【新生スープラ(A90)】
先月頃から、Webや自動車雑誌に、カモフラージュ柄で覆われた新型スープラの写真が盛んに登場するようになっていたが、000先日始まった米国デトロイトモーターショーでは、いよいよ新型スープラの姿が公開されました。BMWとの共同開発で、新型Z4と同じパワートレインのようだが、オープンのZ4と違って、クーペタイプのみのようですね。GR系デザインに仕上がっているボデーは、波打ったラインでボリューム感たっぷりですが、くぼみも多く、少し個性的すぎるようです。フロントガラスやサイドウインドウも含めた顔つきは、トヨタ「C-HR」と同じように、ガンダム顔に見えてしまいます。(写真は「CARVIEW!」から拝借)
日本でも5月頃に3代目スープラとして発売されるようですが、このままのスタイルで登場するのでしょうか。きっと運転することもないし、眺めるだけなのでスタイルしか関心がありません。でも、やはり昔のプレーンなスタイルの「初代スープラ」の方が街に似合うように思います。


【初代スープラ(A70)】
 「セリカXX」が2代で終え、その後継モデルとして、今から22年前1986(昭和61)年6月に登場したのが、A70型と呼ばれた「初代スープラ」です。カタログはモデル末期の1992(平成4)年3月発行のもので、A4判横開き全30ページにわたっています。
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セリカXXの直列6気筒を継承し、デビュー当時は「トヨタ3000GT」と称していたように、3リッターターボ(230馬力)がラインナップされていたようですが、その後、改良・変更が行われ、このカタログの最上位モデルは、2.5リッターツインターボ(280馬力)が搭載されています。また、足回りには、全グレードに2000GT以来の4輪ダブルウイッシュボーンサスペンションを標準装備し、最廉価版を除いた他車には4輪ABSシステムが標準装備されていました。
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曲面を多用した2代目ソアラから5か月遅れでデビューした「初代スープラ」は、ソアラと同じプラットホームであり、スタイルポリシーもよく似ていた。ドアモールとバンパーモールで四方を巡らしているのもそっくりだ。だが、リトラクティブヘッドライトが特徴のスープラは、バンパーと一体となったスラントノーズが美しい。サイドリアウインドウとハッチバックドアがピラーレスかと思うような大胆なリアウインドウガラスも美しい。エアロトップで走ったら気持ちいいだろうな。あまり華やかさはなかったように思うが、どこから見ても美しい車でした。
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1993(平成5)年5月に登場した2代目スープラ(A80)も、走行性能は際だっていたようですが、丸っこくなったそのスタイルはとても美しくは感じませんでした。


【アクセサリーカタログ(A70)】
1991(平成3)年11月現在のものだから、モデル最終のカタログでしょう。
[FUNCTION] ワイヤレスドアロックリモコン、オートワイパー、コーナーセンサーなど
[DRESS UP] BBSアルミホイール、ストライプ、ステッカー、シートカバーなど
[COMFORT] CDオートチェンジャー、サンバイザー、自動車電話など
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この頃からアクセサリーカタログをしっかり作りだしたのか、私が7代目カローラを購入したのが1991年6月だったが、やはり別冊アクセサリーカタログ(全12ページ)が用意されていて、オーディオ、ワイヤレスドアロックリモコン、ハイマウントストップランプなどを取り付けたことがありました。

ミゼットは、MP5型の販売終了をもって絶版したと思っていましたが、それから24年後の1996(平成8)年4月に、4輪の「ミゼットⅡ」として復活したのです。カタログは発売時に発行されたもので、A4判全12ページです。紙質はコート紙ではなく、和紙みたいな感じです。
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表紙裏ページには「・・・・父は地球、母はダイハツ、そしてこれからあなたに育てていただきたい、わたしがミゼットⅡです」なんて、よくわからないコメントがあります。ミゼットMP5からどのように進化したのでしょう?

