日本海側に戻ってからしばらくの釣りスタイル・・・無職の間にサヨリとかセイゴとか

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高校を卒業してから、引越ししながらもしばらく住んだ太平洋側の生活ともお別れ。
生まれ育った日本海側に戻ってきました。


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裏日本生まれの人間としては太平洋側の気候がとても好きだったのですが(笑)
人生は釣果と同じく思いどおりには行かないものです。
住んでみたら、日本海側ものんびりしていていいですけどね。

日本海側に戻ってから、しばらく人生の貴重な経験、ハングリーな無職時代も経験します。

無職の時、気分転換によく近くの漁港に釣りに行きました。
ん?無職の時に気分転嫁が必要か?そんな疑問が聞こえてきそうですが・・・
無職は無職なりにストレスがあるものなんです。
こればかりは無職の人間にか解らない。


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漁港では、豆アジとかサヨリとか・・・
ハングリーな時期だけに、リールなしの竿と最小限のコマセで釣りをすることしばしば(笑)
経済的な余裕のなさから、大好きなボート釣りからしばらく離れます。
シンプルな釣りに特化したりとか、サヨリを強引に引っ掛けるとか・・・
なんかエゲツナイ釣りをしていましたね。


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釣りでサヨリに出会たのもこの時くらい。
魚との出会いは本当に一瞬です。


無職の息子が釣った魚を家に持ち帰って、母親に「釣れたよ~」って魚を見せたら、
母親は複雑な乾いた笑い。
でも、漁港生まれの漁師の娘として育った母はかなり理解してくれていました。
なので母方の祖父は生粋の漁師です・・・生まれたときにはもう居なくてお会いしたことはありません。
デカい漁船も所有していたみたいだ(なぜ、らくだはボートエース?)。

当時は、釣った魚の料理は母親に任せていました。
漁師の娘ということで、何の不安もなくお任せ状態(笑)
もう、母親は他界していますが母親の手早い包丁さばきを思い出します。


近くの河口では、大学時代にいい思いをしたルアーフィッシングで、シーバスも狙ってみます。
しかし、ルアーを投げても投げても何の引きもありません。
しかも、ルアーを底に引っ掛けてロスト。
無職でルアーロストはまさに痛恨。

ここに魚は居ないのかと思っていたら・・・


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近くで釣りをしているオジサンが、活きエビのウキ釣りで、セイゴをず~っと引っ掛けています。
「兄ちゃんセイゴ持ってけ」と言われ遠慮なくいただきます。
釣りはやはりメソッドが大切。
改めて痛感させられました。

この時、完全にルアーフィッシングというものを嫌いになった気がします。

無職時代は短ったのですが思い起こすだけでも、結構貴重な釣り経験をしているものだ。
淡い恋の思い出?
貧乏釣りの思い出しか残っていない(笑)





浜名湖の潮の流れと西伊豆で出会ったマキコボシの大ダイに驚いた・・・静岡編

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長い釣り歴史の中では静岡方面でも釣りをしたことがあります。



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上司と浜名湖に釣りに行ったときの出来事。


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防波堤から投げ竿で積極的に攻めてみます。
湖だからと軽く思って、投げ竿で重めの天秤を投げたら、仕掛けが潮で流される流される。
潮の流れで仕掛けが流される経験なんて、日本海側の釣りでは考えられないこと。
この時、太平洋側のダイナミックさを感じました。
良型のカレイを釣った覚えがありますが、カレイの引きも解らないくらいの潮の流れでした。


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あと、静岡で覚えているのは西伊豆での釣りの思い出。
西伊豆の堤防で沢山の人がサビキをしていて、何が釣れているのか聞いたところ「ウルメイワシ」が回遊しているとのこと。
慌てて、サビキを垂らしたら「ウルメイワシ」が爆釣爆釣。
釣った「ウルメイワシ」を手さばきで捌いた刺身は、少し小骨があるものの今まで食べた魚の中で一番美味しかったと記憶しています。
ただ、長い人生で「ウルメイワシ」と出会ったのはこの時だけ。
また、釣りたての「ウルメイワシ」の刺身を食べたいと思いますが、タイミングを逃したりフィールドが変わったりすると全く出会わない魚になってしまいますね。
いつの日か、ウルメイワシの大群と再会したい。
ささやかな野望です。


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そして貸しボートをしている西伊豆の釣具店で、90センチ近い大ダイを釣っている釣り人と遭遇します。
しかも手漕ぎボートで毎週のように仕留めているみたいです。
さらに、竿など使わずに脈釣りです。
どうやって仕留めているか聞くと、どうやら西伊豆の伝統釣法のマキコボシで釣っているらしい。

