図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2009年11月

近頃の相撲はどうなっているんだろう

相撲は好きでテレビでやっているとつい見てしまうが、面白い取組は少なく、思わず力が入るような熱戦はほとんど期待できない。
たまに力を出し尽くした激しい取組があると、お客は大いに盛り上がることもあるが、1日に数回あるかどうかだろう。
1分を超える事も少なく、2分を超えるような熱戦など、めったにない。
ましてや、水入りなどは論外となってしまった現状。
これでは、九州場所が平日はガラガラなのが納得がゆく。

相撲協会や相撲審議会も朝青龍の土俵外の行動にもいちゃもんを付けるくらいなら、だらしない試合をした力士に苦言を呈する方が先ではないのか。
反対に熱戦をした力士には懸賞金を出してもらいたい。
朝青龍や高見盛ばかりに企業が懸賞金を出して広告するのはどうかと思う。
この一部を協会で取り上げて、熱戦にまわして欲しいもの。

軽くいなされたり、引いたり、飛んだりしただけで、コロコロ転んだり手をつく力士のなんと多いこと。
あんなに激しい稽古をしているのに、足腰が弱い力士が多いのに驚いてしまう。
これでは変化で労せず勝ってやろうとする誘惑に駆られるのも無理ないか。
体重を付けすぎていることが大いに関係しているのでは・・・。
昔の力士は100キロ前後で動きも鋭く、簡単には転ばなかった。
モンゴルの鶴龍などは簡単には転ばないし、実力を出し切って気持ちが良い。
それに比べて日本の力士は・・・。
親方衆もただ太らせれば強くなるといった幻想を捨てるべきだ。
最大重量の山本山のなんと軽く土俵を割ることよ。

昔のことはあまり言いたくはないが、個性派力士が全力でぶつかる面白さが館内の熱気を生んでいた。
掛け投げの若ノ海、一気の押し相撲の北の洋、内掛けの琴ヶ浜、吊りの明武谷、うっちゃりの鶴ヶ嶺・・・出羽錦、北葉山、若羽黒(横浜出身!)など、なんと取り口の個性的な役者ぞろい。
それに比べて・・・現役力士は個性派は安美錦くらいか。

大関陣も故障者二人と大事な取組に力を出せない」琴欧州と琴光喜(太りすぎ!)では、魅力なし。
まともなのは双葉山二世の白鵬だけ。
(土曜日に優勝決定してしまった)
これでは大相撲ファンにもアイソをつかされるのは当たり前では?
ビールと枝豆で大相撲観戦という最大の楽しみを奪われてしまった。
マンガ家横山隆一さんのお宅で、千代の富士(筋肉の塊)の強さに乾杯したのが懐かしい遠い話の気がする。
昔の力士は堂々としていて気持ちが良い。
立ち合いにセコい大関(二人の琴・・・)、少しでも有利に立ちたいという大関にあるまじきセコさ加減にはアイソが尽きた。

今の相撲の悪口を言ったらきりがないので、お薦め本を2冊。

1冊は個性派力士たちのぶつかる表情を捉えた写真集「現代の相撲」大谷孝吉作品集。(昭和38年 百泉社刊)
佐田の山、柏戸、明武谷、若ノ海、鶴ヶ嶺、北葉山、栃の海、栃光、若羽黒、若秩父・・・懐かしい個性派たち。

現代の相撲


もう1冊は横綱審議委員でもあった尾崎士郎の相撲エッセイをまとめた「相撲随筆」。

相撲随筆

「大関清水川」「木鶏・無敵双葉山」「大内山のアゴ」「朝汐土俵を去る」など、力士への愛情あふれる名品ぞろい。(昭和57年六興出版刊)

他にも相撲の本は多いが、とりあえずこの2点。

紀田氏「ヨコハマ話」と長谷川時雨

22日(日)、紀田順一郎先生の「ヨコハマ話」と「横浜少年物語」「横浜開港時代の人々」刊行記念のサイン会、無事終了。
先生はレジュメまで用意されて、貴重な資料を回覧しながら野毛・本牧の話、森鴎外作詞「横浜市歌」の秘話、Y校創設者三沢進のことなど、興味深い逸話を披露された。
加えて、先生の少年時代・青春時代の思い出や、それにまつわる今はもうない店や映画館の話などもしてくださり、たちまち90分を過ぎサイン会へ。
また、県立近代文学館で昨日から始まった「長谷川時雨」展のチケットや刷り上ったばかりのパンフレットを参加者全員に下さり終了。
次は「乱歩ばなし」もという声も。

