2006年08月11日

自分との対話

ようやく最悪のカオスから脱することが出来ました。

大阪府の一次試験を受けて以降、なんか放心状態になって、一瞬何もかもどうでもよくなって、完全にすべてのことにやる気がなくなった。
いや、本当は何もかもどうでもいいんじゃなくて、目の前にあることすべてから逃げてしまいたいって思った。

試験受ける前から、試験中も、心のどこかに言い知れぬ不安みたいなものがあって、
でも、その不安が何なのか?どこから来ているのか自分でもわからんかった。
常に自分の中にもう一人の自分がいて、
「それでいいのか?お前は本当は何がしたいねん?」
って問いかけてきていた。それは小さいけど確実にあるもの。
自分が破裂しそうやった。

いい知れぬ不安、かと言って誰かに相談したいわけでもなく、一人で悶々と考え、そして、逃げたかった。

で、とりあえず、逃げてみることにした。全部ほっぽり出して逃げてみようって。
逆に、今しか逃げれへんって。

色んなことから逃げてみたけど、正直おもんなかった。
逃げることはおもしろくない。それがわかった。
自分で逃げやって思ってする逃げほど、むなしいものはないし、実際逃げ切れてない。
中途半端に立ち向かえず、逃げ切れず、全部中途半端。
自己嫌悪に陥って、もう心もすさんできた。


どうしようもないところまで堕ちて、すべてに対してやる気もなくなって、それから、少しずつ自分の中でもう一人の自分と向き合うようになっていった。

この不安は何か?どこから来るのか?
自分は何がしたいのか?これまでの人生はなんだったか?
これからどういう人生を歩みたいか?自分とは何か?


今までも何回もしてきた同じ質問を、また繰り返し繰り返し、自分に問い続けた。
また同じことで悩んでるって自己嫌悪になったり、
結局前に進んでないやんって思ったり、
もう解決したと思っていた答えにさえ徹底的に掘り起こして考えた。

ひたすら同じことを繰り返し問いかけて、それに自分で答えて、もう自分でもわけわからんくなって、何で悩んでるのかすらもわからんくなって、考えることも疲れて、これ以上考えれないってところまできた。

でも、さらに問い続けた。一日に何度も何度も。
一人きりの自分との対話。苦しかった。
勉強なんて手に付かない。
頭の中は、どす黒い渦が渦巻いていて、そこにどんどんどんどん沈んでいく感じ。
もがけばもがくほど沈む。身動きがとれなくなる。

で、もうこれ以上沈めないやろってところまで来て、それでもまだ奥まで行ってみようと思って、苦しんで苦しんで考え抜いた時。もう内側から爆発しそうになった時。
急に前の視界がパッと明るくなった気がした。

段々段々、自分の身をまとってたしがらみが取れていくような気がして、
自分の本当の気持ちがわかりだした。

そして、やっとわかった。
不安と迷いの根源。
原因不明の不安と思ってたけど、それは迷いではなく、恐れと恐怖心やった。
挑戦して失敗することが怖いと思っていた。
前に進むことを恐れていた。
そういう恐怖や不安から逃げたいと思っていた。
レールに乗った人生ではなく、どう転ぶかわからん人生をこれから歩むことが怖いと思っていた。社会に出ることがとてつもなく怖かった。
失敗すればきっと失うものがあって、それを失いたくないと。
それは失敗なく歩んでいきたいと思う自分の本当の気持ちやった。
「間違いのない人生」を歩みたいと思う正直な気持ちやった。
それに気づかぬふりをして蓋して、無理からに進もうとしていたのが原因やった。
覚悟をしたつもりやったけど、でも、それが本当の意味ではできていなかった。

そういう自分の弱さ、不安、恐怖心に気づいたとき、心が一気に軽くなっていった。
「あ〜そうやったんか!」って。
そう思ってもう一度すべて考え直した時に、自分の正直な気持ちが見えてきた。
したら、不思議とその恐怖心が小さくなっていった。

今までそういう弱い自分の心をあえて見ないように無意識にしてたけど、それを見つけれて、且つそれを受け入れることができた。これも自分なんやって。

そして、本来の自分のやりたいと思うことが明確になってきた。
レールから外れたいと思って行ったブラジルの一年間。そこで見つけたもの。
ブラジルが、ブラジルの子どもたちが教えてくれたこと。
これが今の自分には一番大切で、今なすべきことやって理解できた。
それが2日ぐらい前。
同じことに5ヶ月間ぐらい繰り返し考え悩み続けてきたけど、今までで一番すっきりした気持ちになってる。目標が完全に定まった。

今は妙に心が落ち着いて、ようやっと勉強に集中でき出した。
不安は100%消えてないけど、もう怖くはない。
今は、やるべきことをただやるしかないと思っているだけ。
本来の自分の目標を見つめなおすことができたから。
でも、それすら見失いかけてた・・・。
自分との対話でそれを取り戻した。


今、理解しているのは、これからどういう人生歩むにしろ、常に闘っていかなければいけないんは、自分自身。それはきっとどんな道に進んでも一緒や思う。
自分に克つ、自分を律する。
でも、それは自分を排除するんじゃなくて、弱い自分をも認めて受け入れること。
不安・恐れ、そういうものとは常に共存していかなあかんこと。
人と比べるんじゃなくて、常に自分と向き合うこと。
それを学ぶためのこれは試練やということをやっと理解できた。


そして、今日、大阪府の一次試験の結果が返ってきた。
自分でもびっくりしたけど、完全に落ちたと思ってたのが、一次通過していた。
次に進んでもいいって許可をしてもらえた。

もう前みたいな迷いはない。
通ったなら、次で精一杯やるのみ。
次は実質最終の二次試験。そして、9月頭の資格認定試験。
今はただ出来ることをやるのみです。






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2006年07月07日

ニッポンで暮らすということ

あぁ、なんて時間がないんだろう。
今週末には、僕は横浜にて人生の関門にほとんど丸腰で殴りこみに行ってきます。

今月は、試験三昧。勉強三昧。
いや、いよいよ今月からで、9月頃までは続きそうです。


今日、家に帰ってきてふとテレビをつけたら、在日ブラジル人の家族に関するドキュメンタリー番組がやっていました。
「ニッポンで幸せを・・・」というやつです。

疲れててすぐにでも寝たかったけど、思わず見てしまいました。
久しぶりのポルトガル語に日本語字幕をなるべく見ないように。

「ニッポンで幸せを・・・」というタイトルからもわかるように、なかなか幸せではない状況が大いにあるわけです。


まずは、言葉の問題。
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2006年07月05日

一期一会

五泊六日の自然学校より帰ってきました。

平均睡眠時間・・・約3.5時間。

朝6時半に起きてから、夜中の3時ぐらいまで、常に時間との格闘、分刻みで動く怒涛のスケジュールでした。

しかし、眠たい目をこすりながらも、日記を書くのは、そこに伝えたいことがあるからです。


今回の自然学校、ほんとうによかった!!
今もてる自分の力を出し切ったし、リーダー同士の絆も相当深いものになった。最高のメンバーで望めた自然学校でした。

そして、何よりも、5泊6日という短くて長い間、子どもたちと共に過ごして、子どもたちにとって一生の思い出になるような自然学校をつくることができた。


その小学校の自然学校は毎年伝統的に、先生が運営するのではなく、リーダーが一番前に立って主体的に動かしていきます。
だから、その分、責任も大きいし、やることもめちゃめちゃ多い。

