2007年01月24日
2007年01月21日
白交趾額入外縁長方鉢・三一陽盆栽鉢(三)
白交趾額入外縁長方鉢・三一陽盆栽鉢(三)
本名 神谷恒一 明治35年生 9月14日生
父、神谷徳太郎(窯家三代目)の6人兄弟の三男として三河に生れる。
大正13年に上京。
大正15年11月に独立し、恵比寿駅近くに植木鉢専門問屋神徳商店(三洲屋)を開業、全国の鉢の59種類ほどを扱う。又「三一陽」の独自ブランドを窯業試験場(高浜町営窯業試験場)を5年契約で借り昭和8年から昭和12年8月11日迄「三一陽」の鉢・水盤を制作。
日華事変・第二次大戦をへて、昭和20年8月に郷里三河高浜に疎開し、三プレス工場を創立する、その後4つの関連会社を育成し、昭和45年御子息に経営を任せ、再び「三窯」を創設、盆栽鉢・水盤の銘品を残し、昭和60年1月21日 83歳で天寿を全うされ生涯を閉じる。
写真の盆器は紫泥素地に白釉薬がかけられた、三一陽の代表的な作品である。

三一陽白交趾額入外縁長方鉢 左右162mm−奥行119mm−高45mm

訪問の際クリックして下さい。

本名 神谷恒一 明治35年生 9月14日生
父、神谷徳太郎(窯家三代目)の6人兄弟の三男として三河に生れる。
大正13年に上京。
大正15年11月に独立し、恵比寿駅近くに植木鉢専門問屋神徳商店(三洲屋)を開業、全国の鉢の59種類ほどを扱う。又「三一陽」の独自ブランドを窯業試験場(高浜町営窯業試験場)を5年契約で借り昭和8年から昭和12年8月11日迄「三一陽」の鉢・水盤を制作。
日華事変・第二次大戦をへて、昭和20年8月に郷里三河高浜に疎開し、三プレス工場を創立する、その後4つの関連会社を育成し、昭和45年御子息に経営を任せ、再び「三窯」を創設、盆栽鉢・水盤の銘品を残し、昭和60年1月21日 83歳で天寿を全うされ生涯を閉じる。
写真の盆器は紫泥素地に白釉薬がかけられた、三一陽の代表的な作品である。

三一陽白交趾額入外縁長方鉢 左右162mm−奥行119mm−高45mm
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2007年01月20日
2006年12月09日
白釉長方鉢・三一陽盆栽鉢(二)
白釉長方鉢・三一陽盆栽鉢(二)
本名 神谷恒一 明治35年生 9月14日生
父、神谷徳太郎(窯家三代目)の6人兄弟の三男として三河に生れる。
大正13年に上京。
大正15年11月に独立し、恵比寿駅近くに植木鉢専門問屋神徳商店(三洲屋)を開業、全国の鉢の59種類ほどを扱う。又「三一陽」の独自ブランドを窯業試験場(高浜町営窯業試験場)を5年契約で借り昭和8年から昭和12年8月11日迄「三一陽」の鉢・水盤を制作。
日華事変・第二次大戦をへて、昭和20年8月に郷里三河高浜に疎開し、三プレス工場を創立する、その後4つの関連会社を育成し、昭和45年御子息に経営を任せ、再び「三窯」を創設、盆栽鉢・水盤の銘品を残し、昭和60年1月21日 83歳で天寿を全うされ生涯を閉じる。
写真の盆器はミニサイズの盆栽鉢です。

三一陽白釉長方鉢 左右72mm-奥行56mm-高さ40mm

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本名 神谷恒一 明治35年生 9月14日生
父、神谷徳太郎(窯家三代目)の6人兄弟の三男として三河に生れる。
大正13年に上京。
大正15年11月に独立し、恵比寿駅近くに植木鉢専門問屋神徳商店(三洲屋)を開業、全国の鉢の59種類ほどを扱う。又「三一陽」の独自ブランドを窯業試験場(高浜町営窯業試験場)を5年契約で借り昭和8年から昭和12年8月11日迄「三一陽」の鉢・水盤を制作。
日華事変・第二次大戦をへて、昭和20年8月に郷里三河高浜に疎開し、三プレス工場を創立する、その後4つの関連会社を育成し、昭和45年御子息に経営を任せ、再び「三窯」を創設、盆栽鉢・水盤の銘品を残し、昭和60年1月21日 83歳で天寿を全うされ生涯を閉じる。
写真の盆器はミニサイズの盆栽鉢です。

三一陽白釉長方鉢 左右72mm-奥行56mm-高さ40mm
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