マキコボシは、平たい石を集めて、その石に針に刺したエビ餌とコマセを乗せて、釣り糸でグルグル巻いてから、海底付近までゆらゆらと落とす釣法です。
釣りをする場所は養殖イケス付近。
途中から、巻き付けた糸が石をクルクルさせて海底付近まで落ち、海底付近でエビ餌だけになるという仕組みです。
落ちるときに石に乗せたコマセが、養殖イケスに与えた餌が海底までこぼれ落ちるときにそっくりらしい。
そして餌の煙幕の中にエビを漂わせて大ダイに食わせるらしい。
如何にもご当地独特の釣り方です。


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是非、大ダイを釣ってみたいという野心を抱き、数回マキコボシをチャレンジするものの、釣れたのは手のひらサイズのマダイのみ。
マキコボシのプロ達には足元にも及ばず、そして大ダイを釣るということは本当に難しいと痛感させられました。

その時の苦い経験から、大物釣りから逃げるように、完全に小物釣り師を目指すようになってしまいました。
ここから、つりんがー師匠から「タイラバ」という釣法をすすめられるまで、約10年ほど小物釣りの釣り人生を歩み続けます。

苦い経験による固定概念は、積極的な釣りよりも、より安定的な釣りスタイルに仕向けてしまいますが、その固定概念を崩すのは、やはりその場所にあった釣りのセオリーだと思います。
ポイントと釣法(セオリー)が合っていて・・・プラス時合さえ合えば、大物でも釣れると知るまでに、ボート釣りを始めてから10年ほどかかりました。
それくらい、釣りのコツをつかむのはとても難しく、奥の深い趣味だと思います。


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西伊豆では大きなマダイには出会えなかったものの・・・
干潮時の岩場の穴釣りで、良型のクロソイを連発したり、チダイだったかレンコダイだったかは覚えていませんが、サビキでタイの群れに遭遇したりと、沢山のいい思い出を作ることが出来ました。
伊豆の潮の流れも、手漕ぎボートではとてもきつく、漕いでも漕いでもなかなか前に進めないといった苦い経験も、今となってはいい経験になっています。


この後、太平洋側での暮らしから離れ日本海側の生活に戻ることになりました。

もちろん釣りも日本海側ばかりになってしまいますが、太平洋側での釣りの経験は結構活かされています。
まぁ、若狭湾での釣りは太平洋側の釣りより全然ダイナミックな釣りではありませんが、安全な釣りであることに間違いありません。
日本海側の安全さを実感できるだけでも、太平洋側の釣りの経験はプラスでしょう。
ただ、何時の日か、余裕があれば太平洋側でのボート釣りもしてみたいと思います。
そのためには、一日も早いボート釣りの復帰が必要ですね(笑)


※西伊豆の写真は沼津の風景さんから素材をお借りしました。ありがとうございました。

上司に連れていかれた伊勢五カ所湾で素晴らしい包丁捌きに出会う

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中京方面で働いていたころ、釣りが好きな上司が居て、休日釣りに行かないか誘われました。
その上司は、ボート釣りもするらしく、いつもマゴチを釣った自慢話しをしていたのを覚えています。
「キス釣りをしていた時に、竿持っていかれそうになった・・・」って何回聞いたでしょうか(笑)

ある時、「伊勢方面に釣りに行こう」と、半ば強引に拉致されました。
なんでも、伊勢方面に船釣りに連れて行ってくれる知り合いがいるだとか・・・ 
無料で船釣りに行けるのなら行ってみようかと。
ただし、船竿のいいものなんかなくキス釣り用の柔らかい竿を持ってGO。
その頃は、まだまだ沖釣りは発展途上の世界でした。


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伊勢の海は、変化に富んだ地形かつ、雄大です。
若狭の海とはスケール感が違います。



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連れて行かれたのは、五カ所湾の相賀の大池付近でした。
(この写真相賀の大池じゃないかも・・・)
上司の知り合いという方と合流し、大池の船着場から地元の漁船に乗って五カ所湾に出撃します。



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どんな大物釣りをするのかと思いきや・・・
船長さん、沖は波が高いから先ずは筏からキスを狙うとのこと。
相賀のニワ浜沖の筏に船をつけて筏に移り、投げでキスを狙います。

キスを狙って、仕掛けを投げてみると、若狭湾では感じられないほどのアタリを感じます。
その時、魚影が濃いってこういうことを言うんだなって痛感しました。
筏からなので、基本かかり釣りになりますが、それでも絶え間なくキスのアタリがあります。