僕はその中で今回唯一のその学校の自然学校の経験者として8人のリーダーをまとめる役にありました。
正直、プレッシャーはでかかった。。。
期待よりも不安の方が大きかった。

でも、始まってしまえば、関係ない。
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2006年06月28日

原点回帰

久々の投稿です。6月はまだ2回目。もうすぐ7月です。


いよいよ、明日から三田市のある小学校の自然学校の指導補助員(リーダー)に行ってきます!
実は、ここの小学校の自然学校のリーダーするの今回で3回目。
何かと想い入れの深い、深すぎる小学校です。

今、自分が小学校の教員を目指している原点の原点でもあり、そして、今回の自然学校は特に特別な想いがあります。
毎回特別ですが・・・。

それは、「リベンジ」。
過去の自分への挑戦です。

今までと違うのは、自分が一番先頭に立って引っ張っていかないといけない。
この小学校の自然学校は、特にリーダー指導が重視なのです。
だから、5泊6日、ほんまに大変。
睡眠時間も限られて、体力の限界への挑戦です。

正直、これが終われば、4〜5日後に横浜市の教員採用試験が待ち構えており、自然学校に行っている場合じゃないかもしれない。両親にも、理解しがたいと言われちゃいました。

でも、これ行かなければ絶対後悔しそうなんですよね。
つーか、これに行けば、また何かが見えそうなんです。
てか、これに全力で取り組めなければ、先は見えてこなさそうというか。

つまり、今の自分にとって採用試験の勉強をするよりも、この自然学校に行くことは100倍意味があると思うんです。
この先10年・20年続く意志を築くために。

でも、他人には理解しがたいんだろうな。。。
まぁ、いい!!
他人に批判されて折れるようなもの、何が信念!!
貫いてやりますよ。


とはいえ、自分にとっては3回目の自然学校でも、
子どもたちにとっては一生に一度の自然学校です。

この思い出はとても大切です。
今後、何十年も記憶に残るものです。

だから、子どもたちにとって、最高の思い出となるように、気合い入れてみんなと協力して頑張ってきます!!!

それが、僕なりの一つのケジメです。


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2006年06月08日

今こそ武士道を!

最近、遅ればせながら「国家の品格」を読んだので武士道精神みたいなものについて考えています。
「超バカの壁」→「10年後の日本」→「国家の品格」の3連チャンは正直衝撃が大きかった!
このままじゃ日本はやべぇーと思いました。
迎える時代は、僕たちの時代です。

「国家の品格」は、要するに、今の世の中は論理が大切にされているけれど、確かに論理は大切だけど、それだけじゃ今の世の中は続かない、大切なのは、武士道精神にある「もののあわれ」や情、形である。という内容だったように思います。

そういう教育を受けてきたわけじゃないので、武士道の何がわかるかと言われれば、100%はわからないですが、日本人としてちょびっとはわかる気がします。5%ぐらい。
特に、こういった感情やセンスがわかるのは、日本人だけだとうことは少なくともわかります。
ブラジルでは、ヨーロッパ人始め、恩や義などの価値観はなかったように思います。もちろん、「人のために」とか、隣人愛とかカトリック始め、キリスト教精神的なことは感じましたが、それは日本の武士道とはまた少し違う気がする。


それで、今日後輩と話していて、思ったんですが、
そうか、武士道ってそういうことかって。

確かに、この世の中、論理は大切だし、キレイゴトだけじゃ食べていけないです。
でも、同時に、個人や団体がただ利己的に自己利益だけ求めていても、続かないということは感覚としてわかる気がします。
情だとか、恩や義がなければ、廃れてしまう、続かない世界もある。いや、むしろ、利益主義だけが横行しては駄目だと思うのです。

こないだ教育原論の授業でこの世の中の価値体系は「真・善・美・聖・利・健」があり、始めの「真・善・美・聖」がいわゆる絶対価値と呼ばれる「目的」で、下の「利・健」が相対価値と呼ばれる「手段」だということを学びました。
相対価値の「利」とは、まさに利益のことで、教育原論の超リスペクトなY先生は、今の世の中があまりにもこの「利」に価値観が集まりすぎているよねと言っていました。

しかし、相対価値は絶対価値である目的を果たすための手段でしかないはず。
最近、自分の周りであまりにも、こういった真の目的ではなく、「手段」ばかりに目がいってしまっている状況が目につきます。

さっき、キレイゴトだけじゃ食べていけないと言ったけれど、でも、最近はあまりにもそのキレイゴトが逆に軽視されすぎているように思う。それの何がいけない。じゃあ、キレイゴトがまったくなくても、この世の中は成立するのか?


で、何が言いたいかっていうと、武士道で言うところの恩や義が必要です。
それは、無条件で行われなければいけないと思います。
そこに、利益や見返りを求めてはいけない。

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2006年05月30日

今を生きる

bc1e4e93.jpg最近、mixiの方ばっかしで、こっちの方はご無沙汰です。すみません。
たまにはこっちの方もやっておかないとな〜と思いまして、mixiと同じ文ですが。。。

でも、基本mixiは日々の徒然なる出来事を、やっぱし随筆のメインはこのblogなので、またこちらの方にアップします。
書きたいことは溜まってるんだけど、なかなか時間がないので。
こっちは気合入れんと書けん。


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これ以上、打算的な考えをするのは止めようと思います。

もう時間がない、とか
他にもやらなあかんことがある、とか
今からじゃとてもじゃないけど無理、とか
また来年挑戦できる、とか
もっと時間をかけたい、とか
他の人はどうだ、とか
この道で本当に進んでいいのか、とか


結局は、そうやって逃げてるだけですから。
向かう相手に怖気づいて、逃げ腰になるけど、本当に闘うべき相手は、弱い心の自分です。

今できる限りのことを精一杯やって、それで、あかんかった時は、その時に考えりゃいいわね。そんなもん負けは負けで、しゃあない。
でも、もっとかっこ悪いのは、闘わずに逃げることなんだって、誰かが言ってました。
諦めた時点で、試合終了です。不戦敗。
かっこいい大人になりたいので、それはやめます。

そもそも今、立ち向かえない自分が、仮に目標を達成できたとしても、そこで何ができるのか?何が教えれるのか?

