2011年06月12日

2009年4月5日 20:13

a043f5e5.jpg只今 四国にいます。
今回の旅は四国八十八ヵ所巡拝の遍路の旅。
本当は、もう少し早く出発する予
定だったのですが、周りの人に『帰ってきて、挨拶もなしに、またすぐにどっか行くんか!』と言われ、それもそうだなと、じゃ飲みにでもって事になり、みんなの都合を合わせていたら、それが一昨日になり、出発が今日になってしまいました。(苦笑)
出発が延びたおかげで、いつもなら旅の下調べなんてほとんどしない僕が、いろいろと本やインターネットなんかを見たもんだから、かなりナメていたということがわかり、ちょっと不安になり、オマケに周りの人達にも『まぁ、最後まで行かれへんやろな。』などと言われ、益々不安になりテンション下がりまくってました…。

昨夜はほとんど眠れず。3:00am頃から写経を書き、墓参りに行って、地元の最寄駅を6:02amの電車でひとまずJR明石駅へ。
そこまでは30分弱。そこで、高校時代の友人と待ち合わせて、海の近くの店でモーニング。
その後、明石海峡大橋にある高速舞子駅まで送ってもらい、友人に見送られながら高速バスに乗り込み、淡路島を縦断して鳴門海峡大橋で四国入り。
高速鳴門駅で高速バスから市営バスに乗り換えて、第一番札所の霊山寺に着いたのは10:00am前。

そこから、ひたすら歩き遍路の旅の始まり
遍路については、おいおい説明なんかも書き込んでいこうと思う。
今日は初日で疲れたし、まだまだ先は長い。
いろいろ調べたのによると、歩き通した場合、40~50日かかるようだ。ゆっくり書き込んでいこう。
今日は第八番札所の熊谷寺まで来て、その近くで屋根付きのベンチを見つけたので、そこで野宿です。
外灯はなく、真っ暗…。
それに、かなり寒い…。
今日は初日で疲れた…。
もう寝ます。

寒っ。{{(>_<;)}}

↓この下の “続きを読む” は 本文と関係ありません。スルーしてください。

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takeobob_takeyan at 22:57

2009年4月5日

四国全図寒すぎて寝れない…。
時間つぶしの更新です。
四国全図。(写真をクリックすれば大きくなります)

オレンジ色の1~88の数字が、札所です。

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takeobob_takeyan at 22:54

2009年4月6日 21:45

P4050023昨夜は野宿第1発目。
いきなり山の中で、屋根はあったものの、壁のない東屋のベンチ。
たまらなく疲れてたのに、寒くてまともに寝れなかった。
それでも、月が西に見えなくなった頃からウトウトしだし、朝4:30am頃 目を覚ますと、5匹の野犬に睨まれてた…。

今日は、7:30am頃に八番札所を出て歩き出すと、女の子の一人遍路に出会った。
彼女は、仕事の関係で長期休暇が取れず、徳島の二十三ヵ所だけを歩いて巡拝するとのこと。
昨日は若い男の子と女性と出会ったし、今日も若い男の子と50代の男性に会ったが、みんなペースが合わず、『お先です。』って声をかけて先に行ったが、彼女は僕と歩くペースが全く同じで、結局、今日の最終の第十一番 藤井寺まで一緒だった。
彼女は神奈川県から来たらしく、某有名企業のバスケットボールの選手。
現役アスリートだ。(どうりで、男と変わらないスピードで歩けるはずだ)

P4060030十一番に着いたのは、昼過ぎ。
そのまま十二番まで行くつもりだったけど、十一番付近に無料で泊まれる3畳の小屋があると聞き、そこで寝ることにした。
そこは、温泉銭湯と隣接していて、遍路なら390円で2回入れるとのこと。
ここを逃せば次いつ風呂に入れるかわからないし、僕の足は既に両足共に立派なマメが数箇所に出来ている…。
右足の小指なんて、マメどころか、ザリガニの脱皮みたいに小指の形のまま皮が浮いて水が溜まってる…。
平均ペースの人なら、この十一番付近で2泊目を取るのが一般的のようだし、少し早いが昼過ぎから温泉で疲れをとり、500mlの缶ビールを満開の桜の前で飲んだ。
とても美味かった~。(^O)=3

79a4f87b.jpg無理をして十二番へ行かずに、ここで寝ることにしたのには、もう一つ大きな理由がある。
それは、明日の十二番への道だ。
その道は、歩き遍路が最初に出会う難所で、十二番は標高938mの山腹にあり、そこまで約12kmの行程にいくつもの上り下りが続き、弱脚だと8時間、健脚でも5時間はかかるとかで “遍路ころがし” といわれている。
“遍路ころがし” とは、遍路達が転落しかねないほどの危険な難所という意味らしい…。

転がってなんぼの “転石 takeo” 、遍路ころがし上等ですっ!

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takeobob_takeyan at 22:46

2009年4月7日 20:04

P4070034少し前に第十三番到着。
“遍路ころがし” 想像以上にキツかった…。
今いるあたりは屋根もベンチもなく、今は県道沿いの公衆電話Boxに入ってしゃがみ込んでる。
とても寒いし、これから夜は長いのに横にもなれない…。
でも、もう足が限界で動く気力なし…。
今日もいろんな人に出会ったけど、ブログ更新もシンドイので、またにします。

では、また。

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takeobob_takeyan at 22:45

2009年4月8日 21:21

P4070044昨日はかなり疲れてた。
普通なら、十一番からの12.3kmにわたる遍路ころがしを通って十二番へ行き、その辺で宿を取り、十三番までの26.3kmを翌日歩くらしい。
僕は十三番付近に無料で勝手に入れるプレハブ小屋が有ると聞き、無理をした。
しかも、十二番から十三番への道を、川沿いの県道を通らず、高い山越えのかなり時間も体力も消耗するコースに迷い込んでしまったらしい。
それは、全く人の通った気配のないような山道で、たまに木にくくりつけられた布が目印なだけで、どれが道だかわからないし、1m程の高さの岩壁や、人間一人でも横を向かないと通れない道がつづく。
日も暮れたし、本気で怖くなってきてた。

後で近所の住人に聞くと、その道は普通、遍路も地元の者も通らない危険な道らしく、そこを通った僕は馬鹿呼ばわりされてしまった。
でも、数百年前、確かにソコを空海は歩いたワケだ。

そうして、十三番に着いた時には、もう一歩も動けず、電話Boxに座り込んでしまった。
狭い電話Boxのなかで体育座りをして両膝の間に頬を挟んでうずくまってると、疲労からの睡魔か、寒さで凍死しかけたか、とにかく意識が薄れてきた時、誰かの声がした。
『おいっ!』あの世の閻魔か、この世の警察か…。
僕が顔を上げると、どちらでもないオジサンが、 『こんなトコで寝とったら凍死するぞっ!はよ出てきて車乗れっ!ウチ泊めたるけん!ウチは十六番の近くやけん乗れ!』
僕は、『でも、通しで全て歩きたいので…』とふりしぼった様な小声で断ると、『ほな、明日の朝、またココまで乗せて来たるけん、ココから歩けばええやないか。はよ乗れ!』と。
たまたま通りかかったら遍路の笠が見えたらしく、止まってくれたそうだ。
家に着くと、奥さんではないらしいが女の人が温かいコーヒーを入れてくれた。
普段はブラックじゃないと文句言って飲まないのに、その日は勝手に入れられた砂糖とミルクたっぷりの甘ったるさが疲れた体にここちよく美味しかった。
その他にも、みかんやパンも頂いた。
そして、風呂や毛布…。体の芯から、そして、心の底から温まり、四国に来て初めて朝まで目を覚ますことなく熟睡できた。

P4080055感謝しても仕切れないほどのお接待だった。
そして今朝も、『ココに荷物置いて十三番さん行って、十六番さんに来た時、取りに来たら身軽に歩けるじゃろ?そうしたらええ。』と十三番まで送ってもらい、握手しながら『お前は顔が光っとるけん、綺麗な顔したお遍路さんじゃ。お前が昨日アソコでワシに拾われたんは、お前に“運”があったからやないんぞ、お前とワシに“縁”があったからじゃ。わかったな。この御礼はワシにせんでええから、他の誰かに優しくしたれ。ええな。』と言ってくれた。

十三番では、またバスケットボール選手の子に会った。
今日の予定を聞くと十九番までとの事。僕も同じ予定だったし、ペースも同じだから一緒に歩く事にした。
そこで、泊めてくれたオジサンの話を思い出し、彼女のザックを十六番まで持ってやることにした

かなり、軽かった。
僕の足のマメは、左は小指と親指、右は小指、薬指、中指、親指とかかとに増え、ザリガニの脱皮状態の小指からは、分厚い靴下2枚重ねの上にまで血が滲んできてる程の出血。
もう、どうやってビッコをひけばいいかもわからないくらい痛く、今日は僕が彼女について行くって感じだった。
彼女とは十九番で別れ、僕はもう4km先に、またまた勝手に入れるプレハブ小屋があると他のお遍路さんに聞いたので頑張って歩いて、今日は見付ける事ができ、今はそこにいる。
誰も居ないので、ちょっと怖い感じもあるが、道端野宿よりはよっぽどマシだ。
と、いうわけで、今日は34.3km歩いて、今は十九番を4km過ぎた辺りのプレハブ小屋に潜り込んでます。
ブログの更新が途絶えたら、その辺から捜索して下さい。(笑)

d5c82981.jpg←この添付写真は、十七番の井戸寺にある、弘法大師が掘ったという“面影の井戸”
覗き込んで自分の姿が映れば無病息災、映らなかったら3年以内の災厄に注意。
携帯持った僕がバッチリ映ってる。

コメントやメール下さってる方々、ありがとうございます!
本当に元気付けられてて嬉しいんですが、携帯電話のバッテリーの関係や、毎日クタクタになってるのとで返事出来ていません。

ホント、ごめんなさい。

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takeobob_takeyan at 22:44

2009年4月9日 22:04

dad509e8.jpg今朝は7:00am前から歩き出す。
1時間程すると、バスケットボール選手のTちゃんが追い付いてきた。
四国を歩き出して、初めてお遍路さんに追い付かれた。

今日は二十番~二十二番。
ひたすら山道だ。
上りもシンドイが、下りの方が足のマメには辛い。
途中、見慣れない高山植物や綺麗な小川が精神的な疲れを取ってくれるものの、もちろん肉体的な疲れは、取れない…。
二十番では、一番で一緒だった宮城県のS君と再会。
彼はそこまで電車やバスを利用しつつ来たらしい。
そこから、TちゃんとS君と3人で歩いて二十一番へ。
みんな僕の足を心配してくれて、テーピングや5本指の靴下をくれた。
S君は、『かばん、交換しましょうか?』と言って、それを僕が断ると『お接待です。』と言ってくれた。
お接待は断ってはいけないモノらしいんだけど、それはさすがに断った。
S君のザックは5kg、僕のは15kg。
S君の足がこうなったら大変だ…。

P4090071二十一番 太龍寺は “西の高野山” と称されていて、高い山にあり、難所で知られていたらしいけど現在はロープウェイもある。が、もちろん僕らは歩き。
そこで3人で昼飯をとり、Tちゃんは先を急ぐので僕のこの足では遅くなるしS君はそこからロープウェイで行くとの事で、もう会えないだろうと3人で握手を交わして別れた。
それからは、一人で足を引きずりつつ二十二番までの11.7kmを歩いた。
二十二番に着くと、やはり、もうTちゃんはいなく、その代わり、本堂でお経を唱え、振り返るとS君が『ロープウェイの後、バスがなくて…歩いた方が速かったんですね。』って苦笑いで立っていた。
結局、そこでまた、S君と別れの言葉を交わし、僕は、そこに来る途中のたんぼ仕事をしていたおじいさんに教えてもらった善根宿へ向かった。

P4100074その善根宿は条件があり、少し働かないといけない。
なので僕は、その家の草引きをすることになった。
草引きをして無料で泊まらせてもらえるならと、痛い足をかばいつつ、しゃがんだ姿勢で草引きをしていたら、左足首がグキっ。
やった瞬間、『やってしまったっ!』って顔が青ざめた。
で、善根宿にいた60歳過ぎの人に、『これは、靭帯までいっちゃってるな、もうリタイアした方がいいよ。まだ若いんだから、いくらでもチャンスはあるし。』っていわれて、只今 思案中です…。

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takeobob_takeyan at 22:43

2009年4月10日 12:25

262144ff.jpg6日目。二十二番を6:30amに出て、今日も歩いてます。

四国に来て山道ばかりだったけど、初めて海が見えた。
ここは室戸阿南海岸固定公園。日本の渚百選で、次回からのNHKの連ドラの舞台らしい。
ここでザックを降ろして、賞味期限切れの小さなパンを2つ。
今日のランチだ。

昨日ひねった左足首は、どうやら靭帯までいってなかったようで、痛みもマシ。
ちょうど昨日、S君が『僕は電車とか使ってるから、テーピング持ってて下さい。』て、それをくれると言ってくれたんだけど、『S君もこれからマメが出来るかもしれないんだから』と断ると、Tちゃんが『じゃ、私のあげます。私、明日で帰るし、バスケやってるから家に箱買いしてるんです。』て言ってくれて、そっちをありがたく頂いていた。
そのテーピングが早速こんな形で役に立つとは…。
昨夜から足首にギブスなみに巻いて固めてる。
でも、今朝歩き出すと、捻挫の影響からか左足の付け根が痛む。
腹が立った、悔しかった。
せっかく、貴重な時間を割いて来てるのに、楽しさが半減、それ以下になってる気がした。
そんな気分で歩いてると、何故か急に、母親の事を思い出した。
母親は僕が生まれてからずっと足が悪かった。
子供の頃からよく親父に『歳をとってからの子供やったから、お母さんは自分の足を代償にお前を産んだんや。だから、お母さんに苦労かけたらアカンのやぞ!』と言われていて、その言葉が子供心に重く、立派にグレた。
学生時代も、保護者呼び出しとかで痛い足を引きずりながら学校に来させた事も何度か…。
母親は僕が高三の頃、自分の仕事の定年退職を待たず10年程早期退職して足の手術をし、今は人工骨になって良くなっている。

P4080049遍路は人生そのものと言うけど、母親が痛い足を引きずりながら僕を育ててくれた18年程の人生を考えれば、僕が、足を引きずって歩く四国なんて比じゃないだろう。
でも、こんな気持ちになれたんだから、せめてリタイアせずに結願までこの痛みに付き合ってやろうと思った。
今朝、そう思ったら急に涙が出てきて、10分くらい泣きながら歩いてた。
すれ違う人達は、『足痛いんやねぇ、ご苦労様です。頑張って。』などと声をかけてくれる。
みんな僕が、痛くて泣いてる根性無しと思ったんだろうな…。

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takeobob_takeyan at 22:42

2009年4月10日 22:08

070123fb.jpg昼にブログの更新をして再び歩き、徳島県最後の札所、第二十三番 薬王寺に着いたのは昼過ぎ。
今日は足も痛いし、明日からの長い道程に備えてココで寝る事にしていたので、薬王寺の目の前の道の駅にある無料の “足湯” へ行った。
おかげで、マメには染みたけど、足の捻挫や疲れはだいぶ取れた。
でも、足だけじゃなく、全身浸かりたいもんだ。
プチ潔癖症なのにに3日間風呂に入れてません…(泣)

今晩泊まるのは、バスを改装した “善根宿” 。
(遍路用語については、またそのうち書き込みます)


P4100079無料だと言うのに、このバスの持ち主のオジサンが車まで豪華な晩御飯を持ってきてくれた。大盛りご飯に焼きそば、おでん、天ぷら、唐揚げ、オムレツ、etc…。

四国に来てからは、パンか、おむすびしか食べてなかったし、今日は昼に小さなパンを2つ食べただけだったし、本当に美味しかった…。
泊まらせてもらえるだけでも有り難いのに、食べながら涙が出そうになるほど嬉しかった…。

今日は歩いた距離も約21kmと短めだったし、足湯と贅沢な晩御飯で復活!