MP5に比べ、ボデー幅は4cm広がっていますが、全長は18cmも短くなっています。二人乗りだったのが一人乗りになったものの、キャビン(運転席)はそれなりに余裕を持たせたスペースになっているので、当然荷台長が12cmほど短くなっており、最大積載量も350kgから150kgと少なくなっています。最小回転半径も3輪では2.7mでしたが、4輪になったので3.6mと大きくなっています。さすがにエンジンは、空冷2サイクル単気筒305cc/12馬力から、水冷4サイクル3気筒659cc/31馬力と大きく変化しています。デビュー時は4速マニュアルフロアシフトのみだったようです。
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エクステリアの違いで、Bタイプ、Dタイプ、Rタイプの3モデルがあります。最も特徴的なのはスペアタイヤをフロントに置いたことですが、その両脇に大きなヘッドライトを配置したスタイルは、なんだかシトロエンバス(Hトラック)に似ているようにも思えます。荷台の柵は、アオリと呼ばれるスチール製のバーになっていて、Rタイプのみ樹脂製になっています。ホイールはキャップのないスチール製のみです。
インテリアもかなり割り切っていて、ダッシュボードはメーターが中心に置かれ、左側にファンスイッチが、右側に送風口らしきものが見えるだけです。左側ドアは開閉できたものの、ガラスウィンドウは開閉できない固定式だったようです。


このようにオリジナルの「ミゼットⅡ」は非常に簡素な装備でしたが、「あなたに育てていただきたい」とコメントされているように、アクセサリーカタログが別途用意されていました。購入者がどれだけアクセサリーを取り付けたかは疑問ですが、個性を発揮できるように豊富なアクセサリーが用意されていたのは好感が持てます。
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その後、ATコラムシフトにして二人乗りにしたモデルや、荷室をハードパネルで覆ったカーゴモデルや、エアコン装着車などが追加されたようです。さらに、軽自動車規格や衝突安全基準の変更を受けて、1999(平成11)年にはマイナーチェンジされて後期型となり、スペアタイヤが荷台に移されたり、フロントバンパーが大きくなったことから全長が長くなりました。このようにいろいろ改良もされましたが、「ミゼットⅡ」は5年余りで販売を終えてしまいました。


四半世紀を経て新発売された「ミゼットⅡ」でしたが、ミゼットMP5の有意性に比べて、なんか中途半端なモデルだったように思います。

001今からちょうど47年前の1972(昭和47)年1月にダイハツから送ってくれた封書が2通残っています。その前年12月でダイハツミゼットは生産を終え、1月末で販売を終了するという時期だったようです。おそらくこれを知った私がカタログを請求したもので、それに対する返信文書のようです。

上段の封書は、ダイハツ自動車販売(株)東京本部から「年末年始の煩雑さにまぎれ、あるいは品不足などもあって本日まで遅延したことをお詫びします。印刷物又は代りのものを本日遅らせてもらいました。」という趣旨の文面です。

下段の封書は、ダイハツ工業(株)京都工場から「お手紙を拝見しました。早速、ミゼットに関する資料を探しましたが、あいにく手元には何の資料も残っておりません。やっと見つけましたが、英文のものです。これでも少しは役に立つと思いましたので送らせてもらいます。」という文書を添えて、ミゼットのカタログを送ってくれたものです。

当時、10代の私がどんな手紙を送ったのかわかりませんが、こうして東京本部車両部拡張課と京都工場が連携して、丁寧に対応してくれたことに改めて敬服いたします。

そのカタログですが、10cm×21cmの変形判、横開き全12ページカラー刷りです。さらにページ間には、半分の大きさに説明文が書かれた紙面が10ページあります。
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紙面はすべて英文です。車名は MIDGET でなく TRI-MOBILE (トライモービル)です。東南アジアを対象にしたカタログと思われますが、表紙はジェット機を牽引するミゼットです。ページをめくると、日本の港で船積みされる様子のほか、アメリカ、ビルマ、香港などで活躍している写真が並んでいます。その横には「特に実用性と経済性を重視した設計で、小型・軽量であること、修理の容易さ、耐久性があること、燃費がよいことから、最小のコストで最大の性能を発揮する」と説明されています。後ろヒンジ前開きドアなので、乗降性は良さそうですね。
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別ページには「貨物スペースが広いため、酪農、農業、商売や産業など広い用途に使える」「荷室が覆われているので、雨、日光、ほこりから守れるため、郵便配達、洗濯物や食料品の配達などに適している」「パキスタン、インドネシア、カンボジア、タイなどでは4人乗りタクシーとして活躍している」「ガソリンとオイルは別々に給油し、自動的に混合する2サイクルオイルマチックのためオイル代を節約できる」などの説明もあります。
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末尾には「遠隔制御室から管理する最新製造施設で、厳格な検査手順で製造しており、本社工場の中央管理室ではコントロールパネルで製造工程を把握している」と会社のアピールも。裏表紙に記載されたスペックでは、単気筒強制空冷2サイクル、排気量305cc、12馬力、最高速度65km、前進3段・後進1段、燃料タンク15リットルなどとなっています。