打算的になって生きるのは、楽だけど、どこか苦しく、むなしいです。
自分を律するという言葉は、思いのほか難しい。


ブラジルでこんなことを熱く教えてくれた人がおりました。
「一番大事なのは、過去に捕らわれたり、未来に不安になったりすることではなく、今を一生懸命生きることだ」
その人曰く、「今を一生懸命生きて、とにかく目の前にあることにその時その時で精一杯ぶつかっていけば、おのずと道は開ける」と。


やっと目標がゆるぎないものになって、腹もくくれたので、all or nothingで、さらにがけっぷちだけど、後はもう登っていくだけ。
今ここで後先考えてただ突っ立てるよりよっぽどいい。

ずいぶん時間もかかってしまったけど、まぁ、大きな決心ほど覚悟が要るみたいです。後から考えれば、それほど大きな決心でもないんだろうけど。。。
何かを目指すのに、遅すぎることはないと、うちのゼミの先生も言ってたので、その言葉を信じます。


自分に厳しく。
そう思い、限られた毎日をできる限り一日一日一生懸命生きている所存です。
今できることをすべてやってやる。


たまに、ブラジルの子どもたちの顔がぽつりぽつりと思い浮かんできて、それが大きな心の支えです。
一段落着いたら、またいつか会いに行きたいなぁ。

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2006年05月20日

教育基本法改定について

今、国会を賑わせている教育基本法改定に関して、
僕の知り合いの方が作った文章です。

民主党の改正案も出されたみたいで、いよいよ佳境ですね。
僕も、ちょうど今個人的に勉強しているので、とても興味深く見ています。
まだまだ勉強不足ですが、
でも、この方の書かれている視点はとてもおもしろく、かつ絶対に無視できない
ことなので、ぜひ読んで見てください。

僕もブラジルのいとこが出稼ぎで日本に来ている(将来的にまた来る)ので、人事ではないです。実際に困っている人がたくさんいます。

愛国心というけれども、国際社会で生きていくには、自国の中にいる他国の人を思いやれるようにならないで、何が愛国心。自分のことだけ考えてたら、後で痛い思いをするのは自分ではないか?
ということで。



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教育基本法改定: 「すべて国民は」ではなく「すべて人は」に!

教育基本法の改定が、国会で審議されている。この法律は、子どもが教育を受ける権利を保障する大切な法律であるが、現行のものも改定案も、その権利を「すべて国民」に約束するのみで、外国籍の子どもたちの教育権については一言も触れていない。日本で生活するすべての子どもが、日本国籍の有無にかかわらず義務教育を受ける権利を保障されなければならず、それを保障する義務は、保護者と国・地方自治体に課せられるべきものであることは明白である。新しい教育基本法では、教育を受ける権利を「人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地」に加えて、「国籍」によっても差別されない人固有の権利として宣言しなければいけない。対外的には、教育基本法の文言「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられ…」を「ザ・ピープル…」で始まる文章に英訳してきたのだから、今まさに、元となる文言を「すべて人は」と正すべきであろう。

平成十七年(二〇〇五年)という年は、日本の人口が減少を始めた年として記憶されるとともに、初めて外国人登録者の数が二〇〇万人を超えた年としても記憶されることになるだろう。その内訳は、特別永住者が平成十四年(二〇〇二年)以降五十万人を切っているのに対して、百二十万人を超す非永住者が全体の六割を占めるものだ。いわゆるニューカマーといわれる外国人の人口急増は、単純労働力の不足に悩む産業界に配慮した平成二年(九〇年)の入国管理法改定を境にするものであるが、それから十五年を経た今日、在日ニューカマー社会ではその子女の非就学・不登校が深刻な問題となっている。三十万人といわれる在日ブラジル人社会の場合、義務教育就学年齢の子どもの三割が学校に通っていないというが、まさに義務教育でないために正確な統計も存在しないのが現状だ。日本人の子どもの不登校が社会問題化し、行政的にも予算がついて対応策が練られているのと異なり、外国籍の子どもの非就学問題は、省みられることのないまま悲劇へ向かって驀進している。この国では、「国籍」が違うというだけの理由で、ごそっと一かたまりの子どもたちが教育を受けないままに大人になっていっているのだ。二十世紀前半の話をしているのではない。たった今、私たちの目の前で、日本の将来にとって新しい民族問題の火種が生み出されようとしているのだ。

今回の基本法改訂で「愛国心」をめぐる文言が争点化する中、「そもそも愛国心を教える学校に、外国人は就学を義務化されないほうが幸せ」という論があるが、それでは義務教育そのものの否定につながるだろう。教育を受ける権利こそが至上なのであって、それを保障することのない教育基本法は、どんな政治的理由があっても認められない。なるほど、受けることのできる教育の内容が保護者にとって納得のいかないものである場合、保護者には自分の選んだ種類の教育を子どもに受けさせる権利も保障されなければならない。そのことについては、国際人権規約などすべての国際法が「教育権=教育を受ける権利+教育の種類を選ぶ権利」として明言している。全体主義国家が国が決めた種類の教育を唯一保障しても、それではその国で教育が保障されたことにはならないからだ。日本では、外国語で教える学校やオルタナティブ教育をおこなう学校が多く学校として認められていない現状があるが、それはそのこと自身が問題として是正されなければいけないはずだ。

近年、西欧諸国では、外国人排斥を政策とする極右政党の躍進が続いている。そのような状況が生まれてからでは遅い。そのような未来を待ってからでは、外国籍の子どもに教育を受ける権利を保障し、外国語学校などの存在を認めて教育の種類を選ぶことを保障するような教育基本法改定は二度と機会をえることがないだろう。








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2006年05月17日

波の沈静化

なんかマイナスな投稿のまま放置しとくのは嫌だから無理にでも何か書き込もう。

ご心配おかけしました。えっ?別に誰も心配なんかしてないって?
いやいや、わかってますよ!

