友人の妹パトリシアのアパートを訪ねたら、玄関のドア枠の上にこんなふうに靴が置いてありました。ドアを開けたとたん落ちてくるしかけのいたずらではありません。

これは、魔よけです。こうしておけば、悪いエネルギーや厄病がドアを通ろうとすると、靴がそれを吸いとってしまうというのです。家を建てるときや改築時に、ドアや窓の上あたりの壁の中、または暖炉の煙突に、履き古した靴を埋めるのが本来のやり方で、それは「隠し靴(concealed shoes)」と呼ばれ、イギリスでは何百年も前から行われていました。ドイツやフランスでも隠し靴をするところがあるそうですが、カナダのトロント一帯でも19世紀から20世紀半ばにかけて建てられた家の壁からときどき靴が出てきます。
「隠し靴」に使う靴は、ボロボロになるまで履き古したものほど効き目があり、特に子供の靴ほどパワーがあるとされています。トロントでも、築70年から100年ぐらいの家の壁を壊して工事をすると、ドアや窓の上の壁から靴が出てくることがあります。
わたしが以前住んでいた築78年の家の壁からも、汚れたスニーカーの片ほうが出てきたことがありました。トロントでは、古いけれどしっかりした家を買って自分たちの手で好きなスタイルに改装するというのは珍しいことではないので、業者でなくてその家の住人が隠し靴を発見することが多いのです。
わたしは最初、ボロボロで灰色っぽいかたまりが梁のところにあるのが目にはいり、ネズミの死骸かと思ってハシゴから落ちそうになりました。それが小さい靴だと分かったときには、こんどは、すごく不気味!と思いました。当時は隠し靴の話など知らなかったのです。壁の中の梁には、トマトジュースのにごったようなものが入ったボトル、鉛筆、木製の小さな模型飛行機などものっかっていた記憶がありますが、そのボロ靴も他の怪しいアイティムとともに捨ててしまいました。ほんとうは壁から隠し靴が出てきたら、また新しい壁のなかに戻しておいてあげるのがよいそうです。かなり古いものなら、民俗博物館などが喜んで引き取ってくれるかもしれません。

隠し靴をどこで誰が始めたのかはっきりわかっていませんが、英国ではずいぶん昔からやっていたようです。14世紀はじめに英国のバッキンガムシャー州に住んでいたジョン・ショーンという牧師が人々の病気を次々と治し、悪魔をブーツの中に閉じ込めたという話があり、それが起源かもしれないと言う学者もいます。でも、ショーン牧師の不思議な力の噂が広まり、そこから「靴は悪いものを封じ込める力がある」となっていったのか、もともと靴を厄除けや悪いエネルギー封じ込めに使う魔術や信仰があったのでショーン牧師がブーツを使ったのかは、不明だそうです。
最近のトロントでも、隠し靴のひみつを知っている人は、家の改装時に古い靴をひとつ埋めてみたりします。魔よけのためだけでなく、ちよっとタイムカプセルを埋めるような感覚でもあります。21世紀トロントの隠し靴は、昔のように形崩れするまで履き尽くした靴ではなくて、まだ古着屋で売れそうなコンバースやケネス・コール、ドクターマーチン、アニメキャラクターのついたカラフルな子ども靴など。ボロボロの子ども靴を探すのは、今のトロントではかえって難しそうです。パトリシアの場合はアパート住まいなので壁を破って埋めるわけにもいかず、気に入った靴を飾っておくのも変わったデコレーションでいいなと思ったから、ドア枠の上に置くことにしたそうです。
うちも当面は壁を剥がすこともなさそうなので、ドア枠の上に小さな子ども靴を載せてみました。なんだかかわいいオブジェを飾ったような気分で、ついそっちに目がいってしまいます。ぜんぜん隠し靴になってないですが・・・とりあえずグッドラックだけ、どーぞお入りください、ということで。