では、いつ頃発行されたカタログなのでしょうか?
全長が当初の2885mmから2970mmに延長され、運転席のルーフがキャンパストップから全鋼製キャビンに改良され、オイルマチックが採用されているなどのことから、このカタログは「MP5型」と推測されます。MP5型でも後期型はヘッドライト側面にサイドマーカーが追加されたそうなので、このカタログは「前期型」のものと断定できます。
つまり、1963(昭和38)年4月~1969(昭和44)年8月の間に発行されたものと思われます。
英語が得意な方は、ぜひカタログの詳細を読んでみてください。

001002娘が応募していた「新春吉本の招待チケット」が年末に当選した。会場は神戸だったが、娘からチケットをプレゼントしてくれたので、E46の快調な走りを楽しんできた。
もちろん、私はいまだ吉本の劇場すら一度も行ったことはなく、新喜劇や漫才をまだナマで見たことがなかった。

見取り図というコンビは初めてだったが、トレンディエンゼルテンダラーはテレビでおなじみだ。久しく見ていなかった西川のりお・上方よしおは今も手堅いコンビで、最近話題になっている有名人の特徴をつぎつぎと取り上げ、うまく風刺していた。どのコンビも相方とのやりとりのテンポは素早く見事だった。だが、もう古参となった坂田利夫はセリフがなかなか口から出てこないため、シンクタンクら4人でやるコントはアドリブでやらないといけないシーンが多く、見ている側もヒヤヒヤした。もうそろそろ引退してもよいのでは?

内場勝則池乃めだか間寛平を柱にした新喜劇も、ときおりアドリブとなりながらも、会場を笑いの渦に包んでいた。日頃あまり見ない私でもストーリーが読めてしまう定番のお笑いなので、ちょっと醒めた私もいたが・・・・。

大御所のオール阪神・巨人は新喜劇の前に出番が予定されていたが、まだ来ていないということで新喜劇のあとに変更された。登場した巨人は「初日の2日の出番より1時間早かったことを失念し、喫茶店でいたため遅れた」と観客に説明して謝っていた。こんなハプニングも、笑いとして許されてしまうところが " お笑いバラエティーショー ” だな。

平成31年(2019年)の元旦を迎え、7時6分にきれいな初日の出が見られました。
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あと4か月で新しい時代になっていきます。災いが強く印象に残った平成の時代でしたが、改元後は、経済も盛り返して、幸せを実感できる新時代になってほしいものです。

ところで、どういう訳だかレコード大賞を受賞できなかった DA  PUNP の「U.S.A」でしたが、昨夜のNHK紅白歌合戦では大いに盛り上がりましたね。また「Lemon」が大ヒットした米津玄師が地元の大塚国際美術館システィーナホールから生中継されていたことは、県民としてとても喜ばしいことでした。20190101でも今回の紅白は、持ち歌以外の不似合いな歌だったり、聞いたことがないコラボ曲や知らない新人さんの歌だったり、つまらないコントが多かったりして、なんだかこれまでの歌合戦と違った方向に向かっているように感じました。今年もウッチャンの司会がうっとうしく感じました。早々にグチってしまいました。