3日前に歩いた十一番~十二番への道が登りの難所なら、明日から歩く、ここ二十三番~二十四番までは長さの難所。
距離は約87km。
巡拝中一番の長丁場、歩いて2泊3日程の予定です。

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takeobob_takeyan at 22:41

2009年4月11日 13:44

P4100075昨晩、徳島県で地震があったみたい。
現在、国道55号線で太平洋沿岸を高知県目指して歩いてます。
津波が少し心配です。

今朝、コインランドリーで洗濯をし、洗ったパンツと靴下とシャツをザックにぶら下げて歩いてる。
そろそろ所々で見かけだした “こいのぼり” いや、たぶん“ホームレス” みたいです… f ^^;
今朝、四国に来て初めてモヨオシモノがありました。
今まで、巡拝を始めたものだから、ウンを全て体内に吸収しているのかと思ってたけど、ただちゃんと食べてなかったから出る物がなかっただけやったんやね…。
昨夜、愛情いっぱいのご飯をお腹いっぱい頂いたら、今朝は6日ぶりにウンを出しきりました。 (#^.^#)

話は変わるけど、高速道路の料金が週末1000円になったので徳島へゴルフに来て、その夜合流しようという案で、今晩友人達と徳島で合流する予定になってた。

でも、数日前に友人から電話があり、『ゴメン、ゴメン、誰もETC付けてなかった。』って…。
チャンチャン。 (T-T)

今頃、その友人達は岡山でゴルフ場の18ホールを回ってる…。
今、僕は四国で札所の88ヵ所を回ってる…。

今日も暑いぜっ!

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takeobob_takeyan at 22:40

2009年4月11日 20:49

19317330.jpg今日は一日歩きっぱなし。
朝、洗濯後8:00過ぎに出発して、目的の宍喰町の道の駅まで約40km。到着はちょうど17:00。
そこには隣にホテルがあり、温泉だけでも利用可能。しかも、普段は600円のところ、キャンペーン中につき300円!
それならと、4日ぶりの風呂。
しかも温泉。
その風呂からは眼下に太平洋が一望でき、その海は20年程前、僕が波乗りをしていた頃よく来たポイントの1つだ。

今日は3日ほど前からよく顔を合わせていた24歳のお遍路さんK君と一緒にその温泉に浸かった。
やっぱり、お風呂に入ると疲れがとれる。(でも、後が野宿と思うと心底落ち着かないが…。)

風呂の後は、コンビニで買った500mlの缶ビール2本とおにぎりを海の前でしゃがみ込んで、彼と飲んだ。
足の方は、間接、筋肉はほぼ大丈夫で、後はマメのみって感じです。
そのマメがたまらなく痛いんだけどね…。
でも、まだ足は痛むものの、だいぶペースも掴めてきたし、ブログの方も少しずつ遍路についても書き込んでいきます。

まず、僕は今、四国にある八十八ヵ所のお寺所(札所)を回ってます。
札所には一番から八十八番まで番号が振ってあるけど、どのような順番で、何番から回ってもよいとされていて、八十八ヵ所を一度に全部回ることを“通し打ち”といい、何ヵ所か小分けにして打つことを“区切り打ち”、徳島(阿波)・高知(土佐)・愛媛(伊予)・香川(讃岐)の一県(一国)ずつ回って打つことを“一国打ち”といいます。
例えば、Tちゃんは一国打ちを成したワケで、昨日徳島を終え帰路につき、僕が今回っているのは “通し打ち” で、札所の番号順に回るのを“順打ち”といい、大多数の人がこの順打ちを、それも一番から始める人が多いようです。
札所を逆順に回るのを“逆打ち”といい、何かのホラー映画では逆打ちをしている人は誰かに呪いをかけているとか、本人が早死にするとかいっていると聞いたこともあるけど、この逆打ちは順打ちの3倍の御利益があるとされているのが本当のところ。
歩きながらヒッチハイクをしたり、マイカーやバイクや自転車を運転しつつ回っている人もいれば、バスや電車を利用しながら回っている人もいてる。
最近では遍路のバスツアーもとても多いみたいだ。

P4080062僕は約1450kmを全て歩く “歩き遍路” をしている。
だいたい、歩き遍路を終えるのには40~50日かかるのが平均とのこと。

と、いうわけで、明日も歩きます。

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takeobob_takeyan at 22:39

2009年4月12日 13:37

1a434d34.jpg昨夜は、道の駅 宍喰で野宿。
今朝 5:00amに起きてゴソゴソしてたら、友人でインド・ネパール料理の “ちょうたり” のマスターの中村君登場。
愛媛大学出身の彼は四国に友人が多いので、ちょくちょく来るらしい。
で、数日前から連絡を取り合って、今朝ソコで落ち合う計画を立てていた。
僕は夕方ソコに着き、温泉に入り、道の駅の営業が終わるのを待ち、店の軒下で野宿。
彼は昨夜、店を早目に切り上げて車で四国へ渡り、同じ道の駅で車を停め車内で仮眠していた。
5:00過ぎ、駐車場に停めていた彼の車に行くと、嬉しいことに彼は仮眠しながら車内でコンロの火力を調整して鍋でご飯を炊いてくれていて、 彼の店のインドカレーと、ドリップで落としたコーヒーと一緒に頂いた。
昨夜の温泉と、イチロー張りの美味しい朝カレーで元気回復っ!

しばらくマッタリしてると、ドレッドヘアーの個性的なオジサンが隣に車を停めて、何やら準備を始めた。
タープを張り、テーブルや椅子を置いて七厘に火を付け、アフリカの太鼓やギター、デビルスティックとか言う遊具を並べる。
僕らが見に行くと、オジサンは『アイアム ラスタマン!』と名乗り、楽器を演奏しながらアフリカ民謡のような歌を唄ってくれた。
面白くなった僕らは太鼓の叩き方を教わり、即興ライブ。
そうこうしてる間に七厘に賭けてたお湯が沸き、一緒にいた女の人に寒茶というお茶を入れてもらい、同じく七厘で焼いたあんころ餅をごちそうになった。
その人達と話していると、ドレッドヘアーのオジサンが『これが僕の仕事です。』と言った。
でも、明らかに何の利益もない。
じゃ、何の目的で?と聞くと、『いろんな人と繋がっていきたいから。』と答えた。
別れ際、ラスタマンらしく、お互い『リスペクトマン。』と握手を交わした。
そのオジサンは毎週日曜の朝に、徳島県の国道55号線にある 道の駅 宍喰 に居るらしい。

P4120091そんなこんなで今日は出発が9:00と出遅れて、昼飯抜きで歩いてます。
あっ、“ちょうたり”で開催中の僕の作品展示、後1ヶ月なので、まだの人は是非ヨロシクです。
では、Let’ connect!繋がっていこうぜっ!!

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takeobob_takeyan at 22:38

2009年4月12 20:20

351e8a10.jpg今日も札所はなしで1日中歩きっぱなし。
海沿いの国道55号線のアスファルトの上を、ただひたすら室戸岬目指して、一人黙々と歩いた。
人との出会いも触れ合いもほとんどなし。
国道というのに、1日かけて40km程歩いても田舎の八百屋みたいなのを1軒見かけただけで、コンビニは全くないし、民家もほとんどない。
延々海を見ながら歩くのみ。
時間も距離もなかなか進まなかった…。

今は高知県に入り、今晩は室戸市のバス停で野宿だ。
少し前、このバス停で寝ようと決めてザックを下ろして座っていると、よく肥えた近所のオバサンがタバコをくわえながら前を通り、こちらをジロリと睨んで隣の家に入って行った。
隣の家は宴会をしているようで、僕がココに来た時から大きいな声が飛び交ってた。
そのオバサンの『隣にお遍路さんがおるで』と言う声が聞こえた。
しばらくすると、丸刈りに色と角度のついたメガネに金の大きなピアス、黒のTシャツに迷彩パンツの、いかにも恐そうなオジサンが来た。
僕は立ち上がる元気はなかったものの、座ったまま背筋を伸ばして『ココで寝たらダメですか?』と聞くと、オジサンは『ココ、ワシの家ちゃうし、バス停やからええんちゃうんか』と…。そして『それより兄ちゃん、シャワーせんか?』と、依然 恐い顔で言ってくれた。
洗濯機も使わせてもらって、裏に干させてもらってる。
その裏には、様々な所のナンバープレートを付けたデコトラが沢山停まってる。
隣で宴会している人達は7~8人で、皆さんトラック野郎さんらしいです。

皆さんが酔ってきだしたのか、部屋から外のごみ箱に投げ捨てるビール缶のコントロールが定まらないようで、僕のいるトタン作りのバス停にガンガン当たりだした。
声のトーンもかなり上がってきたし、今夜は寝れなさそう…。
でも、シャワーと洗濯はかなり有り難かったし、この辺は、他に野宿出来そうな場所がないし、仕方ない…。

P4120100しかし、室戸岬って何もない所だな…。
♪室戸~の、春は~ぁぁ、何も~ない、春です~♪
かぁ…。

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takeobob_takeyan at 22:37

2009年4月13日 6:13

P4130115只今  6:13am
久々の札所、第二十四番 最御崎寺にいます。
納経できるのが7:00からなのでパンパンの靴を脱いで待ってるところ。
昨夜野宿したのは、屋根があり、3方がトタンに囲まれ、入口にガラス戸のついた小さなバス停。
バス停内は真っ暗で、懐中電灯とかは持ってないし、外に出れば月明かりがあるものの、もう一歩も歩きたくない僕は20時過ぎに寝袋に入った。
たまに、ビール缶がトタン壁に当たって、びっくりする音がしたものの、歩き疲れからか、意外と寝れた。
しかも、昨日から寝袋が快適。昨日会った中村君が、このブログを見てて、彼愛用の寝袋を持ってきてくれて交換してくれた。
彼がネパールの標高3000mの山で使ったという立証済み。しかも、コンパクトで軽い。しかも、寒くない。助かった。


P4130111P4130107今朝は 3:00am過ぎに起きて、洗濯物を取り込み、ザックに詰め込んで 4:15am出発。
何故そんなに早いかというと、室戸岬の近くにある洞窟 “御蔵洞”(御厨人洞)に夜明け前に着きたかったから。

P4130113そこは、若き空海が修行した際、明けの明星が口に入り、悟りを得たという場所。

僕もそこで、大きな口を開けてみたけど何も入ってこなかった…。(泣)


で、ついに今、高知県の札所に到着したワケだけど、ここ四国は、県(国)によって4つの道場に分かれている。
徳島県(阿波ノ国)を『発心の道場』、高知県(土佐ノ国)を『修行の道場』、愛媛県(伊予ノ国)を『菩提の道場』、香川県(讃岐ノ国)を『涅槃の道場』。
ここ高知は、札所の数は一番少ないものの、札所間の距離が長く、最も時間がかかるみたいだ。

P4130116太平洋に沿った崖沿いの一本道が、果てしなく続く。
15kgのザックをかついで歩くと、まさに “修行の道” って感じ…。

さっ、今日も歩くかぁ~。

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takeobob_takeyan at 22:36

2009年4月14日 11:11

0610c18d.jpg昨日は4:15am頃に出発して、第二十四番から第二十七番まで歩いた。距離にして、約41.3km。
二十七番到着時刻が16:45頃だったので約12時間半歩きっぱなし。しかも、最後の二十七番は山の上にあり、難所 “遍路ころがし” の一つだ。
昨夜は、その二十七番のお寺(札所)の “通夜堂” に泊まらせてもらった。
普通なら、二十四番~二十七番までは、まず二十四番~二十六番までで1日。そして翌日1日かけて二十七番へと2日間で行くらしいけど、夜から雨と聞いていたし、通夜堂を貸してもらえれば完全に雨を凌いで畳の上で寝れる。それに、電気もつくし、カメラや携帯の充電も出来る。
一か八か1日で行ってみる事に…。
途中で地元の人に道を訪ねても、みんな『今からじゃちょっと厳しいな~。』って言う…。もし、17:00に間に合わなければ “遍路ころがし” の山道で雨に打たれつつ寝袋で寝る事に…。
結果は、ギリギリセーフ。
最後はもう、足の痛みより体力的に限界だった。足ももちろんザリガニの脱皮みたいな小指からは血が靴下に滲んできた…。
それにしても、間に合ってよかった…。
札所のオバサンに、『あなたのペースはちょっと危ないよ。この先長いんだから、ちゃんと気をつけて。』って叱られました。f ^-^;

昨夜泊まらせてもらった “通夜堂” ってのは、お寺が設けている無料の簡易宿泊所。もともと、一晩中祈願などするための場所で、それを借りることができる。
シャワーや洗濯機やTVなど何もないけど、電気がつくのでいろいろ出来るし、カメラや携帯の充電が出来る。
でも、借りれる通夜堂が有るお寺の方が少ない…。
他に、 “善根宿” というのもあり、善意の無料宿泊所で、多くは小さなスーパーハウスや3畳程のプレハブなどを泊まれるようにしている。善根宿は、お寺とは関係なく、一般の人の運営だ。ガス、水道、トイレの有る所もあれば、シャワー、洗濯機、TVなども自由に使えたり、食事の出た所もある。
マジ、有り難いし、その全くの非利益目的での運営には頭が下がる。
どちらも、他の遍路さんと一緒になることもあれば一人の時もあり、僕は今のところ一人が多い。で、僕はここまで、このどちらかを利用するか、あるいはそれがなければ全くの野宿ができている。
つまり、今のところ、宿泊費は0円だ。
ちなみに、昨日もそこの通夜堂で一人。他のお寺の通夜堂に比べて凄くきれいだった。山奥のお寺なので大きなクモやらは出てきたけど、それはそれで、伊東のアパートを思い出して懐かしくて良かった。

848f44ad.jpg
今日はお遍路を始めて初めての雨。
昨日の夜中から降り出したようだ…。
雨の日は雨を楽しみながら歩いて行くとしよう

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takeobob_takeyan at 22:35

2009年4月14日 19:54

今日もかなり歩いた。
45kmくらいかな。

雨を楽しむはずが、ポンチョや笠で視界が狭まって道に迷ったり、体力も雨の方が消耗するのか、テンションの問題か、かなり辛かった…。
足のマメもふやけて最悪…。何度も止めてしまいたくなった…。
雨の日は嫌だね…。


P4140134でも、夕方、凄くでっかい虹が出た。明日は晴れるかな。

雨のあとには虹がでる。辛いことのあとには、きっと良いことがあるよ。

ちょっと早いけど、おやすみ ヾ(´~`)ゞ

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takeobob_takeyan at 22:34

2009年4月15日 15:47

5e0048da.jpg昨日歩いた道にはコンビニも八百屋もなく、前日に買っていた小さなパンを何個か食べつつ歩いたのみ。
昼過ぎに雨は一旦上がったけど、最後の二十八番のお参りが終わった頃から再度土砂降りになった。
せっかく乾いてた靴もズボンもまたびしょ濡れ…。
道に迷っても、道を尋ねる人もいないし、テンション下がりまくりで歩いてた。
そして夕方、僕の歩いてる所は雨なのに、西の空には山の向こうに沈みかけの真っ赤で大きな夕日が見えた。
その時、無意識にふと後ろを振り返ると、今までに見たことのないような虹が出ていた。
180゜クッキリ見えて、田植えを終えた田んぼにも映っていた。
昨日は疲れと空腹でブログの更新どころじゃなかったけど、あの虹をみたら、短いけど更新する元気が出た。

