2007年06月07日

生命倫理という難問

4月に長女が生まれたのだが、エコー検査で、4.5mmの後頚部浮腫がみつかり、20%以上の確率でダウン症などの常染色体トリソミーで生まれてくる可能性があった。
羊水検査の結果、遺伝子に異常なしという診断が降りたが、自分が生命倫理上の問題に直面する当事者になった初めてのケースで、自分の思想と現実の狭間で大きな葛藤があった。
僕は、強姦による妊娠や母体に危険が及ぶ状態以外での妊娠中絶には強く反対の立場である。羊水検査に関しても、「もしダウン症と診断されれば、その子の為に準備をしておくのだ」と自分に言い聞かせて、受けてもらった。しかし、いざそうなった場合、果たして本当に自分が強くいられたかどうかあまり自信がない。

フランスは、カトリック文化と現実主義、個人主義、快楽主義が混在する複雑な倫理観が形成されている国である。
聞くところによると、病院でかなり積極的に行われている出生前診断で、遺伝子的な異常(治療によって治らない病気)が見つかった場合、半数以上の女性は中絶を選ぶとのこと。また、そのことに関して目をつむることが、高齢でも安心して妊娠できる環境であり、女性の権利であるという合意が出来上がっており、中絶反対のカトリック国でありながら、声高に反対を叫ぶ人はいない。

「命の選別」や、優性思想につながるこの矛盾を、どう消化しているのか、フランス人にぶつけてみた。
- まず前提として、答えのでない難問である。
- その前提の中で現実路線を取るならば、胎児よりも女性の権利を優先する。
- 優性思想的な中絶に嫌悪感を覚える人も多数いるが、権利として合意が出来ている以上、その選択をする女性個人を非難することはない。
- 現実に生まれてきている遺伝子疾患の子供の存在を否定することになるのではないかという議論は、ある意味でダブルスタンダードを容認してごまかしている。
- 実際、ダウン症の子供に関する社会的なケアはあつく、偏見も少ない。

ニワトリが先かタマゴが先かについて、生物学的にはタマゴが先という結論が出ている。
しかしヒューマニズムの観点からQOLを重視すると、それは逆になり、意志を持っているニワトリが、タマゴを産むか産まないかを選別できる。ただし、タマゴの質が選別対象になるかについては、個人の環境や価値観に全面的に委ねられ、社会はどちらが選択されても対応できるように形成されるべきだ。

なんだかまだ、すんなりとまだ消化できない。
ただ、「産まれてくる子がかわいそうだから」といういいわけについては、ずるい大人の身勝手な自己弁護であると思う。

booboowambo at 08:21コメント(9)トラックバック(0)小話  

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コメント一覧

1. Posted by KGOTO   2007年06月07日 09:47
BooBooWambo様
4月以来 静かに拝読しておりました。
今回の主題、その本質をえぐる議論 にあまりに感銘を受け コメントをする次第です。

今回の事項は当地のテレビの特集や、雑誌等で見聞しても
生の声を聞く機会を持つことが出来ませんでした。
そのシステムが構築された背景にある思想の一部が、今回つまびらかにされており、非常に興味深いです。

私のほうでも少し掘り下げて、
もし また別の見解や事実が出てきた場合には
お送りするつもりです。
(ここで次に続く。)
2. Posted by KGOTO   2007年06月07日 09:48
(続きです。)

私もこのテーマについて、次の訪仏の折、知人に聞いてみようと思うのですが
一点コメントを
>タマゴの質が選別対象になるかについては、
>個人の環境や価値観に全面的に委ねられ、
>社会はどちらが選択されても対応できるように形成されるべきだ。
この問題に関し、少なくとも日本では
(よくある)有識者の間での会議のみならず、
社会でその意味合いについて議論した上での選択肢でなければ、
(言い換えれば、議論できるほどの成熟性を持たなければ)
個人の環境 価値観に依拠出来ない と考えます。

映画の件にて、コメントが荒れた後、
このような長い文をお送りするのは、
気が引けますが、
まずは、あまりに感銘を受けたこの主題について、
Nice Choiceとのお礼とコメントとして

PS.今年の夏も2003年のごとく猛暑となりそうです。
お子様の脱水症状には十分お気をつけください。

--

3. Posted by booboowambo   2007年06月08日 01:06
>>KGOTOさん
コメントありがとうございます。

こういった議論が表に出てこないで、多くが闇で処理される日本の現状は、危惧すべきことだと思います。
産婦人科の暗部を隠そうとしないフランスは、その国民性以上に、難しい問題から逃げずに、とりあえず現在出しうる一番マシな解で合意を取ろうとする、戦後ヨーロッパの伝統的な現実主義が働いているのでしょう。

ちなみに、親子関係に矛盾を生じさせる代理母などの人工生殖技術は、法律で禁止されていますが、非合法の団体が隣国のベルギーで施術することに関して、意図的に抜け道を用意しています。
4. Posted by booboowambo   2007年06月08日 01:37
優生保護法から母体保護法に法律が変わり、女性と胎児の権利が少しは保護されるようになりましたが、とても十分な法律にはなっていません。
女性の意思確認と確定のプロセスを法的に記録し、適切なカウンセリングを行うCentre de planification familiale (家族計画センター) のような組織が必要だと思います。

生命倫理については、現順天堂大学講師の月澤美代子氏の科学史講義を受けて以降、高い関心を持って考えています。
いくつか書きたい事がありますので、そのうち連載したいと思います。
5. Posted by KGOTO   2007年06月08日 08:31
Booboowambo様
さらに周辺背景
(特にシステム整備にいたった背景、
そして関心を持つにいたった経緯)
を説明いただいたことで、
エンボスのように色々なことが浮き出てきました。
私自身最近、フランス自体の関心を
経済→社会問題→教育と子供の発育を遡る様にテーマを変えてきたので
出生にまつわる問題はそろそろと
考えていたところです。
少し 手持ちの雑誌の過去のバックナンバーを
紐解いてみることにします。

香港より
6. Posted by (´゚3゚`)   2007年06月17日 14:56
親として自分が死んだ後も彼等の命は続くと思うと、どうするのがよいかますます分からなくなる。
産んで終りじゃないからこそ難しい。
7. Posted by booboowambo   2007年06月17日 19:52
>>(´゚3゚`) さん
コメントありがとうございます。

まさにそれが、僕が言いたい「ずるい大人の身勝手な自己弁護」です。
生まれてくる子を「かわいそう」とするのは、親の傲慢な価値観であって、子は生まれてきた自分のことをかわいそうだとは思わないはずです。
親が死んでも、当人たちは何とかやっていけます。

遺伝子疾患の胎児を中絶するのであれば、そういう自己正当化のプロセスを踏むのではなく、すべては自分の責任と良心の呵責の上で決断をすべきです。
つまり、
「私は遺伝子疾患を持っているこの子を産みたくないし、育てる責任も持てないので、中絶します」
とはっきり言えということです。そしてそれを聞いて不快に思うかもしれないが、それを無責任に批判することのない社会であって欲しいと願うのです。
8. Posted by 一読者   2007年06月23日 01:52
BooBooWambo さん
 僕も、静かに拝読している一人です。
あなたやKGOTさんのような、誠実な知性にふれると、安らぎます。
これからも「はっきりいう」あなたでいてください。お邪魔してすみませんでした。
9. Posted by (´・ω・`)   2010年07月17日 20:18
http://topics.jp.msn.com/life/article.aspx?articleid=337573

(´・ω・`)鶏が先だ罠
(´・ω・`)=3

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