図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

地歌舞伎三昧の旅・東濃中津川の歌舞伎を観る

少し前、NHKの「にっぽんの芸能」を見ていたら、七之助の早変わりのシーンでいきなり白いお捻りが大量に飛び交って、舞台がたちまち白い山のようになってしまったことがあった。
「えっ!これはどこの劇場?芝居小屋なのか」と、少し驚いていたら、「かしも明治座」のテロップが出た。
以前から一度行ってみたいと思っていた農村歌舞伎=地歌舞伎の古い芝居小屋だ。
琴平・金丸座の勘九郎芝居は有名になって、NHKでもみることはあっても、岐阜の芝居小屋が登場することはめったにない。
しかし、この中津川最奥地の芝居小屋では人気の女形・中村七之助が三度も公演しているという。
すぐお隣、さらに山奥、白川町の東座は、亡くなった勘三郎と勘九郎が名誉館主となっている。
回り舞台も両花道、スッポン、奈落も備えた古い芝居小屋は、歌舞伎俳優たちにも愛されている。
集客人数400人から多くて600人ほどの総木造りの小屋は地声が小屋の隅々まで届き、鳴り物、三味線の響きも直接肌に感じられ、江戸時代の芝居小屋を体験できる底力を持っている。
舞台に立つ役者と観客との一体感は大劇場では味わえない魅力で、人気役者をもとりこ
にしている。


10連休の、4日5日は中津川に行ってきた。
100年を超える中津川近辺の芝居小屋を見てこよう。
テレビで見た中津川・加子母の「明治座」は明治27年創建時の板葺き屋根に蘇ったという。

明治座

明治座サイン


ここを見学してから、さらに飛騨街道を上り下呂市に入ってすぐの「鳳凰座」では、毎年3・4日に地歌舞伎の公演がある。

鳳凰座

満員札止めの可能性がある3日を避け、4日の公演を楽しみたい。
その周辺には6つの古い芝居小屋があり、それぞれ地元の保存会が秋を中心に公演活動をしている。
この名津川・恵那の岐阜県東濃地方が芝居小屋を持つ歌舞伎の一大集中地となっている。
中津川は「栗きんとん」や「中山道の馬籠・妻籠宿への入口」、そして「苗木城」の町ばかりではない、地歌舞伎の中心地でもあった。
駅前の観光センターの入ったビルには、堂々と歌舞伎の町を標榜している。

岐阜地歌舞伎ンフレット


宿泊は近くの瑞浪市の日吉本陣(移築復元された)にしたい。
ここは二つの芝居小屋を合体復元した「相生座」と同じ敷地にあり、失われた古建築をいくつか移築している。

「相生座」は歌舞伎衣装や小道具桂など4000点を持つ美濃地歌舞伎保存、活動の拠点ともなっている。
相生座



「相生座」のデビュー公演は猿之助の「鯉つかみ」(新舞台水昇鯉滝)だったと聞いた。
昭和51年のことだ。
そういえば「猿之助の歌舞伎講座」(新潮社・とんぼの本シリーズ1984年刊)の第五講に「ろうそく芝居の復活」があった。

歌舞伎講座


ろうそくの揺らめきが作り出す、現代の照明とは異なる美しさを感じたと書いてある。
この日のために舞台前面の中央に水槽を作り、前列の観客用にビニールシートまで用意して、200本のろうそく芝居で鯉との格闘シーンを再現させた。
全国から駆け付けた歌舞伎ファンで超満員となった観客の熱狂が伝わるモノクロ写真も載っている。

さて、4日の「鳳凰座」の地歌舞伎は子供歌舞伎に大名として下呂市長も登場し、お捻りの花吹雪こそ見られなかったが、(村民はもう、寄付金を済ませている)十分に地芝居の雰囲気を堪能できた。

鳳凰座プログラム

鳳凰座子供歌舞伎

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この日の幕間のお弁当はやはり「朴葉寿し」だ。
朴葉寿し


帰途では「常盤座」の明治建築に立ち寄ることもできた。
連休の旅は芝居尽くし、地歌舞伎三昧の旅となった。
明治の最盛期には300棟を超える芝居小屋があったといわれる、夢のような世界の一端を垣間見た。
土産は中津川の「あじめこしょう」(美濃・飛騨の伝統野菜)だ。