夜は、二十八番から5km程先の善根宿にお世話になった。
先客が2人居て、畳を使っていたので、僕は横にあったソファーで寝た。
先客は、一人はバックパッカー帰りの31歳のN君と、もう一人は怪しげなオジサン。
僕が善根宿に入ると、オジサンは僕に『よけいなお世話だろうけどさ、数珠なんて首から下げるもんじゃないんだよ。』とだけ言って、壁の方を向いて座ってた。
僕はそんな事は知らず、お坊さんから頂いた数珠を首から下げていた。(途中で、そうしてるオバサンを見かけたから、そうするものなのかと思っていた)
N君はイロイロ話かけてきてくれたけど、空腹と疲労で、あまり愛想のいい返事はしていない…。
しばらくして、N君がタバコを吸いに外へ出ると、オジサンがこっちを向き、僕に『君は真面目な人間だ。私にはわかる。彼(N君)とは話したくないけど、君となら話したい。』と言ってきた。
オジサンは、もう何回目だか覚えてないが、この2年間、八十八ヵ所を回り続けていると言う。(普通、40~50日かかると言われているので、ゆっくり2ヶ月かけて回っても10週はしていることになる)
しかも、逆打ちで。
詳しく聞くと、3年前、東京でやっていた会社が倒産したらしい。で、もうすぐ30歳になるくらいの子供さんも3人居るらしいが、奥さん共々それ以来会っていないという。今は坊さんになったらしく、帰る家もないので回り続けているのだとか。
他にもイロイロ話していると、そのオジサンは、『今までに何人ものお遍路さんに会ってるけど11日目でココまで来るのは早過ぎる、もっとペースを落としなさい。』と忠告してくれて、『明日は、三十二番の近くの善根宿に泊まるといい。』と教えてくれた。

今日は、6:00amに出発。
オジサンのアドバイス通り、二十九番~三十二番までとした。
朝、7:00am過ぎに二十九番で、お参り中のオバサンにゆで卵を2個頂いた。
昼過ぎ、三十一番に置いてあった煎餅を2枚頂いた。
夕方、三十二番では2日前に出会った自転車で回ってるオジサンと再会して、苺を少し頂いた。
その自転車のオジサンにも、『君、自転車と同じスピードで回ってんの!?無茶だよ!足痛めて結願(八十八ヵ所全てをを巡拝すること)出来なくなっちゃうよ。』って言われた…。
ともあれ、結局、今日僕のお腹に入ったのは、ゆで卵2個、煎餅2枚、苺少々のみ…。
昨日も1日パンを少し食べただけだし…腹減った…足痛い…。

a00017e3.jpg足の方は毎日新しいマメができて、とうとう左足の小指に水ぶくれではない “血マメ” が出来た…。
右足小指はザリガニの脱皮みたいで、左足小指は金時豆みたい…。

今、本日最後の三十二番を終え休憩中。
善根宿には5:00pm
過ぎに行く事になってるので、そろそろ行きます。
今日もコンビニとかなく、何も買ってない。
ザックの中にはカップラーメンが1つ。

弘法大師さま、今日の善根宿、お湯沸かせれますように…。ラーメン。
じゃなく、アーメン。(これも違うか 笑)

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takeobob_takeyan at 22:33

2009年4月16日 20:57

なんと、昨夜泊まらせてもらった善根宿は一般民家。
地図を頼りに近くまで行き、その家の人に、『あの~、この辺に善根宿があると聞いて来たんですが…。』

P4150147その家の人、『そぅ。ここが善根宿。』
まだ、築5年の新しい大きくて綺麗な家で、まるでペンションの様にゲストルームがある。
お風呂も入らせてもらえたし、洗濯機も使わせてもらい、豪華な晩御飯までご馳走になり、フカフカの大きなベッドで寝かせてもらった。
その善根宿と称した家に住むオジサンは、滋賀県で営業のサラリーマンをしており、定年後の人生について考えていた時、昔見た “お接待” のTV番組を思い出した。
「人と接し、喜ばれる事をしたい。」という思いで、候補地を訪ね歩き、居ても立ってもいられなくなり、会社を早期退職し、5年前に引っ越してきたらしく、「生きてる実感がある。やっててよかったなぁって思えるね。」と言う。
しかも、全くの善意で、無料でそこまでしてくれているのに、オジサンは “やってあげてる” のじゃなくて、 “させていただいてる” と言う。
とても勉強になる一夜だった。
本当に、心からありがとうございました。

今朝は、5:40にその善根宿を出発。

P4160148一時間弱歩くと船乗り場がある。船の始発便は6:40。
近くに橋もあるが、空海の時代にその橋はなく、渡し船で渡ってる。
今は小さいものの立派な船になっており、今朝の乗客は、自転車を押した高校生5人とオジサン2人と僕。
乗船時間は5分程だけだけど、歩き遍路をしている者は無料だ。

対岸に渡るとすぐに三十三番がある。近くには桂浜。
僕は坂本龍馬にさほど思い入れはないが、せっかくだしと三十三番の納経所のオバサンに桂浜までどれくらいかかるか聞いてみると、歩いて1時間くらいとのこと。
必要以上に歩きたくなくて躊躇してる僕にオバサンは『ココからバスもあるよ。』と教えてくれた。

P4160151ソコからバスで行き、また戻って来て、ソコから歩けば、こだわりの歩き遍路に差し支えはないが、バス代を払うくらいなら何か食べ物を買いたい気もする…。
と、今度は思案してる僕にオバサンは『お遍路さん、よかったら私の自転車貸しましょうか?荷物も預かっときますよ。』と言ってくれた。
それなら是非って事で、そうさせてもらう事に。
歩きとは違う筋肉なのか、かかとでペダルを漕げばマメも痛くなく、立ち漕ぎで猛ダッシュ。龍馬像の前で記念撮影だけをしてすぐに戻った。
太平洋は地球が丸いのを実感するような水平線だった。

昼頃には、久しぶりに街中を歩いた。
スーパー、コンビニ、ホームセンターに、TSUTAYAやマクドナルド、何でもある。
何と無く懐かしい感じがした。
で、昼過ぎに100円マックを1個だけ買い、それを本日のランチとし、食べながら歩いた。
もし空海が、このいろんな店が建ち並び、車が行き交う街中を見たら、この100円マックを食べたら、何て言うだろう…。などと考えつつ、その100円マックをほうばって、遍路道を歩いた。

今日は三十六番まで。
今晩は、そのすぐ目の前の “竜の浜” って海岸沿いにあるベンチで野宿。
屋根はあるけど四方に壁はない。
でも、隣に公衆トイレがあるので体も拭けたし、着ていたシャツや靴下は洗えた。

では、真っ暗でやる事ないし、寝ます。おやすみ~。(σω-)。о゜

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takeobob_takeyan at 22:32

2009年4月17日 12:16

7cba42c8.jpg昨夜はほぼ一睡も出来なかった…。

理由① 暴走族。

僕が昨夜野宿していたのは、海岸沿いの駐車場と便所がある所のベンチ。
その駐車場に暴走族がやってきて、集会開催…。
僕がすぐ横で寝てるのを知ってか知らずか、バカデカイ騒音で走り回る。
ま、野犬に囲まれた事に比べれば話が通じる分安心だろうと寝ていたが、あまりに長い…。
2時間程で堪忍袋の緒が切れて、警察にTEL。『匿名希望の者ですが、400ccくらいの派手なバイク5~6台にみんな2ケツ、50ccくらいが5~6台に、車が2台、うるさいで~す。』
しばらくして警察が来た。
僕は浮浪者と思われないよう寝袋に頭まで突っ込んで隠れた。

理由② 蚊。

暴走族は騒音以外に害はなく、しつこくさえなければ問題はなかったが、この蚊は、騒音もかなりだったし、痒いし、結局しつこく朝まで続いた。
そういえば 三十六番の前の土産物屋のオジサンも『この辺は蚊が多いよ。』って言ってたし、今朝会った、その近くの宿に泊まってたというお遍路さんも『昨日、網戸にして寝てたら、蚊がいっぱい入ってきて困ったよ。』って言ってたっけ。


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takeobob_takeyan at 22:31

2009年4月17日 17:23


昨日の投稿で、 “お接待” って出てきたけど、お接待って、お遍路さん(八十八ヵ所を巡拝してる人)に金品を与えたり、食事や宿のもてなしをするなど便宜を図ることで、お接待をした人にも功徳があると考えられており、遍路はそれを断ってはいけないらしい。
僕もこれまでに色々なお接待を受けた。
一昨日の善根宿や、他にも豪華な晩御飯を頂いた善根宿もあった。
てか、それらは特別で、ご飯やお風呂がなくても善根宿・通夜堂自体が立派なお接待なわけだ。

P4110080他にも、電話BOXで拾ってもらった時や、バス停の横でシャワーや洗濯機を貸してもらった時ももちろんとても有り難かったけど、ただ笑顔で『ご苦労様です。』『気をつけてお参り下さい。』などと声をかけてもらうのもお接待だと思う。
僕は、お接待って、頂いた内容より、気持ちの問題だと思うから、みんな同じように嬉しいと思う。
もちろん、食事や寝所など無料で提供下さるお接待は本当に有り難く、心から感謝してる。

でも、やっぱりみんなに “ありがとう” 。

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takeobob_takeyan at 22:30

2009年4月18日 5:59

8dafb0dc.jpg昨日は、札所はなく1日中歩くだけ。約12時間、50km以上は歩いた。

今朝はずいぶん霧が出てる。
屋根と囲いのある所で寝ててよかった。びしょ濡れになる所だった…。
昨夜は、三十七番の少し手前のJR影野って無人駅で野宿。
1軒だけあった駅前の酒屋で、何か晩御飯を調達しようと立ち寄ったけど、弁当どころか、おにぎりやパンもない。
店の人が『次の駅までいけば途中にコンビニがありますよ。』と教えてくれたけど、もう歩けなかった。
で、カップラーメンが、わりと高い値段で置いていたのを見つけ、しかたなくそれを購入し、お湯をもらった。
幸い、駅は電気がつくので、地図を見たり色々出来る。
でも、前夜の寝不足とその日の疲労で何をしていてもウトウトして寝てしまう。
電車は約2時間毎の間隔できて、主に高校生達などが降りてくる。
最終電車が終わるまでは恥ずかしくて寝袋は出せない。
終電は23:11。
結局、疲れはてて座ったままボロボロの置物みたいになって寝てしまっていて、21:22の電車で見が覚めた後、降りてきた数人の乗客がいなくなった時点で開き直って寝袋に入った。
終電は来た事すら気付かず爆睡してた。
何人か降りてきて、僕の寝顔を見ながら通り過ぎていったのかな?
ま、旅の恥はかき捨てだね…。
始発は6:11。そろそろ人が来だすな…。

ほな、ぼちぼち今日も歩くかぁ~。

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takeobob_takeyan at 22:29

2009年4月18日 15:46

92f3a38c.jpg只今、 “鹿島が浦” って所の太平洋が一望出来る公園のベンチでご当地グルメとビールでランチ中。
ちなみに、僕の出身中学は鹿島中学校。
ご当地グルメってのは、ココに来る途中唯一あったコンビニで買った四万十海苔のおにぎりと(おにぎりの中で一番安かった)佐賀の豆腐(豆腐の中で一番安かった)。
四国に来て初めての大好物、冷奴だ。
いつでも食べれるように、冷奴のためだけに醤油を持参してるのに、中々いいタイミングに売ってる店がなくて今日ようやく出番がきた。
豆腐は一番安くて95円。
伊東で毎日食べてたのは1丁38円だったのに高いな…。
でも、美味いっ!
今日は朝一で三十七番のお参りを済ませたし、三十八番までは2日程かかるので、今日はまた何処かヘバった辺りで野宿。
なので、たまにはビールもいいでしょう!
今日は朝から人との出会いもふれ合いもなく、民家も店もない山中の国道をただ黙々と歩いてるだけで、少々テンションも↓気味。
でも、綺麗な海が見えてきたし、大好物の冷奴とビールでテンション↑っ!

P4180162P4180163あっ、そうそう、曜日の感覚がなくなってたんだけど、確か今日は土曜日。
と、いうことは、昨日から明日までの3日間、高砂市文化会館で “高砂市美術協会展” が開催されているはずです。
四国に来る前に出展してきているので、お近くの方は見に行ってみて下さい。(個人的に出展したので、入選してるかどうかわかりませんが…)
インド・ネパール料理の “ちょうたり” さんでの作品展も残り1ヶ月を切ってます。
そういえば2~3日前、マスターからこんなメールがきました。(一部割愛)『そうそう、週末くらいから、藤田さんの知り合いではない人が書の展示を目当てに来店してくれてます。エスニック料理なんて無縁の60~70過ぎのお爺ちゃんが、書を見るために勇気を振り絞って井入口の重いドアを開けてインド料理屋に入ってくるんですよ。』なんて本当に有り難い話です…。
こちらの方も、よかったら、お近くの方は見に行ってみて下さい。

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takeobob_takeyan at 22:28

2009年4月18日 23:00

今日3度目の投稿。
と言うのも、今日は少し早目に切り上げた。たぶん40kmくらいかな。
無人のお寺で寝ることにした。
4:30pm頃にソコに着いたので、外の水道で服類を洗って木に干して、体を拭いて、マメのケア。
後は、16畳程ある本堂の板の間で誰も居ないのをいい事に、裸で大の字になりマッタリ。
すると、しばらくしたらオジサンが『私もご一緒させてもらっていいですか』ってやってきた。
我が家でもないので、もちろん『どうぞ、どうぞ』って。
で、さっきまで一緒にしゃべっていて、そのよくしゃべるオジサンもようやく寝た。
そのオジサンは、ここの近くの旅館が満室で断られ、旅館の人にこのお寺でよくお遍路さんが野宿をしていると教えてもらったらしい。
そのオジサンは歩きで区切り打ちをしている66歳。

P4080063遍路をしていると、出会うのは60~70歳が最も多いように思う。
これは、お寺を回るという内容からすれば、それだけで充分納得が出来るが、金銭面や時間的な問題もあると思う。
約1400kmという長い道程も、お金と時間に事欠かなければ、1日平均30kmずつくらい歩いて、夕方ちゃんとした旅館に入り、温泉なりで疲れをとり、季節の旬の郷土料理に舌鼓を打ちつつ酒でも飲んでゆっくり布団で寝れば、健康的でそれは楽しいお遍路さんになるだろう。

ほとんどの人がこうしてるみたいだ。
こうすれば、宿毎に洗濯機もあるし、寝袋もいらないし、荷物もかなり少なくすむ。だいたいみんな平均5kgくらいのようだ。(僕は15kg)
中には、毎日宿から宿へ宅配便で荷物を送り、自分は参拝セットだけ持って歩いてるって人にも会った。
僕は、そういうスタイルも全然アリだと思う。
何度かお寺で『楽しくなければ、お遍路じゃない』ってポスターも見た。
昔なら、お遍路は難行苦行だったかもしれないけど、今は現代社会で生きてる方が、よほど難行苦行のように思う。
なので、現代のそういうスタイルのお遍路は、 “refresh の旅” でいいと思う。
ただ、お金はかかる。
ここ四国でお遍路さんが利用している宿の宿泊代は、一泊二食付きの場合、5500~7500円程度らしい。そして、結願するのに平均40~50日。
仮に7000円の宿に宿泊しながら45日で結願したとすると31万5000円となり、この他に昼食費もかかる。
宿を素泊まりとすれば、仮に一泊4000円、結願に45日かかるとして18万円になり、食費を1日1000円でヤリクリしたとしても計22万5000円也。
僕には、到底ない。
それに、僕にとってのこの旅の目的は、 “refresh の旅” ではなく、 “reset の旅” なのだ。
これから書道家として生きていくにあたり、今までにも散々 “書は人なり” などと偉そうなことを言ってきて、じゃ自分はどんな人間なんだ?と、考えてみたら、子供の頃から何をやっても中途半端で、親に心配、人に迷惑ばかりかけてきてた、今なおヘタレ。随分いろんな人を傷付けてきたし、悪事がもやらかした。
それらを全て “reset” したかった。
もちろん、お遍路をしたところで簡単にリセット出来るもんじゃないのはわかってる。でも、一歩一歩 “ごめんなさい” て歩いていって、今まで傷付けてきた人達や悪事も、全ては今の、これからの僕に繋がるための縁だったんだと思い、結願した時には、その人達や悪事に “ありがとう” って言えたらいいなぁ、って歩いてる。
だから、ほとんどの人から、『ペースを落とさないと足がダメになって結願までもたないよ。』と言われても、あまり落とさない。腹が減っても、眠くても、足が痛くても歩きつづける。
肉体的にも精神的にも、ある程度の負荷をかけないと reset にならないもんね。
とは言え、偉そうな事言っといて、今日みたいに昼間からビール飲む事もあるし、せっかく貴重な時間とお金を使ってやってるんだから、いろんな人との出会いや綺麗な景色も満喫したいし、現代風苦行って感じで、あまり意固地にならずやってます。
P4190173
では、明日は50km程頑張って、楽しく歩きます。
おやすみ。

