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昨年9月に戦争映画「ミッドウェイ」の撮影がハワイでありました。太平洋戦の大きな転換期を迎えるミッドウェイ海戦です。ワヒアワのドールプランテーション近くが1日通行止めになって撮影されました。1941年12月7日の真珠湾攻撃に向かうゼロ戦が頭上を飛ぶシーンでした。

ホノルル・ダウンタウンから空港経由でパールハーバーまで続く道路にニミッツ・ハイウェイがあります。もちろんニミッツ・ハイウェイは、アメリカ太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ元帥にちなんで名づけられたものです。

1941年12月の日本帝国海軍による真珠湾攻撃直後に、チェスター・ニミッツはルーズベルト大統領から太平洋艦隊司令長官を命じられました。開戦当時の日本の連合艦隊指令艦長はもちろん山本五十六元帥でした。山本五十六元帥と対比される有名な軍人ですが、日本人にはハワイの道路の名前くらいにしか認識されていません。

毎年6月になると、ミリタリー専門チャンネルや歴史チャンネルでは歴史に残る大戦が特集されて放映されます。77年前の1942年6月にあった「ミッドウェイ海戦」です。日本が真珠湾攻撃後に、アメリカに挑んだ大海戦です。チェスター・ニミッツと山本五十六の戦いです。

日本とハワイの中間に位置するミッドウェイ島にはアメリカ軍の基地があり、その基地に日本軍が総戦力で臨みました。結果は日本の暗号が解読されて、半分の戦力のアメリカ軍の待ち伏せに遭い大敗北を喫しました。日本の有能な軍人がたくさん亡くなっています。

山本五十六元帥は翌年、アメリカ軍の暗号解読によって、元帥が乗る特別機が打ち落とされ亡くなりました。59歳でした。日本では何度も「山本五十六」として映画になっているので、真珠湾攻撃からミッドウェイ海戦を経て亡くなるまでの経緯を映画で知ることができます。幼い頃父親に連れられて三船敏郎の「山本五十六」を観たのを今も鮮明に覚えています。

昨年ハワイで撮られた映画「ミッドウェイ」が間もなく公開になります。現代のCGではどうように当時を再現しているかを是非観てみたいと思います。


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