「不安と迷走」から抜け出して、今は落ち着いて案外すっきりしています。
でも、少々疲れ気味。
悩むってことは、こんなにもエネルギーを使うんだなと気づかされる日々です。


というか、ここ1〜2ヶ月はずっとこんな感じです。
悩んでは落ち着き、また悩んでは落ち着き。
結局はいつも行き着く答えは一緒なんですけどね。

こう悩む周期みたいなんがあって、悩みの波が来ます。波に乗ってます。
でも、一回一回でそれこそ手抜きすることなく真剣に悩んでます。
僕、不器用な人間なんです。
というか、人から言うと、ウジウジしてるってよく言われます。
その辺はいつまで経っても成長せず・・・。
でも、きっとそれが僕なりのスタイルで生き方なんだと受け入れています。

その度に、色んな人に話し聞いてもらって、助言してもらって本当に
申し訳ないって気持ちと感謝の気持ちでいっぱいで、よくぞこんな
うじ虫を見捨てずに付き合っていただいていると感謝しています。
特に、両親にはいつも悪いなと思いつつも、一番の被害者です。
ごめんなさい。

ある他愛もない一言で悩みのスイッチが入って、同じく他愛もない一言で
そこから抜け出します。ほんま難しい人間です。
いや、単純すぎるというか。。。

でも、最近はこの悩むペースも間隔が落ち着いてきて、
だいぶ自分の気持ちに落ち着きが出てきました。

答えは見えてるけど、なかなか覚悟が決めれず、そして、不安やら誘惑やら焦りやら何やらで気持ちがぐちゃぐちゃになる時があるけれど、そんな中で地盤は固まってきている感じです。
なんか中途半端な気持ちではしたくないことなんで、やるなら、もうそれしか見えないって状態にまで自分を持っていきたい。と思っていた。


でも、もう体力的にしんどいし、これ以上悩んだらハゲそうやし、
かっこうもつかないので、もうええわって感じです。
うんざりです。正直、しんどい。
もう考えるべきことは全部考えつくした気がするし、
もう考える時期は過ぎたやろって自分でも思うし。

それにあんまし自分のことで精一杯になると、周りの世界が見えなくなるし、
よくない。
悩むことは良いことやけど、悩みすぎることはよくないですね。
なんでもそう。極端はよくないです。
大事なのは、バランス。


さて、僕の今の最大目標は、目指せ2時寝!8時起き!!
なんで、もうすでにオーバーしてるけど、これが書き終われば、
即寝しようと思います。
でも、寝たくても寝れなかったりするんで、それはほんまに辛い。
体は疲れてるのにね。


特にこれと言って楽しいネタなどないのですが、またいつでもお立ち寄りください。

bmz61853 at 02:29|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2006年05月12日

不安と迷走

おれの人生、これでいいのか?
と、毎日のように常に問いかけている。
今が分かれ道のような気がするけど、本当にこれでいいんだろうか?
こっちの道が果たして自分が本当にやりたいことなんだろうか?
自分を偽ってないか?
周りに流されてないか?
自分の本当の意志がどこにあるのか?

どうすれば、自分自身に納得するんだろうか?
何回も何回も同じことを繰り返し考えても答えは出ない。
見えそうになっても、また見えなくなる。
決心できたように見えても、2日後にはまた振り出しに戻り不安になる。
たくさんの人のアドバイスを聞けば聞くほどわからなくなる。
自分が見えなくなる。

どうすればいいんだろう?
どうすれば、迷いが吹っ切れるんだろう?

正しいと思った方の道を今はひたすらに自分なりに進んでいるけれど、
本当にこれでいいのかわからない。
すぐに周りと自分を比べてしまう。
弱い自分が見えてくる。

特に、就活を一生懸命やっている人を見ると、不安がどんどんどんどん
巻き起こってくる。
「本当に、自分はこれでいいのか?」と考えずにはいられなくなる。

贅沢な悩みだけれども、選べるからこそ、最善の選択をしたい。
後悔しない選択をしたい。
贅沢なことをさせてもらってきたし、だからこその未来だから、
失敗したくない、正しい道を選ばなければというプレッシャーで
毎日押しつぶされそうになる。


絶対に正しい答えなんてないのはわかっている。
自分が正しいと思う道がきっと正しいんだろう。
人の意見や意志ではなく、自分の意志で切り開いていかなきゃいけないんだろう。
そんなことは100もわかっている。

でも、自分がどうしたいのか、どうすべきなのか、
本当にそれでいいのか、10年後後悔してないか、
もっと違う道があるんじゃないのか、

毎日、不安で不安でたまらない。吐きそうになる。

どうすればいいんだろう?
人生の一番大切な場面で、自分の”声”が聞こえない。。。




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2006年05月07日

社会に出るということ

今日、予定していなかったけど、急に後輩に誘われてご飯を食べに行くことになりました。

地元で、3人で食べてたんだけど、そのうちの一人は僕とはタメで、今年から社会人として今僕が目指している職業に就いている人でした。
その子には先月にも会って話し聞いてもらったけど、明らかに1ヶ月前とは顔が違っていた。めっちゃ楽しそうに、職場であった話をしていました。
なんかほんまに今自分がしたいことをしてるって感じで、自分の信念をちゃんと持ってやっているって感じでした。

すごいなー。おれも一年後こんな風に働けたらな。って、ほんまに心から思った。
そして、羨ましかった。


最近、今年から働き出した同期に会うことが多いです。
みんな社会に出て1ヶ月ぐらいしかまだ経ってないけど、
みんな楽しそうでした。
大変なこともあるけど、みんな自分の仕事にやりがいを感じています。
それがすごい自分のことのように嬉しい半面、やっぱり羨ましい。
自分も早く同じスタートラインに立てればなって思います。


一緒に食べに行ったり、飲みに行ったりすると、最近は絶対におごられるけど
(それでもかたくなに自分の分は出そうとしますが、、、)、
それもまた羨ましくもありました。


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2006年05月03日

メッセージ

0d52ba30.jpg先日、ブラジル・カノアの真由美さんから、子ども達の写真と共に、
とても嬉しいメッセージが届きました。



『マルシアーノからある日の授業であった話を伝えて欲しいということで書きます。

水曜日。
テルシオ先生が環境教育について教えてくれる日です。
子ども達は席に座り、先生が来るのをじっと待っています。

先生がドアを開け教室に入ってきました。
まずは挨拶。大きな声で挨拶をしました。

すると、外で飛行機が通り過ぎる音が聞こえてきたのです。
ホジレーニが窓に近づき目に手の望遠鏡を作りこう言いました。

『皆、早くきてぇ〜!!翼が帰って来たよぉ〜!!!』

教室にいた全員が小さな窓に駆け寄り、

『おぉ〜い!!!ここだよぉ〜!!!』と叫びました。

“マルシアーノ先生、あの飛行機、後どのくらいでここに到着するかな?”
“さぁ、少し時間がかかるかもね”


翼くんは子ども達の心を鷲づかみにしたみたいだね!!!
いつか本当に、この子ども達に会いに戻ってきてください。』



泣きそうになりました。

ブラジルから帰ってきて早いもので2ヶ月。
いや、自分の中ではもっともっと時間が経っている気がして、何だか
あの日々が遠い昔のようです。

おれ、ブラジル行く前と行った後で何か変わったのかな?
てか、ほんとに行っていたんだろうか?

