んだっちゃ

凡蔵的日乗・川柳の向う側[続篇]として復活しました。今後ともよろしく。

くにこさんの食欲が旺盛だ。本能的に冬ごもりの衝動があるのだろう。猛暑の間は好きなチュールも持て余し気味であったが最近は好物のカツオはもちろんシラスでもマグロでも見向きもしなかったサンマでも食い尽くし、またおかわりをねだる。しかし消化能力の元々低い猫ゆえそのうち吐き出す事が多いのだが。S誌への「わっくのいた日々」の最終回の校正が終わった。一年間の連載は初めての経験だったけれど自然体で書くことの難しさを充分知ることになったのを収穫としよう。ゲラをいただいたB社の編集者からちょっとしたメッセージを頂きありがたく思いつつ感謝申し上げる。

  時雨をやもどかしがりて松の雪         宗房

これにもまた異形句があって

  時雨をばもどきて雪や松の色         桃青

になると、「もどかしがって」ではなく「時雨を真似て」となるのが面白い。時雨が木の葉を染めるというのは和歌・連歌の常套手段だったという。 

日曜日の囲碁大会の打ち合わせを玄関先でしていたら、足元を黒い物体が通り抜け家の中に入ってしまった。くにこさんだった。打ち合わせを中断するわけにもいかず、あとで捕まえようと思っていると今度は白と黒の一回り大きな物体がまた通り抜け家の中にはいった。三浦さんのプリンだった。さすがに人の家の猫ゆえ、放っておけず、これはうまく外に追い出したがくにこさんはどこかに潜んでいるらしく見つからない。音も立てない。賢い猫だ。

   ・・・
結局捕まってしまっただ。

  たんだすめ住めば都ぞけふの月           宗房 

たんだすめ、とはただひたすら澄めとの俗語的な言い方。いろいろ言葉遊びの句であろう。

 

月一回の町内大会以外はほとんど人と打つことがなく、最近はパソコンAIとも打つことがなくなった。そのためか最近の対戦成績は悪化する一方で、とうとう月二回、町内で自主的に行われている研究会に参加することにして今日がその2回目だった。前回はレベルの高い人(=高段者)にはハンデをもらった上でも軽くあしらわれて負けていたが、今回はそんな上位者に全勝した。無論ハンデをもらったとはいえ圧勝であった。と思う。勝負はやはり勝つことの方が負けるより気分が違うし、より努力しようという向学心も湧く。失敗体験は大事であるが成功体験は必要なものなのである。

  夕顔にみとるゝや身もうかりひよん(ゆふがほにみとるるやみもうかりひよん)  宗房

これには異形句があるらしく

  夕顔の花に心やうかりひよん        桃青

というもので、どちらの句の夕顔も「顔」でも「貌」でもない漢字だけれども、ワープロ変換できなく止むを得ず「夕顔」と表示した。さらに夕顔は白い花の後、大きな実をつけるうり科の植物である。この実から干瓢を作るのであって、冬瓜もまた同種で、朝顔や昼顔や夜顔(←これをユウガオと称することも多い)などのヒルガオ科とは全く別種である、源氏物語の夕顔は果たしてどっち?などというややこしい妄想よりも、僕は「うかりひよん」といえば「ぬらりひょん」(妖怪)や「ぬまひょろり」(ナルニア国物語)が連想されてきて、それだけで十分楽しい。
 

山野楽器の練習部屋を借りて約一時間行った。ソプラノからバスまで4人が別々のパートを受け持つので、1人がズッコケると全体が怪しくなる。単に音を間違える、リズムがくるう、入るタイミングがズレるなどが一応解消されれば、一人一人の音のバランスやフレージング、曲想の統一、メロディの連続感など10月の発表会までに課題は多い。随分良くなった、とはみんなの感想だったが、ということは前回まではよほどひどかったのだろう。

  今日は詩吟教室で、これも10月の審査に向けて個人ずつの模擬練習だった。伴奏や最初の一音の提示も無いので絶対音感のないものにとっては厳しい。個々の音程はそれぞれ違うから、前の人の音程に引きずられることもある。その時の最初に発声した音階が普段よりかなり高かったり低かったりした場合でも、そのまま吟じなければならないので最高音や最低音でかすれてしまうこともあるけれど、リコーダーとは違って他者に迷惑をかけることは無いのが救い。

  青森のS氏から電話があり、盛岡での川柳大会へのお誘いがあったので、前夜祭を含めて出てみることにした。これも10月。のんびりすると本当に何もしないで日々が過ぎて行く傾向があるゆえ、少し忙しいくらいがちょうど良いのかな、とも思う。

  杜若にたりやにたり水の影(かきつばたにたりやにたりみづのかげ)  宗房

例によって、謡曲「杜若」の文句取りらしい。「花橘の匂ひうつる、あやめの鬘の色はいづれ、似たりや似たり杜若、花菖蒲」相変わらず勉強家の芭蕉であるが、当時の連歌師あたりではごく常識の範囲だったのだろうか? 今の眼で見ればありきたりな風景ではある。

「スワンの恋」を観る。スワン氏というのは「失われた時を求めて」で主人公の少年時代の記憶の重要な役どころの人物のことである。映画は小説のように回想として描かれるのだが、スワンの恋の相手、オデットやその娘のジルベルトなど、以前読んだ本の部分部分が思い出されてきた。この長編小説は岩波文庫で全14巻となる予定で、現在は12巻まで出版されている。僕は途中で挫折しかかっているが本棚には飾ってある。

AE440C2B-06EA-4674-8B8C-83D8663C404A


プルーストの小説は同性愛がテーマの一つになっているようで、この映画の中でもそんな雰囲気が漂う。フランスの19世紀末の社交界って日本の源氏物語あたりの雰囲気に似ているのかも知れないなあと思ったりもする。それはそうとして、今日の一句。