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takeobob_takeyan at 22:27

2009年4月19日 21:01

288fe19d.jpg今日は疲れた…。

今夜は足摺岬にある三十八番の約6km手前の善根宿で、そこにはお遍路仲間が5人もいた。
そして、4日ぶりに風呂とちゃんとした晩御飯にありつけた。

今日も12時間程、ほとんど景色も変わらず、人とも合わない退屈な歩きっぱなしの1日…。
こんな日は、肉体的にはもちろん、精神的にも疲れた…。
それに、相変わらず足が痛い…。(>_<)

では、寝ます…。
おやすみ。

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takeobob_takeyan at 22:26

2009年4月20日 12:31

P4190176昨日の善根宿は、1泊500円、プラス500円で夕食付き、という所だった。
山からの天然の涌き水を薪で沸かせた風呂があった。
あまり綺麗とはいえない湯舟だけど、3日ぶりに浸かった自然の風呂は最高に気持ちよかった。
近くにコンビニもスーパーもなく、その日も1日ほとんど食べていなかったので夕食もお願いした。
オジサンが作った野菜炒めにタケノコの煮物、刺身とデカイ丼鉢に1合程の飯が盛られていた。
空腹のあまり、ほとんどオカズに手も付けず米を平らげ、おかわりが出来るか訪ねると、『出来るけど100円増しだぞ。』と言われ、オジサン宅のテーブルに100円を置き、『お願いします!』
1食に米2合…。
おかげで今朝、四国に来て2度目にして溜め込んでいたウンを再び出す事に…(#^^#)

1135adbb.jpg今朝は6:00前に出発して、足摺岬の先っぽにある三十八番にお参りをした。

三十七番~三十八番までの間が札所間では最長で、約87kmある。
足摺岬から太平洋を望めば眼下には “空” と “海” しか入ってこない。
まさに、“空海” だ…。
僕は、こんな事をやっていながら、 “お大師さん” に興味なり思いなりがあるわけでもなく、宗教とかにも無関心だ。
ただ、 “空海” には少々興味がある。
“お大師さん” も “空海” も、呼び名は違えど同じ “弘法大師” 。
でも、僕の中では、お大師さんといえば、明けの明星が口に飛び込んできて悟をひらいたとか、不作の年に1粒の米を釜に入れて炊けば沢山の米が炊き上がったとか、死人を生まれ変わらせたとか、今なお生きている等など…日本昔話のような、架空の人物的なイメージを想像してしまい、空海といわれれば、日本を代表する書の達人とすんなり受け入れられる。
現に、空海は平安時代に実在した生身の人間で、日本の三筆(僕は最澄を入れて四筆としたい)と称される能書家の一人なワケだ。
その中でも、特に空海は “弘法にも筆の誤り” “弘法、筆を択ばず” と言った ことわざ になるほどの書の大家。
書道をしてる人なら、必ずと言っていいほど、空海の書は習う。

P4200183…話が “空海” へ逸れてしまったな…。
ま、いいか…。

ともあれ、今日も僕は空海の歩いた道を歩いてる…。

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takeobob_takeyan at 22:25

2009年4月20日 19:45

P4200185今日は35km程歩いた所で止めた。
年配者で1日平均30km、若者で35kmくらい歩くのが平均らしい。

今晩は、営業しているのか、潰れているのかわからない古びたドライブインの駐車場の端にある公衆便トイレと隣接してる小屋で野宿。
15:00過ぎにはココに着いていて、退屈な時間を過ごしてた。
もちろん近くにコンビニも何もなく、外灯もないので真っ暗。
まだ早かったので、もう少し先に進みたい気もしたけど、足も痛いし、ココから先は山越えで、いい野宿場所がないかもしれないし、雨もパラついてきた。それに、次の土曜に人と会う約束があり、それまでペースを調整しないといけない。

それともう一つ、ペースを落とした理由がある。
今まで、僕のペースを聞いたいろんな人が『お遍路は競争じゃないんだから。』とか『足がダメになって結願出来なくなるよ。』などと、ペースを落とすよう忠告をしてくれたけど、昨日はこんな事を言われた。
『そんなに死に急いでどうする?』
遍路は人生そのものと言うけれど、もし、札所の番号を年齢と考えれば、今日参った札所は三十八番で、ちょうど今の僕の歳になる。
そこでこんな事を言われたのも何かの縁かもしれない。
昨夜、寝袋に入って色々考えた。
例えば、三十六番~三十九番までは、この八十八ヵ所の中でも札所間がとても長い道程で、正に修行の道場と言える。
年齢にすれば、ちょうど伊東にいたのが三十六歳~三十九歳になる年で、僕の一生の中では欠かせない、価値で言えば長い長い修行の三年間だった。
合ってる…。面白い…。
で、数ヶ月前、友人に『お前は今まで走り過ぎてきたんや、これからは少しゆっくり行けば?』と言われたのを思い出した。
札所番号を年齢と考えるなら、昨日までは過去の僕の人生を歩き、そして今日からはこれからの人生を歩く事になる。
なら、少しのんびり歩いていこうかなって、少し思ってみたりしたってワケ…。

bb5718fb.jpgところで、今晩野宿するこの場所、かなり有名な心霊スポットらしい。
夜には、確実にお遍路さんの歩く鈴の音が聞こえてくるらしいし、髪の長い女の幽霊もこの便所に出るらしく、この辺のタクシードライバーはその幽霊を乗せた事があるという人が沢山いるらしい。
すぐ横には1600km強の長いトンネルがあり、大勢の人が亡くなったらしく、今日会った若いお遍路さんも『あのトンネル通る時、何故かゾクッとした。』とか言っていた…。
四国に来て、野宿で野犬や暴走族や蚊など、いろんなのが出てきたけど、今晩はついにスピリチュアルワールドか…。
偶然にも、今晩はシトシト雨が降る…。
ホントに出るのかなぁ…。

今宵はビールでも飲んで、早く寝ます…。

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takeobob_takeyan at 22:24

2009年4月21日 14:37

1629ded2.jpg今朝は6:40に出発。
土砂降り…。

四国へ来て2度目の雨…。

昨夜から本格的に降りだして、今朝も土砂降り…。
幽霊も雨は嫌いなのか、姿は見せなかった。

いや~、よかった~。(苦笑)

雨を楽しむとまではいかなかったけど、前回の雨の日より余裕が出来たかもしれない。
雨の日は、草木や土などの自然の匂いがきつくなるような気がした。
ここぞとばかりに鳴いている、いろんな声の蛙の合唱も聞いた。
山間部なのに近くに川が流れているせいか、見たことのない小さくて綺麗な蟹もいっぱいいた。
蟹は僕が通るとハサミを精一杯広げて威嚇をするが、その姿からして全く怖くない。
でも、ビビって草の影に逃げ込む奴らよりはマシか…。(笑)
一山越えて人里に下りてきた頃 雨は上がった。
そして、もう2時間程歩いた所に第三十九番札所がある。

P4210187

いつもなら、おにぎりやパンを買って食べながら歩くんだけど、今日は2km程手前にあった店で、お弁当を買った。で、今 三十九番の境内で食べながらブログ更新。
この遍路を終えて地元に戻れば、間もなく三十九歳になる。
だから、ここ三十九番で一人お誕生会だ。

 

三十代最後の年かぁ…。
そして、ココ三十九番は高知県最後の札所。

昼からの山越えのてっぺんで、いよいよ愛媛県に入る。

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takeobob_takeyan at 22:23

2009年4月21日 20:23

P4210194今夜は標高300Mの山のてっぺんの お大師さんが奉ってある2畳程の無人の小屋で野宿。
ここまでの登山道、きつかった~。
“修行の道場” 土佐ノ国(高知県)の最後を飾るのに相応しかった…。

で、ここが地図上では、ちょうど高知と愛媛の県境。
キカイダーみたいに、僕の体は左は高知県、右は愛媛県って感じです。
電気も水道もなく、ロウソクを付けていて、携帯電話も圏外のため、この投稿は明日人里に下りた頃にアップされると思います。
ちなみに今、3日前に知り合った66歳のオジサンと一緒で、そのオジサンいわく、『こんな所で野宿なんて、この歳になったら絶対出来ない。藤田さんのおかげでいい経験ができます。』とのこと。(本当は旅館を予約していたらしい)
でも、僕も一人だったら絶対泊まってないな。
昨日よりよっぽどスピリチュアルだしね…。

しかし高知県は長かった~。

P4210190高知県での心残りは、この季節が旬の初鰹のタタキが食べれなかったことかな。(苦笑)

さっ、明日からは “菩提の道場” 伊予ノ国(愛媛県)だ!

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takeobob_takeyan at 22:22

2009年4月22日 19:10

782a5c1f.jpg今朝、5:45amに高知と愛媛の県境の山のてっぺんを出発。
出発してから1時間も下れば人里に出る予定が、1時間歩いても山の中。
でも、ずっと一本道だったから道は間違えてないはず…と、もう30分 歩いてみるが人里どころか益々山奥へ…。
不安になり、昨夜一緒に野宿したオジサンが30分くらい後から出発しているはずだから、ゆっくり引き返せば15分程で出会うはず。と、少し引き返すことに。
でも会わない…。
足を速めた。
結局、昨夜野宿した小屋まで戻った…。

その小屋には、キセルをくわえたオジサンが腰をかけて休んでた。
『あの~、四十番てこの道ですよね?』と聞いてみると

『いや、こっち。』
どうやら、出発の時点で道が2つになってたみたいだ。
『僕、5:45にココ出発して、この道行ったんですけど、全く下りれないから戻ってきたんです…。』
『ん~、今8:47。ちょうど3時間か、15km。間違ってなかったら もう四十番着いてたな。』
『はぁ~。』
『ま、いいじゃないですか、二度と通る事のない道通れたんだし。ちゃんと戻ってこれたんだから。』
『はい…。でも、ココでオジサンと出会って話せたから、少し気が晴れました。頑張って行ってきます。』
『頑張らなくていいよ。頑張って体壊したら意味ないんだから、ゆっくりでいいから気をつけて結願してください。』
『ありがとうございます。』

電車や車の旅なら、道を間違えるのも旅の醍醐味と笑えるけど、今の僕の疲労と足の痛みからすると、とても笑えるどころか正直泣きたい気分だった…。
昨夜、一緒に野宿したオジサンが読んだ本には、遍路は1日八里(約32km)を越えない事。荷物は5kg以内にする事。だそうだ…。
そりゃ、毎日15kg程の荷物背負って40~50km歩いてりゃ、足も痛めるか…。
それだけの負荷を27cmの小さな足の裏2つだけで受けてるんだもんな…。

マメもさることながら、最近は寝ている時、足の裏を氷の上に長時間置いてジンジンしてきたみたいな症状で目が覚める。
初めは冷えているのかと思って靴下を履いていたが、どうやら、足の裏全体が打撲してるみたいになってるようだ…。
そのオジサンいわく、遍路の荷物はグラム単位で考えないといけない。とのこと…。
で、それを聞いて、思い出した事がある。
僕も遍路に来る前に読んだ本にこう書いていた。『歩き遍路をしていると、タオル一つでも捨てて軽くしたいと考える時があります。私に至ってはボールペン一本の重さにこだわりました。私はある宿で全てプラスチックでできたボールペンをいただいた。それまで使っていたものは握りの部分にラバーの巻かれたボールペンであった。無論ペンは2本必要ない。両手に持ってみたところ、いただいたペンの方が軽かった。私はためらわずに、それまで使っていたペンをゴミ箱に捨てた。g単位での軽量化とはそういうことなのです。実際もしも荷物があと1kg重かったら、歩き通せなかったかもしれないと思っています。』 と…。

話は逸れたけど、そんなこんなで、今日は30km強の所で野宿する予定でいたのに、朝15km程余分に歩いたので、結局今日も45km程歩いた事になった。
今日は、自分のミスで精神的にも疲れた…。
でも今は、温泉銭湯(400円)に入って、畳の大広間でマッタリしてる。
22:00までの営業らしいので、それまでココでゆっくりさせてもらい、それからココの前にある公園で野宿する。
2日ぶりの風呂でしかも温泉。疲れも取れる。

場所的には愛媛県愛南町という所で愛媛県を人の横顔としたら、下唇のあたりかな。
山を下りてきてしばらく歩くと、再び綺麗な海が見えた。
今までは水平線しか見えなかったけど、今は遠くに大陸が見えてる。
九州だ…。
ずいぶん遠くへ来たもんだ…。

P4220195


明日は、道を間違えないように、気をつけて歩こう!