茂田井茂→中島敦→江戸川乱歩と続いた県立文学館展覧会は、かなり地味な作家展となったが、もう最初で最後の展覧会となるでしょうから、是非いらしてくださとのこと。

長谷川時雨


長谷川時雨は日本橋生まれで、横浜や神奈川県には縁がないと思っていたが、実は、この女流作家の母は箱根の旅館や生麦の料亭を経営し、住まいも生麦に構えていたことをこのパンフレットで始めて知った。
時雨の墓も句碑も鶴見の総持寺にあるとのこと。
昭和初期には、林芙美子、佐多稲子、尾崎翠、大田洋子らを輩出した「女人芸術」を創刊し、その中心で活躍していたこの女流作家、今や、すっかり忘れられてしまった。
(展覧会は22年1月11日まで)

小生も、日本橋生まれの幼年期を回想した「旧聞日本橋」(岡倉書房刊)を持っていたが、どこへ行ったか行方不明。
小村雪袋装の美しい函入り本と記憶しているが・・・。
また、鏑木清方装の作品集(5〜6冊あった)も持っていたが、これもどこに埋まっていることやら。

つい最近出たばかりと思っていた岩波文庫版の「近代美人伝」も現在品切れという。

三渓園で菊を見る

秋も深まったこの季節は、菊花展で最後の輝きを見せる。
日本各地、特に城下町では、霜の下りる前に菊人形展や菊花展を見ることが出来るのは楽しい。
横浜では三渓園が定番、11月23日まで開催中。
小菊で作った盆景や、見事な大菊、小菊の懸崖造りなど500点が庭園に並ぶ。

時を同じくして、古建築(聴秋閣と春草廬)の公開(ライトアップ・21日より12月3日の金・土・日・祝日7時半まで)も始まるので、来週の金・土・日・祝日の4日間はすべてが重なるたいへんなチャンス。
お見逃しなく。

しかも、もう一つ。
開港150年記念として、「原三渓と美術」(原三渓旧蔵のコレクション展。入園料とは別料金。全部で1000円也)の特別展も30日まで開催中で、有名な国宝「孔雀明王像」(絵画)も間近で見られる。
地獄草紙(国宝)も抱一筆の「秋草鶉図」(重文)も・・・。

原三渓と美術展ポスター


茂木惣兵衛(野澤屋)と並んで、横浜の生糸貿易の22%を占めていた原善三郎から女婿・富太郎(三渓)に続く横浜商人の実力を知ることが出来る。
岡倉天心を中心とする日本画家たちの一大サロンとなったこの本牧の別荘と庭園(三渓園)で再び帰り集った名品たちに会える、至福の時間。

蘭・菖蒲・朝顔・おもと・椿などと並んで、古典植物「菊」の本も、大冊の小学館版などいくつか出ているが、ここではコンパクトにまとまった文庫を2冊。
今はなくなった保育社のカラーブックス北村四郎著「菊」と、菊の栽培法については菱田清次著「菊づくり」。
これで十分。

菊づくり

紀田順一郎氏 「ヨコハマ話」並びにサイン会について

今月22日(日)に当店で行われる「ヨコハマばなし」についての内容と、紀田さんについて簡単にご紹介します。
木田さんは1935年、本牧生まれ。
戦中戦後の少年時代を回想した「横浜少年時代」(文芸春秋刊)と開港期の横浜で活躍した19人の傑物伝「横浜開港時代の人々」の2冊のヨコハマ本を、今年上梓されました。

横浜少年物語


このヨコハマ本の出版を記念して今回の会が企画されました。

これまで数多くの書物論やメディア論、社会思想史、幕末・明治の歴史もの、名著出版に関わる評伝「生涯を賭けた一冊」などを出版されてきましたが、この中では特に「知の職人たち」「日記の虚実」などが、小生は印象に残っています。

知の職人たち


また、読書好き、本好きの人たちには「日本の書物」「世界の書物」「古書街を歩く」「図書館活用百科」(「図書館が面白い」と改題してちくま文庫に入っています。)が、すぐ思い浮かぶことでしょう。
「神保町の怪人」など古書ミステリーも好評。
評論「幻想と怪奇の時代」は日本推理作家協会賞を受けています。
その主要著作は紀田順一郎著作集全8巻にまとめられています。

図書館が面白い


現在は、港の見える丘公演の大佛記念館の奥にある県立近代文学館の館長として、開催中の「江戸川乱歩展」など企画構成されています。

今回の「ヨコハマばなし」は、戦後すぐの野毛や本牧の珍しい話を横浜版画なども見ながら、また、当時の本の話なども織り交ぜて話していただく予定です。
戦後の焼け野原の横浜、野毛坂の現中央図書館のまえから、まさに五雲亭貞秀の「野毛村より横浜村遠望」の版画のように本牧あたりが眺められたと言う・・・。
登場する想い出の本は「江戸川乱歩」か「少年倶楽部」か「山中峯太郎」か?
はたまた、「佐藤紅緑」か、それとも終戦直後に出た「日米会話手帳」か、小生も知らない。
乞う、ご期待!