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しかも、今まで釣ったことのないような25㎝オーバーのキスを何本か釣り上げます。
他の人よりも何故だか良型のキスを多く釣ってしまって、すっかり舞い上がってしまいました。
楽しくて仕方ありません。

でも、この時の楽しい経験が長らくキス釣りのスランプに陥る原因になります。
キスはかかり釣りでも魚影が濃ければ釣れるという認識を持ってしまいました。
ビギナーズラックは後々マイナスにしか働きませんね。
やっぱり釣りはセオリーが大事です。

流石に皆で四方八方投げ釣りしたせいか、キスのアタリが遠のいてしまって、船で沖合に出ることに。



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ご一行で、止ノ鼻沖で沖釣り開始。
沖は、船長さんが心配していた通りかなりうねりがあります。

うねりの中、どんな大物が来るかとワクワクして仕掛けを投入しましたが、早速根掛かり。
柔らかいキス竿ではコントロールが効きません。
上司に大きい引きがありますが、まさかの大ベラ(笑)
笑いながらも、自分の仕掛けをロスたので、
仕掛けを結び直そうとしたところ、上司を笑った天罰か激しく酔ってしまってゲロってしまって・・・

ゲロったら、今度はご一行様に次々とゲロが伝染していきます。
(汚い話ですみません)
同船していた怖そうなオジサンに「吐くなコノヤロー」って思いっきり怒られました。
船の中は集団生活みたいなものですから、そりゃ怒られます。
その時、周囲に迷惑をかけないピンボート釣り師になりたいと誓いました。
その後も、激しい船酔いで釣りなどとても出来ずテクニカルノックアウト。

うねりにやられ、ゲロにやられ、釣果も振るわず・・・
船内の雰囲気も物凄く悪い中、すごすごと帰港しました。


帰港後、怖そうなオジサンが、私の釣ったキスを見事に捌いてくれました。
その時見た、怖そうなオジサンの包丁捌きは、今でも鮮烈に記憶に残っていて・・・
柳刃包丁も流れるように使いこなし惚れ惚れするような見事な薄造りを作っていきます。
自分も、釣り人になるなら、この怖いオジサンのように釣り魚を捌きたいと思ったものです。

オジサンの捌いた、キスの薄造りを食べてまた感動。
臭み雑味もなく、見事なキスの旨味が直球で伝わってきます。
捌きで、ここまでも魚の素の味を出せるのかと衝撃を受けました。
怖いオジサンからも「お前の釣ったキスのおかげで美味しい刺身が食べれた」とお褒めのお言葉頂きました。
ホッとしました。
人は見た目で判断してはいけませんね。
上司の釣った大ベラも煮付けで食べてとても美味しかったです。
魚も見た目で判断してはいけません。
この時、本当にいい経験が出来たと思います。


その後も、職場の上司と伊勢湾で投げ釣りをしたり・・・
筏から真冬にカレイ釣りをしたり、知多で二人でボート釣りをしたり。
あまり、釣果には恵まれなかったように思いますが・・・
釣りという共通の趣味を持っていることで、仕事なんてどうでもよくなる関係を築けますね(笑)
元職場の上司は今でも元気かな?


今、思い起こすと伊勢にもこういった懐かしい思い出があります。
伊勢方面でボート釣りなんかできると、ボート釣りの世界は変わるような気がしますが・・・
若狭湾でのボート釣りもままならないのに、伊勢湾なんて敷居が高いです。
でも、一度くらいは、あの雄大な伊勢湾でボートを浮かべて釣りをしてみたいです。

そして、包丁捌きは、あのオジサンのようになりたいという思いは変わらない。




大学卒業後、友人Nと釣りで攻めた知多半島と入鹿池の思い出

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大学卒業後は東海地方で就職します。
釣りが好きだったのに、あまり日本海側の気候が好きじゃなかったんですね。
特に嫌いだったのは、冬の厳しい天気。
今は、どっぷり日本海側の厳しい冬を味わっていますが(泣)

この頃は、思い返してみると、ボート釣りと陸っぱりとのバランスの良い釣りをした時期でした。

就職先の営業範囲は東海地方と北陸地方全域。
今から考えると鬼です。
若いというのは邪心がないから何の疑問もなく働いていました。

ただ、ストレスいっぱいで働いていたので、休日を見つけてはなるべく釣りに出かけていたように思います。
大学後半で覚えた、実家近くでのボート釣りも、仕事で忙しくなったためしばらく封印します。

この頃、釣りによく行ったのは、友人のN君。
友人のN君は、大学が同じだったのですが、知り合ったのは大学4年生の時。
卒業後、唯一同じ東海方面に就職ということで、お互いストレスを溜め込んでいた二人は隙を見つけては釣りに行くという関係になりました。
恋人よりかは確実に信頼関係があると思います(笑)
「恋人より釣り人」・・・名言迷言。



