図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2010年02月

日本サクラソウ

駅に向かう道のあちこちの家々でプリムラのピンクの花や白い花が咲き誇っている。
プランターからはみ出るくらいに花を付けているのを見ると、どれもこれも洋種の園芸種プリムラのようだ。
園芸は伝染するので、近頃はやりのエンゼルトランペットのように、花好きの集まった路地の家々はみな、プリムラの花が咲いている。
日本のサクラソウはどの家にもないようだ。

コチとら、花枯らしの名人としては、日本の野生のサクラソウを応援したくなる。
江戸時代には数千種といわれた「サクラソウ」ブーム、明治末から昭和初期にかけても、712種という優れた品種が記録されている日本のサクラソウ。
春先に買ってきた鉢植えの可憐なサクラソウ、もう、何度買ってきたことよ。
寒さには強いがマンションの強い夏の日差しには、よほど気を配っていないと枯らしてしまう。
乾燥にも弱いし、さりとて過湿は根腐れを生じ禁物だ。
夏になると葉も枯れてしまうので、水やりをつい忘れてしまうのが、いつものパターン。
手入れしだいでよく殖えるらしいが、そんな奇跡は小生には起こらない。
鉢植えで枯らしてしまうので、涼しげな木の下に路地植えにしたこともあるが、1年2年と次第に小さくなり、3〜4年で芽も出なくなって消滅してしまった。

この気品ある日本のサクラソウ、江戸時代にはサクラソウ売りが、路地先を廻っていたようだ。
三谷一馬さんの「江戸商売図絵」を見ていたら、4月頃の朝顔の苗、夕顔の苗、糸瓜(ヘチマ)の苗売りなどと並んで桜草売りが出ている。
「エー、桜草や、サクラソウ」と呼び声高く売り歩いたらしい。
荒川沿いの戸田河辺りの野生種を瓦鉢に植えて売っていた図が、いかにも風情があって美しい。
「売り切って日向をかえる桜草」(柳多留)の光景が目に浮かぶ。
三谷さんには他にも「彩色江戸物売り百姿」「江戸吉原図聚」「江戸庶民風俗図絵」などがあり、立派な仕事をされている。
特にこの「江戸商売図絵」(中公文庫 1995年刊)は、江戸ファンにとってはバイブル的存在の一書。

江戸商売図絵

日本のサクラソウの自生地として埼玉県浦和市の田島ヶ原は今では特別天然記念物に指定され守られているが、江戸時代は4月も過ぎると荒川上流・浮間ヶ原の群生地に、江戸の文人墨客が出かけ花見に興じていたようだ。


サクラソウの本は、いくつかかなり専門書的な栽培書などあるが、入門書としては、カラーブックスの園芸ガイド「さくらそう」が品種の図版も多く楽しい。

さくらそう


当店でも今年も4月になればまた、日本サクラソウの小さな鉢を置くことになるはず。

ウメとウグイスと観梅会

京急線N駅の階段を下りると、いきなりウグイスの声が流れ出す。
まだ、春の気配もない頃にはあまりにも不自然で、かえって不愉快な気分になる。
寒い北風が吹く中で、ウグイスはないだろう。
でも、R駅ではカッコウが鳴き出すというから、唖然としてしまう。

やっとウメが咲き出し、寒いとはいえ春の気配が感じられる頃になって、少しは許せるようになったが・・・。
ウグイスの声はウメの咲き出す2月頃から、高原で鳴く季節、せめて6・7月頃までにして欲しいもの。

都会の庭やベランダにも梅や椿の咲きだす頃になると目ざとくメジロがやってくる。
マンションの4・5階のベランダにもミカンなどを切って枝に差しておくと、ウグイス色の小さなメジロがよくツガイでやってくる。
メジロの個体数は減っていないようだ。
都会には花木が多くて住みやすいのか・・・。
ウグイスははるかに少ないが、近くに林や笹薮などがあれば、ウメにウグイスも夢ではない。

