイクル用の風邪を通すスパッツみたいなやつ(長さは太ももまで)。最初は無口になり、次第に大声で歌を歌い出し、最後には「サムイサムイサムイサムイどうしてサムイサムイさむい!!!」狂ったように叫びまくりました。ガタガタブルブルを体現するって、どうなんだろう。そしてついに、これだけは書きたくなかった僕の寒さへの対抗策が登場。

これだけは書きたくなかった。ダサすぎる。多分誰にも言わないで居てくれているたっちゃんも、これを読みながら今「言っちゃうのか!」ってドキドキしてると思います。

僕ですね、…銀マットを腹に巻いて走っておりました。寝るときに下に敷く、銀マット。

あれを、こう…腹にがっちり巻き付けて、得意のガムテープでしっかり固定して。その上に破れている雨がっぱを着て。まさに破れかぶれとはこのこと。その様子は土管の中に入れられた虐められっ子、もしくは布団で簀巻きにされた虐められっ子。修学旅行では布団を体に巻き付けられて苛められる奴が必ずいるけど、自分の意志でこんな姿になるなんて、それまでの人生で想像した事があっただろうか。(いや、ない。)

ああ書いてしまった。俺のこの勇気、たっちゃんも讃えてくれるだろう。

肝心の効果の程はと言うと、「バツグンね!」とは行かないまでも、風邪ひいたときにネギを頭に貼付けてみちゃうような民間療法よりは、確かに遥かに優れていました。着けて10分は変わらず「サムイサムイ独奏曲」が夜の国道に響きましたが、次第に声も小さくなり、無言で走るようになり、ついに話せるようになりました。す、すばらしい。夜道を走る銀色の簀巻きのチャリダー(下は半ズボンん)。トラックの運ちゃんもビックリしただろうな。

ちなみにこの優れた防寒スーツも、一度外すと暖まるまで長い時間を要するという灯油ストーブみたいな性質を持っていて、コンビニに入るのと、休憩するのが嬉しくもなり悲しくもなり、という代物でした。

つづく

2005年09月15日

おわって2

北海道には、長い長い国道36号線ってのがあって(通称サブロク)、それをひたすら走れば札幌まで辿り着けるとのこと。

サブロクに合流すると、標識には「札幌まで 132キロ」の文字が。
なんて正確なんでしょう僕らのユビ定規。昔の人は指とか足とかで長さ測ってたんだもの。

疲れているはずなんだけど、僕らはなぜか眠くもなく、疲れもあまり感じていなかったように思う。
北海道に帰ってきたことと、思っていたよりは長かったけどももう少しでゴールだということが、きっとアドレナリンとかそういうホルモンみたいなのを出させていたんだろう。
とにかく、謎の「北海道パワー」のお陰で僕らはガンガン走った。


「おい、上見てみろよ!」
星空が広がっていた。日本中の星空を見たけど、他の何処の星空とも、何かが違う気がした。
北海道民のひいき目だと言われたら、「そうかもね」って簡単に引き下がるかもしれないけど。
見える星の数が根本的に違うよ。どの山道より琵琶湖より多い。
都会っ子はこんな星空見たら「プラネタリウムみたい」なんて言っちゃうんだろうな。
プラネタリウムは本来星空を象ったものであるからして、星空を見てプラネタリウムに例えるなんてことは根本的に違う気がするし、ひょっとして人間の愚かさを表現してる。
次にプラネタリウムに行ったときは「北海道の田舎みてえ」って言おう。

とにかく、本物の星空の凄さって言葉にできない。
何かに比喩したいけど、似た様なものなんて思いつかない。
「例えようもない素晴らしさ」なんて言うのは簡単だけど、誰かが言ったような言葉じゃあ駄目だ。
詩人ならたくさんの言葉を使って表現するんだろう。