 京は九万九千くんじゆの花見哉(きやうはくまんくせんくんじゆのはなみかな) 宗房

九千くんじゆは貴賎群集を掛けているというのだが、リズム感があり賑やかさが伝わる。 

何回ぶりかの落語鑑賞。今回の掘出し物は神田阿久鯉女師匠による講談であった。三遊亭圓馬もいつものような歯切れの良い落語であったが前にやった「代書屋」のネタだったので、できれば違う演し物を見たかった。同じネタでは最初に聞いたものがどうしても印象深いものである。ところが、講談の方はナマで観るのは初めてだったせいもさりながら、芭蕉一門の宝井其角なども登場する江戸話であったものだから、すっかりのめり込んでしまった。で、今日の芭蕉句。

 姥桜さくや老後の思い出(うばざくらさくやらうごのおもひいで)   宗房

寛文四年の作らしいから最初に句から2年後である。姥桜はひがん桜の一種であり、開花期に葉が無いので「葉なし」に掛けて歯のない姥といった、という解説の方はまあまあ面白いが、謡曲「実盛」に関係があるとかなど格段興味が湧くものでもなく、若かりし頃の芭蕉は勉強家だったこと以外に取り立てて言うべきこともない一句ではないだろうか。芭蕉独自の萌芽は、さて、これからどの辺りに出現するのか?

というテーマでこのブログの記事にするならば、小学館完訳日本の古典「芭蕉句集」には全部で342句が載っているので、ほぼ一年ほど更新記事に事欠かないわけだ。芭蕉の発句は山本謙吉著の「芭蕉全発句」や堀信夫監修「芭蕉全句」には980句前後があり、この辺の差もおいおいわかってくることになろうと思う。ではさっそく

 春やこし年や行けん小晦日(はるやこしとしやゆきけんこつもごり)  宗房

寛文二年(1662)19歳の作という。年代のわかっている中で芭蕉の最も古い句だということで、解説によると古今集の「年の内に春は来にけりひととせを去年とや言はん今年とや言はん」や伊勢物語の「君や来しわれや行きけむ思ほえず夢か現か寝てか覚めてか」を本歌とする貞門風の言葉の洒落だという。「年の内に」は古今和歌集の一番最初の和歌あるから当然知る人は多いだろうし「君や来し」も言われてみれば聞き覚えのあるような気もする。しかし「春やこし」は知らなかった。この句の前書に(廿九日立春ナレバ)とある。宗房は芭蕉の幾多ある俳号の最初の名前。


7CA61B5C-4B29-4654-B0A1-AEDBEF293CD9




 

があるのかどうかわからないけど、時々双方から他方の話題が出ることがあると少し嬉しい。共通点のひとつは俳諧歌である。俳諧歌は和歌の一分野で古今和歌集、さらには万葉集に繋がる。江戸の天明期に盛隆を極めた狂歌はやがて狂句を生むことになり、明治以降不当に貶められているのであるが、句歌そのものも歴史的な事実をよく知らないままに我々は文芸的な「悪」としていつのまにか共通認識としてしまったように思う。先日の川柳教室でもこの辺の事情に触れた講義があったが、政治、社会への抵抗としての文芸形態でもあったことに対してほとんど評価されないでいる。文芸に限らず時代によって評価が定まり、またある時代に新しい価値が見出されることは歴史の中でこれまでも繰り返されてきた。と、書いたところで昔買った本をまた思い出し本棚から出してきた。もう一度読み返そう。

B17786EC-5250-4143-BD5A-45C8CCC2CD64

 
猫にとって快適な季節がやってきた。
 

仙台に立ち寄ったS氏からお誘いがあり、川柳仲間のA子さんとステンドグラス前待ち合わせの上二時間ほどちょい飲みした。エイヒレの炭火炙りなんぞ食ったもんだから、再び歯痛がぶり返すことになったのだがやむを得ない事情である。3人は青森の同じ川柳舎の所属なので仙台支部の会合みたいなものである。調子に乗って、来年あたりに仙台でS舎の句会をやろうではないかと妙な提案が上がった。少人数でも構わないから蕎麦屋の二階などを借りて一座を設けるのは如何、塩釜あたりではどうか、などとまんざらでもない様子だったから、案外実現するかも知れない。そうなったあかつきにはY氏やK氏やTさんや塩釜のSさんなど心当たりの数人を誘えば、これはもう立派な句会になるだろうなぁ、と夢が膨らむ。

 最近、くにこさんの周辺にちび猫が出没するようになった。ほんの仔猫で妻の観察によればオスではないかという。ノラなのだろうか?くにこさんは警戒している。

音合わせ練習の折に、ふとした会話から歌手の大友裕子と同級生だった方がいる事がわかった。大友裕子といえばかつてその迫力のある歌唱力で知る人ぞ知る歌手だった。今はどうしているのだろう。消息は教室の四人誰も分からなかった。

 ところで、これはネットで連句などをしていると特に感じる事だが、僕は平成以降のさまざまな流行、トレンドに関する話題や情報につくづく疎くなった。例えば安室奈美恵という方について顔も歌も知らない。テレビ番組か何かで安室さんやそのカテゴリー周辺の人が突然我が家を訪ねて来られても多分わからなくて失礼なことになろうと思う。この辺の事情は妻も多分同じで(会話してるとわかる)我々は日本人としてそうとうマイノリティーになっているのか。

 かつては大友裕子などというかなりマニアックな歌手を知っていた僕がいつの頃からか安室奈美恵を知らないという状況になったことに、以前から薄々は気付いていたとはいえ、なかなか人生のアイロニーを感じる。

このページのトップヘ