ルリビタキにしても、郊外では冬の鳥として見られるので、花の少ない冬は絶好の野鳥観察のチャンス。
梅見とメジロ、ウグイスに水鳥いろいろ。

熱海梅林も、早咲きの河津桜も咲き出し、横浜では三渓園の伝統ある観梅会もすでに13日から始まっている。
来週からは春らしい日差しが見られるようなので、暖かい日を選んでぜひお出かけを。
三渓園観梅会ポスター

この梅林、明治41年に当時の梅の名所・蒲田や杉田の梅林から移植したもので古木も多い。
下村観山が絵にした臥龍梅を見るのもよし、初音茶屋でお茶の接待を受けるのも良し、土・日は筝曲でも聴きながら、ウグイスの初音(声?)でも聞かれるともっと良いのですが。

ところで、鏑木清方−花香苑ー金沢文庫・八景ーハスの花のことを書こうと思っていたのですが、季節としては夏のほうが相応しいので、先に延ばすことにします。

いま、店では、山梨から持ってきた野生のウメに最も近い甲州小梅の白い花と、春一番に咲くマンサクの黄色い花を生けています。
また、地震被害にあったハイチからフェアトレードのコーヒーも入荷しています。
どうぞ、お立ち寄りください。

パーマーの上水道管のこと。

当店近くの工事から出てきた水道管は、日本の近代水道の父とも言われるパーマーが埋設していた上水道の遺物で、近くのビルの一角にある小さな公園に記念碑としてそのまま展示されている。
遺物そのものを使った碑とプレートは仲々良く出来ている。
日本初の厚さ1cmくらいの立派な鉄管も見事。

水道管

パーマーの孫に当たる樋口次郎氏の「祖父パーマー」(有隣新書・平成10年刊)によると、測量技師、英国陸軍工兵であったパーマーは、日本で最初の近代水道の設計と工事を請け負い、道志川と相模川の分岐点からヨコハマ野毛山の貯水池まで難工事の末完成させたばかりか、東京・神戸・大阪・箱館(当時はこの表記だった)の水道設計にもかかわった。
また、ヨコハマ築港も手がけた有能な人物だ。
この人はジャーナリストとしても秀でていて「ザ・タイムス」の東京通信員として、興味深い日本記事を数多く書いている。
H・S・パーマー「黎明期の日本からの手紙」(筑摩書房刊)

横浜は大震災と空襲により徹底的に破壊されたが、地下遺構はまだ残っている。
中・下水道の遺物も横浜都市発展記念館の前庭に展示してある。
レンガを使った卵型の手間のかかるもので一見の価値あり。

丁度、記念館では「西洋館とフランス瓦・横浜生まれの近代産業」という展覧会もやっています。
フランス人実業家ジェラールが、山手で製造したジェラール瓦や横浜近郊にあったレンガ工場(横浜煉化・山本煉瓦)のことなど、最新の成果を盛り込んでいる。

西洋館とフランス瓦展ポスター

レンガと言えば、当店すぐ上の中央図書館前は平沼専蔵の別邸があったところで、きれいな亀甲型の石積みとレンガ造りの擁壁が残されている。
これは明治23〜26年に出来たそうですから、このレンガ工場製の物と思われます。

石積み

(日ノ出町の菓子舗「しげた」裏の重田家のレンガ造りの立派な蔵は大正時代ですが、色調も似ていますから同じレンガを使っていると思うのですが・・・。)

この野毛山には、明治20年代の横浜の多額納税者三傑の屋敷すべてがそろっていた。(現在は動物園と公園になっているところ)
1.弁天通二丁目 茂木惣兵衛
2.弁天通三丁目 原 善三郎
3.本町通二丁目 平沼 専蔵
パーマーの記念像もあることだし、この3人を記念するものがあってもよいのでは?・・・と、思うことしきり。

