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高松市で開催された「Hiromi Go Concert Tour 2017 “My Dear...”」へ行ってきた。
2年前に初めて彼のコンサートに参加して、そのステージの素晴らしさに感動していたからだ。

石川さゆりもそうだったが、彼もまた今年がデビュー45周年だそうだ。6月4日にスタートした全国ツアーは48公演、高松は9公演目。

1曲目こそバラードだったが、早くも2曲目からはアップテンポの曲になり、客席は総立ちとなり、両手を左右に振ったり、激しい手拍子で一挙に盛り上がった。
襟が花で彩られたピンクのスーツ姿で登場して驚かされたが、そのあともラメを多用した派手なファッションを次々披露してくれた。
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いつまでも色あせない「よろしく哀愁」「セクシーユー」「お嫁サンバ」などのほか、「ゴールドフィンガー」「2億4千万の瞳~エキゾチック・ジャパン~」でもリズミカルな曲と激しいダンスでホール全体が盛り上がり、老若男女すべてが一体化したと感じた!もちろんシングル102枚目の「スキだから」も熱唱してくれた。

男から見てもとても格好いい!切れのあるダンスの見事さ!こんな61歳はいない。
また機会があればぜひ参加したいと思った。

           (写真はいずれも情報発信サイトOVO〔オーヴォ〕より)

【 トヨタスポーツ800 】

大衆車だった初代パブリカをベースに、1965年(昭和40年)春にデビューしたのが、トヨタスポーツ800。本格的スポーツカーのトヨタ2000GTよりも2年も早く登場した小型軽量スポーツカーでした。

今でいうエントリーカーだったパブリカの空冷水平対向2気筒エンジンをチューニングしたもので45馬力しかなかったが、アルミを多用した軽量なボディだったので、最高速度は155kmに達しました。それはまた空力的に優れたとても魅力的なスタイルだったことも大きな要因だったようです。
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このカタログをどんな方法で入手したかは覚えていませんが、各写真は、上段が1967年(昭和42年)6月に発行された前期型のもの、下段が翌年10月に発行された後期型のものです。フロントグリルのデザインが変更されています。
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まだ運転免許を取得できる年齢でなかったので、実際に運転することはありませんでしたが、改造した中古車が町内を走っているのを何度か見たことがあります。でも、その車はのちに土手から転げてお釈迦になったというような話を聞きました。カタログにもレース仕様の車体が掲載されているように、オリジナルのままで乗っていたオーナーは少なかったかもしれません。オリジナルのままで今も乗っている方のは、非常に価値あるものになっていますね。
2906177この写真は、1969年(昭和44年)5月に発行された1枚もののカタログ。
最終型には、サイドマーカーランプとバックランプが追加されているようです。もともとよくできたデザインなので、サイドマーカーランプに違和感を感じます。フェンダーのウィンカーにこのランプの機能を組み込んで、一体化すればよかったのになあ。
でも、この車の姿が最も美しく写っているこの写真が好きなんです。

昨日の地元新聞で紹介されていた「玉有万範さんの個展」を、即日見に行ってきました。
長年東京で活躍されている方で、年2回は帰省して小松島市内の実家の納屋を改装したギャラリーで個展を開催しているのですが、今年2月からは実家に帰郷して、好きなつりを楽しみながら、創作活動を行っているそうです。

2906201静物画を主体とした大小約40点の油絵作品は、いずれも精緻に描き込まれ、以前訪れたことがあるホキ美術館が所蔵、展示している写実絵画の作品に勝るとも劣らない作品ばかりです。果物をあしらった作品では、その表皮や果肉はもちろんのこと、そこに置かれたベネチアングラスの器や敷かれた布も、まるで実物かと思うような質感です。たくさんの花が咲き乱れ、鮮やかに見える作品も、近づいて見ると、花びらや葉も1枚1枚丁寧に濃淡や模様が描き込まれていて、茎についた細い小さな毛までもが見えます。どの距離から見ても感動する作品群です。