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友人Nとよく攻めたのは知多半島です。
住んでいるところからアクセスが良いというのもあって知多半島を二人のホームグランドに。
よくトライした釣りは投げ釣りです。
自分で稼いだ給料で、シマノの投げ竿と投げ用のスピニングを買いました。
もう、今となっては、すっかり投げのタックルなんて使わなくなりましたが・・・
親のすねをかじらず、自己責任で釣りをするというのは本当にいいことです。
身の丈に応じた釣りしか出来なくなりますからね。
罪悪感もなくなります。



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知多半島は、都会に近いのに自然が残っています。
当時はセントレアなんてまだなかったですね。
都市と自然のバランスがいい感じ。
ストレス発散には十分のロケーションでした。
ちなみに釣り人も多かったですね。
釣り場に行くときも帰る時も、渋滞によく巻き込まれました。


結構、二人で釣りに行った記憶があるのですが、魚は沢山釣れた記憶がありません。
一人暮らしだったので、それはそれでライフスタイルに合っていたのかも。



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投げ釣りでは、アイナメをよく釣りました。
釣れた良型のアイナメを刺身にしたら、それは上品な味で、とても美味しかったのを舌が覚えています。
記憶は薄れていきますが、舌の味覚の記憶というのは忘れないものです。

アイナメの釣りは、根のある所に投げるので、アタリを感じたら、ふわっと引き上げないといけない・・・
藻にもよく引っ掛かるし、早く引き上げないと根にも潜られる。
なかなかもどかしい釣りですが、アイナメに出会えたのは、知多半島で釣りをしていたこの頃だけで、その後はなかなか出会えません。
ウミヘビみたいなものも釣ってしまってギョギョっとした経験もあります。

関東で釣ったサッパもそうですが、その時当たり前のように出会える魚も、後々まったく出会えなくなる。
全く持って、「釣りあるある」ですね。



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友人Nとは、犬山市の入鹿池でバスやワカサギ釣りにも挑戦しました。
ここではレンタルボートを借りてボートの上からとか、向こう岸に渡ったりとか。
お互いバスなんかまったくの無知でよくトライしたものだと思い返しますが・・・
友人Nはバスを釣ったのを記憶していますが、私はホッパーを持っていかれた経験しか覚えてなくて、すっかりバス釣りが嫌になりました。

え?ワカサギですか?
入鹿池のワカサギは全部ブラックバスに食べられているのではないでしょうか?
というくらい釣れませんでした(笑)
ブラックバスを釣ってもいないのにね。


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休日、友人Nと、知多半島や入鹿池で釣りをして、たわいもない会話をし、のんびり釣り糸垂らして休日を過ごす。
特に獲物もガツガツ狙わない(知識もないから釣れないだけ)。
お互い仕事の激しい愚痴なんかも言ったり聞いたり・・・
釣りが終わったら、どっかで夕飯食べて・・・
最後の口癖は、お互いに「月曜から仕事に行きたくねぇ~」でした(笑)

フワリフワリとした生活を送っていましたが、この頃は、友人N君と攻めた休日の釣りが心の支えだったんだと思います。

友人Nは、現在は関東に戻り、相模湾沿いの恵まれた環境に住んでいますが、釣りをしているという噂は全く聞こえてきません。
きっと、釣りはそれほど好きではなくて、私に合わせてくれていたのかもしれませんね。
本当に感謝、感謝。

でも、釣りは、仕事のストレスも少なく、心身ともに充実しているときにしたいものだ。

思い切ってボート釣りにチャレンジした経験は何事にも変えられない思い出

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大学3年生の頃、たまたま帰省した時に海釣りに行った実家近くのT港はとても雰囲気のある港でした。
太平洋とは違ってのんびりとした日本海。
潮の満ち引きも少ない。
同じ海でも全く別物の海です。

その港を中心にサビキでアジや投げでキスなどを狙いました。
アジは豆アジばかりで、キスも4~5匹釣れれば釣れたという感覚。
こういう少しばかりの釣果に対する喜びの感覚はいつの間に退化してしまったのでしょうか(笑)

ある日、T港でのんびり釣りをしていたら、ボート釣りから帰ってくる人がクーラーボックスを見せてくれました。
その頃は、そのクーラーボックスに何が入っていたのか記憶は定かではありませんが、明らかに大きめの魚が入っていたと思います。
記憶をたどるとおそらく大エソ。

