2006年11月24日

原点

“いままで一度も受けたことのない思いやりを、ありがとう。
 短い間だったけれど、一度はあなたの学生だったことを忘れない。“

日本で日本語を教えていた時の、ある学生からの手紙の一部。
念願の日本語教師になって一年目、まだまだ未熟だったが(いまも)、燃えていた。

新しく受け持ったクラスで、誰とも話さず、全く表情を変えない生徒Sがいた。
Sさんのそれまでの人生の経緯を詳しくは知らないが
人生は楽しい事より苦しい事の方が多かったんだろうな、と察する事ができた。

具合悪くて学校を休んでいた時、お見舞いに行った。 
その時も、Sさんはドアの隙間越しに暗い表情をしていた。
私は何も力になれなかったが、心配している気持ちは伝わったらしい。

そして、Sさんは諸事情で、結局、道半ばで帰国せざるを得なくなった。
ふだん自分を表現しないSさんが、最後に手紙をくれた。
私はその手紙を今も大切に持っている。
教え始めた頃、私の英語のスペルを直してくれたメモも一緒に。(おはずかし)

そして、たまに読み返すのだ。
その手紙は、教師になったばかりの頃の初心・教師としての原点に立ち戻らせてくれる。
私の宝物。

密かに日本語教師界の金八先生をめざしていたけれど
今後も続けられるかどうかはわからない。(弱っちいな〜)
それでも、日本語教師になってよかったと思っている。

そう思わせてくれたSさんや学生達に感謝している。

Sさんは、遠く離れたところで、今でも苦しい人生や自分自身と戦っているのだろうか?
どうか、Sさんの人生に明るい希望の光がさして、
人生まんざらでもないなって思えていますように。
世界中つながっている空を眺めながら、そう祈った。
  
Posted by bolihiro at 00:56Comments(4)

2006年11月05日

100年前に思いをはせる。

11月2日は、ボリビアの「死者の日」だった。
直訳すると恐いけど、いわゆる日本のお盆のようなもの。
皆、年に1度、花を持って自分の家族の墓地に行き、
朝から晩まで蝋燭の火を絶やさず、家族や知り合いと団欒する。
にぎやかに、バンドで音楽を聞かせている人もいた。

私も慣習に習い、白×黒の服に着替えて、ホストファミリーと2度目のお墓参りをした。
去年行ったときは、日本政府による日本人移民の慰霊塔ぐらいしか気づかなかったが
今回は、午前中いっぱいかけて、日本人の墓を探して、お香や蝋燭を捧げた。
でも、純日本風のお墓は2基だけで、あとはボリビア風(スペイン風というべきか)の為
探すのが一苦労で、とちゅうから子供クラスの2世のお父さんが案内してくれたが
それでも見つかったのは30ちょっとだった。

なんせ、市民墓地には何千何万の墓があり、
しかも、きちんと区画されていなくて奥のほうは足の踏み場もない。
縦横斜め、みんな好きなように勝手にお墓を作っているようだった。
(ボリビアは土葬の為、場所を取る)
また、家族が守っていないお墓の真上を土足でズカズカ歩いて通る人々を見てがっかりした。
そこに、死者の尊厳はないし、自分の家族以外はどうでもいいんですか?!と思った。

奥のほうには、多分貧しい人たちのお墓なのだろうか、
(富める人もそうでない人も死んだら皆同じだと思っていたが、
ここでもまた貧富の差があった)
土盛りをして、十字架を立てているだけの質素なお墓もたくさんあった。
それでも、かたちはどうであれ、家族に来てもらえる人は幸せだろう。

中には、とても立派なお墓も何軒かあり(スペイン風のお墓は家のような建物)、
ひときわ目を引いた。
名前を読むと、知っている日系人のお墓だった。
出稼ぎで稼いだお金で立派なお墓を作ったのだろう。
でもなぜか、立派なお墓に限って誰も来ていなかった。
混雑するからあえて別の日にお参りするのかもしれないし、午後来たのかもしれないが。
  続きを読む
Posted by bolihiro at 00:09Comments(9)

2006年10月23日

根っこ

先日、親友の1人に言われた。
仕事では、「結果を出さなければ意味がない」、と。

確かにそのとおりだ。
本来の仕事は、利益がからんでくるからもっとシビアだ。
私はボランティアの立場で、考えが甘かったのかもしれない。
ボランティアに勝ち負けはないし、利益優先する必要もない。
結局、自己満足の世界なのかもしれない。
「草の根」といっても、
本当の社会の底辺にいる人に援助が行き渡っているとは思えないし
自分がいったいどれだけ役に立っているのかもわからない。
それでも、本人にとっても、関わった周りの人たちにとっても、意味があると思いたい。
結果はすぐ目に見えなくても。
それを信じられなければ、私の2年は泡と化す。
  続きを読む
Posted by bolihiro at 00:57Comments(6)

勝ち負け

ここ数年いわれている「勝ち組・負け組」は、本来、別の意味をもっている。
戦前ブラジルに移民した人たちの中で、
日本の敗戦を信じられなかった人たち=勝ち組と、その事実を受け入れた人たち=負け組の間の亀裂がもとで、脅迫や事件があいつぎ、23人もの死者を出した(犠牲者のほとんどが負け組)。
時代に翻弄された日本人移民の悲しい歴史である。