築30年となった我が家は、昨年11月に3度目の化粧直しを行い、リフレッシュできたことで、これからも充実した気持ちで過ごせそうです。

皆様、どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。

1970年代のユニークなスタイルのクルマとして「ニュー・シルビア」を取り上げます。

“クリスプカット”と呼ばれた、開口部以外に継ぎ目のないボディの初代「シルビア」は、1965(昭和40)年4月に発売されたが、大きな販売実績もないまま、3年後の1968(昭和43年)6月に500台あまりで生産を終えたようだ。

しかし、7年後の1975(昭和50)年10月に2代目となる「ニュー・シルビア」が発売された。B5判程度のやや小さめの全16ページのカタログの発行時期は、その前月になっている。表紙の車名は「SILVIA」だが、下方に「時を得て、いま甦る。クルマを極めたクルマ《ニュー・シルビア》」と表記されているとおり、「NEW SILVIA」又は「ニュー・シルビア」が車名である。ボディの両サイドとテール、ダッシュボードのロゴもそうなっている。
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 “スペシャリティカー” と称していたスタイルは宇宙船的でユニークだ。サイドウインドウとルーフラインがケンメリ・スカイライン2ドアハードトップによく似たピラーレスハードトップだ。そのリアスタイルはなかなか美しかった。だが、スペシャリティカーなのに、ホイールベースは短く、トレッドも狭い。しかも、フロントもリアもオーバーハング部分が薄っぺらいので、腰高なスタイルとなってしまっているのが残念だ。
当時、ロータリーエンジンの搭載車として開発されていたという記事を見たように思う。3代目シルビアは、この宇宙船スタイルをキープコンセプトすればよかったのに、4年後のモデルチェンジでは直線基調の普通のスタイルになってしまった。
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カタログというほどではないが、1枚もので二つ折りになっている「見どころ20ポイント」というリーフレットも手元にある。文中に「展示車をじっくりお確かめのうえ、アンケートにお答えください。」と記載されているので、ショールームで配布していたものだろう。カタログの中から20の特徴を再掲し、短文でわかりやすく解説してある。

【4ドアセダン】
セドリックとブルーバードの中間車種として、1968(昭和43)年4月に発売されたのが4ドアセダンの「ローレルデラックス」でした。
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前年の8月に登場していた3代目ブルーバード510型に似たボディラインでしたが、510型よりボディサイズは大きく、エンジンも1800ccとブルーバードより上級のクラスに位置づけられ、「ハイオーナーセダン」と称していました。メインはデラックスBですが、廉価と思われるデラックスAもあり、カタログで見る限り、その違いは①フロントグリルの違い、②バンパーのオーバーライダーの有無、③前輪ディスクブレーキのマスターバックの有無くらいなものでした。直線基調のプレーンなスタイルは私の好みでした。この全6ページ折りたたみ式の簡易カタログは、発行年月が記載されていませんが、後期型はメーターパネルがハードトップと同じ角形に変更されたようですから、前期型発売初期のものと思われます。

【2ドアハードトップ】
2年後の1970(昭和45)年6月には「2ドアハードトップ」が追加されました。日産車で初めての “ピラーレスのフルオープンハードトップ” でした。手元にあるのは、本カタログでなく、B2判程度の大きな1枚紙(52cm×76cm)に両面印刷された簡易カタログです。左2枚の写真はおもて面にB3判程度の大きさ(38cm×52cm)で上下2段に印刷されています。右側の大きな紙面はB2判の裏面全体に印刷されています。
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510型に似たボディラインを踏襲しながら、「グランドスペシャリティカー」としてきれいなハードトップに仕上がってています。ユニークなのは、“日本でいちばん大きく厚い<グランドドア>”が特徴として記載されています。長さが1245mmで、日本で最も長く、ゆうに米国のフルサイズカーに匹敵すると説明されています。確かに長いことにより後席の乗り降りは容易かもしれませんが、ドアを大きく開かないといけないので不便な点もあったことでしょう。ハミングランプと称するテールランプは、片側3個のランプが内側から外側に順に点灯していくものです。今でこそ流れるLEDウインカーが出現していますが、50年前に採用していたなんて画期的でしたね。

1972(昭和47)年4月にはモデルチェンジして、2代目が登場しました。アメリカナイズされたボリュームのあるボディライン(特にハードトップ)は多くの人に受け入れられたようですが、私は初代派です。その後も、モデルチェンジのたびに、初期のデザインポリシーがなくなっていくのが残念でした。