なんといっても狭い店なので、最大20名様くらいしか入れません。
(そんなに入ったことがないので、見当ですが・・・。)
電話かメールでご予約ください。
会費は、飲み物付で800円です。

野澤屋死して、街も栄えず

昨年の10月、伊勢佐木町通りの唯一の象徴的な建築「旧野澤屋デパート」の閉店の日はカメラを持った多くの人たちが集まり、閉店を惜しんだ。
その後、この建築をどう残していくのか注目していたが、1年後、市は恐れていた結論を出してきた。
2004年に指定していた歴史的建造物認定を取り下げて、解体容認へと動くと言う。
所有する業者は、当初上層をマンションにする高層複合ビルを考えていたが経済環境が悪化、2階建ての商業施設に変更、ごく一部を復元、外観の記録保全のみで解体したいという。

IMG_0001
(復元する外観案というが)


市は容認する方向に動いた。
市長になったばかりの林文子市長は「非常に残念だが、やむを得ない。総合的に判断したことを理解して欲しい・・・」と、コメントしたという。
とても納得できるものではない。
新市長は就任早々から、開港博の大赤字(予想有料入場者数の二十数パーセントという惨憺たる結果)や、その正式報告を待たずに副市長も辞めるという事態。
その上もう一人の副市長(これはもっと良いポストに着くためだが)も、辞めるという無責任ぶりに翻弄され、新市長を支えるブレーンはほとんどいないようだ。
今度の結論も新市長の弱い立場を窺わせる。

なおかつ、伊勢佐木町商店街振興組合の理事長は、「1日も早く解体し、営業を再開して欲しい」と歓迎しているようだ。
これは予想通りだが、何という目先の経済だけしか考えない結論だ。
唖然とするばかり。
たった一つしかない伊勢佐木町の遺産をどう思っているのだろうか。
この解体により、明治・大正から昭和初期に隆盛した歴史的なストリートも完全に死滅してしまうことになんの未練もないようだ。
ギンブラと並んだイセブラの誇りは何もない。
あるのは当面の利益だけらしい。
この振興会の圧力が新市長の(行政の)おろかな判断を生んだに違いない。

商店街は保存運動にこそ力を入れるべきなのに、経済が悪化すると、すぐ目先の利益という亡霊(悪霊)が現れてしまう。
20年30年後のことは考えないらしい。
この、日本の貧しい先見性のなさは驚くべきものだ。
東京駅を高層ビルにという考えがすぐ現れてくる。
赤レンガ倉庫を残したことが人々を呼んでいることを、商店振興会の人たちはどう考えているのか。
日本橋の上に高速道路を作ったことを50年後の地元の人たちがどんなに悲しんでいることか。
最近、高速道路を日本橋の上からはずそうという声もある。
幸なことに日本橋を壊してしまったわけではなく、高速道路は変更できるから、まだ可能性を残している。

市は、当面この建物を買い戻して(市民や企業の寄付を集めてでも)上はギャラリーやボランティア活動の施設、貸しホールとして利用。
1階は市民のビアホールにでもして、活用できぬものか。
(先日、ビールの話にも書きましたが)
キリンビールは横浜生まれの大企業として協力してもらえないのだろうか。
市民経営のビアホールならば、多くの市民の出資も可能ではないか?
(小生も、ほんの僅かながら、出資の意志有り)
日本のビアホール発祥の地ヨコハマとしては、市民酒場くらいあっても良いのでは・・・。
飲んべい以外の人たちには、昼間はカフェにしてイセブラの拠点、お休みどころとして利用して欲しい。

この小さいが美しい、アールデコの装飾を持つビルの空間をそのまま生かす道を探るべきだと小生は思うのですが、みなさんはどう、思いますか?
2階建てのスーパーが出来たとして商店街が真に活性化するとはとても思えない。
ブランド店、チェーン店がいくら入っても、ほかのデパートや商店街と同じで、ぜんぜん面白くない。
わざわざ、伊勢佐木町を選んで出かけようと思う魅力を作らなければ・・・。
伊勢佐木1・2丁目商店街振興会ももう少し時間をかけてでも、新しい方向を探るべきだと思う。


ところで、当店では以前から考えていた「お話を聞く会、並びにサイン会」の第1回として、神奈川県立近代文学館館長・紀田順一郎さんをお迎えすることが決まりました。
何しろ小さな店ですから、最大20名(?)くらいしか入りません。
来週から、予約を受け付けます。
どうぞご来店ください。
野毛や本牧の珍しい話や、懐かしい本の話など聞かせていただけます。

開港時代の人々


「横浜・開港時代の人々」刊行記念サイン会、並びにお話の会(横浜雑話・本の話)
11月22日(日)2:00より

プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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