あじめこしょうパンフレット

夏も冬もある春―早春植物の庭

連休を過ぎるまでは、季節の変化が激しいのはある程度は覚悟しているが、今年は極端すぎる。
連休直前のこの日は(26日)昼過ぎ最高気温が出る時間に、10℃をわずかに越したくらいでかなり寒い。
前日蒸し暑すぎて、長そでシャツを脱いでTシャツで過ごしたのがウソのようだ。
15℃を超える気温の変化はかなり厳しい。
インフルエンザが再びはやり始めた人間にもそうだが、動植物にとってはさらに過酷だろう。
山梨では霜注意報が頻発している。
連休中、渋峠や金精峠などの峠越えには雪の備えが必要なことは例年通りだが、今年山麓でも怪しい日がある。
フジバカマの新芽が霜でやられた。
植物にとっては雪よりも霜が怖い。
雪は0℃より下がることのない布団をかぶっているようだが、南からやってきた野鳥たちにはエサを探せなくなって厳しい状況になるだろう。


4月6・7日の犬山祭りの前後も気温の変化が激しすぎた。
高さ8メートルの山車が集結する針鋼神社の広場でからくり人形を奉納するときには、晴天、真夏の日差しがきつく、長そでシャツを脱ぐことも人混みではままならぬ状態。
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ところが祭りの終わった月曜日は、山梨〜南信濃から諏訪地方は雪となった。
今年は珍しく積雪となるような雪景色は一度も見ずに春になるかと思われたが、四月になって一面の白い景色が出現して少し驚いた。
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もう、やってきているツバメはどうしているだろうか?
巣作りを始めたばかりのツバメには過酷すぎるなあ、生まれたばかりの我が家のナナフシの子ども(1个らい)は大丈夫だろうか。と心配したが、春の雪は翌日の暖かい陽射しに一日でほとんど消えてしまった。
川の上を飛び交うツバメも雪に埋もれたキクザキイチゲの花も、何事もなかったかのように元気だ
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キクザキイチゲ

この青みがかった白い花はこの辺では見ることができない早春の花だ。
北信濃・飯山の温泉に行ったときに買ってきて移植したものだ。
花ははかなげで美しい。
雪に振る寒さも影響したのか、一凛の花が2週間も咲き続けた。

雪景色の4月8日、大糸線に乗って白馬、南小谷に行ってきたが、南小谷はもう雪が消えて、どこでもフキノトウが顔を出していた。
同時に長い茎をのばして白いつぼみを見せている見慣れない植物が生えている。
帰って植物図鑑を見るが、花も葉もまだ展開していないから同定しにくい。
多分、ミヤマカタバミだろう。
尾瀬の山道などで白い可愛い花をよく見かけたが、この雪解けすぐの茶色っぽいもやし状態ではわからなかった。
雪国の人たちにとってはなじみの花だろうか。
フクジュソウは大きく葉を広げ、黄色い花がまぶしい。


何もなかった山梨の家も20年を超える樹々が育ち、雑木林に建った山小屋状態になって、日陰が多くなった。
日照時間を求める植物は育ちにくい。
小さな庭には日陰に強い植物を植えることにしよう。
それと早春の花、スプリングフェメラルと呼ばれる野生の可愛い花たちを植えよう。
落葉樹の多い庭は冬・早春には陽射しが十分ある。
真夏日の日陰が多くなる時には、早春植物は、葉も枯れて休眠状態になっている。
イチリンソウ、ニリンソウ、セツブンソウ、カタクリ、フクジュソウ、ヒトリシズカ…。それに、木漏れ日が好きなヤマユリ、エビネ、クマガイソウ、シュンラン、イカリソウ、ギンラン、キンラン、カンアオイ、ギボウシ、センリョウ、ヤブコウジ…いろいろある。

ニリンソウ
ニリンソウ

ヒトリシズカ
ヒトリシズカ

イカリソウ
イカリソウ

派手な小鳥のさえずりが聞こえる。
聞いたことのある声だ。
胸に明るいオレンジの色が目立つキビタキ(夏鳥)もやってきたようだ。

ニュージーランド行き・クライストチャーチは今?

夏の終わりのニュージーランドに行ってきた。
旅の主たる目的は、
.瀬法璽妊鵑留惻砲箸修海ら始発のタイエリ渓谷鉄道。
ダニーデン駅舎
ダニーデン駅舎2
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タイエリ渓谷鉄道2


▲ライストチャーチ駅発の山岳鉄道「トランツ・アルパイン号」に乗って、アーサーズ・パス国立公園の小さなトレッキング
トランツ・アルパイン号

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クライストチャーチ発の高速バスでテカポ湖泊り、マウント・クック(ニュージーランド最高峰・標高3745m)国立公園のトレッキング。
テカポ湖