外出先から自宅に戻り、カーポートにE46を停めてエンジンを切ったところ、やや傾斜を持たせている床面に液状のものが流れてきた。すぐにボンネットを開けてみた。
001002ラジエター周りのホースに沿って流れ落ちているようだ。もっと奥まったところを見てみた。ライトを照らしながら、ようやくエクスパンションタンクにたどり着く。タンクからの3~4本くらいの細い噴流が原因だった。エクスパンションタンクは一度穴が開けばどうしようもない。さらにいつ破裂するかわからない。だが、その日は月曜日でBMWディーラーは定休日。5分間くらい流れ出していただろうか、もっとだったかもしれないが、そのうち噴流は止まったようだった。もうそれ以降の外出はやめた。

翌日、朝一にディーラーに連絡したところ、店舗に在庫がなく取り寄せになるという。だが、今、リコール対策の整備が非常に多い状態のため、部品が届いても作業する時間がすぐに取れないとのこと。取りあえず注文した。
その2日後に部品が到着。まだいつ作業ができるかわからないようだったが、代車は不要だし、作業立ち会いはしないから、どこかに作業を入れ込んでくれるようお願いし、タンクに水を補充(約800cc)して、E46を預けに行った。

004003その翌日、つまり金曜日15時過ぎに、修理が終わったと連絡があり、すぐに引き取りに行った。
交換部品はエクスパンションタンクとATサーモスタット、それにクーラントの充填だった。
まだ軽傷の段階だったとのこと。

8年前、68,200kmのときに予防保守で交換していたが、それから70,000km走行して今度は亀裂ができた。液漏れがわかってからネットを見ると、7万キロぐらいで交換しておくのがいいと書いている人がいたが、まさにそのとおりだった。(138,800km走行)

ゴーン氏逮捕により非常に注目されている日産自動車は、「技術の日産」といわれて久しく、過去にはセドリックやブルーバードなどのたくさんの名車を輩出した時期がありましたが、最近は国内で新車を登場させていない状況が続いていて非常に残念です。

000スーパーソニックラインで有名な3代目ブルーバード510型の1世代前の2代目ブルーバード410型が登場したのが、今から55年前の1963(昭和38)年9月でした。410型の排気量は1000ccと1200ccでしたが、その後1000ccは廃止され、1200cc→1300ccにアップされたことにより、空白となった1000ccクラスに投入するために、1966(昭和41)年4月に発売されたのが「ダットサン・サニー1000」でした。

デビュー前年に車名を公募し、なんと850万通、38万種類の応募があり、多くの人手と電子003003001計算機50台を動員して整理し、8名の車名審査員が討論して「サニー」に決まり、発売2か月前の2月19日に発表された、と当時の「ニッサングラフ」に掲載されています。公募の際に、大々的に新聞広告が掲載されたような記憶があります。しかし、うがった見方をすれば、これも「高輪ゲートウェイ」と同じだったのかもしれませんね。

【セダン】
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手元にあるのは、全面見開き6ページ折りたたみ式の簡易カタログです。カタログ記号もなく、発行年月も記載がないので、発行時期は不明です。写真で判断してみると、フロントグリルがマイナーチェンジ後であり、テールランプがストップランプとウインカーの2色になっているので、1968(昭和43)年10月以降に発行されたものと思われます。

デビュー当初は2ドアのみでした。翌年には4ドアもラインナップされているのに、このカタログは2ドアセダン専用になっています。グレードはデラックスとスタンダード。後年に傑作品と評された A-10型エンジンの性能は、988cc/56馬力、最大トルク 7.7kgm、最高速度 135km、燃費は 23km/Lと記載されています。ミッションは3速コラム、4速フロア、さらにデラックスのみ3速オートマも選択可能でした。全長は382cmと今の軽自動車よりも40cm以上長いものの、全幅は145cmと軽自動車とほぼ同サイズでした。それでも今の軽自動車よりずっとスマートで、軽快さをうまく表現した好スタイルでした。