なんて思ってしまうほどです。


でも、子どもたちの心の中には確実に今も僕がいるみたいで、もちろん
僕の心の中にも子どもたちがいます。
自分の内面的なものは何も変わっていなかったとしても、
もし、ブラジルに行っていなければ、あの子たちに会えていなかった。


日々、日本で過ごしていると、自分の体や心に何かが絡み付いてきて、
まるで重い鎖のように締め付けられます。んで、身動きできなくなって、
どんどんと深い海に沈んでいってしまいそう。

ブラジルで簡単に考えれていたことが、この日本では全く考えれなくなって、
どんどんどんどん深みにはまっていく。動けば動くほど沈んでいく。
まるで底なし沼。


そんな中の、希望のメッセージでした。


子どもたちに会いたい。
でも、今のままの自分じゃ会えません。

次、子どもたちに会う時に、どんな人間になっていたいか。


ようやく心が決まりました。
あの子たちに、ポンと背中を押された感じです。



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2006年04月30日

ブラジルと繋がる

b6340d15.JPG今日、「ブラジル移民祭2006」に行ってきました。
関西ブラジル人コミュニティーというところが主催していて、先週の土曜日から今日までの1週間ずっとやってました。実は、先週土曜日も行って来た。

場所は、神戸・元町の異人館近くにある旧神戸移住センター。
「ハルとナツ」にも出てきた、昔ブラジルなど南米へ移住する人たちが一時的に入っていた施設です。実は、1908年から続いていたブラジル移民者たちは神戸港から出ていたのです。これって、地元の神戸の人もあんまし知らないそうです。
神戸港が日本の一番中心あたりにあって、全国から集まりやすかったからだそうです。
施設の中を少し見学したけど、なんか昔ブラジルに旅立つ人たちがここに一時的に居たのかな〜って、どんな気持ちだったんだろう?僕の曾おばあちゃんとかも居たのかな〜って考えると、感慨深くもあり。。。


先週行った時は、人がまばらにしかいなかったけど、今日行って見ると、なんと100人以上の人たちが来ていました。
そして、なんとそこで、ブラジルで知り合った人に3人も偶然的に再会しました!
(そのうち一人は、その人目当てで行ったんだけど)

神戸ってブラジルの人はけっこういないイメージあったけど、けっこういるみたいです。ここでは、そういったブラジル移民者の子どもたちに母語(ポルトガル語)や逆に日本語も教えたりしてるんだそう。


地元の神戸が実は移民発祥の地で、こういった活動をしている人達が地元にいる。
今日だって、この催し物にこんなにもたくさんの人たちが集まってくる。
ブラジルと繋がっている人はいっぱいいるんだ。

最近、将来のこととか、目の前のことに捕らわれ過ぎていて、気づけばブラジルのことを考えている時間が段々減っていっている。
普通に生活していると、毎日大学に通い、まったくブラジルとは関係のない日々を送る。そのうちに言葉も忘れ、経験が思い出になっていく。
今日も偶然あった子と話してたんだけど、普通に生きてると、ブラジルは自分の身の周りに意外になくて、どんどん全く関係のない日本の日々に追われていく。

もっとブラジルと繋がっていたい!と思う。
自分次第だな。
止まってちゃ、何も見えん。


これから、ここの団体や活動にちょくちょく顔出してみようと思います。
今回の催し物だって偶然知って行ってみれば、運命的な再会もいくつかあったし。
人の縁って本当に大切だから。
それに、ここにいればもっとブラジルが近くなる気がするし、自分にできることもなんかありそうだし。
6月のフェスタ・ジュニーナとかほんまに楽しみ!!



その帰りに、いとこのアキタロウに電話しました。

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2006年04月26日

青い空色のリボン

今日、JR宝塚駅の前を通ったら、たくさんの人やテレビ局のカメラがいました。
すると、「青いリボン」を配られました。
そのリボンには「あの日を忘れない」と書いてあって、その青い色のリボンはあの日の空の色を表しているんだそうです。

今日であのJR福知山線の事故から一年が経ちました。
あの日といっても、僕はその時日本にいなかったわけで、
あの時は、ブラジルにてyahooニュースでその事故を知り、
大学に行く時に使う路線なので、家族や友達、知り合いが巻き込まれていないか
遠く離れた地で居ても立ってもいられなかったのを覚えています。
その後の情報源も、ネットのわずかな情報と家族や友達からの
断片的な情報しか入ってこなかったので、心配は増すばかりでした。

そして、治安が悪いと言われているブラジルに居ながら、一見安全のように見える
日本での大惨事があって、何だか複雑な気持ちになったのも覚えています。


今日、リボンをもらって宝塚のホームで電車を持っていて思いました。
きっとあの日、電車に乗っていた人たちの中にも、今こうやって自分が悩んでいる
ありきたりな人生の悩みを抱えていた人もいたんだろうな。
きっとこれからやりたいことだって色々あったんだろう。
好きな人や、愛する人もいたんだろう。
帰り待ってくれている人もいたんだろうな。
生きたかっただろうな。

そう考えると、やりきれないですよね。


ブラジルは治安の悪いイメージがあるし、実際そういう面もあるけれど、
日本だって今やどうかわからない。
親が自分の子を安心して外で遊ばせたくなくなるような事件が続発し、
暗いニュースばかり流れます。


ブラジルは銃による犯罪が多いと有名だけれど、
ブラジルで年間銃器犯罪によって亡くなる人の数と、日本の年間の自殺者の数がほぼ同じだということ。。。
一体この数字は何を意味するのか?
追い込む社会、プレッシャーの社会。

ブラジルのほとんどの犯罪は単純です。
ただ貧しくて、お金がないから、欲しいから。
でも、日本で昨今起こっている犯罪には、動機が不明な事件が
あまりにも多いのは気のせいでしょうか?



亡くなった人たちのためにも、今生きている人間が、こんなこともう二度と起きないように、そして、亡くなった人たちに恥じないように、一生懸命生きていかないといけないですよね。



bmz61853 at 04:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年04月25日

人生の岐路、道の途中

僕は今、人生最大に悩んでいます。
かれこれ同じことで悩み続けてもう1ヶ月以上。
人生の先輩からは「同じことで3ヶ月以上悩むもんじゃない」と忠告されましたが、
自分でもここまで長引くとは思っていなかった。

自分の目の前には、2つの大きく分かれる岐路が広がっていて、
どちらに行くべきか、どうか迷っている。
毎日、自分の中で、1つの道を支持するやつと、もう一方を指示するやつが
何時間にも渡る永遠に続きそうな議論を繰り返している。

一方のやつが勝ったかと思うと、次の日にはもう一方のやつが新たな戦法を引っさげて再挑戦してきます。そんな感じ。
どっちも正論で、どちらの意見も正しい。
ややこしいことに、どっちが正解というわけでもなく、
裁判官の立場にある僕は、最終的には論理的ではなく、自分の気持ちと覚悟
で決めなくてはいけない。