野生のルピナス
野生のルピナスが美しい。


マウント・クックのトレッキング

ここではマウント・クックの白く輝く山頂と氷河、氷河湖を見たい。
氷河湖

山道に咲くマウント・クック・リリーはもう花期を過ぎているが、遅咲きの一凛でも残っていないだろうか?淡い望みがある。


もう一つこの旅の重要なテーマがある。
の垢竜点となるクライストチャーチの旧市街。
地震で壊滅的な被害を受けたこの街の復興がどのくらい進んでいるのだろうか、この目で確かめたい。

クライストチャーチ国際空港からバスでセントラルシティに入る。
巨木が茂る公園沿いに旧市街に入ると空き地が多くなる。
駐車場にしたり、芝生を植えたりしてある。割合と新しそうなビルもよく見ると、窓に木枠がはめられ、使われていないようだ。
近くで見るとひびが入っているのがわかる。
修理可能なのか。
低層の建物に描かれた壁画も小さな日々を隠しているようだ。
到着したバスセンター周辺には新しいビルが建ち、観光客用のショッピングセンターもできてはいる。
しかし、この街のカテドラル(大聖堂)は、崩れ落ちた当時のままの姿だ。
大聖堂

大聖堂2


取り壊しが決定したはずのカテドラルは、巨大なクレーン車を残したまま、塀の中にある。
高い尖塔が聖堂に倒れこみ、サファードを壊している。
このカテドラルの周辺は少、少しまでレッドゾーンとして入れなかった場所だが、今はトラムの運行も通常に戻った。

植物園前の旧カンタベリー大学の歴史的建築もすぐ復旧された。
比較的被害が少なかった建物はよいが、被害の大きい古建築の復活は予想以上に難しい。
時間がかかる。
熊本地震でも古町・新町の料亭など街のランドマークになっていた古建築が崩れ、復活はできないだろう。
たまたま地震対策してあった長崎書店が無事だったのが救いだ。
熊本では街のシンボル、町中からも眺められる熊本城本丸がいち早く以前の姿を取り戻したのはすごいことだ。
石垣の復旧はとてつもなく時間がかかる。
通潤橋も丸亀城も気にかかる。


クライストチャーチ地震復興庁は5年後に70パーセントの建物を壊して新しい街づくりを目指し、その5年後には完成させる計画らしいが、かなり遅れ気味だ。
2011年2月22日のクライストチャーチ地震から、つい先日8年を経過した。新しい図書館を中心にしたグリーンスペースいっぱいの新ガーデンシティの完成を気長に待ちたい。

クライストチャーチの人たちにはカテドラルの礼拝は欠かせない。
すぐさま仮の礼拝堂が空き地ばかりの町の中心に作られた。
段ボール建築で実績を持つ日本人の建築家・坂茂氏の仮の教会は予想以上に大きい。
仮設のカテドラル2

仮設のカテドラル

日曜の礼拝に出席して、少年少女の聖歌隊の讃美歌に聞き入った。
この聖堂がもうすっかり市民の間に溶け込んでいるのを肌で感じてうれしくなる。
崩れ落ちたカテドラルは、地震を忘れないためにそのまま残されるのではないだろうか?そんな気がしてきた。

この街の半分は公園などの緑地だ。その中心が有名な植物園となっている。
誰にでも解放されているクライストチャーチ・ボタニカル・ガーデンは魅力的だ。
世界中の代表的な樹が並んでいる散歩道がある。
カエデやアジサイの品種を集めたガーデンも、ロックガーデン、ウォーターガーデン、ローズガーデンも公園化した中にある。
その周辺に曲がりくねったエイボン川が流れている。
この緑と水の流れが、地震で傷ついた市民をどれほど慰めたことだろう。
エイボン川の岸辺に地震で亡くなった人たちの名前を刻んだ白い壁状の慰霊碑がある。
慰霊碑

日本人の語学留学生たち28人の名も刻まれている。
友人・親類をなくした若者なのだろうか、その場所にたたずんで、離れない。
ここでは、すぐ近くのパンティング乗り場の賑わいも消えてしまうほど、追悼の気配がみなぎっていた。

ハーミテージホテルの2階テラスには、登山家・ヒラリー卿の銅像がある。背後に白く輝いているはずのマウント・クックの山頂も最後まで見ることができなかった。
ヒラリー卿

しかし、ダニーデンからクライストチャーチに向かうプロペラ機で5000m上空から、白いマウント・クックを見たことで良しとしよう。
遠くに見えるマウントクック

マウントクック・リリーも絵ハガキで満足しよう。
マウントクックリリー

代わりに林道の仲間、マウントシェンシェンの白い可愛い花が見られたし。
マウント・シェンシェン

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