今回ご紹介するのはエンドレスエイトの驚愕: ハルヒ@人間原理を考える東大教授にして哲学者(1959年生、御歳58才)の著者が10年近く昔に放映され当時はたいへん話題になったアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』の、いわゆる「エンドレスエイト」事件を中心にあつかった一冊です。何十冊と著作がありながら、なんと自ら初めて企画を出版社に持ち込んだという気合の入れようです。しかしアカデミシャンがトチ狂ったという駄本ではありません。

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これは涼宮ハルヒ論であり、単なる涼宮ハルヒ論ではなく、エンドレスエイト論であり、しかしまた単なるエンドレスエイト論でもありません。世の中の良い本、面白い本がたいていそうであるように、きわめて変な本です。いわゆる真面目にふざけている本。本書の購入をためらっている人がいたらとりあえず買っておくべし、とオススメしたい内容ではあるのですが、いまさら涼宮ハルヒ…とか、いまさらデュシャン…とか思う人もいるでしょう。

そしてよりによってエンドレスエイト事件です。ほぼ同じ脚本を8週にわたって繰り返し放映するという暴挙に、ライトなアニメファンがこぞって視聴の継続を断念したという事件。本書ではそれを「過激な実験」と表現しています。

視聴者を退屈させるという荒技でありながら、たとえば声優陣は毎回ほぼ同じ脚本を繰り返し演じることになり、制作会社はほぼ全回を別のスタッフが班を分けて制作するなど、ライトファンにとってはほぼどうでもよく「手抜き」にすら見える、その裏側に膨大な労力が注ぎ込まれていた怪事件。それがエンドレスエイトでした。その暴走と呼んで差し支えない行為、そしてその結果うみだされた作品と、視聴者や関係者のあいだにひきおこされた困惑やその後の展開など、語れることはたくさんあります。

著者は、この暴走を暴走であると認め、商業作品としては失敗策であったとも認めつつ、この暴走の中途半端さに注目します。無数の解釈を挙げてはみずから論駁する著者の姿は「なんでそこまで…」と呆れるしかないものなのですが、これはこれでひとつのエンターテイメントとして読めるはずです。かつて流行した脱格ミステリを思い出す読者もいるかも知れません。気の短い読者はまず最終章をとにかく読んでみてください。てっとりばやく「あー、なるほどなあ」と思えるはずです。えっ、なるほどと思えなかった?それじゃあそれまでの7章もぜひ読んでみてください。納得できてしまった人は、ではその「納得」の中身をのこりの本文で確認してみてください。400ページ弱の枚数、文字を費やし、思考実験を重ね、アニメ8話ぶん、ライトノベルの短編1本ぶんの作品論を語るということ。

なぜ100ページにも満たない原作短編が、アニメ化の際に8回を使うことになったのか、その意味をどのように「考えることができるのか」。いや、ほとんど無意味と思われ、少なくとも意味不明と言われてきた、失敗と断言すらされるアニメについて、「どのように書くことができるのか」を模索し、提示してみせる。10年待った甲斐があった、日本に東大があって良かった、人類が三浦俊彦を生み出してくれて良かった、そういう一冊でした。

ただ個人的なことを言えば、僕は原作の次元でキョンがすべての元凶だという見解に固執しています。そういうわけで、本書の主張はすべて壮大な机上の空論、いやもともとがフィクションであることを考えるともう「机上の空論上の砂上の楼閣」として向き合いました。それでも面白かった。

『涼宮ハルヒの憂鬱』は、原作もアニメも他作品への言及が多く、原作はシリーズで何作も刊行されているし、アニメも二期にわたっているし、関連商品も多数リリースされているので、それらを網羅しようとすると敷居が高いのは確かなのですが、本書を原作もアニメも未踏破の人が読むとどういう感想を持つのかちょっと知りたいので、そういう挑戦をしてみたいという猛者にもオススメしたいところです。本書本文中で頻繁に原作やアニメの内容を紹介しているので、案外まったく本編に触れていない人でも楽しめるのではないかと思うのですが、どうでしょうか。


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