ちなみに俺が「この空を何か例えなければ殺す」って試練に直面したら、「毛穴」って言っちゃいます。


次に気が付いたのは道(みち)のこと。
どっかの数学者が「直線というものは存在するか」で悩んだって話を聞いた事があるけど、北海道の道はかなり「直線」だと思う。
目に見える限界まで、真っ直ぐに道が続いていた。前を見ても後ろを見てもカーブが見えない。
足は動かしているんだけども、自分がどれくらい進んだのか、そもそも進んでるのかどうか分からなくなる。
曲がり角は、どれぐらい進んでるのかを量る良い目安になっていたらしかった。
北海道のこんなロードでマラソン大会があったら、みんな自分のペースも距離感も分からなくなって面白いレースになりそうだ。
俺はこの真っ直ぐ続く道が大好き。


恐れていた勾配は殆どなく、あっても2〜3分で登りきってしまう様な緩い坂しかなかった。
久しぶりに立ちこぎでぶっ飛ばす事ができた。
立ちこぎは加速もいいし、登り坂を一気に制するには一見楽に思える。
だが、立ちこぎは体に意外と大きいダメージを残す。
特に次の日、膝や腰が痛くなるのだ。旅の序盤ではそれに気付かずに、ギアを一番重いままにして立ちこぎで一気に坂や峠を超えていた。その日は「楽勝だったな」と思うのだが次の日に関節が軋み出す。
それに気付いてからは、坂道ではギアを軽くして、中々進まないのを我慢してジワリジワリと坂に挑むようになった。そうすれば翌日までダメージが残る事はなかった。

ギアチェンジは大切だよ、って話。
それに気付かずに走りまくっていたことは言わないでね。

まだつづく






2005年09月10日

おわって1

みなさんお待たせしました。
ゴールのあと札幌でまったりして、東京に戻り次第報告しようと思っていたのですが、学校が始まった途端に途方も無く忙しくなってしまい、パソコンに触れられぬまま今日になってしまいました。

待っててくれたみなさん、ごめんなさい。

それでは旅を終えての感想をちょっとばかし。


青森からフェリーに揺られること6時間、爆睡する相棒が心配になった。
明らかにげっそりしてたからね。たっちゃんはいつ「大丈夫か」って聞いても
「あと100キロは走れる。」なんて答える。ホントのところは分かりにくいのよ。
まあ流石に20日以上ずっっっっと一緒にいるんだから、何考えてんのかなんてバレバレなんだけど。
到着の雰囲気で目を覚ましたけれども、疲れが取れた気配は感じられなかった。
でも残すところはあと80キロちょいらしいし、のんびり北海道を楽んでゴールしよう。

な〜んて思ってたら大間違い。フェリーを降りた途端、冷たーい風に攻められて、あえぎ声が漏れた。
あぁっ、あふっ……ぁ…なんて悶えながら、早速ローソンで暖まる&食料の補給。
ローソンでは、店員の若い女の子が、店内に入った虫を捕まえようとしてキャピキャピやっていた。
「久しぶりの若い女の子の声だ……」とかたっちゃんが思ってたはず。
「楽しくツーリングだルンルン♪これで最後とは寂しいな。日本大したこたねえな〜」
満身創痍のくせに余裕をかましながら地図を捲ると、ここで衝撃の事実が発覚した。
やっぱ謙虚さってのは忘れるもんじゃない。
僕らみたいなバカチャリダーなんて、おとなしく「ニッポン様、もう少しだけ、どうかお手柔らかに…」
なんて言ってりゃ良かったのだ。
 

あqwせdrftgyふじこlp;あzsxdcfvgbhんjmk、l。
誰だ、札幌まで80キロなんて言ったのは。
80キロって


直線距離じゃねえかっ!!!!orzorzorzorzorz

室蘭札幌間って、どんな道使っても一直線なわけがないじゃないか。
指を使って測ったところ、ざっとその距離


130キロ

青森県一気に走り抜けて、ギリギリでフェリー乗って降りたと思ったらまた130キロ。
制限時間まであって、10時間強で130キロ。
おっと、今「チョロいじゃん」なんて思ったチャリダーの方は反省して。
荷物は減ったとはいえ、ママチャリはママチャリ。時速20キロで走れるのは元気な時だけ。
ヘロヘロ君には厳しい話なのよん。
あーあああ