この日は1時間足らず鑑賞させてもらいましたが、会期が今日までということもあり、また今日も見に行って感動してきました。

それにしても、徳島県人の玉有さんが描くこんなに素晴らしい写実絵画を、徳島県立近代美術館は全く所蔵していないそうです。つい最近、県が設けた「とくしま記念オーケストラ」演奏会の事業を請け負っていた法人が脱税容疑で告発された事件があったことで、多額の県予算が演奏会事業に使われていたことが発覚しました。そのため、県立図書館の図書購入費や県立美術館の作品購入費などの文化事業費が大幅に減っているとのことです。

県外からオーケストラ要員を派遣してもらうことなんてやめて、県内のオーケストラ集団を育成してこそ意義があるように思います。美術品についても予算を増額することはもちろん、県立近代美術館として、もっと県人作品を主体に収集すべきで、いの一番に玉有さんの絵を購入すべきです。できれば県庁の県民ホールに常設展示して、大勢の県民に感動してもらえるといいのですが。

2906186石川さゆりの「45周年記念コンサート」へ行ってきた。
ここ2年あまりにいくつかのコンサートに行ったが、演歌歌手は初めてだった。今年2月下旬のTV番組「サワコの朝」に出演している彼女を見たのがきっかけ。デビューから45歳となった彼女は、これまでに120曲を世に出している。

2000人収容の会場は満席というわけでなかったが、昼夜2回公演でこれだけの観客が入るのだからすごいな。彼女の歌唱に魅了されていたのは、私よりずっとお年を召した方が多かったようでした。

「津軽海峡・冬景色」「能登半島」「天城越え」などの大ヒット曲と120曲目の「百年の抱擁」のほか、ヒットしなかった曲にも光を当てて披露していた。どの曲も張りのある歌声で、ついつい聞き入ってしまった。2時間あまりで19曲を聴かせてもらった。

4着の衣装を着替えていたが、特に短時間の曲間に着物からドレスに早替わりしたのは見事だった。さらに驚いたのは、演歌では恒例なんだろうが、ステージ前でファンの皆さんたちが手土産を手渡しながら彼女と握手する時間が設けられていたことだ。そのときの彼女のアドリブによる観客とのやりとりがとても面白かった。


2906187公演前に腹ごしらえするために、近くの三宮センタープラザにある「とんテキ あっちゃん」へ行った。徳島に「とんテキ」専門店があるということを聞いたことがなかったので、食べてみたかった。肉はいくぶん固い部分もあったが、甘いソースながら、ボリュームもあり、まずは満足。ただ、同じ鉄板皿に盛られた細切りのキャベツが、熱せられたうえ、水っぽくなってしまったのがちょっと残念だった。

【 ダットサン・フェアレディ2000 】

「フェアレディ」は日産車なのに、まだダットサンブランドで販売していた。
フロントグリル上部、ステアリングホーンパッド、ダッシュボードには「DATSUN」のロゴが付いていた。そのスタイルは、初代フェアレディは英国のMGAに、2代目はMGBにそっくりだったような気がする。
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写真の2代目フェアレディは、1962年(昭和37年)に登場した。
当初は1500cc(71馬力)だったが、1965年(昭和40年)に1600cc(90馬力)に、1967年(昭和42年)には2000cc(145馬力)に排気量がアップされ、国産初の最高速度が200kmを超えた高性能スポーツカーを謳っていた。

ちょうど1965年(昭和40年)に名神高速道路全線が、1969年(昭和44年)には東名高速道路全線が開通したこともあり、その性能を発揮できる場所ができたようだ。
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カタログに年月日がないため、いつ発行されたものかはわからないが、2000cc主体のカタログだから、1967年(昭和42年)から販売終了となった1970年(昭和45年)の間だ。

全16ページの薄っぺらいもので、車体のシルエットがわかるような横からの写真は小さな2カットしかなく、あまりスピード感が感じられない。そのスタイルは素晴らしく、好きなんだけどな。

あまり多くはありませんが、国産車を主体とした、若い頃から入手したカタログを保管しています。ずっと整理することもなく、適当に積み上げてありますが、そのいくつかを紹介します。まずはかなり初期のものからです。

