2011年06月12日

2009年4月20日 12:31

P4190176昨日の善根宿は、1泊500円、プラス500円で夕食付き、という所だった。
山からの天然の涌き水を薪で沸かせた風呂があった。
あまり綺麗とはいえない湯舟だけど、3日ぶりに浸かった自然の風呂は最高に気持ちよかった。
近くにコンビニもスーパーもなく、その日も1日ほとんど食べていなかったので夕食もお願いした。
オジサンが作った野菜炒めにタケノコの煮物、刺身とデカイ丼鉢に1合程の飯が盛られていた。
空腹のあまり、ほとんどオカズに手も付けず米を平らげ、おかわりが出来るか訪ねると、『出来るけど100円増しだぞ。』と言われ、オジサン宅のテーブルに100円を置き、『お願いします!』
1食に米2合…。
おかげで今朝、四国に来て2度目にして溜め込んでいたウンを再び出す事に…(#^^#)

1135adbb.jpg今朝は6:00前に出発して、足摺岬の先っぽにある三十八番にお参りをした。

三十七番~三十八番までの間が札所間では最長で、約87kmある。
足摺岬から太平洋を望めば眼下には “空” と “海” しか入ってこない。
まさに、“空海” だ…。
僕は、こんな事をやっていながら、 “お大師さん” に興味なり思いなりがあるわけでもなく、宗教とかにも無関心だ。
ただ、 “空海” には少々興味がある。
“お大師さん” も “空海” も、呼び名は違えど同じ “弘法大師” 。
でも、僕の中では、お大師さんといえば、明けの明星が口に飛び込んできて悟をひらいたとか、不作の年に1粒の米を釜に入れて炊けば沢山の米が炊き上がったとか、死人を生まれ変わらせたとか、今なお生きている等など…日本昔話のような、架空の人物的なイメージを想像してしまい、空海といわれれば、日本を代表する書の達人とすんなり受け入れられる。
現に、空海は平安時代に実在した生身の人間で、日本の三筆(僕は最澄を入れて四筆としたい)と称される能書家の一人なワケだ。
その中でも、特に空海は “弘法にも筆の誤り” “弘法、筆を択ばず” と言った ことわざ になるほどの書の大家。
書道をしてる人なら、必ずと言っていいほど、空海の書は習う。

P4200183…話が “空海” へ逸れてしまったな…。
ま、いいか…。

ともあれ、今日も僕は空海の歩いた道を歩いてる…。



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takeobob_takeyan at 22:25