この2つのいうなれば、赤ツバサと青ツバサは、戦えば戦うほど強くなっていくらしく、どんどん色んな意見を吸収して、大きくなっていく一方。
お前ら、戦闘民族サイヤ人かよっ?!と、思ってしまいます。


そんな感じで、本当に一日24時間、何をしている時でも、頭のどこかでやつらは闘っていて、この闘いに決着をつけようと、僕は色んな人に相談をしているのですが、それこそ色んな意見があって、場合によってはやつらに新たな武器を与えます。
人のいろんな意見を聞けば聞くほど、迷ってしまいます。


一度しかない人生だから。
そう考えれば考えるほど、わからなくなって、自分の気持ちさえわからなくなる。
もう正直、本当にしんどくて、精神的にも参ってきています。
こんなにも自分の進路のことで悩んでいるのは、きっと人生最大。
後から、見返せばきっとたいしたことないんだけど、今の僕にはそれこそ
人生を左右する一大事です。


今まで100通りのパターンと100個の理屈を並べてみました。
でも、決まらない。
最後は、理屈じゃないんだと思います。
自分の正直な気持ちを、正直な想いを、信念を、貫くべきだと思います。
自分が正しいと信じた道が、きっと歩むべき道になってくるのでしょうね。
要するに、最終的には自分。自分の芯をしっかり持つこと。
ということは、頭ではわかっています。


正直、しんどい。
ご相談に乗って頂いている方には本当にご迷惑かけています。
きっと、こんな僕にイライラされていることでしょう。
でも、これが僕です。




bmz61853 at 02:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年04月22日

誰かmixiに招待して下さい。

なんかブラジルから帰ってきたら、巷ではmixiなるものが流行ってるらしいじゃないですか?!
ずっと、参加したいと思ってるねんけど、誰も誘ってくれへん!!

ちなみに、今、ブラジルでは、mixiと同じようなソーシャルネットワーキングで
「orkut」ってのが流行ってるんですよ。
ブラジルとかヨーロッパとかで主に流行ってるみたいです。おれも自分のページ持ってます。
誰か誘ってほしい人がいたら言って下さい。
って、いないか。


てか、誰かmixi誘ってよ!!
この場では、個人情報流出になるから、メルアド載せられへんけど、
おれのアドレス知ってる人、誘ってや!!

bmz61853 at 00:46|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2006年04月18日

ぼくはボランティア

5a67d00f.JPG実は、僕のモンチ・アズールでの生活が本の一部になりました!!

せせらぎ出版から新しく出版された本なんですけど、ホリスティック教育ライブラリーのシリーズ6というもので、「持続可能な教育社会をつくる」という本です。

去年の6月か7月頃だったかな?
せせらぎ出版の方からダイスケさんに執筆の依頼があって、ダイスケさんを中心にその時、モンチでボランティアをしていた日本人の有志を中心に何かおもしろいものを共同執筆という形で書こうとなりました。

その時期は、日々の仕事に加え日本祭りの準備やら、よさこい教室やらでめちゃめちゃ忙しかったけど、「これはチャンス!!」と思い、寝る間も惜しんでパソコンとにらめっこで文章考えていたのを覚えています。

その本がいよいよ完成して、2〜3日前にダイスケさんから送ってもらって手元に届いたんだけど、思っていたより数倍立派な本で(失礼かな?)、驚きました。しかも、他の内容も、本全部がおもしろそうなので、今から頑張って読みたいと思います。


この「持続可能な教育社会をつくる」という本は、持続可能な教育社会というのをテーマに様々な分野で働いている人達がそれぞれの活動や経験から書いていくというもので、その一部に我らダイスケさん率いるモンチ・アズール組のチャプターがあるわけです。

僕たちが書いたのは、ずばり『ぼくはボランティア』。
題名のまんま、モンチ・アズールで働くある架空の日本人ボランティアが日々どのような生活を送っているか、それをわかりやすく日記風に、モンチ・アズールの説明も交えながら紹介しています。

この架空の人物ってのが、まぁ、本読んでもらえればいいんだけど、ここでは内緒です。でも、これ読めば僕が向こうで日々どんな生活していたのか、何してたのか、すごくよくわかってもらえると思います。

てか、このブログを最初の方からずーっとよく読んでくれていた人は、見覚えのある内容の文章が多々出てきます。別に、手抜いてたわけじゃないです。しかも、ぶっちゃけると、主人公の名前以外は、全員実名だったりします。というか、ほとんどノンフィクションです。設定は多少変えてあるけど。


でも、とてもおもしろい出来に仕上がってるし、ぜひ色んな人にモンチ・アズールのこと、僕が向こうで何やってたのか少しでも知ってもらいたいので、積極的にこの本をアピールしようと思っています。
手元に2冊あって、1冊はさっそく貸してしまったから、もし、読みたかったら先着順声を掛けてください。いつでも貸します。

そのうち、「僕はボランティア」のところだけ、複数コピーして、また回そうかとも思っています。「僕はボランティア」自体は10〜15分あれば読める内容のものです。


ということで、よろしくお願いします!!




bmz61853 at 21:38|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2006年04月15日

日本の学級崩壊とモンチ・アズールの学童保育



今日、教職の授業で日本の小学校の学級崩壊を取り扱ったNHKのドキュメンタリー番組のビデオを見ました。こんなの先生を目指している人が見たら、先生になる気なくなっちゃうよっていうぐらいちょっと強烈で激しいやつでした。

大阪のある小学校に焦点があてられ、その学校では特に1年生と4年生のクラスが荒れまくっていて、担任の先生がもうどうしていいかわからなくなって、ノイローゼみたいになって泣いていました。

教職の授業なので、もちろん将来先生を考えている人達がたくさんいたのですが、そのあまりにも強烈な映像を見てみんな引いていました。僕も引いていました。

でも、途中から気づいたんだけど、「あれ?この状況、どこかでも見たことあるな・・・」って。よく思い出してみたら、「そうか!モンチ・アズールで働いていた学童保育の僕のクラスにそっくりだ!!」って気づきました。
そうだ、そうだ、あいつらもこんな感じでよく荒れていたな〜なんて思うと、何だか温かい気持ちになりました。

その日本の小学校とモンチ・アズールの学童のクラスが似ていた点は、

先生が話しているのに、立ち歩いたり、授業の邪魔をする。じっとしていられず、他の子にちょっかいを出さずにはいられない。人の話が聞けない。
ケンカが絶えない。すぐに暴力を振るう。男の子も女の子も取っ組み合いのケンカをする。一度ケンカが起こると、他の子どもたちも興奮状態になってケンカが各地で勃発。
一人の子が暴れだすと、その子の邪気が他の子に伝染し、それがクラス中に伝わると、もう止められない。
しかし、大人を嫌っているわけではなく、近づくと向こうから寄ってきて甘える仕草を見せる。いい子になる時と、悪くなる時の差も激しい。