【 日産プレジデント 】
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新型プレジデントのカタログが、科学教材社が発行していた雑誌「模型とラジオ」の懸賞商品となっていて、応募したら、当選して送られてきたようです。専用封筒の消印は、昭和41(1966)年1月ですから、私がまだ小学校高学年のときです。


このプレジデントは、その少し前の10月にデビューしたばかりだったようです。トヨタセンチュリーがデビューする1年前に、セドリックの上級車として登場した日産のフラッグシップとなる車でした。価格も300万円と、当時の国産車の中で最高額だったようです。主に、官公庁の公用車や企業の社用車として使われたようですね。
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このスタイルのプレジデントは、昭和48(1973)年のビッグマイナーチェンジでフロントマスクがキャデラックふうに変更されて優美さが薄れてしまいました。その後もマイナーチェンジが繰り返され、ついに平成2(1990)年にフルモデルチェンジされ、フラッグシップの風格がなくなった気がします。最高級車のクラスで、完全にセンチュリーに敗れてしまったのです。
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カタログも、他車のとは違って表紙はシボの入った厚口です。縦28cm、横30cm。三つ折りのページが2箇所あり、表紙を含め24ページから構成されています。こんな車で真っ赤なレザーふうのシートが?もちろん流行だった透視図も2ページにわたって掲載されています。

2906081徳島市内で「富士山」のナンバープレートを付けた車が前を走っていた。ご当地ナンバーの「富士山」は、1県だけでなく、山梨県と静岡県の2県にまたがった地域で使用されているらしい。

ところで、今度導入される「東京五輪特別仕様ナンバープレート」と「地方版図柄入りナンバープレート」はどうしたものか。前者は東京オリンピックに向けて国民的機運の醸成、意識の高揚を図るためで、後者は地域振興、観光振興の取組に資するのが目的のようだ。希望者に有料(交付手数料と寄付金らしいが)で交付される。徳島県でも平成30年度から「地方版図柄入りナンバープレート」が導入されるようで、県が3月まで図案を募集していた。

でもナンバープレートって、車を識別するための管理番号だから、遠くからでも容易に視認できるものでないといけないはず。図柄の選定にあたっては、視認性の確保が重視されるらしいが、私のように視力が落ちた者は、少し離れたところからでは、文字や番号が見えにくい。これに図柄が加われば、一層わかりにくくなると思う。わかりやすいことが最優先のナンバープレートなのに、なんか手法を間違えているような気がするなあ。 

また、別の日には、白色のナンバープレートを付けて併走している軽自動車(軽トラック)がいた。変だなあと思い、帰宅してネットで調べると、今年4月から軽自動車でも白ナンバーを付けられる制度ができたようだ。東京五輪より1年早く開催されるラグビーW杯を記念して「ラグビーワールドカップ特別仕様ナンバープレート」を、今年2月から再来年11月まで期間限定で受付しており、今年4月から交付が始まった。プレートの右上隅にラグビーW杯のロゴマークが付く。寄付金を納めると、さらに図柄も付く。軽自動車に限定したものでなく、普通車や小型車なども対象だが、軽自動車の場合は黄色が白色になるので、他の軽自動車と差別化が図られるといったメリットがある。

知らぬ間にいろいろ制度改正されているんだなあ。4月に運転免許証を更新(今回はゴールドに)したが、こんなことは全然言ってなかったように思う。

PLAYBOY日本版ほど古いものではないが、「HONDA DESIGN」と題した1997年のホンダのカレンダーを大事に置いてある。たまたま当時ホンダに勤めていた知人からいただいたのだが、あまりに美しい写真だったので使用せずに保管している。表紙をはじめ、それぞれのクルマの写真には説明が付されている。 ※表紙の( )は追記

2906051表紙 「1924 CURTISS」
ホンダ創設以前、本田宗一郎が(湯島のアート商会で修行中に)はじめて製作に携わった4輪車。飛行機のエンジンを積み込んだため、排気量はなんと8200cc。宗一郎自身もコックピット(助手席らしいが)に乗り込み、数々のレースで優勝を重ねた。輝かしい歴史の第一歩を記した伝説の名車(カーチス号)である。