グダグダ言ってないで、取りあえず走り出すとしますか……




2005年09月09日

遅れて申し訳ありません

こんにちは。しばらくぶりになってしまいましたが、管理人のhanaです。

無事旅が終わり、3週間ほったらかしていたデルピエロも無事生きていて、ついに早くも、ひろき君と私は学校が始まってしまいました。

多くの皆さんに、情報を頂き、助けていただいたのに肝心の旅人二人からメッセージが貰えなくてやきもきしています。

今日とりあえず暇なたつやくんだけ先に登場することになりました。

ひろき君は、週末に書かせますので、ぜひ週末もう一度このサイトを訪れて下さると嬉しいです。待っていてくれた皆さん、ごめんなさい。

せいのたつや

ずいぶん遅くなってしまってすみません。せいのです。

日本縦断で3週間の長旅を経験しましたが、札幌着いた翌日、30日が結局一番ハードでした。
長旅の疲れで起きたのは夕方。休み休み寝て気づいたら24時間経ってました。すぐにさんま祭に参加。脂ののったさんまを焼きと刺身でいただきます。
「海の恵みを存分に蓄えたこの脂身は舌の上で華麗で重厚な旋律を奏でているね」
1匹目は文句なくおいしかったけど、2匹3匹と食べ進むにつれクドくなって思ったように食べれませんでした。でも満腹。もう脂身が気持ち悪い。
そのあとにフットサル。相手が強くてなすすべもなくボコボコにされました。脂身にやられた部分も確実にありますがそれ以前の問題でした。そして久々に走ったことでとにかく疲れた。体力的には旅のどの日よりやられました。いくら自転車乗ったところで走る体力全然つかないですね。

フットサルの筋肉痛をつれて31日からは2泊のキャンプです。岩内の立派なコテージに泊まりながら積丹にも足を伸ばしました。車は便利。積丹の海にはウニがいます。本気になればおいしいウニがたくさんとれます(密漁)。が、時期がずれてたみたいでちっちゃいのしかいませんでした。
しかし積丹まで来て海産物を食べ逃すわけにはいかないので店に入りました。入ってみると客がいない客がいない。味は問題ない、って評価も失礼なぐらいちゃんとしてたのに。
しかもサービス精神旺盛で山盛りのイカ刺しを2皿もサービスしてくれました。
「イカはとれたてよりこれぐらいの方がおいしいんですよ」
……なるほど。まぁおいしかったからいいですけど。
そしてその店はなんとカラスを餌付けしていました。エサならいくらでも余ってますもんね。なついたカラス達のおかげで余計エサが増えてることに早く気づいてほしいです。カラスがそこまで狙って騒いでるなら恐ろしいですね。
キツネ
積丹にいたキツネ。

札幌帰ってきてまだ10日だけどほかにも飲み会したり映画見たり、幸せです。もうちょっとのんびりしたら仙台に戻ります。

今回の日本縦断では旅支度や縦断中、達成してからもたくさんの温かい声に支えられました。それなしにも成し遂げられる自信はあるけど、きっともっと苦労してそのくせ味のうすい旅になってるでしょう。こんなとこでひと言ふた言ぐらいですべて言い表す、粋な文句を持ってないのが残念です。旅の中で受けたたくさんの優しさも出会いもみんなの残してくれたコメントもかなり支えになりました。心底感謝してます。
長旅とはいえ約1ヶ月の短い間見守ってくれたみなさん、ほんとにありがとうございました。

2005年09月02日

旅が終わって

札幌についてから2日経ちました。
彼らは着いた途端休む間もなく次の日遊ぶ予定を立て、しっかりと遊んでいました。さすがです。
ちなみに、ひろき君は学校に間に合いましたよ。1週間休む(遊ぶ)暇がある程です。

さて札幌に着いてからひろきとたつやのふたりから何かみんなに向けて、言いたいことがあると思っていたのですが(みなさんもそれを待っているかと思いますが)、一向にその気配がありません。
たつやに至っては、昨日からまたキャンプに行ったそうです。
私は彼らに、いったい最終日何卅ったのか教えてもらっていません