今話したいのは、このことではなく
最近いわれている勝ち組・負け組についてだ。

はじめてこの言葉を耳にした時、違和感を覚えた。
私は、人生に勝ち負けはないと思っている。
生きていれば、いい事も悪い事もある。
「人生楽ありゃ苦もあるさ」と水戸黄門様の歌でも言っているではないか。
だからいいのであって、楽ばかりでも苦ばかりでもよくないのだ。
それを、一方的に狭い価値判断で、
誰々が勝ち組とか誰々は負け組だとか言うのは、ばかばかしい。
  続きを読む
Posted by bolihiro at 00:51Comments(0)

2006年10月20日

空kuu

とうとう帰国まで3ヶ月をきってしまった。
仕事も最後の山場!

だけど、なぜだろう。
最近なんだかとても空しい。
今まで全力投球してきたのだから
充実感で胸がいっぱい?になってもよさそうなものだが
それに反比例するように、下降していく。
ある日を境に・・・

それは赴任前、赴任直後、何度も読んだはずの
前任者の報告書。
前任者とは言っても2年半も間があいていて、私は新規と同じようなものだった。
それでも、同じ地で、同じ空気を吸い、すっごく熱心にがんばっていた人を
会った事はなくても尊敬していたし、同志のような気持ちもあった。
忙しくてしばらく見ていなかったけど
ごく最近、たまたまふっと読み返したら・・・

!愕然とした。  続きを読む
Posted by bolihiro at 00:35Comments(6)

2006年09月12日

プロ

またやってしまった・・・すっごく後味悪い。
日本であれだけ怒ったら、もうその相手との関係は修復不可能だと思えるほど・・・
怒ってしまった。

「プロなら最後まで責任もて!」といっても
「自分のせいじゃない。」という。
心から言ってないのがわかる謝罪の言葉
むりやり言わせたところで、何の意味もない。

プロってなんだろう?  続きを読む
Posted by bolihiro at 22:57Comments(11)

2006年08月16日

ONE

今、ボリビアで、平和リレーが行われている。
愛という名のボランティアが発起人となり、広島市から原爆資料の提供や貸し出しを受け、
賛同したボランティア達が、ボリビア各地で、原爆展をしているのだ。
私もその平和リレーのバトンを受けた1人だ。

当初は、1人でもやるつもりだった。
でも今は、こんな僻地まで身銭きって、応援に駆けつけてくれる友がいる
それが、なによりも嬉しくて、心強い。

見に来てくれる人はきっと、
生々しい悲惨な写真を見て、さまざまな感想を持つだろう。
それは自由だ。
でも、私は原爆展を通して、誰かを一方的に責めたいわけじゃない。
憎悪からは何も生まれない。
大事なのは、”今”と”これから”。  続きを読む
Posted by bolihiro at 12:14Comments(3)

2006年08月12日

幸せですか?

世の中には、
どうにかなることと
どうにもならないことがある。

最近、たてつづけに親友が失恋した。
もう10代の頃とは違う、下手すると立ち直れないほどの痛手。

相手も友達でよく知っているだけに、相手もきっと辛かっただろうと思う。
私の大好きな友達
みんながいっぺんに幸せになれないことが、かなしい。

勉強や仕事は、努力である程度どうにかなる。
でも、人の心は、どうがんばってもダメな時がある。
(私はダメな時の方が圧倒的に多かった・・・ぐすん)  続きを読む
Posted by bolihiro at 11:55Comments(0)

2006年08月10日

砂の城

大失敗。

先日、配属先の会長を怒らせてしまった。
それはほんのささいなことだった。
たったの1分、自分に余裕がなかったために・・・

波1つでもろくも崩れ去る砂の城の上に立ち、
自分の両足の指のすきまから、砂がサーっとひいていくような気がした。

一度に1つの事しかできない不器用さがここでも出てしまった。
一生懸命なあまり、周りが見えていなかった。
状況に応じて、臨機応変に対応するということができなかった。

会長は、普段は本職が忙しい為、用事がある時しか顔を出さない。
それでも、今までの私の活動は認めていてくれていたと思う。
それが、一瞬にして全て意味がなくなりそうな気がした。
異国で、言葉も不自由しながら、まわりの理解や協力を得るのは難しい。  続きを読む
Posted by bolihiro at 12:56Comments(7)

2006年07月30日

もうひとりのHIROMI

HIROMIが死んだ。

まだこの世に出てくる前に、母親の胎内で、死んでしまった。
原因は?理由は?どうして?・・・わからない。

私の一番初めのクラスの教え子でもあり、今は同僚でもある人の子供だ。
前から、今度の子供には私の名前をつけたいと言ってくれていた。
そして、待望の妊娠。
少し丸くなった彼女の顔は幸せそうだった。

ところが、週末あけのある日、
暗い表情で言った。
「赤ちゃん、いなくなっちゃった・・・。」

・・・何も言えなかった。
ただただ、悲しかった。
お互いの潤む目を見つめあい、抱きしめた。

そして、わかった。  続きを読む
Posted by bolihiro at 10:59Comments(4)