以上、4点です。といっても、日本とブラジルの状況が全く同じというわけはありません。あくまでも似ていて重なって見える部分があったんです。

ということは、そうか、僕は日本でいう学級崩壊をブラジルですでに経験していたのか〜としみじみ思いました。いや、やつらのエネルギーはあんなもんじゃないよ。
テレズィーニャとかは、「これが学級崩壊ってやつよ!」なんていう訳ないし、たぶんあの程度じゃ学級崩壊なんて思ってなくて、あれが普通の授業(それもどうなのか?)だから、そんなこと考えたこともなかったけど、今から思うとよくやってたよなって思います。しかも、言葉も違うのに。


でも、日本の先生もちょっと頼りなかったな。生徒との間に「先生は怒らない。その代わり、先生の言うことは1回で聞く」って約束を交わしてたけど、「怒らない」なんて約束したらあかんやん!って思いました。結局怒ってたけど。
先生と生徒の間には必ず秩序が保たれていることが必要です。怒る時は怒る、褒める時は褒める。その線引きがしっかりつけれてないと、子どもにすぐになめられます。子どもになめられた時点で、子どもとの信頼関係の構築はかなり困難になると思います。
その辺、テレズィーニャはきっちり出来ていました。まぁそんなテレズィーニャを手こずらせてたあの愛すべき悪がきどもですが。

ビデオ見ながら、こんな場合、テレズィーニャならどうしてたかな?マルシアーノのならどう対処してるかな?と思い出していました。


ビデオに映っていた小学校の先生たちは、「なぜ子どもがそんなに荒れているのか、原因が全くわからない」とお手上げ状態で、打つ手なしみたいにもがいていたけど、もし、あの小学校のケースがモンチ・アズールと全く同じでないまでも、少しでも似ているとすれば、根本の原因は学校の中ではなく、学校の外、つまり「家庭」にあると思います。

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bmz61853 at 00:29|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2006年04月09日

本気になれる幸せ

今日、初めて噂の北○旅団の演劇を見ました。
しかも、一番新しいやつ。
まーくんが劇団3周年記念の行事に招待してくれたのです。

いや〜、すごかった・・・!すげー迫力。
一番前の席で見たんやけど、まさに唾が飛んできそうな位置でした。
歌あり、笑い(?)あり、涙ありの3時間ぶっとおし公演。
途中何度も意識が飛びそうになったとかは、ここだけの話です。

時代劇もので、内容もわかりやすく、おもしろかった。
ただ、有井さんがピチピチ小娘の役やったり、まーくんがただ一人中途半端な笑いを取りに行っていたり。。。

でも、思ったのは、あれだけ何か一生懸命打ち込めるものがあることは
ほんまに素敵なことやな〜って。

だって、中途半端には出来ないでしょ、あれ。台詞やたら長いし、覚えることもいっぱいやし、付け焼刃ではあんなのできない。
想いが、気持ちが入ってるからこそ、歌とか演技でも伝わってくるものがあるし、
何より皆さん、本当にええ顔してました!
目がキラキラしてたね!

しかも、別にお金目的でもなく、ほんまに自分たちのやりたいことを体で表現している。頭で考えているだけじゃなくて、実際に体を使って外に出している人は、強いですよね。

こんなにも必至で打ち込めるものがあって、なおかつそれを共有できる仲間がいるということは、何とも幸せなことだと思います。
まぁ、おれにもあるけど、それ。もうすぐ巣立つけど。


公演が終わった後、まーくん並びに有井さん、他の劇団員の方たちに「一緒に劇団やらないかい?(キラン!)」と誘われました。
座長さんにも強引に紹介され、次回5月の長野県の公演に忍者役のオファーが来ました。切って殺される役だそうです。
嫌です。ちょっと興味あるけど、今はできません。
せめて主役級を暗殺する忍者役なら引き受けます。



この2〜3週間ずっと悩んでいた自分からようやく解放された気分です。
今は、目の前の霧が晴れて、視界が少しずつ見えるようになってきた感じです。

今から考えると、またもや流される必要のない激流の川にわざと飛び込もうとしていました。本当に、これは僕の性格です。
流されないために、地球の裏側のブラジルに行って学んできたのに、帰ってきて結局流されたら意味ないやん。いや、それはそれで意味がきっとあるけど、何か違う。

ただ、周りを見ては、焦っていました。人と自分を比べて、焦ってました。
焦るばっかりで、地に足が着いてなかった。
そういう面は、結局一年前と何も変わってないです。

最近、すごく思うけど、ブラジルから帰ってくる直前は「あぁ〜おれもけっこうこの一年で成長したんかなー」って思ってたけど、日本に帰ってきて日を追うごとに、「あれ?結局一年前と一緒やん、なんも進歩ないやん」って自己嫌悪になって。

でも、どっちも不正解。
そりゃ変わったものもあるけど、変わってないことの方が多い。
一年で人はそんなに変わらないです。結局21年間培ってきた価値観や経験の蓄積は一年ブラジルで生活したぐらいで劇的な変化はないです。
でも、もしほんまに変わるとすれば、これから。

ブラジルでの1年よりも、それを経て培うこれからの10年の方がよっぽど大切なのでしょう。
そういった意味で、おれは自分の中にしっかり一年で種を植えれたと思っています。
これからは、それに毎日水をやりながら、育てることが大切。
せっかく植えた種を枯らさないように。いつか花が咲くように。


今が一番の踏ん張りどころ。
一回しかない自分の人生やねんから、今こそ自分らしく生きたれよ!
今やからこそ、もう一回自分と向き合えよ。

明日から、がんばるどー!!

bmz61853 at 23:47|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2006年04月06日

遠足=想い出=幸せのかけら

0e1b335d.JPG真由美さんから、カノア・ケブラーダの子どもたちが遠足に行った時の写真が届きました。みんないい顔してるでしょ?僕が日本に帰ってきた3週間後に行われたようです。

実は、この遠足、去年の10月にモンチ・アズールで日本祭りをやった時に日系企業などから集めたお金の余りを使って実施されたのです。

日本祭りのために、みんなで色んな日系企業回って必至で集めたお金。
頑張って、走り回って、気づけば目標金額の2倍ぐらいのお金が集まっていました。
エミちゃんという我らがニコニコ敏腕会計のおかげで予算がだいぶ抑えられて、
気づけばたくさんのお金が余っていました。
余ったお金から、500ヘアル(約25,000円)を来年の日本祭りの準備資金に回すとして、残りの700〜800ヘアルをどうしようか?
みんなで話し合った結果、今財政的に困っているカノアのために何かできないか?ということでした。