どうか二人が登場するまで、もうちょっとだけ待っていて下さい。

ちなみに今日、彼らが荷物を軽くするために私に送ってきたテントが届いて、なんだか「おかえりー」という気分になりました。
テントを貸してくださったぴなぷりさんほんとうにありがとうございます。

写真は紹介し忘れていた、日本海の写真です。
日本海日本海2

2005年08月30日

最終日

ラスト30辧ゴールはもうすぐ。
長かったこの旅がやっと、やっと終わろうとしている。
寝てない、休んでない、時間がないの三拍子そろっていた彼らを一番追いつめたのはこのラスト30劼任靴拭札幌までの距離表示は、どんどん縮まっていくのは目に見えてるのに。今までで一番感動的で、一番つらい時でした。

もう寝てるのか起きてるのかもわからない、足を動かしてるのかどうかも定かでない、手は痺れてくる。体調は最悪。
そんな状態で自転車に乗る人が、どこにいますか??


場所は変わって朝9時、札幌の真ん中大通公園テレビ塔。彼らの知人友人そうでない人等々20人以上集まってくれました。
昨日、急に帰ってくる時間が決まり、急に呼びかける形になってしまいましたが、それでもこんなに集まってくれて、ありがとう。

なんとブログを見ていたひろきのお母さんが来てくれたのですが、そこでひとつハプニングがあったらしいです。まだ彼らが来る前、迎えに来てくれた彼らの友達の一人のことを、お母さんがひろきと間違えたとか。
ひろきは後に「かーちゃん俺の顔忘れたのかよっ」って言うハメになったそう。

9時を過ぎ、まだ来ないねと待っているところに、ひょっこり表れました。
ついに最終地点へと到着した彼らが。
到着時

彼らを見て、黒くなったと連発しながら喜ぶお母さん。
ゴールした彼らの為に、彼らの友人が手作りの「バカMVP認定書」の賞状と、トロフィーを用意していてくれました。昨日の今日なのに嬉しい事をしてくれます。
その後彼らを待ち受けていたのは「スープカレーソフトクリーム」
新札幌名物。らしいのですが、味の方は全員で「まずい!!!!」と騒ぎました。

その後たつやのお母さんとお父さんが交互に会いに来てくれ、
なんと、何度もこのブログにコメントしてくれていたチャリダーのハムさんが来てくれました!
ハムさんは札幌在住だったのです。
ハムさん
まさかブログで出会った人が会いに来てくれるなんて思ってもみませんでした。
駆けつけてくださってありがとうございます!!!

しばし公園にたたずむ彼らに、公園のおじさん話しかけられたり、たまたま通りすがった趣味でサイクリングしている人が「日本縦断中!!」の旗を見て、二人が今から日本縦断するのかと思い話しかけてきてくれたりしました。

ひととおりみんなが帰った後、ぐだぐだしていると(これが彼らとその友達のいつもの調子なのですが)現在旅行中のライダーさんが話しかけられました。
こんな調子で旅の途中ずっと、色んな人と交流してきたんでしょうね。

最後に集合写真。ひろきとたつやが黒く目立っています。
全員集合1全員集合2
ちなみに一番前に居るのが、ひろきママにひろきと間違われた彼。

最後の最後まで、みなさんの応援にどれだけ支えられたことか。
応援のコメントを入れてくれたみんな、旅のアドバイスを細かくくれたチャリダーさん、掲示板で話を聞いて「こっちの道を行け」とアドバイスしてくれた山口県のみんな。
道ばたで話かけてくれて元気をくれたみなさん、差し入れしてくれたり、温泉を奢ってくれた沢山の神様。とつぜん会った彼らを泊めてくれたあの人。
今日駆けつけてくれたみんな。そしてずっとこのブログを見て見守っていてくれた大勢の方々。

これを言うのがこれで最後の最後だと思うと何だか感慨深いですが、

本当に、どうもありがとうございました。

ついにやってしまいました日本縦断!!!!
現在位置

北海道

24日目 札幌到着!!!!!

PROFILE
せいのたつや・いとうひろき
詳しいプロフ>>
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