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takeobob_takeyan at 22:20

2009年4月23日 19:34

今日は5:45am出発で、歩き終えたのは6:15pm。
歩いた時間、12時間半。歩いた距離、地図上で49.7km。
足の裏、ジンジン…。
どうして僕は、こうも人の言うこと聞けんかな…。
今日は四十一番、四十二番とお参りをして、今は四十三番の明石寺に居る。
もう、納経時間が終わっているので今晩はここで野宿。
この お寺には通夜堂とかはないので、内緒で勝手に何処か軒下ででも寝かせてもらう。
完璧に不法侵入だな…。(笑)

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そういえば、昨夜野宿した公園、ヤバイよ…。
実は、金縛りにあってしまった…。
公園で数人の子供達と妖怪が一匹変な踊りを踊っていて、僕は寝袋からソレを見てた。そしたら急に体が動かせなくなり、息も出来なくなった…。
たぶん、ほんの15秒かそこらだけだろうけど、僕の勝ちで、無理矢理体を動かし目を開けて公園を見たけど誰もいなかった…。
……。 ( ̄▽ ̄;)

今日、10:30頃 ローソンがあったので、その日の昼、夜、翌朝の食料を買いに入った。
ビールがやたら美味そうだったけど、今日は後にお参りが控えていたので、グッと我慢。
で、代わりに62円のアイスを買った。
いつもなら食べながら歩くのに、今日は足も痛いし、ヤンキーみたいにコンビニの前でしゃがみ込んで食べた。
そしたら、 “当たり!買ったお店でもう一本!” (^O^)/
店に入ってお姉ちゃんに『当たっちゃたよ~。』って、もう一本もらい、二本目は歩きながら食べた。

P4210188
ふ~、今日も歩き疲れた…。 (;´・`)
今日はちょっと寒いな…。
外灯も何もないし、寝るしかないか…。

不法侵入バレませんように…。 (^人^)

では、おやすみなさい。

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takeobob_takeyan at 22:13

2009年4月24日 4:43

df690e79.jpgおはようございます!
只今  4:43am。寒い。 {{(>_<;)}}
でも、星空は満天で凄く綺麗く、流れ星も見れました。

今回は昨夜から既に四十三番で寝ていたので、7:00に納経所が開くまでココから出発出来ず、2時間強の暇潰しのブログです。

前に、旅館や民宿などに宿泊しながら巡拝した場合の金額例のようなのを書き込んだことがあったけど、僕の場合、今回の予算は150,000円。
これは、僕が筆で稼いだお金。
僕がまだ修行の身というのに、いろんな方が作品や表札、表彰状書きなどを依頼してくれて、僕の将来を期待してか見込んでか、僕に払ってくれたお金だ。
だから、無駄にせず、価値のある使い方がしたくて、今回の遍路に使うことにした。
そして、僕の書にお金を払ってくれた方々の気持ちを大切にしたいと思い、少しでもソレに触れれるように、裸で財布に入れるのではなく、頂いた時の袋のまま持ってきた。
150,000円が遍路の予算に多いか少ないかは、人それぞれだろうけど、僕の場合、宿泊費は、野宿か善根宿、通夜堂ばかりなので基本的に0円で、たまに温泉に入ったりコインランドリーを使うくらい。食費も極力使っていない。
でも、お寺を参拝する度に納経代ってのがかかり、それは内容によって人それぞれだけど僕の場合で700円。
それが八十八ヵ所あるワケだから 61,600円(+賽銭)はかかるワケだ。
それに、一番札所で購入した遍路グッズが合計で 15,000円程かかっている。
遍路グッズってのはいろんな物があるけど、僕が購入したのは必要最小限にして “納経帳” “白衣” “菅笠” “金剛杖” だ。
納経帳は、各札所でサインのようなものを書いてもらい、印を捺してもらうノート。
本当は掛け軸タイプが欲しかったけど、20,000円前後したため、ノートタイプにした。
その他に購入した白衣は、死者の装束であり、金剛杖(お杖)は卒塔婆となり、菅笠は死に顔を隠す棺桶の代わりであるらしく、つまり、遍路とは常に死と隣り合わせで行くということらしい。
ま、現代の遍路は “楽しくなければ遍路じゃない”って言われているくらいで、無理さえしなければ安全だ。
でも、その3点アイテムを身につけて、遍路である事を知らしめることが都合のいい場合も多く、実際に僕も十三番前の電話BOXで凍死しかけた時、通りがかりのオジサンに『菅笠が見えたから』と助けられたこともある。
それに、菅笠はたいていの雨をよけることができ、通気性もよく、日射を完全に遮り、糸でぶら下がってる虫やクモの巣を避けることも出来るスグレモノとの事。
でも、僕はザックが大きく、後頭部まで高さがあり、それが邪魔で被る事が出来ず、意味がない…。
金剛杖(お杖)は、卒塔婆であると書いたけど、いわば墓標、墓印だ。
だからマジックで自分の名前を書いた。自分で自分の墓に名前を書く、不思議な気分になった。
その金剛杖(お杖)は、ただの杖ではない。弘法大師の身代わりとして共に遍路道を行く “同行二人” だ。
だから、この お杖はお大師様(空海)であるワケで、宿では部屋まで持って入って、床の間なり上座の壁に立てかけるとか、足を向けないとか、横に寝かせない、引きずらない、橋の上ではつかない等々ルールがあるようだ。
でも、いくら空海といえどもここまで四六時中一緒だと、たまに一人になりたくなる時もある…。

7ca271c4.jpg白衣は3着買った。
1着は今着て回っている物で、後の2着は札所毎に印を捺してもらってる。(200円×2着×88ヵ所)両親への土産だ。
いつかこの世を去る時がきたら、着て棺桶に入ってもらう。
生きてる人にそういう土産って縁起悪いのかなとお寺で聞いてみた所『そんなことはないです、何よりの土産になりますよ。きっと喜ばれるでしょう。』との事。
何度も『勘当じゃっ!』と怒鳴りつけられ続けたドラ息子。心配かけまいと今回のこの遍路も内緒で来ている。
こんなドラ息子の土産を両親は喜んでくれるのかな…?

今日はワケあって、23.6km先の通夜堂までだ。
さ、そろそろ納経して、また歩くかぁ。

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takeobob_takeyan at 22:12

2009年4月24日 14:18

5d67709c.jpg今朝の投稿に “同行二人” て言葉が出てきましたが、これは 四国八十八ヵ所巡礼の間、いつも弘法大師が見守られている、自分と弘法大師と二人で巡礼をしている、という意味です。
金剛杖や菅笠にもその文字が書かれているし、遍路道のあちこちにも、この文字を見かけます。
でも僕の場合、いろんな仲間がこのブログを見てくれて、コメントやメールをくれるので、みんなに見守られて応援されてるような、自分とみんなと一緒に歩いているような気持ちになってます。
遍路道は電波の入りの悪い所が多かったり、毎日野宿のためバッテリーの充電がいつ出来るかもわからない環境のため、ほとんど電源を切ってますが、たまに電源を入れて、コメントやメールが入ってると本当に嬉しいです。
コメント返しもメールの返事も出来てませんが、いつも励まされ、元気にしてもらってます。

弘法大師さんには悪いけど、僕には大師さんよりみんなと繋がってる方が心強い。
“同行仲間” だね。

コメントにメール、ありがとうございますっ!

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takeobob_takeyan at 22:11
2009年4月24日 22:41

P4260005今日は、23.6kmだけ歩いて、今は松山自動車道大洲ICの真ん前の “十夜ヶ橋” って所の通夜堂に居る。
周りはずいぶん開けていて、いろんな店が集まってる。
ここ十夜ヶ橋は、空海がここの橋の下で寝てた時、あまりの寒さに一夜が十夜にも感じた事に由来するらしい。
じゃ僕は、十三番札所前の公衆電話を “十夜ヶBOX” と名付けよう…。(笑)

たまに、空海の真似をしてこの橋の下で寝る人もいるらしいが、今は街が開けてきたのに伴い川もかなりドブ臭くなってしまい、お勧めは出来ないらしい。
僕は今晩、その橋の前にある通夜堂を借りて寝る。
ここに到着したのは1:30pm頃。
時間的にも距離的にもまだまだ歩けたけど、ここで宿を取るのにはワケがあった。

一つは、この通夜堂の前に高速バスの停留所があり、明日、人に会うためにここから道後温泉へ高速バスで行かなければならいからだ。
そのワケは、また明日書き込むとして、とりあえず明日は一旦、道後温泉のホテルで泊まり、明後日またここに戻ってきて、ここから歩き遍路を再開する。
では、何故 昨日は49.7kmも歩いて、今日は23.6kmだけという振り分けをしたかというと、今日中にやらないといけない事があったので今日に時間をゆっくり取りたかったからだ。

何をしなければいけなかったかというと、5月1日から伊豆高原で1ヶ月間開催されるアートフェスティバルに出展するための作品の制作。
実は、グラム単位で軽量にこだわらなくてはいけない歩き遍路なのに、15kgもの荷物になっていたのは、筆数本、紙100枚程度、墨、硯などを持参していたからだ。
ま、早い話が書道馬鹿って事かな。(笑)
写経道具も持参しており、書ける状況の夜は必ず筆か硬筆で書くようにしてる。
で、そのアートフェスティバル、そのイベントの主催者からの電話で、『藤田さん今とても貴重な体験されてるじゃないですか、だからその体験中に思い浮かんだ言葉なんかを書いて、それを送ってもらってこちらで展示ってのはどうですか?』ってこと
になった。
始めは、今地元にある作品を数点送ればいいと思っていたのに思わぬ展開…。

ab1fcb14.jpgもちろん旅先だし、野宿だし、ちゃんとした作品には出来ないけど、逆に草稿の物をそのまま展示するってのは、確かに面白いかもしれない。
絵画や小説なんかでも、デッサンや下書きの状態の物が値打ちが出たりするケースも多いし、書に関して言えば、旅先などから手紙を書いたり、詩を読んで書いたりした物などに対しても “率意の書” という言葉を使って、大作とする事もあるくらいだ。

というわけで、実はこれまで毎日柄にもなく、ポエムなんぞを考えつつ歩いていたワケで、今日はそれを書くため、畳と机のある通夜堂でゆっくり時間が欲しかったってワケです。

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takeobob_takeyan at 22:10

2009年4月25日 8:33

c3033bd9.jpg僕は今、十夜ヶ橋から高速バスに乗り込み、道後温泉へと向かってる。
知人と会うのは夕方なんだけど、通夜堂は7:00amには出ないといけないので7:30amのバスにした。
道後温泉へ着いたらまず約束のホテルへ行き、ザックを置かせてもらって観光でもして時間を潰す予定だ。
道後温泉までは、この高速バスで約1時間半。
四国に来てからは、毎日ひたすら歩き続けてきたので乗り物は久しぶり。
空海の時代なら一番早い乗り物といえば馬くらいか…。高速バスの勝ちだな。
長いトンネルも、歩きならなかなか通過出来ないのにバスなら一瞬で過ぎていく。見る景色も歩きだとほとんど止まったようにゆっくりにしか目に入ってこないのに、バスの窓から見る景色はとても早く過ぎて行く。

外は雨だ。
もし、空海がこのバスの小さな四角窓枠から猛スピードで流れて行く景色を見たら何て思うだろう?
『なんとせわしない』と思うのか、それとも『そんなに死に急いでどうする』とでも言うのか…?
僕は以外と『なんと便利な乗り物だ』とでも言って喜びそうな気がする。
僕のイメージする空海は、頭がキレて要領よく無駄のない合理的な人間だったように思ってる。
僕の勝手なイメージに過ぎないけど、人間臭い 一休さん、良寛さんなどとは違い、ちょっとクールなエリートって感じだ。なので、目的地まで素早く移動できるこのバスに乗ったら、窓の景色を見ながら喜びそうな気がする。
本当に、もし今も生きていて四国を回り続けてるなら、是非乗せてやりたいもんだ。

ところで、今夜僕が会う知人というのは、地元でお世話になっている先輩2人で、会う理由は、急ぎで書いて欲しい書があるとのこと。
今晩書くのは、全紙1/2(約70cm×70cm)のサイズが1枚と全紙1/3(約45cm×70cm)のサイズが2枚。いくら僕が書道馬鹿でも、さすがにこのサイズの作品を書くための道具は持ち歩いていないので、それを持って来てもらうというワケだ。
で、作品を制作するにあたり、報酬として(?)道後温泉の高級ホテルで豪華な食事とお酒を用意して頂いた。
ホテル側には事前に説明してもらっていて、部屋を墨で汚さないようブルーシートなどの準備もしてもらい、紙や墨についてはどんな物を買えばいいのか分からないとのことだったので、お世話になってる書道具店の営業の人に説明に行ってもらった。

今晩は豪華な飯に酒、温泉に布団、久々に大きな作品も書けるし、宴会も作品制作も派手にパ~っと楽しむか~っ!\^o^/

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takeobob_takeyan at 22:09

2009年4月26日 20:42

P4250203昨日は約束のホテルに9:00am過ぎに着き、荷物を預けてそのホテルに近い五十一番から四十六番までを逆打ちでお参りにいった。
ホテルから距離にして約15km。いつものように進んで行った。
でも、その日はホテルに戻らないといけないって事に四十六番まで行って気付いた。急いで帰っても3時間はかかる。

待ち合わせ時間に間に合わない…。
電車やバスもないし、タクシーも待機どころか走ってもいない。
そこまでタクシーを呼び、
15kmほど乗れば結構な金額になるだろうし、ヒッチハイクを試みるも車も走っていない…。
ようやく見付けた老夫婦に頼んでみると、帰る方向が逆との事。
諦めて歩いてると、その老夫婦が来て、途中までなら乗せて行ってやると言ってくれた。
で、話をしながら送ってもらってたら、おじいさんがおばあさんに、『道後まで行ってしまうか?』と言うと、おばあさんは『お遍路さんはお大師さんだから、お大師さんのお手伝いになるねぇ』と言ってくれて、結局道後温泉まで乗せて行ってくれた。
その老夫婦はおじいさんが80才で、過去に夫婦で車で2回四国を回ったらしく、死ぬまでにもう一度回りたいってのが望みとのこと。
元気に長生きしてもう一度四国を回れたらいいのにと、心から願った。

おかげで3:00pm前にホテルに戻れて、待ち合わせは4:00pmだったけど先にチェックインさせてもらった。
その日は、朝の5:00am前に前日にもらったバナナを1本食べたきり何も食べてなかったので、部屋に用意されていた3人分の茶菓子を全部食べて、洗濯をしてから先に温泉に入らせてもらった。
凄い大きな立派なホテルで、館内に3ヵ所も大浴場がある。
温泉から上がると、2人も到着していて
、道具も届いてた。
それから2人には温泉街の散策や温泉で時間を潰してもらい、僕は19:00にお願いしていた夕食まで部屋に缶詰で作品制作。

3cc050a3.jpgギリギリに完全させて宴会。
晩御飯は刺身にステーキにすき焼きに鯛飯にetc…と超豪勢!
ビールも酒もふんだんにある。大好物の豆腐もあった。
朝からバナナ1本と茶菓子3個しか食べてなかったので、思いっきり食った。
別腹の部分にまでメインディッシュを詰め込んだ。
酒も存分に呑んだ。
気付けば、珍しくまだ宴会も終わってないのに寝てしまっていたみたいだ…。

今朝の朝飯もバイキングスタイルで超豪勢!
足が痛いのに歩かせるなよ、と思いつつも4回取りに行って和食に洋食にたらふく食べた。大好物の湯豆腐もあった。
久しぶりに牛乳も存分に飲んだ。朝風呂にも入った。

それから3人で松山城に観光に行き、その後、前日高速バスに乗った十夜ヶ橋まで送ってもらい、その近くのうどん屋で3人で昼飯を食べた。
2人共多くて残してたけど、僕はうどんに寿司に、これからの食いだめとばかりにガッツリ食べた。大好物の冷奴も別注文してもらって食べ、2人が残したいなり寿司もお持ち帰りにしてもらった。

47ab2bc5.jpg本当は、正直、そのまま一緒に地元へ、普通の生活へ帰りたかった…。
でも、昨日の朝高速バスに乗ったポイントから2人に見送られ、再び歩き出した。
後半分だ…。
今日は1:00pmに出発して20km強歩いて、今は昨夜と一転、農家の納屋の隅に畳を4枚敷いてくれてる善根宿で寝袋に入って
る。
隙間だらけで超寒い…。 {(>_<;)}}


ちなみに、今日歩きを再開したのは昨日バスに乗ったポイントからだし、昨日老夫婦に車に乗せてもらったのは、歩いた道を戻る時なので、こだわりの歩き遍路には問題なし。

では、明日から気合い入れ直して、また歩きます。

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takeobob_takeyan at 22:08

2009年4月27日 7:15

b9f0ef62.jpg昨日、一昨日の道後温泉の高級ホテルから一転、昨夜は農家の物置の墨に畳を4枚敷いて善根宿にしてくれてる納屋で野宿。

今朝は4℃。吐く息は白く、杖を持つ手がかじかむ。
かなり寒い。

昨日、一昨日との本当に楽しかった2日が過ぎ、今日から改めて歩きだした。
四国も残すところ半分。
今日はいきなり峠越えが続く難所 “遍路転がし” の一つだ。
今朝は一昨日の夜の宴会で余った鯛飯をおむすびにしてもらっていたのを食べた。
これだけ寒いと腐りもしていないだろう。
それに、仮に腐ったとしても “腐っても鯛” だ(笑)
ちなみに、今日の昼は、昨日2人と別れる前に3人で食べた昼飯で2人が残したいなり寿司の予定だ。
ところで、昨日の写真で気付いた方もいるかもしれないけど、靴が変わった!
16年前に買った登山靴。まさに快適!
足の痛みもほぼなし! \^o^/
一昨日、書道具と一緒にこの靴、おまけに、腕時計や懐中ライトも持って来てもらった。
腕時計は地図を見て距離感をつかむのに便利で、ライトは外灯のない所での野宿に必需だ。
逆に、不要と思われる物をグラム単位でこだわり、持って帰ってもらった。(ダウンジャケットを持って帰ってもらったのは失敗だったけど…。)

とにかく、足の痛みがほぼなくなり、ホント快適になった!

