図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

栗きんとんと地歌舞伎の中津川

九月十月ともなれば、この町は栗きんとんと地歌舞伎一色となる。
八月下旬、どこよりも早く「栗きんとん始めました」の札が貼られ始めると、町の人は待ちかねた思いで、それぞれのお気に入りの和菓子屋に向かうのだ。
大都市とは言えないこの町に十数件の和菓子屋さんがみな、クリキントンを売り出すのだ。
それも手のひらにいくつも載るような小さなお菓子が230円、決して安くはないし、賞味期限も2・3日、これで商売になるのかと少し、心配になるが…無用のことだ。
栗きんとんへの思いは、こちらの想像以上に熱い。
また、各店ごとに微妙に甘さも味も形も異なっていて、この季節には「栗きんとん巡り」という7店舗の栗きんとんとお茶がセットになったものも売り出される。

web小中津川栗きんとん



ここ岐阜県中津川は木曽路への玄関口だ。
中山道の宿場町として栄えたこの町、周辺は昔から栗の栽培がおこなわれていたようで、野次さん喜多さんも木曽路で栗の強飯を食べている。
山国の秋の味覚と言えば、昔からクリ・クルミを中心とした木の実だ。
そこに榧の実、椎の実、栃の実などが続く。
保存食としても重要だ。
神代より神事の祭りごとには欠かせない山の恵みだ。
それほど遡らなくても、昭和30年代の子どもたちにとっても野生の栗の木は親しみのある木だ。
まだ、都市の郊外開発が始まっていない(直前)里山の森には椎も栗も普通に生えていた。
腹の空いたガキたちは、柴栗というか山栗というべきか小さな野生の栗の実をかじって、生のままの栗を食べた。
渋みも少しあるが、噛みしめると甘みがあって結構おいしいおやつとなる。
この栗が品種改良されて丹波栗や利休栗の大粒ともなれば、和菓子の優秀な材料となる。
栗納豆やマロングラッセもよいが、中津川を中心とする中部・東海地域の栗きんとんは格別で、より自然な栗の甘みを味わえる和菓子として、お茶の菓子には峰屋の干柿と共に最適の逸品ということになる。

お茶の友

日本栗は縄文の時代から食材として有用だったばかりではない。
木材としても成長が早く、水に強く腐りにくい性質が知られ、建築用柱材として大いに重宝された。
三大丸山の縄文遺跡では、柱がすべて栗材で建てられたばかりではない。
栗の植林がなされていた形跡があるという。
縄文遺跡から出た巨大な柱痕(直径80〜90cm)がことごとく栗材であったように、また、栗の実もドングリ類の灰汁抜きの必要のない優秀な食材としても重要だったことから、住居近くに栽培林を持つことはごく自然のなり良きだろう。


栗材は鉄道の枕木として、カリントウ並みに油で揚げたように油をしみこませた大量に使われた。
さすがに栗材の保管が難しく、コンクリートに変わりつつあるが、、枕木の役割を終えてもベランダやガーデニングの資材としても有用だ。


栗きんとんの「すや」(「すや」の榧の実を使った、「かやあられ」は珍しい山の味だ)は19号バイパス近くに作った西木店(西に木を付けて栗)はすべて栗材で作っているように、特に門や塀などは栗材が良い。
家具や廊下なども拭き漆を塗って重厚な材となるだろう。
虫がつきやすい栗の木だが建築材としては丈夫で長持ちだ。
栗の建材用の考えてよいのではないか。


地歌舞伎のことを書くスペースは、もう少ない。
中津川周辺は農村歌舞伎の一大集積地だ。

web小地歌舞伎

web小地歌舞伎ポスター

歌舞伎団体が29もある。
その舞台となる芝居小屋が14も現存している。
驚くべき数だ。
春・秋に公演があるが、「かしも明治座」「白雲座」「常盤座」など歴史ある建物や復元されて宿泊施設まで作られた「相生座」など、公開されている芝居小屋もいくつもある。
10月・11月…12月は「おひねり」を懐に出かけるチャンスだ。
栗きんとんも懐に忘れぬように。
酒は中津川の「恵那山」だ。