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1・2月 「1964 S600」
1962年のモーターショーに出品されたS500。この世界一小さなオープン・スポーツカーが翌年発売され、ホンダ初の乗用車となった。S600は、S500をベースに排気量を拡大してパワーアップ、小柄なボディからは想像できないスポーツ性能を発揮した。

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3・4月 「1967 N360」
ホンダ初の本格量産乗用車。FF駆動方式、スペース効率を追求した空間設計、モダン・デザインなど発表と同時に大きなムーブメントを巻き起こした。クラス水準を大きく上回る高性能なクルマづくりは、歴代のホンダ車にしっかりと受け継がれている。

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5・6月 「1974 CIVIC RS」
FF2ボックス、CVCCエンジンなど数々の革新的なテクノロジーを搭載したシビックは、国内はもちろん世界各国で圧倒的な支持を獲得する。シビックRSはそのハイパフォーマンス・バージョンとして登場し、よりパワフルなエンジン性能で人気を集めた。

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7・8月 「1976 ACCORD」
シビックの兄貴分として、またホンダのフラッグシップとして斬新なコンセプトで開発されたFF2ボックスの上級車。エンジンはその低公害性が内外で絶賛されたCVCCを進化させて搭載している。社会環境への対応にも先駆者たるホンダの姿がここにある。

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9・10月 「1978 PRELUDE」
プレリュードはホンダ車初のスペシャリティカーとして誕生。ノッチバッククーペボディのスタイリッシュなエクステリアデザインと共に、しなやかで軽快な走り、さらには低燃費や低公害性なども備え、スペシャルティカーの新しい方向性を指し示した。

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11・12月 「1990 NSX」
NSXは「世界一のスポーツカーをつくりたい」という本田宗一郎の夢をついに体現した本格スポーツカーである。アルミボディ、3リッタ‐V6エンジン、ミッドシップ2シーター。ホンダがF-1GPのサーキットで学んだすべてがこのクルマに注がれている。


私の車歴は、’71年ごろのスーパーカブC70デラックスに始まり、ライフツーリングSL、シビック1200GLⅡ-5へと、ホンダ車を乗り継いできた。このころのホンダ車は、個性を持ちながらも端正なスタイルと、低速でも粘りがありスムーズに高回転域に引っ張れるエンジンが魅力的だった。

発売が間近になった新型シビックは、車名の由来である「市民の」といったイメージとかけ離れたスタイルのようだ。魅力的なホンダデザインはどこへ行ってしまったんだろう。

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日頃からE46を運転するときは、ドライビング・グローブを使用している。でこぼこしたステアリングのシボを素手で触るのがいやだし、ハンドルのてかりとグリップの滑りを防ぐためでもある。もう4年になり、現在2セット目を使用しているが、それもだいぶくたびれてきた。

BMWディーラーでは、この土日に「ニュー4シリーズデビューフェア」が行われており、記念品のひとつに「Mオリジナル・ドライビング・グローブ」が用意されているのを知り、いただいてきた。
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今使用しているグローブは羊革で安価ながらも柔らかな風合いだが、Mオリジナルは手の甲(黒)が羊革で、手のひら(白)が豚革。ハンドルを握る部分が白いので、すぐに汚れてくるかもしれない。新品ゆえにまだ革は固いが、使っているうちに馴染んできてほしい。右手には、Mのロゴが刺繍されており、モータースポーツ好きのオーナーなら心がくすぐられることだろう。

2906021原作を全く知らず、変わったタイトルということと、福士蒼汰と工藤阿須加が共演しているということだけで、シネマへ観に行った。青春もののチャラい内容と思っていたが、そうではなかった。

長時間のサービス残業と営業ノルマを強いるブラック企業で働く社員が、あまりの苦しさに自殺しようというところから始まるもので、まさに今、社会問題となっているテーマであり、時宜にかなった映画だ。

涙が出るような映画じゃないと思っていたのに、やはり後半の、特に家族の機微に触れるところでは目頭が熱くなってしまった。「すべての働く人が共感して泣いた小説の映画化」とポスターに書いてあるのを知ったのは、映画を観たあとだった。

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