【クーペ】
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クーペは、セダンに遅れること2年、1968(昭和43)年3月に登場したようです。2枚目の見開きの写真の上部に「日本でいちばん“オシャレなクルマ” F.B.ルックのサニークーペ誕生!!」とあることから販売開始時のカタログと思われます。このファストバックスタイルは2ドアセダンとは別の車かと思うくらいよくバランスが取れた、ほれぼれするスタイルです。一瞬、初代シルビアに似たラインがあるような気もしますが、サニークーペの方がずっと美しいラインです。同じ A-10型エンジンながら、圧縮比をセダンの 8.5から 9.0に上げたことにより、最高出力は 60馬力に、最大トルクは 8.2kgmに、最高速度も 140kmにアップしています。
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クーペは、デビューから1970(昭和45)年1月までの2年弱の期間しか販売されていません。私の手元には2種類の簡易カタログが残っているので、きっとこのような簡易カタログが多く発行されたのではないでしょうか。マイナーチェンジはなかったようですが、このカタログをよ~く見てみると、「非常時にあなたのサインを明確に伝える4ウェイフラッシャーと非常用懐中電灯も新たに設けられています」と記載されていて、ダッシュボードのイラストにはハンドル下にフラッシャーのスイッチが付加されていますし、懐中電灯の写真も掲載されています。また、オプションパーツがより豊富になっているようで、レザートップ付きのクーペの写真も追加されています。私が中学生のときに時折見かけていたサニークーペは、まさにこの写真と同じで、サンキストイエローの車体に黒のレザートップが取り付けられていました。
こんなに素晴らしいクーペが短期間でモデルチェンジしてしまったのはとても残念でした。

歌唱力を楽しめる映画2本を、相次いで観てきました。

【ボヘミアン・ラプソディ】
001最近、社会現象になるほど話題になっている映画なので、今月初めに観にいってきました。私自身、40年ほど前に「Queen」というグループ名を聞いたことはありましたが、バラード全盛の当時、ロックバンドグループということで特に関心もありませんでした。
でも、今回の劇中で「ドン、ドン、パッ。ドン、ドン、パッ。・・・」が出てきたとき、あっ、これはどこかで聴いたことがある曲だと思いました。あとで調べると、" We Will Rock You " という曲名でした。
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映画の最後のシーンであるチャリティコンサート「ライブ・エイド」で歌った「ボヘミアン・ラプソディ」は評判どおり圧巻でした。本物のQueenが出演したシーンかと思いましたが、エンドロールで実際のQueenのメンバーが登場したとき、やはりよく似た俳優さんたちが演じていたことがわかりました。それにしても実物のQueenとそっくりな俳優さんを集めたこと、さらにそのリアリティな演技にも感心しました。ネットでの映画評では、涙がとまらなかったという人たちが多かったようですが、Queenをよく知らなかった私はそこまで感じませんでした。ただ、フレディ・マーキュリーが歌う「ボヘミアン・ラプソディ」のさまは感動的だったので、そこを中心にもう一度大画面で観てみたいと思いました。


【アリー/スター誕生】
003今月21日からの封切を前に、昨日試写会でこの映画を観てきました。
過去の「スター誕生」のリメイク映画だそうです。私はストーリーを知らずに観に行ったのですが、意外に見ごたえがある映画でした。
主役のアリーを演じるのはレディー・ガガです。Wikipediaによると、ガガの音楽プロデューサーが、ガガの声のスタイルがフレディ・マーキュリーに似ていることから、Queenが1984年に発表した曲RADIO GA GA」をもじり、彼女の芸名を " Lady Gaga " にしたらしい。こんなところにQueenつながりがありました。

ガガの母国でのこれまでの活躍はあまり知ることもなく、来日するたびに奇抜なファッションをするイメージしかなかったので、変わり者なんだろうなと思っていました。しかし、劇中の彼女はごく普通の美しい女性に思えて、その演技や歌唱力のすごさとのギャップに大きなものがありました。ボヘミアン・ラプソディより、ストーリーに起伏があり、いい感じでした。隣の席から鼻をぐすぐすいわせる音が聞こえてきました。

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