書き尽くせない魅力・カッコイイ名古屋

六大都市の中で人気最低という名古屋だが、尾張藩六十二万石の城下町の実力はそんなものではない。
名古屋資本のニトリやコメダのロゴや外観の野暮ったさが、いかにも名古屋的で、また、開店の生花飾りを採りまくるおばさんたち(これも名古屋発祥)の露骨な名古屋ぶりも、名古屋弁の強烈な個性も、今の若者にはスマートとは程遠い名古屋イメージになっているのかもしれない。
しかし、徳川宗治時代に築き上げた名古屋文化の粋で華やかな名古屋文化がすべて失われた訳ではない。
茶道の盛んだった名古屋の茶の湯文化も勢いはなくなっても、まだ消えた訳ではない。


しかし、日本最大規模の名古屋城が終戦の年に焼失してしまったことが返す返すも残念だ。失ったものが大きすぎて、もし、これが残っておればと、つい思ってしまう。
アメリカ軍の空爆は執拗で容赦のないものだった。
残っておれば世界遺産になっていただろう国宝の天守と本丸御殿など、ことごとく焼き払ってしまった。
この本丸御殿の狩野派によって描かれた襖絵(障壁画)が取り外されて残ったのがせめてもの救いだった。
その「竹林豹虎図」が、6月に再建が完成した本丸御殿の玄関に当時の姿そのままに展示されるという。(9月29日〜10月23日まで)
完成した本丸御殿を見たいと思っていたが、往時のままの状態で襖絵も見ることができれば、この機会に行くしかない。

本丸御殿完成ポスター虎の間ポスター




名古屋には「源氏物語絵巻」など国宝8点を有する徳川家の遺産を保管・展示した徳川美術館がある。
そこには江戸以前の刊本・写本を中心とした11万点を蒐集した蓬左文庫もある。
徳川美術館では「もじえもじ」展が、蓬左文庫では「尾張藩邸物語」展が同時開催されている。(9月9日〜10月28日)
これも必見だ。

もじえもじポスター



38回に及ぶ無差別爆撃で焼き払われた名古屋だが、徳川美術館へ向かう道筋にはいくつかの戦前の魅力ある建物も残されている。
県庁、市庁舎もそうだが、その奥に裁判所だった姿勢資料館の赤レンガが美しい。

愛知県庁舎¬掌轍飴堋舎


¬掌轍飴埓資料館

ここから始まる近年「文化のみち」と称している白壁地区は、昔は侍屋敷が並んでいた場所だったが、昭和初期には名古屋で財を成した経済人たちの屋敷町になっていた。
現在はマンションが建ち並んでいるが、土蔵・長屋門・赤レンガ塀などがいくつも残されている。
屋敷では豊田佐助邸、春田鉄次郎邸などが公開されているが、一番興味深いのは川上貞奴と福沢桃介の「二葉御殿」だ。

二葉御殿

桃助については別の機会に書きたい。
名古屋最古の教会堂というカトリック主税町協会の建物も魅力的だった。
堀川沿いの土蔵も印象的だ。


ヒツマブシ、キシメン、ミソカツ、ミソニコミ、ナゴヤコーチン、テバサキ、ミソオデン・・・
ナゴヤの魅力は食べ物や(喫茶店の)モーニングばかりではない。
東山動物園のチンパンジーとゴリラ舎がリニューアルされ、9月6日にオープンした。
ゴリラとの対面ができる。

アフリカの森ポスターゴリラの中に人を見たポスター

あ!!忘れていけないのは伏見の御園座のすぐ近く、大甚本店だ。
これは4時開店に急がねばならない。
日本一の歴史と実力をもつ大衆酒場だ。
名古屋は書き尽くせない魅力的な街だ。

夏の10日間だけ、ブックカフェ風信、復活

旅ばかりしていて、行けば行くほど書きたいことが山ほどありすぎて、書くのが間に合わない。
そうこうしていて1年余り。
また、少しづつ書きたい。

上諏訪の老舗酒造「真澄」(セラ真澄)のギャラリー「松の間」にて、8月10日から19日、吹きガラス展とコラボする形で、ブックカフェの再オープンが実現した。
この酒造のシンボルとなっている名木をまじかに眺めながら、
香り高いコーヒーを味わえる喜びは格別のものでした。

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