今回ご紹介するのは『禁断の果実 女性の身体と性のタブー』です。

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コミック、マンガといえば確かに形式的にはそうなのかもしれませんが、ZINE(ジン)といって分かる人には「ZINEっぽいスタイル」と書いた方が伝わりやすいかもしれません。1978年生まれの原著者は政治学を専攻し、自身でもZINEづくりをしているという人物。なおZINEというのは日本語で簡単に言ってしまえば同人誌の一種なのですが、あえてZINEという場合は日本語でいういわゆる同人誌よりももう少しパンクでポップな文脈をもつものです。日本語でも既に無数のZINEが制作されていますし、手に取れる機会も増えています。
(ZINEについて詳しく知りたいという方は野中モモさんが店主の「lilmag」や、『ガール・ジン』などをチェックしてみてください)
http://lilmag.org


まあようするに、インディーでポップでパンクなスタイルで描かれたマンガ作品である、ということ。本作は「フェミニストギャグコミック」として紹介されていますが、ギャグというより風刺、風刺というより、なんというかブラックジョークにはなかなかできないレベルの悪業を「掃いて捨てる」態度に近い。もちろんそれだけではありませんが。フェミニストからのフロイト批判は、それだけ拾うと目新しいとはいえませんが、本書の大きな主題のひとつであるクリトリスとオーガズムについてのフロイト独自の理論と、それへの解剖学的反駁については、自分自身の浅学を恥じました。いわゆる膣派、クリトリス派、というよく知られた二元論を話題にするのが好きな人にも是非とも読んでみてほしい1冊です。



掃いて捨てられる多くの偏見に対して、拾い上げられるのはこれまで「陰部」として不可視化されてきた部分。日本でもさいきん大いに話題になった『夫のちんぽがはいらない』や、『生理ちゃん』のように、いわゆる見えないようにしておいたほうがいいもの、として扱われてきた「性的なもの」を主題にする作品を思い出しました。日陰においたほうが味が出るということも併せて主張しておきたくもなりますが。それはそれとして、タブーにしてしまい、恥ずべきもの、忌むべきものとして扱うことで、性的なものがどのように人々の無意識に嫌悪感や劣等感を埋め込み、苛んできたのかを本作はごく軽く描き出しています。



なおこれもまた「タブー化されてきた性的なもの」のひとつを描いて話題になった作品『あそびあい』が主題にしていた「友情と性愛」が排他的になってしまう問題については、神学(キリスト教哲学)の超大物アウグスティヌスを引き合いに出して切り捨てています。世の中にはフェミニズム神学という一派が既に数十年にわたる歴史をもっていたりして、このあたりも掘れば深いことを思い出させてくれます。いちおう無神論的で政教分離が徹底しているふうでありながら恋愛観においてはキリスト教の影響がきわめて強い日本の読者にとっても「お前かあ!」と思うツッコミが描かれています。

「女性の身体」が中心的に描かれているのはたしかにそうなのですが、しかし同時に「男女の二元論」的な論じ方についても批判されており、返す刀で「男性一元論」も過去のものとして切り捨てる。ひとりひとりのからだを、それぞれのものとして取り戻しつつ、しかしそもそも身体が文化的に作り上げられてきたことは言外の大前提として踏まえられてもいます。表面的に読み取られる「女性」や「身体」の問題は、女性だけの問題でもなければ、身体だけの問題でもない。そういう高次元になりがちな話題を、あくまでも地に足をつけた(パンクでポップな)ものとして描こうというのが本作のスタンスなのだということが、読めばわかるでしょう。

本書は大きく分けて3部構成になっています。最初は女性や身体に対する偏見と人類史における愚業の振り返り、いわば怒りに満ちてなお笑う部分。古代の女体像や女神信仰を引き合いに出して、現代の女性観がいかに矯正/歪曲されてきたのかを思い出させてくれるパートでもあります。

続くいわば第2部はカラーで、キリスト教の創世記におけるアダムとイブの「イブ」の姿で語られる、さまざまな女性の心情吐露。序盤のような明確な「悪役」がいないだけに、この中盤はともすれば暗鬱としたつらい内容になりそうなところを、「楽園」を思わせる色合いで描かれていて(それがかえって空恐ろしい気もするのですが)、イブたちに共感して、読み進めるにつれて、世の中の「現状」がどうなのかが染み入ってくるような読みごこちになります。

アウトロともいうべき終盤、なぜかさまざまな軛をかけられて阻害されてきたし、今も阻害されている「当たり前」の姿が描かれるのかと思いきや、それはどこか幻想的なイメージ(経血のシミがついたショーツを見せつけるように脚を高くあげて滑走する姿)として現れます。このイメージをほんとうに「当たり前」のものとして受け入れるには、おそらく多くの読者の常識は除染されてはいないと思います。中世や近代のタブーのシミが、今後どこまで解体されていくのか、そしてその解体作業はどのように進めたらいいのか、有り体に言えばこの問いへの答えはこれからまだ模索されるべきなのでしょう。

もっと自由に、もっと楽しく、とそう唱えるだけなら簡単なことですが、本書に込められた怒りと悲しみの深さ、そしてそれを前にする読者に染み付いて読者自身を不自由で不快な気持ちにさせる理不尽な否定性はまだまた強力なのです。だからこそ、本書はポップでパンクで、お高くとまるわけでもなければ、お行儀よくというわけでもない、このスタイルで描かれる必要があったのでしょう。

とりあえず、僕は本書でアウグスティヌス批判の文脈に興味が出てきたので『キリスト教は女性をどう見てきたか―原始教会から現代まで』を読んでみようと思いました。
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4764267233/nnbn-22




さて、以下は告知ですが僕が屋号にしている「時間銀行書店」のサイトを公開しました。まだコンテンツは制作中ですが、このBook Newsは新刊や近刊の情報に特化するようにして、永田の活動の総合的な情報は「時間銀行書店」へと集約させていく予定です。

https://n11.mixh.jp




12月に刊行予定の『このマンガがすごい!2019』のランクイン作品の紹介2作品分および、アンケートに回答しています。好きな作品を紹介することができてとても嬉しいです。これを機会にそれぞれの作品の読者が増えてくれたら嬉しい。

そして来年2019年の1月20日には、特殊音楽(?)文化イベント「あなたの聴かない世界」の最終回が開催予定です。20世紀末から現在にいたるエッジな界隈の生き字引かつ明快な論客であるバンギさんをまたしてもゲストにお迎えします。1990年代の状況、まったくわかっていないので当日どんなお話を聞けるのかとても楽しみです。
詳細は主催の持田保さんのページをご確認ください。
http://tmochida.jugem.jp/?eid=305











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