リセット修行旅、残り半分楽しく歩ぜぇぇえ↑↑↑!!

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takeobob_takeyan at 22:07

2009年4月28日 6:40

昨夜は40km強歩いた地点、四十五番の近くの国民宿舎で350円の温泉に入り、営業時間の8:00pmまでマッタリさせてもらって、その前のバス停で野宿。
標高の高い人里離れた山間部で携帯電話は圏外だったので、今の投稿。

昨夜は寒さでほとんど寝ていない。
今朝4:00amすぎ寒さに我慢出来ず歩く準備を始めた。
昨日の朝で4゜C。
今朝はそれ以下だろう…。雪だか霜だかで所々白くなってる…。
ダウンジャケットを持って帰ってもらったのが悔やまれる…。

62f1509f.jpgさて、昨日は6:00amに出発。
朝のブログにも書き込んだようにかなり寒かった。
民家もないような山間部の県道を1時間半ほど歩くと小さな村に入った。
そのほとんど住人の居ないような村に小さな豆腐を作ってる店を発見。
扉を開け、『おはようございま~す。』
『…』応答なし。
『すみませ~ん!』再挑戦。
しばらくして、長靴に長いビニールのエプロンをしたおばさんが出てきて、『はい。』
『この店って、豆腐1丁だけでも売って頂けるんですか?』
『125円です。』
『じゃ、1つ下さい。』て事で購入し、 “遍路転がし” の一つである難所の峠を右手にお杖、左手に豆腐で越えて行った。
いくつかの峠を越え、人里に出ると郵便局を探し、金曜に書いたアートフェスティバルの作品を速達で送った。
そして、昼に四十四番に着きお参りをした後、そこで豆腐といなり寿司を食べた。
そこからの四十五番までの山道はきつかった…。
かなりの急勾配。

夜はその近くの国民宿舎で350円払って温泉に入らせてもらい、洗濯をして、そこのレストランでライスの大盛り250円だけをオーダーし、そこの売店に売っていたカップヌードル200円にお湯を入れてもらい晩御飯とした。
ライス大盛りとカップヌードルで計450円。
それだけ出せばコンビニでもいい弁当が買えるし、たいてい僕は105円のおにぎりと100円前後のパンを合わせて3個とかで済ませてるので高い気がして迷ったが、携帯電話も圏外の山奥、コンビニや売店など何処にもなく、それが唯一、その国民宿舎のレストランで一番安い手段だった…。
で、その国民宿舎のレストランで、鹿児島県枕崎市って、鹿児島の一番南の端にあるお寺のお坊さんと会い、いろんな話をした。
それで以前に新聞に載っていた記事を思い出し、『そういえば、東京から高速道路の最南端のIC、鹿児島ICまでの距離がこの八十八ヵ所巡礼で歩いてる1450kmとほぼ同じらしいですよ。』的な事を言うと、
『そんなものですね。東京にも何度か歩いて行きましたよ。』って、サラっと言った。
それどころか、お寺を巡って鹿児島の最南端の市から太平洋沿いに歩いて北海道へ行き、北海道を回って日本海側から帰った事もあるらしく、この四国八十八ヵ所巡礼も9回目。その内の何度かは鹿児島から四国までも全て歩いてきたとか…。
他にも、普段のお寺での生活などの話を聞いても、夜中の2時に滝に打たれているとか、とにかく凄いドM…。
『何故そこまで?』と聞くと、『全て修行です。』との事…。
まさに荒行だ…。
僕がこんな旅でリセットなんて言ってるのは、アマ過ぎるのかな…。
“荒行” かぁ…。
僕は強いて言うなら “アラフォー” だけどね…。

P4130118
ま、僕は僕の歩幅で歩いて、僕のペースで転がっていきます…。
その前に、今日がどんな1日になるのやら…。

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takeobob_takeyan at 22:06

2009年4月28日 22:32

P4160155今日は13時間半ほど歩いた。
移動距離、地図上でザッと64.7km。その内歩いた距離は同じくザッと54.2km。札所でいえば四十六~五十三番。
今日、移動距離と歩いた距離が違うのは、土曜日に四十六~五十一番を先に打っていた(お参りしていた)ので、ヒッチハイクで飛ばしたからだ。
もちろん、土曜に一度歩いて巡拝している道だから、歩き遍路には問題ない。

今日は、土曜に四十六番でヒッチハイクしようとした時の全く車も人もいなかったことを学習し、四十七番まで歩いて、そこでヒッチハイクすることに。
でも、そこにもあまり人は居なくて、唯一見付けた60歳半ばの夫妻に try。
『すみません、もし四十八番さんに行かれるのなら乗せて行ってもらえないでしょうか?』
『ええ、いいですよ。』って笑顔で ok。
四十八番に着けば、また違う人に四十九番まで頼もうと思ったら、四十八番の駐車場は空…。
そこまで乗せてってくれた夫妻に try again。『すみません、ここで待ってるので次も乗せて行ってもらえないでしょうか?』
『ええ、じゃ私達はお参りしてきますから、車で寝てるなりなんなりして待ってて下さい。』って笑顔で ok again。
僕は車でその夫妻を待ちながら思った。
ここに来るまでのほんの数十分話しただけなのに、この夫妻は僕を信用してくれている。僕が泥棒なら車内の貴重品を持って逃げられるのに…。
しばらくして夫妻が戻ってきて、四十九番へ。
ここでも調子にのって try again again。『すみません、四十九番から五十番って1.7kmしか離れてなくて、僕、その間にある神社を見てみたいんです。なので、荷物をこのまま乗せといてもらって、五十番で待ち合わせして五十一番まで乗せて行ってもらえないでしょうか?』
『ええ、じゃ私達はここのお参り済ませたら五十番へ行きますから、そこの納経所の前辺りで会いましょう。』って笑顔で ok again again。

P4280008P4250203ちなみに、その間の神社ってのは、明治時代の書家 三輪田米山の縁の神社で、米山の書が石碑などに刻されてる。
米山とは、今は日本書道史にも出てきていない無名な書家だけど、きっとこれから見直され、書道史に名が出てくるような気がする。(たぶん…。)
話は逸れたが、四十九番で夫妻は僕を信用してくれて、僕を車に残したままそこを離れた。
だから僕も夫妻を信用して、貴重品やら全てが入ったザックを車に乗せたままそこを離れた。
結局その夫妻と楽しく話をしながら五十一番まで乗せて行って頂き、住所や電話番号の交換をして別れた。その別れ際、ゆで卵と缶コーヒーまで頂いた。
無事結願出来たら、その報告とお礼の手紙を書く人がまた一人増えた。

五十一番からは、再び歩き。
道後温泉のど真ん中通過。
始めの計画では、道後温泉まで来たら温泉に浸かってゆっくりするつもりだったけど、二日前に存分に楽しんだトコなので今日は先を急いだ。

そこから約10.3km歩いて五十二番に到着。
そこの参道に1軒だけぽつんと、かわいらしい和雑貨を売っているお洒落な茶店があった。
僕はハガキを出したい相手がいたので、そこなら売っているかもと思い、店に入り尋ねてみた。
『すみません、絵葉書なんか置いてませんか?』すると、他のお客さんと話してたお洒落で感じのいいおばさんが『すみません…置いてないんです…。どなたかに手紙を出されたいんですか?』
『はい…。』
『じゃ、ちょっと待ってて、探してみます。』って家に入って行った。
しばらくすると、ミレーの絵の付いた絵葉書を持って、『ありましたよ!私、絵が好きでよく美術館へ行っては絵葉書買うんです。こういう絵葉書は季節も問いませんし、出した相手から “カワイイ額に入れて飾ってます” って返事をもらうこともあるんですよ。これで出してあげて下さい。』と言ってきた。
『じゃ、それで出します。おいくらですか?』
『いえいえ、これは私からのお接待です。切手は50円のがなかったので80円のを付けときますから一緒にどうぞ。』と言ってくれた。
お礼を言って店を出る時、そのおばさんが他のお客さんに『ホント、いろんな縁がありますねぇ。』と言っているのが聞こえてきた。
本当は四国絡みの絵葉書が欲しかったんだけど、なんだかとてもミレーの絵葉書が気に入ってしまった…。

その後、五十三番を打って、そこからまだ10km強、野宿先を求め歩き、JRの伊予北条駅って所まできた。
今晩はココで野宿することにしたけど、特急も止まる駅で15分おきくらいに電車が来て、人の出入りも結構ある。
ここに来る途中で58円で get した豆腐と半額弁当とビールを人目気にせず食ったけど、さすがに寝袋は最終電車の0:34までは出せないか…。

昨夜は寒くて寝れなかったから眠いぞ…。 (ρд-)zZZ

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takeobob_takeyan at 22:05

2009年4月29日 7:20

467f801f.jpg昨夜は、0:34 amの最終電車の乗客が改札から居なくなってから寝袋に入った。
一昨夜は真夏でも避暑地として過ごせそうな、道端の看板に “四国最大級” と書かれたスキー場よりも標高の高い所での野宿で凍えそうな夜を過ごしたけど、昨日1日かけて再び沿岸部まで下山。高い山から下りてくればもう寒くないと思っていたのに、意外と寒かった…。
どうやら、標高の問題だけじゃなく、ここのところ全国的に(?)寒さが戻っているみたいだ…。
薄手のアンダーシャツの半袖長袖しかない僕、今だにダウンジャケットが悔やまれる…。

今朝は、始発電車が 5:14 amに来るので、4:00am 過ぎに寝袋から脱出。寒くて出たくなかったけど、始発の利用客が来始める前に準備をしなければ。
寝袋から上半身を起こし、両手を広げて大きな伸び一発。蛹から美しい揚羽蝶が誕生するイメージだ。
僕は、よく食パンやロールパンなどを安い時に非常食に買っておく。
今朝はその6枚切り食パンを3枚。もちろんいつもながら焼くことも出来ないし、何も付ける物もない。
でも、今朝は日曜の道後温泉のホテルの朝食に出た、マーガリン、マーマレード、イチゴジャムがある。3枚にそれぞれを塗って、昨日のヒッチハイク夫妻にもらった缶コーヒーと一緒に、駅の改札で薄着のまま震えながら食べた。
マーガリンやジャムを塗ったトーストにコーヒー。ちょっとシャレたモーニングだった。(笑)
今朝は 5:00am過ぎに出発。出発して既に2時間が経つ。
今は、愛媛県を横顔に見立てた場合のオデコの毛の生え際辺りから頭のてっぺんを目指して、海岸線を左手に海を見ながら歩いてる。


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takeobob_takeyan at 22:04

2009年4月29日 23:05

P4290014今日も疲れた…。
歩いた距離はザッと36.5km。
昨日は最終と始発電車の関係で3時間強しか寝てないし、一昨日は寒さでほとんど寝れなかったし、寝不足の疲れかな…。
ザックを下ろしたり、かついだりする度 立ちくらみがした。
足にも久しぶりに新しいマメが3ヵ所できた…。
朝5:00過ぎに出発して、しばらく海岸線を歩いて昼間に五十四番に到着。つつじの綺麗なお寺だった。
そこで既にバテていた僕は、日陰で水筒の水を飲んでいた。
そこにオジサンが座ってて、『歩き?いつから回ってんの?』
『5日からです。』
『早いペースだね。だいたいみんなこの辺りから体調崩し出すんだよ。
で、宿で2、3泊休養取ったり、病院行ったりさ。歩きを止めて、残りをバスや電車の移動に変えたり、最悪は結願出来ずリタイアして帰ったりね。あなたも気をつけなさいよ。』『はい。ありがとうございます。』

71477269.jpg続けて五十五番に行って、疲れ果ててベンチに座って携帯電話をいじってたら、またそのオジサンと会って、『そうそう、そうやって休憩しながら行けばいいんだよ。誰かにメール送ってるの?写真撮ってあげようか?相手に心配かけないように、“楽しんでます”って笑顔でね。』
←コレ

次の五十六番でも五十七番でも会ったので、『どちらからですか?』と聞いてみたら、『兵庫県です。』って。
『え!?僕もですよ!兵庫のどちらですか?』
『え!?私は稲美町ですよ。あなたは?』
『高砂市です。』偶然にも凄く近くだった。
結局五十八番でも会ったので、そこで住所とメルアドの交換をした。

今晩は五十八番の通夜堂で泊まらせてもらう。
五十八番は、再び山の中腹。でも、さほど高い山でもない。
通夜堂は大きくて綺麗なトイレの地下にあるボイラー室兼物置みたいな所に畳が3枚敷いてある。
他に人は居なく貸し切りだ。
久々の畳なので、筆で写経をしようと墨を擦っていたらお寺の人が来て、『便所掃除お願いします。』
便所掃除と明日の朝6:00からの “おつとめ” が通夜堂を使わせてもらう条件。
無料で泊まらせてもらえるんだからヤスイもんだ。
なにせ、久々に扉が閉まる畳の部屋で寝れるんだからね。
ま、寝袋だし若干寒いけど、野宿に比べれば全然いい。
しかも、コインランドリーがあるし、宿坊のお客さんやお寺関係者の全て入り終わった後に、風呂にも入らせてもらえた。
その風呂には通夜堂から100m程真っ黒な山道を綺麗な夜景を見ながら歩いて行くと、中に大きな囲炉裏がある日本昔話に出てきそうな家があり、そこにはなんとも言えないいい雰囲気の情緒ある天然温泉の薪風呂があった。
その風呂の小さな窓からは “しまなみ海道” の夜景が遠くに見える。
ちょうど今、10周年記念とかで綺麗にライトアップされている。
日本昔話に出てきそうな風呂の窓から、真逆の現代的な夜景。
合わないかと思いきや、これがなかなかオツなもんでした。

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takeobob_takeyan at 22:03

2009年4月30日 19:45

79f5c68b.jpg今は4/30。でも、圏外なのでアップされるのは5/1になります。
生きてますからね。(笑)

さて、今日 4/30 は 5:00am 起床。
いつもは自然に目が覚めるのに今朝は久々にぐっすり寝れたのか、携帯電話のアラーム音で起きた。
それから荷物の準備をして 6:00 amに本堂に行き、30分間程のおつとめ。
その後、住職の法話が約1時間。
おつとめと法話は宿坊に宿泊していた人達と一緒に受けた。
法話が終わってみんなが宿坊に戻ると、僕は住職の所へ行き、通夜堂に泊まらせて頂いたのと法話を頂いたお礼を言って、五十八番を出発した。

