February 08, 2007

「幸福な食卓」

33a0514f.jpg 仕事が終わって、今日買ったばかりのぴあを片手に、18:30からの「幸福な食卓」を観るために、渋谷を全力疾走した。僕はもともと渋谷という街が、あまり好きではなかったのだが、こういう風に、人と人との間を、糸を縫っていくように颯爽と駆け抜けると、嫌いなはずの渋谷が、なんとも素敵な街感じてしまった。これはなんなのだろうか?走ることによって、景色が流れていくせいだろうか。
 しかし、渋谷の映画館は場所がわかりにくい。名前や、場所は知ってはいるが、そのふたつがまるで一致しない。シネマライズ、ユーロスペース、シネクイント、Bunkamura…たくさんありすぎて、場所を把握できず、今日も迷ってしまった。時計を見ると、既に18:43。もうだめか。しかしあきらめきれない。ぴあの地図を見ながら、やっとこさついた映画館は、違う映画館だった。どうやら、東急のところで、全く逆に走っていっていたらしい。愕然としたが、まだ予告をやってるくらいだろう。すぐに来た道を引き返して、なんとか映画館に着いた。チケット売りのおねいさんに「幸福の食卓」一枚!と鼻息荒げていうと、「18:50の幸福の食卓ですね?」あれま?50分?30分じゃなかったの?じゃあ、僕は何のために全力疾走してきたの?まあいいか。これが噂の早とちりか。
 映画自体はおもしろくなかった。1800円も払って観たことは記憶から消したい。そうだ、僕はタダでこの映画を観たのだ。そうだそうだ。しかし、真剣につくられていることは確実である。しかし、映画としては失敗だろう。だっておもしろくないんだもの。
 でも、いろいろなことを思い出させてくれる映画だった。そういえば、僕の家も、朝ご飯は家族揃って食べてたっけ?とか高校受験のこととか、初恋のこととか。劇中の恋模様に関しては、100%グレープフルーツジュースのように甘酸っぱすぎて、悶絶ものだったが、中学校のときの恋なんて、案外誰しもがあんなものだろうと、変に納得してしまったりした。
 高校受験は最悪だった。僕は小中と国立の学校に通う、いわゆるひとつの「頭がいい」子供であり小学校の時にはかった知能値数はIQ140なのだが、この話をして、信じてくれた人間は一人もいない。小学校の一学年の生徒数は120人。そこから中学受験があり、120人中80人が合格する。受験を控えた学校での三者面談の時に、担任の教師に「このまま吹田君が勉強しないと、吹田君は落ちます」と面と向かって言われたことは、今でも記憶に残っている。しかし、担任の予想とは裏腹に、僕は合格してしまった。120人から80人に減って、その空いた40人には誰が入るのか?という疑問がわいてくるかもしれない。その答えはこうである。市内中の学区の小学校から、頭のいいやつが40人入ってくるのである。ということで、僕は中学に上がるときから受験を体験していたのである。正確に言うと、小学校に入るときも所謂お受験があったので、受験に関してはベテランと言ってもいいかもしれない。
 無事、中学に入学したものの、ここからまた熾烈な成績争いが始まる。この中学に入った120人のうち、ほぼ全員が目指している県内ナンバーワンの高校があり、120人中60人くらいが合格するというもの。この時から。僕は勉強に興味が無くなってきて、映画をしこたま観始めるようになった。しかし、親の手前、ある程度のランクは維持しなければと、そこそこ勉強して、70番から80番を行ったり来たりするような、安定した成績を保っていた。なぜなら、この辺にいれば、ナンバーワンの高校以外なら、どこだって楽して入れるからなのだ。そしてまた担任との三者面談。「吹田よ、どうする?今以上に必死で頑張れば、一番の高校にいけるぞ。でも、このままだったら、二番の高校になら余裕で行ける」この質問に僕は、「じゃあ、二番の高校で」と即答。担任だって、自分の教え子から不合格者を出したくないのだろう。ヤバそうな生徒にはこういう風に、柔らかく説得して、ランクを下げるように仕向けるのである。この時のことを、母親は未だに根に持っているらしい。「あの先生があんなこと言わなければ、あんたは一番の高校に行っていた」という台詞は何度聞いたことか。そうなのである。事実受験していれば合格していたのである。高校入試は5科目合計250点で合否が決まる。僕は、まったく勉強していなかったにもかかわらず、本番の試験で205点もとってしまったのだ。一番の高校の合格ラインが190点。楽に越えていたのだ。それ故に母親は、なんどもこの話を繰り返す。僕としては、もうどうだってよかったのに。
 そうそう、思い出した。高校受験で、担任の先生がいらぬことをやってくれた。受験何日か前に、受験票を渡されるのだが、それを見て僕は驚いた。受験番号が001番なのである。なんていうことだ、これじゃあ、合格発表の時に001が無かった瞬間に、赤っ恥をかいてしまうではないか。担任に抗議に行くと、「どうだ吹田。うれしいだろう。先生、どこの学校よりも早く、出願してきたぞ。」まったくもっていらぬ努力である。生きていて一番困るのは、迷惑だと本人が気づかない親切心である。正直本当にたちが悪い。かといって、相手はよかれと思ってやっているわけだから、非難するわけにもいかず、そのせいか、親切を受ける側としては一層やるせない気分になるのである。
 高校に入学して、一気に勉強をしなくなり、成績が最下位付近をうろうろするようになったのは言うまでもない。しかし、僕はなんの問題にもしていなかったのだ。でも、勉強をしなかったことに後悔していないというと、これは嘘になる。勉強をしなかったことに後悔しないときなんてなかった。でも、勉強していてよかったなんて思うことがあるか?と考える度に、また、今の人生を楽しもうと決意するのである。

bonjour6tristesse at 22:51│Comments(0)movies 

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