その港で貸しボートをしている、Yさんにボート釣りについて聞いてみたところ・・・
「ボートで少し沖に出たら必ず釣れるよ」と自信満々のお答え。
船酔いしやすい体質なので、ボートはちょっと厳しいなあと思いつつ、「必ず釣れるよ」というYさんの言葉がなかなか頭から離れません。
貸しボート代は3,000円と学生にはちょっと厳しい出費になりますが、思い切って後日ボート釣りに挑戦することにしました。
(ただ、親の金と言えば親の金だから痛くなかったのかもしれない)


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確か、初のボート釣りは10月の終わりでした。
しかし、少し海がシケていて、Yさんいわく「湾内近場で釣った方がいいよ」とのアドバイス。

よくボート釣りが解らないので、エサも青イソメやエビ、コマセなど購入して臨みます。
タックルも柔らかいルアーロッドだったと思います。

ただでさえ、まともにボートも漕げないのに、うねりもあって目的地に着こうにも四苦八苦。
そして、筏にボートをくくりつけようとロープワークしていたら物凄い吐き気に襲われます。
とりあえず、海に撒き餌して、もうヘトヘト。
早速、初のボート釣りで厳しい洗礼を受けます。

気を取り直し、まずは、筏係留のかかり釣りでキスなどを狙ってみます。
ベラがよく釣れますがキスも少し混じります。

今なら決してしないのですが、胴付きにエビや青イソメをつけてぶら下げます。
胴付きにはカイワリが来ました。
見たこともない魚にとにかく感動します。

次に、サビキで小ましなアジが続きます。
港では考えられないアジのサイズでこれもまた感動。

そんな感動も打ち消すかのようにお腹の内容物をさらに出し尽くします。
普通だったら根負けして岸に戻るのですが、少し今までと違うボート釣りの感覚に魅了されて岸に戻れません。

ほとんど胆汁しか入っていない撒き餌が効いたのか、
ボート釣りも終わろうとする頃、サビキに物凄い引きが。
さて、この引きは一体何だったのか?


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ちょうどツバスが回遊してきたみたいでサビキにかかったようです。
しかも、その頃は何の知識もなく、めっちゃ太いハリスのサビキを使っていたので、ツバスを無事釣り上げることが出来ました。
しかも、もう1匹釣り上げて心臓がバクバク。
ツバスは30cmくらいでしたが、らくだにとっては完全に大物。
船酔いは決して最後まで消えることはありませんでしたが、ボート釣りの魅力にどっぷりはまって、1回目のボート釣りで、その魅力から完全に抜け出せなくなってしましました。

ボート釣り1回目にして、このハマり具合。
結局、この経験が、私らくだをボート釣りフリークにさせる原因になってしまいしました。

その後も、大学を卒業するまでに、この湾内で数回ボート釣りをしたのを記憶しています。
小物釣り中心ですが、変化に富んだ湾内でジタバタと色々な仕掛けで釣りを楽しみました。
この頃は、釣り糸を垂らしているだけで満足していたと思います。
最大の弱点だった船酔いも徐々に克服。
今では、うねりがない限り船酔いしません(笑)


ここ最近、すっかりこの湾でボートを出すことが少なくなってしまいましたが・・・
ボート釣りの楽しさを養ってくれた、この湾は今でもボート釣りの聖地だと思っています。


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当時、ネットなども無く、ボート釣りの情報がとても乏しかったので、
いつも貸しボート屋さんのYさんに、ボート釣りのことについて聞きました。
漁師でもあるYさんが言うには、「沖に出たからと言って魚が釣れる訳ではない」。
「近場の岬の先端くらいで釣っている方が確実に沢山釣れる」といつもお約束のように言っていました。
「最近はすっかり魚が少なくなった」と嘆いてもいました。


ボート釣りの先生として慕っていたYさんですが・・・
数年前、その港でYさんのことをお聞きしたら、既にお亡くなりになられたようです。
とても残念ですが、当時から20年ほど時間が経過してしまいました。
自分も含めて、そりゃ歳をとるってことです。


近くにボート釣りが出来る港があったこと、
初めてのボート釣りで、今まで経験のしたことのない釣果を出してしまったこと、
親切にボート釣りを教えてくれたYさんがいたこと。


偶然、色々な条件が揃ったおかげで、大人になってもボート釣りを追いかける原動力になったのだと思います。


この後、大学を卒業し社会人になります。
社会人になってからは、それほど自由な時間はなくなりました。
もしボート釣りを経験せず社会人になっていたら、ボート釣りをする機会をなくしていたかもしれません。
思い切って、ボート釣りにチャレンジしたあの時の経験は、何事にも変えられない経験になったのは間違いない事実です。

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