山を下りてしばらく歩くと五十九番がある。距離にして約6.5km。
そして、そこから六十番までは約33km。
ただ、この33kmの最後の8km程、旧道は難所 “遍路転がし” の一つだ。
というのも、西日本の最高峰・石鎚山の中腹(標高750m)にあり、地図にも “危険大” とか、“違う順路を取るのが妥当” や “通行不能となることがある” あげくは、 “我慢・忍耐修行也” などと書かれている…。
朝7:30 から歩き出して、14:00にその8km手前地点到着。
そこまで約 31.5km を歩いてきてからの登山…。
たいていの人は、その近辺の旅館や民宿に泊まり、翌日、荷物を宿に置いて手ぶらで1日かけて登り、再び宿まで下山してくるパターンが多いらしい。
僕は、始めからそのまま一気に登り、下山して野宿しようと思っていた。
六十番に到着は4:00pm。
時間的には十分下山出来る。下りきれば近くに温泉があるいい野宿場所があるらしい。
それに、標高の高い山での野宿は3日前の寒くて寝れなかった夜がトラウマで、極力避けたいと思っていた。
でも、今日は朝から久々に足のマメで悩まされて、六十番に着いた時にはもう僕の足の裏は限界近かった。
特に、下りはつま先に体重がかかるのでかなりキツイ。
結局、下山は断念し、六十番のお寺の休憩所にあった長机で寝ることにした。
既に寒い…。 {(>_<;)}}
どうやら風邪をひきかけているようで、今日、別のお遍路さんに風邪薬を貰った。
ここの所、寒いからな…。
あまり栄養も取ってないし…、というかマトモな飯を食ってないもんな…。

ヤバイ…。

 

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takeobob_takeyan at 22:02

2009年5月2日 7:44

P5010031P50100305月突入。今日も五月晴れです。
さて、昨日は、標高750mにある六十番を5:45amに出発。
いきなり下りでのスタートはかなり足の裏のマメに堪えたけど、2時間半ほどでなんとか下山。

それから、近くに集まってる六十一番~六十四番を午前中に続けて参拝。
添付写真は六十三番にあった “成就石” 。
目を閉じて金剛杖を通せば願いが叶うらしい。

六十四番から六十五番は約45km離れているので、昼からは野宿場所を求めてひたすら歩くのみ。
足が痛くて、立ち止まってテーピングを巻き直す。
登山が効いたのか “ふくらはぎ” と “弁慶の泣き所” の筋肉も怠い…。

3:00pm過ぎ、距離にして25kmほど歩いた所で、自転車のカゴに缶ビールとワインを入れたオジサンが僕を追い抜かし際に声をかけてくれた。
しばらく話をしながら歩いているとオジサンが『ウチそこやけん、ちょっと寄って休憩していかんけ?』と言ってくれて、遍路道沿いの大きな家に寄らせてもらった。
オジサンは早くに奥さんが他界され、息子さん1人と娘さん2人は結婚されて東京などに出てしまってて一人暮らし。
いろいろ話をしている内に、オジサンは封筒を持ってきて、『最近孫が出来て、このGWに帰ってくるんや。』と、嬉しそうに写真を見せてくれた。
ちなみに、その時点で自転車のカゴの中のアサヒスーパードライ500mlの6本はなくなり、ワインに変わってた。
もちろん、僕も一緒に頂いてたワケで、2人して上機嫌。
結局、シャワーと洗濯機を借りて泊めてもらうことに。
しかも、シャワーの後、まだ日も高い内から近所の寿司屋に連れてってもらい、たらふく飲み食いさせてもらった。
2日ぶりにシャワー出来たし、久しぶりの布団、洗濯も出来た。
そのオジサンは寿司屋のカウンターで『これも全て “縁” なんよ、あんたが今までに出会ってきた人達も、これから出会う人達も全て縁があってのことやから、縁を大切にして、人に優しい人間にならなアカンよ。』と教えてくれて、オジサンん家に帰ると2人してバタンキューで寝てしまってた。

今朝は5:00amに起きて、隣で寝てるオジサンを起こし、出発仕度。
オジサンは二日酔い、僕は久々のいい環境で快適な朝。
 5:30am、牛乳を1本もらってオジサンと握手を交わし、オジサンに見送らつつ真っ赤でデッカイ綺麗な朝日に向かって再び歩き出した。

P5010032

昨夜は愛媛最後の晩餐だった。
そう、今日で伊予ノ国(愛媛県)ともお別れだ…。

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takeobob_takeyan at 22:01

2009年5月2日 22:15

763a5994.jpg今日は約40km程歩いた。最近はこれくらいで足が限界だ…。

昼過ぎに六十五番に到着。
そのお寺の山からは海が見下ろせた。それはもう瀬戸内海だ。
旅もいよいよ大詰め、明日向かう六十六番からは、弘法大師 空海の誕生地、讃岐ノ国(香川県)。
涅槃の道場、残すところ23ヵ寺となった。
今晩は、その六十六番の約15km手前の八十八ヵ所とは関係のない別のお寺の軒下で野宿。
風が結構キツイ…。
明日はまた朝から標高約880mの山登り。西日本最高峰の石鎚山の中腹にあった六十番より高い。
足、大丈夫かな…。(¨;)

足と言えば、今日の夕方に聞いた話によると、早いペースでここまで来た若いお遍路さんが、この辺の宿に『足が痛いから2~3日休ませて欲しい。』と来たらしく、宿の人が『病院に行った方がいい。』と、そのお遍路さんを病院へ連れて行ったらしい。そしたら診断結果は “疲労骨折” で、ドクターストップ。これ以上歩いてはいけないって事で無念のリタイア。帰路についたらしい。
“疲労骨折” って初めて聞いた…。
大きな衝撃で骨折するのではなく、歩いている内に徐々にヒビとか入って骨折って感じかな?
自分の足を思い出した…。そういえば、右足の親指の付け根辺りが痛く、腫れている。
初めは足がむくんでいるんだと思っていたけど、むくみだとほぼ左右対照のはずなのに右の親指の方が断然太い…。しかも、その痛みと腫れは風呂に入ろうが、一晩寝ようが取れない…。
ちょうど小学生の時、足の親指を骨折した時みたい…。
もしや、疲労骨折か…?
だとしたら、病院には行かない方がいいな…。
ここまできてドクターストップなんて真っ平だもんな…。

今朝10:00頃、犬の散歩中の女の人がすれ違い際に『ご苦労様です。お気をつけて。』と挨拶してくれた。
ま、それはお遍路をしていれば日常茶飯事で、僕も慣れたもんで『ありがとうございます!』って100点満点の笑みを返した。
それから15分程歩いてたら、後ろから車が来て、その女の人が『父が元気なら絶対お接待してると思うので…。』とオロナミンCをくれた。
そして、20cm弱程の竹の札のような物を取り出し、『今、父は闘病中で…、これ持ってて下さい。』と、その札のような物を僕に手渡した。

6be999ca.jpgその竹の表には、 “おすがりし 大師と歩む 今日のみち” と、裏には “次65番寺まで13km お気をつけてどうぞ” の文字と住所と名前が、それぞれ墨で達筆で書かれていた。
名前は男性の名前なので、その闘病中というお父さんが自分で詠んだ詩を書いて作った物だろう。僕が『これは、どうすればいいんですか?八十八番で納めるんですか?』と聞くと、その女の人は堪えきれなくなった涙を流しつつ、『後はどうしてもらってもいいです。ただ一緒に連れて行ってやって下さい。』と言った。

やっぱり、病院には行かない方がいいな…。

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takeobob_takeyan at 21:59

2009年5月3日 11:55

a3874222.jpg高約880mにある六十六番、キツかった~。(;´・`)
今朝は 5:30amに出発して登山。今ようやく下りてきた。
お寺の名前は “雲辺寺” 。
ホント、雲の辺りに在る寺って感じ。
そんなお寺からの眺めは絶景だったけど、頼んだ写真はあいにくの逆光…。(T-T)

そろそろコンビニかスーパーないかな…。腹減った…。
昨日は39円の豆腐見付けたから2丁食った。
最近、運よく毎日豆腐にありつけてる。
いや、これは運がいいのではなく、豆腐と僕の “縁” に恵まれてるんだろう…。(笑)
しかし、腹減ったな…。
ガッツリ焼肉なんか食いてーなー。寿司なんかも捨て難い。冷麺もこれからの季節は毎日でも飽きないくらい大好物だ。

くそ~、キンキンに冷えた生ビールに冷奴が食いてーぞー!

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takeobob_takeyan at 21:58

2009年5月3日 22:14

91d664fc.jpg今日は13時間歩いた。距離は約55.6km。
久々の50km越え。
しかも、朝一に行った六十六番は標高約880mの山にあり、六十八・六十九番は海抜約0mの所にある。
打った(参った)札所(お寺)は六十六~七十番。
どうして、こんなに歩いたかというと、六十九番を打ち終えた時はまだ時間が早かったので、
野宿場所を求め七十番の方へ向かって歩いた。
でも、野宿出来る場所がなく、七十番まで来てしまったってワケ…。
なので今晩は七十番のすぐ隣の道の駅で野宿することにした。
足の痛みも体力的にも限界近い状態だったし、ここに着いたのは18:30頃だったので、お寺の納経所は閉まってるから明朝の7:00まではここで足止めだ。

香川県に入ると、札所間の距離が短いので、一日で沢山のお寺を回れる。
ただひたすら歩くだけの日に比べたら気分的にも楽だ。
でも、各札所に700円づつ払っていくワケだから、財布からみるみる1000円札が飛んでいくのが辛い…。 (T-T)

今日は札所が沢山かたまっていたのとGWということもあり、どの札所も沢山の人がいた。
たいていの人は僕のザックを見て、『野宿で回ってるんですか?』と聞いてくる。
他に多い質問は、『どちらから来られたんですか?』だ。
僕も他のお遍路さんに会うとこの質問から話しかけることが多い。
初対面の人は出身地を答えるが、何度か再会しているお遍路さん同士の場合は、『○○寺の近くの○○旅館からです。』って感じで答えてくれ、別れ際に、『今日はどちらまで行かれる予定ですか?』って聞けば、『○○番の近くの○○荘までです。』って感じで答えてくれるパターンが多い。
もちろん、僕もよく聞かれる。『今日はどちらまで行かれる予定ですか?』
僕はいつもこう答えている。

『行ける所までですっ!』

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takeobob_takeyan at 21:57

2009年5月4日 21:17

ffa49791.jpg今日は七十一番からスタートして七十九番まで打った。
空海誕生地 讃岐ノ国だからか、立派なお寺が多い。
七十二番 “曼茶羅寺” は四国霊場最古の寺で、近隣には西行が昼寝したという「昼寝石」が残っている。
ちなみに、西行ってのは、鎌倉時代を代表する能書家の一人だ。
七十三番 “出釈迦寺” は、釈迦如来に会う願をかけ、大師が山頂から身を投げたという伝説がる。
七十五番は、弘法大師が自らの誕生の地に建立、四国霊場随一の規模を誇る “善通寺” 。
ここはもうすっかり観光地って感じだ。

これだけ立派なお寺が集中して在るエリアで、しかもGWとあって何処も大勢の人。
沢山の人に声をかけられる。『何処から来てるの?』『歩いて回ってるの?』『野宿してるの?』…。
いつもなら、人とのコミュニケーションはお遍路の楽しみの一つなのに、最近は足の痛みと疲労のピークで苛々していて、それがうっとうしく感じてる…。
心の中で「うるさいな…」「ほっといてくれ…」って思ってしまったりもする。
そんな自分にまた苛々して、終いには、自分は痛い足引きずって何やってんだ?もう止めてしまおう。などと思ってしまったりもしてしまう…。

でも、今日はそう思いつつ歩いていたら、2度も嬉しいサプライズがあった。

1つ目。

2・3日前に、僕が初めて社会人になった時に凄くお世話になった先輩と『このGWに、愛媛県の奥さんの実家に家族と帰っているから、四国で会えたらいいな。』なんて話してたら、今日の昼前、県道25号線を歩いているとまさかの自転車での登場。
しばらく一緒に歩いて、最初に見付けたうどん屋に入り、うどん2玉といなり寿司2コとおでんにビールをご馳走になった。
お土産にとカロリーメイト8箱を買ってきてもくれていた。
その先輩は、トライアスロンやウルトラマラソンなど、いろんな過酷なレースに出場している人なので、15kg程の荷物をかついで40~50kmを歩くというのが体にどれくらいの疲労や足にどれほどの負担を及ぼすかよくわかってくれてるので、話を聞いてもらってかなり苛々が取れた。

2つ目。

日は七十九番まで打ち終え、今はその先3km程進んだ所の温泉銭湯に居い。
いつもの様に、閉店の23:00までここでマッタリして、その後ここの近くのJRの駅で野宿するパターンだ。
で、その温泉でマッタリしていると、20:00過ぎに昼間とはまた別の友達が家族を連れてまさかの登場。
救援物資と称して缶ビールやツマミ、バナナや栄養剤などを持って来てくれた。
家族で尾道に遊びに行った帰り、しまなみ海道から四国に入り、鳴門大橋・明石海峡大橋で帰る途中に連絡をくれて、サプライズで立ち寄ってくれたらしい。
まさか、こんな所で会えるとは…。
彼らファミリーは今温泉に入ってる。
上がってきたら一緒にマッタリして、23:00になったら野宿場所の無人駅まで送ってもらう。
今日は2度もの嬉しいサプライズで、かなり苛々も取れた。
ホント、仲間ってありがたい…。

P5040069

結願まであと少し。
また明日から頑張ろう

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takeobob_takeyan at 21:56

2009年5月5日 0:44

162f2b82.jpg今日のブログで、今日回ったお寺をいくつか紹介したけど、七十七番には添付写真の像があった。
十二番から十三番へ行く途中にも “衛門三郎霊跡” ってのがあるが、これらの像は、立ってるのが空海で膝をついて両手を広げているのが “衛門三郎” という人物だ。

以前に、逆打ち(四国を八十八番から一番の方へ反時計回りに巡拝すること)をすると3倍の御利益があると書き込んだけど、何故そういう伝説があるのか。
それについては『衛門三郎説』と呼ばれる、ひとつの逸話が発端となっているらしい。



愛媛県松山市郊外に、衛門三郎という一人の欲深い長者がいた。彼の屋敷は地元でも大きなものであったが、ある日その屋敷へ一人の僧が托鉢に訪れる。三郎は托鉢を拒むが、その僧は懲りずに七日間もやってくる。業を煮やした三郎は八日目にとうとう僧の持っていた鉄鉢をたたき落としてしまう。すると、鉄鉢は八つに割れ、僧もそれ以来姿を見せなくなってしまった。
ところが、翌日から三郎の8人の子供達が次々と病に倒れ、亡くなってしまう。三郎は自分が追い払った托鉢僧が、かの弘法大師と知り愕然とする。そして自分の横暴なふるまいを反省し、赦し請うために弘法大師を追って旅に出た。これがいわゆる遍路の始まりだと伝えられている。
三郎はその後、二十回以上も四国を巡るのだが、弘法大師には会えなかった。そこで、それまでと逆回りで四国を巡り始めた。逆に回れば順に回っている弘法大師と何処かで出会えると考えたのだ。しかし、弘法大師には会えないまま、十二番札所焼山寺のふもとで倒れてしまう。すると、息も絶え絶えの三郎の前に弘法大師が現れ、それまでの三郎の罪を赦した。そして、最後の願いを問うと、三郎は生まれ変わりたいと願った。弘法大師は『衛門三郎再生』と書いた小石を三郎の左手に握らせると、そのまま三郎は息絶えてしまった。
数年後、伊予の国の領主の家に男の子が生まれた。健やかに育ったが、5歳になっても左手を固く握りしめたまま、一向に開こうとしない。心配した両親が安養寺という寺に連れていき、祈念すると手が開き、小石がこぼれ落ちた。その石には、『衛門三郎再生』と書かれていたという。
この伝説のなかで、衛門三郎が逆に回ったらお大師様に会えたことから、逆打ちの方が御利益があると言われるようになったらしい。

P4070040P4070042この衛門三郎伝説について僕は少し考えた。
ま、この類の昔話的なものは聞く人によって解釈は自由だし、僕の考えと似た解釈をしている本も見たのでまんざら間違いでもないかもしれない。

