デイリー牧師ノート

上田昌司が、医学やキリスト教について書きます。(新旭キリスト栄光教会牧師、島本キリスト福音教会名誉牧師、医師、医学博士、現在勤務医です。)健康に関する内容の実施についてはご自分の責任でお願いします。          

この1か月半は、滋賀県の畑にも、教会にも行かず、
じっと家で過ごした。
滋賀県の人にしたら、緊急事態宣言地域の大阪から人が来るのも怖いそうだ。
ぼくにしたら、人口比にしたら、滋賀県も結構コロナ患者は多いように思えるのだが。
この余った時間で、いろいろ読書し、勉強できた。
Jマーフィーの潜在意識の研究は、素晴らしい。
潜在意識は、内なる神だというのが、マーフィーの根本理論だ。
誰でも人間であるかぎり潜在意識を持っているのだから、
マーフィーの内なる神は、キリスト教の神のように彼は言うてるが、
これまでのキリスト教の神概念と違う。
これまでの神は、人が罪を犯したり、神の意向に沿わないことをしたら、
人を離れるし、捨てる。
十戒を守ることで,神との契約が成立して、神の守りや導きがある。
しかし、マーフィーの神は、その人が生まれてから死ぬまで、
その人に潜在意識がある限り、その人を離れることはない。
その人に脳がある限り、この神は離れない。
殺人を犯そうが、麻薬中毒になろうが、離婚しようが、刑務所に入ろうが、
貧乏しようが、体が不自由になろうが、この神は離れないし、見捨てない。
立ち退かない。
ただ前回にも書いたが、この神には特色、独特の性格があるから、
その特色を良く知って、生きないと、人を良くもするし、悪くもする。
不幸な人がますます不幸になったり、性格の悪い人がますます悪くなったり、
依存症がますます悪化したりする。
この神の特色を知ってると、簡単に助けてもらえる。
潜在意識というのは、自分の意識のことで,神とは違うのではないかという人もあろう。
心理学的に、人間の心の深みには、ものすごい力が潜んでおり、
全知全能だから、神と言える。
キリスト教の神は、キリスト教の神として信じたらいいが、
人が生まれながらに持っている、自分の神、潜在意識も大事だ。
この神と上手に付き合ってゆくことを学べば、どんなに不幸な人も幸せになれる。
どんな病気も治せる。
われわれキリスト教の牧師とマーフィーを比べると、
マーフィーは自信に満ちて居る。
どんな人でも短期間に助けている。
このうちなる神を知ったら、
これほど強いことはない。
これを知らないと、まじめでも不幸になることがある。
このうちなる神、潜在意識は、独特な性質がある。
前回書いた、独特な3性質。
1.自他の区別をしない。
2.過去・現在・未来の区別をしない。
3.善悪の区別をしない。
この3特色があると、マーフィーも言うてるが、気を付けないと不幸になる原因となる。
人の悪口や陰口を言うてると、この人はこういう事が好きなんだと思って、
その人をそう言うようにしてしまう。
過去のことを嘆いたり、未来を恐れたりすると、それが好きだと思って、それを来たらせる。
潜在意識の研究から、分かったことは、他人の事や過去のことを、嘆くのは止めて、
過去に感謝し、未来に期待し、他人をほめる。
これが幸せな生き方だ。
この神は、全知全能だから、助けや教えを求めるのも、自由だ。
助けや教えを求めるのにも、決まりややり方がある。
まあ、我々キリスト教徒がして来たような祈りは通じない。
それについては、またの機会に書くことにしよう。
(パソコンの調子が悪く、誤字が多くて申し訳ない)



潜在意識は全知全能の能力があるが、
固有の性質があるので、これを熟知していないと、
潜在意識を持つゆえに、人生を立て直せない人も多い。
三大特徴。
1.自分と他人の区別ができない。
2.過去・現在・未来の区別ができない。
3.善悪の区別ができない。
解説
その人が、過去を嘆いたり、未来を恐れたり、他人を非難したり、
自分を嘆いたりすると、潜在意識は、その人がこれらを願っているのだと、受け取り、
それらが言うている本人に実現するように働くのだ。
怖れていることが臨んだり、嘆いていることがますますひどくなる。
他人や他党や他国を非難していると、そのように自分がなってしまう。
貧乏人が貧乏を嘆くと、ますます貧乏になって行く。
豊かさや繁栄や成功や幸せを願うなら、そういう言葉を語らねばならない。
そういう生活を想像したり、心に思い描いて楽しまねばならない。
嘆いたり、悲しんだりしても、事態は悪くなる一方である。
それは潜在意識の働き方を知らないからである。
「潜在意識の助けで、わたしは豊かになり、繁栄し、成功し、ますます幸せになります」と、
始終心の中で、唱える必要がある。
「わたしは、ぐんぐん健康になります」と明るい未来を告白する。
未来は、選び取るものである。
ペンか口で明るい未来を創造せよ。
人をほめると、ほめたことが自分にやって来る。
首相をほめたり、ありがとうと言えば、首相と同じ気持ちになれる。
知事をほめたり、ありがとうと言えば、知事と同じ気持ちになれる。
人の欠点を非難したら、その欠点が自分にまとわりついてくる。
全部、潜在意識のせいである。



昨日は、日曜礼拝休止最後の日曜日だった。
ゆっくりさせてもらった。
昨日で、5回日曜礼拝を休んだことになる。
そのために、よく勉強ができた。
よく成長した信者は礼拝がなくても、
信仰を失うことはない。
信仰が弱ることもない。
しかし、初心者の方ほど礼拝のないことが、
堪える。
礼拝休止中も、教会週報を作って,個人当てに毎週送付した。
信仰生活のノウハウは、やはり人から人へ、
礼拝を通じて伝わって行くものだ。
キリスト教が、日本で、明治以後、広まってきたのも、
日曜礼拝の継続と、キリスト教学校の設立による。
我々の群は、学校を設立することはなく、教会堂を建てて、礼拝を通して、
伝道してきた。
37歳で牧師になってから、81歳の今日まで、
一度も日曜礼拝を休んだことがなかったが、
初めて、5回も休んだ。
5月31日と、6月7日は、日曜礼拝を行う。
先のことは、この2回の礼拝の中で、話し合って、
決めたい。
おそらく、コロナ感染症の予防措置を行いながら、
3密を避け、感染を避ける配慮を行いつつ、
礼拝を継続することになるであろう。



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