「覚悟の磨き方 ~超訳 吉田松陰~」 池田貴将(編訳) サンクチュアリ出版 http://www.sanctuarybooks.jp/shoin/

世間を渡るってのは辛いねぇ

何やかやと騒々しい世の中。日々感じること…赴くままに書いてます。

このブログで展開されている理論は、あくまでも個人的な見解です。
又一部特定の組織の話だけでなく、広く仏法について展開していきます。
なお、争いは好みませんので、余計な法論やいわゆる折伏行為、はお止めくださる様に。ネット上でする事ではないと思います。

連日の豪雨

相当ご無沙汰だったけど、もうなんか色々あり過ぎて。

気分転換に書いてみようと思ったら、凄い天候ですね😨

皆様の処は如何でしょうか?十分お気をつけてお過ごしください🍀

ところで、こんな雨風が酷い時に、突然メール。

何事かと見てみたら、講習会のDVD再上映会のお知らせだと。

そこには、信徒に対して安否確認の一文字もない。
穴が開くほど見てみたが……ない!

講習会に参加された方の中から、六根清浄の大功徳の体験が現れています。
一人の漏れもなく参加できるよう、しっかり推進してください……?

直ぐに六根清浄現れないって、教えてなかったっけ?

そんな人間簡単に変われないって。

それより河が氾濫しそうってニュースでもやってるのに、一言もないって仏の慈悲もないのね。
そういう処に引っかかりを覚えるんだよな~。

くれぐれも警報注意報出てる地域の皆様、お気をつけて🙇

すぐ傍にある悟り

なんか ふと思い出してしまった。
法華七譬の中の「衣裏繋珠の譬え」

衣裏繋珠(えりけいじゅ、五百弟子受記品第八)

 本品のテーマは、千二百人の仏弟子の受記だが、タイトルに「五百弟子」とあるのは、後述の「衣裏繋珠の譬え」を説く五百人の弟子に焦点を当てているからである。また、「授記」ではなく「受記」というのは、授ける側(仏)ではなく、受ける側(仏弟子)に立った表現である。
 初めに登場する富楼那は、釈尊の十大弟子の中で説法第一と称せられる程の、弁舌に優れていた人物である。ここではその説法が釈尊により、称賛され釈尊一代のみならず、過去世から来世に渡る無数の仏の下でも、常に富楼那が説法第一であり、次第に菩薩の道を歩んでいけば、やがては仏になるであろうと、釈尊の予言を受ける。
 続いて憍陳如(きょうじんにょ)を代表とする千二百人の弟子にも授記がなされるが、特にその中の五百人の阿羅漢は、仏の前で一つの譬喩を示して、彼らの心境を告白する。所謂、「衣裏繋珠の譬え」である。
 
 ある男が裕福な親友の家でご馳走になり、酒に酔い眠ってしまった。
 親友は公務のため外出することにならず、その男にやろうとしていた、高価な宝石を彼の衣服の裏に縫い付けて出かけた。
 男はそれとは知らずに起き上がると、親友の家を出て他国を流浪し、生活の為に散々苦労をし、少しの収入を手に入れ満足していた。
 時を経て再び親友と出会うと、親友から宝珠のことを聞かされ、これまでの愚かな生活の仕方に、気づく。
 このように、五百人の阿羅漢は自らを、経済的困窮の男に譬え、これまで二乗の教えで満足していた事を悔いて、今やっと宝石の如き一乗の教えに気づき、仏の授記が得られる事に対して歓喜し感謝する。
 以上、本品は上根(じょうこん)・中根(ちゅうこん)だけでなく、下根(げこん)の弟子の受記を説く事で、これまでの各品で一貫して説かれてきた二乗作仏と一乗真実の立場を、より徹底させている。

雪山の寒苦鳥

「雪山の寒苦鳥は寒苦にせめられて、夜明けなば栖つくらんと鳴くといへども、日出でぬれば朝日のあたたかなるに眠り忘れて、又栖をつくらずして一生虚しく鳴くことをう(得)。
 一切衆生も亦復是(またまたか)くの如し。地獄に堕ちて炎にむせぶ時は、願はくば今度人間に生まれて諸事を閣(さしお)いて三宝を供養し、後世菩提をたすからんと願へども、たまたま人間に来る時は、名聞名利の風激しく、仏道修行の灯は消えやすし。
 無益の事には財宝をつくすにおしからず。仏法僧にすこしの供養をなすには是をものう(憂)く思ふ事、これただごとにあらず、地獄の使ひのきを(競)うものなり。寸善尺魔と申すは是なり。」


 雪山の寒苦鳥は凍えるような寒さに、夜は耐えて朝になれば巣を作ろうと思っているが、太陽が出て温かくなれば眠ってしまい、又寒い夜を迎えて一生を虚しく鳴いて過ごすことになる。
 されば人間も同じことで、地獄に堕ちて様々な苦しみにあえぐ時は、願わくば人身を受けて人として生を受けたら、他の事より仏法僧を供養し仏道修行に励んで、後生の大事を願うが人間として生まれられたら、欲やら自分勝手な見得・名誉欲・金銭欲などに惑わされて、信仰なんかと思ってしまう。
 どうでもよい事に金銭を使う事は惜しくないが、仏法僧に少しの供養をするにも鬱陶しいな、と思う事は自分の心の中に地獄行きの心が、競い起こっている。
 寸善尺魔=少しの善い事をしようとする時に、魔が競い起こるという事。
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