その僕の考えとは、こうだ。
“弘法大師=衛門三郎”。
僕は以前、今回のこの旅を “resetの旅” と書き込んだが、それは、これから書道家として生きていく前に過去の自分をリセットして生まれ変わりたいと思って旅に出たようなものだ。
だから、楽しくなければ遍路じゃない的なスタンプラリー旅行みたいな “refreshの旅” ではなく、肉体的にも精神的にもある程度のプレッシャーをかけつつの修行的遍路のつもりでいる。
つまり、リセットしたい過去の自分が衛門三郎で、今巡礼をしている自分が弘法大師だ。
リセットしたいというのは、今まで人を傷つけてきたり悪行をしてきた自分を生まれ変わらせたいということだ。

もちろん一度四国を回ったくらいでリセット出来るワケなんてないと解っている。
でも、毎日毎日重い荷物をかついでただひたすら歩いている。
40~50km歩いたところで、そこにオアシスがあるワケでもなく、風呂や豪華な飯があるワケでもない。限界近くまで歩いて、そこで写経を書いて、パンやおにぎり食ったら寝袋に入って死んだ様に寝る。翌朝目が覚めると また ただひたすら歩く。
そんな生活も今日で1ヶ月が経った。
毎日歩きながらいろんな事を考える。

何週間か前に、ジャマイカに住む友人からこんなメールがきた。
『お久しぶりです、タケオさん。お遍路さんを始められたのですね。お体の負担をおしてひたむきに歩き続けていらっしゃるようですが、体を壊してしまわないよう、十分にお気をつけてください。ずいぶん昔に、お遍路さんの研究をしていた学生がいて、誰かの言葉を引用して、「宗教とは、苦しみに救いを与えてくれるものではない。苦しみの苦しみ方を教えてくれるものだ。」というようなことを書いていたのが、今でも心に残っています。実際にお遍路さんを実践されているタケオさんがこの言葉をどう感じられるか、 またいつか聞かせてください。それでは。』

話は少し逸れたかもしれないけど、僕は元々、神様や仏様などという宗教的なことは全く興味はなく、子供の頃から神社やお寺で賽銭投げて手を合わせてみたところで神頼み的な事をした事がない。
じゃ、何故四国を回ってリセットしようとしたのか…。衛門三郎みたいに生まれ変われるはずもないのに…。
元々、お寺にはあまり興味はなかった。お寺はあくまでも通過点。
それよりも、 “歩く” 事に重きを置いていた。修行的なイメージで。
つまり、もっと強くなりたかった。もちろん自分に対しての克己心だ。
自らプレッシャーを与えて、精神的に強くなりたかった。
過去の嫌な自分から生まれ変わるなんて出来ないんだから、それは受け入れるしかない。受け入れて、それを自分で赦せるだけの強さを持つしかない。
赦しを請うのも赦すのも自分。
衛門三郎=弘法大師。
苦しみを自ら与えたり、人や神仏から与えられたりしたとしても、その苦しみの受け入れ方、考え方しだいで自分のプラスにもマイナスにもなる。
苦しみを、自分を成長させるアイテムの一つとして考えれば、そのアイテムの使い方、つまり苦しみ方しだいでとても価値のある物になる。
僕の今回の旅での足の痛みや疲労の苦しみも、自分を成長させるのに、精神的にもっと強くさせるのに価値のある物になれば、リセット成功と言えるのだろうか…。

P4070043ちなみに、今晩の野宿場所の駅、最終電車が 1:10 のため寝袋も出せず、暇潰しにまとまりのない、ダラダラと長いブログとなってしまいました…。
それに最近、旅の終わりに近付いてきて、いろいろ考えてしまうんだなぁ…。 (´Д`)

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takeobob_takeyan at 21:55

2009年5月5日 23:14

7bdfcf8b.jpg今日は、お遍路を始めて一番キツかった。一番辛かった。
みんながよく言う、足が動かなくなってリタイアするっていうのがどういう事かわかった…。

10:00頃、右足の足首の上辺りに激痛。
前にアップした腫れ上がった右足親指を庇うため、ここのところつま先をやや浮かせ気味で歩いていたので弁慶の泣き所の筋肉が怠痛かった。
それが要因だと思われるが、ただ歩いているだけで、打ったり捻ったりしたワケでもないのに腫れてきて、足を上げても下ろしても痛い。
そのまま倒れ込むように尻餅を付いた。
しばらく歩くどころか立ち上がる事も出来ず、一人山の中でしゃがみ込んだまま時間が過ぎた。
元気が出るようなコメントかメールは入ってないかと携帯電話の電源を入れてみても圏外…。
だいぶん経って、やっと立ち上がれる様になり、時速2~3kmのスピードで山を下りる。
やっと、見付けたコンビニで昼飯を買ったのは 15:00を回ってた。

今日は八十番を 7:00スタートで、山から下りてきた所に在る八十三番に12:00頃に着き昼飯、八十四番には 15:30頃に着いて、また少し進んだ辺りで野宿。って予定だった。
でも 12:00着予定の八十三番に着いたのは既に 16:00を回ってた…。
その辺りで野宿の出来そうな場所を聞いてみても 無いとのことで、仕方なく、八十四番方面へ歩いた。
八十三~八十四番間は高松市内の国道11号線を通るので、都会のため駅も大きいし、なかなか他にも野宿場所がない。
結局、 “ことでん” ていうローカル鉄道の屋島駅を見付けたのは 20:00頃。
距離はさほど長くないけど、朝の 5:00前から15時間強歩いた…。
今晩の野宿場所に着いて、まずザックを下ろしてベンチに座り込み、靴と靴下を脱げば、腫れた僕の右足は、靴下のゴムの部分が凹んでてレンコンみたい…。
何故 歩いているだけでこんな所が腫れるのかな…?

今日、山の中で動けなくなった時、いろいろ考えた。
僕は今まで、力任せや体力任せ、器用任せに、たいていの事はこなしてこれた方だ。(頭を使う事以外は)
だから何に対しても考えが甘いというか、過信してるような所があり、このお遍路も少しナメていた節がある。だから、足が痛いだの体力的にキツイだの言っても、今日のような痛みがなくそのまま終わっていれば、また何に対してもナメてかかってしまうかもしれない。
そうなれば、リセットどころか、また人を傷付けてしまったり、強い人間になんてなれないかもしれない。
この四国で縁あって出会った人達のお接待やこれまでの人生に出会った人達の優しさへの有り難みがあまりわからないまま終わってしまっていたかもしれない。
そう考えれば、僕は宗教とか興味はないけど、もし、神仏的なものが存在したとして、僕に今日のような苦しみを与えたとしたなら…。
例えば、もしその痛みに被害妄想をおこしていたとしたら、その苦しみから耐えられなくなっていたと思う。
でも、僕は今日、先に書いたような考えをした。
そして、キレイ事ではなく、本当にその痛みに感謝した。
そしたら、もちろんそんな事で痛みは取れないものの、苦しみからは救われた気になった。
それが、 “苦しみの苦しみ方を教わった” って事なのかもしれない。

しかし、僕の足は、マメにレンコンに…。
そういえば腹減ったな…。

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takeobob_takeyan at 21:54

2009年5月5日 6:45

46213e1b.jpg昨夜は 1:10am の最終電車発車とほぼ同時に爆睡。
誤算は駅のベンチ。
長椅子じゃなかった…。

そう言えば、昨夜、無人駅で友人家族と別れる時、 『おっちゃんのオウチ何処?』 と不思議がってる娘に友人が、『このおっちゃん いろんな所にオウチあるねん。』 と答えてた。(笑)

今朝は4:00amに目が覚めて 4:15amには券売機が自動で動き出した。
朝飯に昨日先輩がくれたカロリーメイトや友人がくれたバナナを食べてると 4:53amに始発電車がホームに入ってきた。
瀬戸大橋を通って本州へ行く “岡山行き” だ。
それに乗れば地元に帰れるが、それを見送り、反対方向へ歩き出した。

今朝は雨。
次の八十番迄は残り5km程だったので、6:00am前に着いた。
でも納経所は、7:00amからなので、今、ここ八十番で1時間の足止めをくらっている所。


昨夜は友人家族が僕の足の裏を見てビックリしてた。

昨日の温泉で量った体重は、63.2kg。
四国の出発前に正確な体重を量ってたワケじゃないけど、たぶん68kgくらいだったと思う。
ちなみに、伊東市へ行く前は75kgあった。
身長は178cmなので、63.2kgはやせ過ぎで病弱な感じさえする。
ヒゲは無造作にボウボウで、顔と腕は日焼けで真っ黒。
風呂場で、ザックも持たずに丸裸でいても 『歩き遍路さんか?』 と聞かれるほどだ。

カレコレ、1時間が経とうというもののまだ納経所の扉は開かない。

頼む、早く開いてくれ。

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takeobob_takeyan at 21:54

2009年5月6日 23:38

今朝は土砂降りの雨の中 5:45am頃出発。

まずは、八十四番を目指して登山。
その後、一旦下山してから再び八十五番へ再び登山。
足の方は、平坦な道ならスキーブーツを履いて歩いているような歩き方なりに、なんとかさっさと歩けるが、山はキツイ…。
特に下山は時速2kmくらいに落ちてしまう…。
でも、悲しいかな、お寺って山に多いのだ…。(泣)
遍路遍路 001遍路 002





本日最後の八十七番では、インド・ネパール料理 “ちょうたり” のマスター中村君が僕の到着する40~50分前に来てて待伏せしてくれてた。(添付写真は中村君の隠し撮り。)
僕が八十七番に着いたのは、ジャスト 12:30pm。
お参りの後、お昼ご飯をご馳走になった。
しかも、中村君のお母さんと弟も一緒に来てて、そのお母さんは看護婦さん。
僕の足を気遣ってシップを持ってきてくれていた。
で、腫れた患部を見せると、そこを少し触った後、そことは全く違う所にシップをペタンと貼った。
素人の僕には、何故ココに?ってところだけど、アラ不思議、効く~。
さすがプロっ!(笑)
オマケに靴下脱いで、2日間風呂にも入らず、一日中ブーツ履いて歩いている臭い足の裏にも嫌な顔一つせずペタン。
やっぱり、さすがプロっ!(笑)

中村君ファミリーと別れた後、1時間半程歩いて、今は八十八番への登山口にあるダムの公園のベンチに居る。
今晩はココで野宿。

少し手前にあった店で缶ビールとパンを買ってきたので、今一人で最後の夜を祝した晩餐中。
そう、今宵は四国最後の野宿。
明日の朝この山を登れば、そこは四国霊場最後の札所 “大窪寺” 。
八十八番にはどんなフィナーレが待っているのか、終わればどんな御利益があるのか、そんな事には何の興味も期待もない。
今日まで、輝かしきゴールを見たくて歩いてきたワケじゃない。輝かしき今を感じたくて歩いてきた。
(少々クサイが続ける…。)
生きてる事を感じたくて、その生きてる瞬間瞬間を感じたくて歩いてきた。
明日で空海の歩いた道を辿る遍路の旅は終わる。
これから歩いていく道は空海が歩んだ道じゃない。
自分で拓いていく道だ…。

みんなは、よく八十八番の後、御礼参りと称して一番札所に戻る。
でも、僕はそれをしない。
元々、宗教じみた事になんの興味もなかったので、僕にとってお寺はただのポイント、通過点にすぎない。
一応、見よう見真似で各お寺では本堂と大師堂で般若心経を2回ずつ唱えはした。
でも、何人かの人に、もっといろんなお経を唱えるよう教えられたけど、僕の中では、お経より気持ちの問題だと思って、自分スタイルで通した。
手を合わせても自分の願いなんて祈りもしなかった。
お寺はポイント、 “点” だ。 “点” が一次元の動きをすれば、それは “線” となり“長さ” という存在をなす。二次元の動きをすれば “面” に、三次元で “立体” となり、それぞれ “面積” “体積” という存在になる。
“点” は、いくつ集まっても所詮 “点” 。無と同じ。
大切なのは点じゃない。つまり、お寺じゃないと思ってる。
考え方は人それぞれ違うだろうけど、僕が感じたお遍路に大切なのは、お寺じゃなく、その “点” と “点” を結ぶ線。つまり、お寺とお寺を繋ぐ道にあると思った。
いろんな人の優しさに触れ、いろんな景色や生命に触れながら歩く道にあると思う。
身体や年齢の関係で歩けないなら仕方ないし、車や電車で回っている人を否定するつもりはない。
でも、僕なら、少なくとも御礼参りと称するなら、一番札所ではなく、優しさをくれた “縁” あった全ての人達に “ありがとう” を言いに行きたいくらいだ。
仮に100歩譲ってお寺に御礼参りに行くとしても、何故一番なのかわからない。
代表を作るなら高野山に行く方がベターだと思う。(僕も、後日100歩譲るつもりではいるが…。)
ま、コレももちろん一番札所に行く人達を否定するつもりはない。

もし、この遍路で何か得られた物があったとしたら、それはお寺で手を合わせた事によってではなく、歩く事で、優しさをくれた人達と出会えた縁や、自分の肉体や精神の弱さに気づけたことだと思う。
それが、全て神仏の思し召しと言われればそれまでだけどね…。

四国最後の夜…。

今日も、ダラダラとたわいもない事を書き込んでしまったが、今日は寝れそうにない…。

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takeobob_takeyan at 21:53

2009年5月7日 11:08

3cbbdb00.jpg僕は今、四国八十八ヵ所最後の霊場に居る。

帰路につくためのバスの関係で 1:30pmまでここで時間を潰さないといけない…。
ま、今まで急ぎ過ぎてきたから最後くらいはのんびりするのもいいか…。
GWも終わり、雨降りとあって、ほとんど人は居ない。
この方がいい…。

昨夜はあまり寝れなかった。
野宿場所の条件が悪かったワケじゃない…。
今朝も大きな粒の雨。

歩き出してすぐ、急に涙が出てきて止まらなくなった。
雨が嫌でじゃない。足が痛くてでもない。嬉し泣きするキャラでもないはずだ…。
八十八番に着いた時はなんともなかったのに、何故かはわからなかったけど、とにかく雨降りでよかったと思った。

約3時間の登山道、歩きながらこの33日間がリアルに蘇ってきた。
人に 『何処のお寺が印象的だった?』 と聞かれても思い出せないのに、出会った人達や、もらってきた優しさは全部思い出せる。
僕は少しは強くなれたのかな…?
昨日も少し書き込んだけど、今回、一応見よう見真似で八十八ヵ所×2回=176回の般若心経を唱えてみたりした。
でも、結局は悟りを開くどころか、未だに般若心経のいわんとしている事は分からない…。
『全ては “無” だ』的な意味がわからない…。
例えば今、僕の前には色鮮やかな仏具が見える。線香のいい香りが匂う。誰かが鳴らす鐘の音が聞こえる。
それらは、確実に僕の前に存在している。
それに、こうして僕は今ココに生きている。
この遍路で触れてきた優しさも、感じてきた痛みも全て在った。
それら全てが “無” などとは思えない。じゃ、無いものといえば …。
 “永遠” はない …。
今 見えている鮮やかな色もいつかはあせる。匂っているいい香りもいつかは消えて、聞こえてくる心地いい音も途絶える時はくる。
そして僕もいつかは死ぬ…。
だから、今のこの一瞬を、瞬間瞬間を大切に生きていかないといけないんだ。
あせてしまう前に目に焼き付け、消えてしまう前にオモイッキリ吸い込んで、途絶えないうちに聞き込む。
そして優しさに感謝して、痛みに苦しむ。
そうやって、瞬間瞬間を精一杯生きていかないといけないんだ…。

旅は終わり、今夜には地元に帰り、今までの生活に戻る…。
いや、明日からは書道家としての生活だ。
今までとは少し違う。
どんな人生になるんだろう…?
楽しみだ、武者震いする…。

平成21年5月7日  9:00am 無事結願。
本当に本当に、ありがとうございました!

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takeobob_takeyan at 21:02