そして、僕がカノアに実際に行った時に、どういう風にそのお金を使うのがいいか、真由美さんと話し合って、今回の「遠足」に決まりました。

というのは、毎年行われている子どもたちの「遠足」。
カノアで生まれて海や自然に囲まれて育っている子どもたちも、中には一度も村から外に出たことのない子どももいるということ。
そんな中で、例えバスで1〜2時間でいけるところであっても、普段と違う場所にみんなでお出掛けできるっていうのは、本当に子どもたちにとって「良き想い出」になるのです。

思うんですけど、子どもの頃に、一つでもそういった楽しい想い出があることって本当にその子の人生にとって大切でかけがえのない財産になりますよね。
カノアの子達は、いつも以前行った遠足の時の写真を何度も何度も僕に自慢するように見せてくれました。そのとき、やつらとってもいい顔するんです。
僕も小学生ぐらいの友達と遠出した楽しい想い出がずっと心に残ってるし。

良き想い出というものは、「幸せのかけら」です。
幸せのかけらは、人が「生きていく力」になると思います。


カノアが財政難で、教職員のお給料を払うのに精一杯だったから、今年の遠足は危ぶまれていました。
何か、後に残るものもいいけど、でも、何か想い出にずっと残るものがいいな。
とにかく、子どもたちのいい顔になればな。お金がそんな風に変わればな。

ということで、日本祭りの余りのお金を使って、カノアの子どもたちの遠足が行われました。

真由美さんの報告では、3〜10歳の子ども約40人がバスで一時間離れた海岸に行ったそうです。カノアも同じ海岸だけど、でも、同じ海岸でも微妙に形も、海の色も、砂の感触も、そこにある植物も、自然も違って、子どもたちにとってはすごく嬉しいんだって!


海で遊んで、自然探索して、普段は食べれないご馳走やフルーツもたくさん食べたんだって!いつもお腹をすかしていた子達が、たらふく食べたって。あぁ〜絶対一緒に行きたかった!!!
行きのバスではみんな歌って大はしゃぎ、帰りのバスでは疲れきってみんな寝てたんだってさ!写真見てるだけで、こっちまでそれが想像できてニヤケちゃうよ。

日本祭りでみんなで一生懸命集めたお金の一部が、最終的にそうやってカノアの子どもたちの楽しい想い出になれて本当によかった。どうか、これから辛い時とかに、そんな想い出が辛さを支えるものになってくれればな。


あぁ〜みんなに会いたい。。。
元気かな?おれのことちゃんと覚えてくれてるかな?


真由美さんの話では、
子どもたちはあれからも、ずっとよさこいそーらん節の歌を口ずさんで、踊ってくれているらしいです。
地域の人たちからも、ぜひ子どもたちがソーラン節を忘れないように、月に1回みんなでソーラン節を踊る日を作ってはどうか?という提案も出ているとか。
それって、すっごく嬉しい!!
こんな僕にも何か残せるものがあったんだろうか?

あぁ〜みんなに会いたい。
でも、みんなに恥じないように、今はちゃんとしっかり人生選びしなくては。
次会う時に、お互いもっと成長した姿で会えるように・・・。


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2006年04月02日

心機一転

e02decb2.jpg村田ゼミ







4月になったので、心機一転ブログのデザインを変えてみました。
どうでしょう?
ついでに、タイトルも変えてみました。
どうでしょう?(てか、このポルトガル語ほんとにあってるのか?>どう?リサ)

青空がさわやかなイメージで、僕にぴったりでしょう?w
まぁ、デザインもタイトルも様子見て気に入らなかったら、気に入るまでどんどんお試し期間。


もう、ブラジルから帰ってきてそろそろ1ヶ月経つので、いつまでも「Dias do Brasil(ブラジルの日々)」なんて言ってられません。もうブラジルでの日々は終わり。
今は日本だし、日本での新しい生活はとっくに始まっているし。
それは、別にあの日々を忘れるとかじゃなくて、ここから前に進んでいくために。
あの経験を、これからの人生に活かしていく為に。
いつまでもくすぶってないで、そろそろ飛んどけよって。


おもしろいことに、日本に帰ってきてからブログが書けなくなっちゃった。
帰ってきてよく言われるのが「ブログ長いね〜」とか「よくあんな長い文章書けるね〜」とか。
今から考えると、自分でも不思議なぐらい、よくあれだけ毎回書けてたよな〜って思う。
ブラジルに居たときは、なんかいつも勝手に手が動いてたんですよね。
頭で考える前に、手が動いてた。だから、本当に飾り気のない文章だったんだと思います。思ったことをそのまま書いてただけだから。
それだけやっぱり感性が研ぎ澄まされて、感じることが多かったんだろう。
自分の中に入ってくる分、外に溢れ出していた感じです。


今は、なんか書くときに色々考えちゃうな。
いや、ていうか、書きたいことはあるんだけど、うまく文章にならない、時間がない(言い訳)、めんどくさい(最悪)というか。
逆に、日本にいるから、色々あって書きたくても書けないこともあるし。


3月は卒業シーズンだったわけで、みんな巣立っていっちゃいました。
一年前まで同じ土俵にいたと思っていたやつらが、急に新しい舞台に行ってしまった。そんな彼らを見ていると、羨ましいような、取り残されたような、誇らしいような、寂しいような。
君たちがいない学校なんて、楽しさ半減だ。
写真は、卒業パーティーでの晴れ姿。
4月から頑張れ!!

それに、一個下だった子たちも何だか流れ的にタメになってしまって、急に成長したように思えて、焦ってしまいます。

おれ何してんだろう?って。
ほんとに、それなんですよね。何してんだろう?おれって。

でも、今はすっげー悩んでて、人の話聞けば聞くほど、考えれば考えるほどわからなくなる。人生選びは、本当にわからん。きっとこんなに進路のことで悩んでいるのは、過去最高だろうな。
いや、いつもそうなんです。何か新しいことを始める時は、いつもウダウダしてしまう。「これ!」って決めれば、もうそれしか見えなくなるぐらい突っ走れるのにね。
今は、ダメ男なんです。

「もう誰かおれの行く道決めてくれ!」って思うけど、そういうわけにもいかない。
自分で決めなくちゃ、生きてる意味ないよ。
っていうか、「人生が選べる」こと自体が本当に幸せなことで、贅沢な悩み。
だからこそ、簡単に安易な考えで、適当に決めたくない。
ちゃんと悩んで、考えて、自分の道決めたい。
だから、この時間はとても貴重なのだと思っています。

でも、こんなに苦しいのは、そろそろ辛い。
それに情けない。
なので、そろそろ結論を出します。


4月。新しい生活の始まり。
もうこれ以上、立ち止まってられない!!!!


bmz61853 at 01:41|PermalinkComments(2)TrackBack(0)