ところで、ジェラール瓦や赤レンガの展示と関連して、同記念館では興味深いツアーが企画されています。
3月19日 バスツアー「赤煉瓦ことはじめ―近代産業遺産をたずねて」(富岡製糸場〜深谷市誠之堂・清風亭)
4月17日・5月1日 横浜居留地遺跡めぐり(山手ジェラール瓦工場跡〜山手80番館遺跡ほか)
興味のある方は記念館に予約してください。

必見「雪岱」展

今月14日まで、小村雪岱の回顧展が開かれているのが分かった。
埼玉県立近代美術館で、横浜からは少し遠いが、重要な展覧会なので記しておきたい。
だいぶ前に(20年位前か?)一度開催されたきりですから、これを逃すと次はまた・・・仲々見られないでしょうから。


川越生まれ、日本橋育ちの雪岱の作品は、小説の挿絵や舞台美術など後に残りにくい仕事が中心だったので、この埼玉県立近代美術館のコレクションは貴重だ。
画集も少なく、雪岱が亡くなったときにまとめられた限定400部の画集(鏑木清方の序文と木版画一葉が入った立派なもの)と、挿絵を中心にした小型本「小村雪岱画譜」(龍星閣版)、前回埼玉県立近代美術館での回顧展を機会にして作られた大型本「小村雪岱画集」だけで、いずれも高価な本ですから、仲々手が出ないでしょう。


雪岱と並び賞された日本画家鏑木清方は、普及版の画集がいくつも出されているのとは対照的な結果となってしまったのは、挿絵画家として最後まで生きた人と、同じ挿絵画家として出発したが早くから本画制作に移って大作・小品を多く残した人との恐ろしいほどの格差。
雪岱も晩年にそれを感じつつ清方を見ていたフシがある。
清方は雪岱の挿絵・舞台美術・装丁家としての仕事の力量を充分すぎるほど分かって尊敬していた。
清方と雪岱のアンヴィヴァレンツな関係は小説のテーマとなるが・・・。


雪岱の残した仕事として知らず知らず人に流布してるのは資生堂の広告の繊細な基調デザインだ。
また、挿絵の仕事としては邦枝完二の「おせん」「お伝地獄」の圧倒的な魅力(デザインと女性像の美しさ)、そして古書ファンにとっては泉鏡花の本の装丁の美しさは圧巻。
この「おせん」も鏡花本も小生にとってもあこがれの逸品。
何度か見たことはあるが、高価になってしまったので、仲々手が出ない。
特に鏡花の「鴛鴦帳」美品などは装丁美術の頂点ではないでしょうか。
鏡花と雪岱との交流も清方がうらやむほど親密で、初期の和本風の作品は清方の版画を使っていたが、大正3年の「日本橋」以降、雪岱一辺倒となっていく。

日本橋2

表紙絵と見返し、扉絵の美しいこと、雪岱の鏡花への傾倒の深さ、並々ならぬことを感じさせる。
清方も雪岱の装丁には余程敵わぬものを感じていて、初めての自著の装丁を雪岱に依頼しているほど。(「銀砂子」昭和9年刊)

展覧会には雪岱の装丁本もいくつか見られますから、どうぞ実物を見てください。
雪岱の残したただ一冊の随筆本「日本橋檜物町」は長く入手困難でしたが(中公文庫本も絶版)、平凡社ライブラリーとして復刊されたので、手軽に読むことが出来ます。

日本橋檜物町2



先週取り上げた「鶴見花月園秘話」齋藤美枝著は当店でも取り扱うことになりましたので、興味のある方はご来店を。

花月園秘話


鏡花「日本橋」の復刻版や雪岱の「日本橋檜物町」もあります。
お手にとって見てください。
平凡社ライブラリー本は同時代の雪岱評を集めたアンソロジーが付いていますし、作品も載っていてミニが州としても便利です。
同じく平凡社刊「小村雪岱」星川清司著も。

小村雪岱

プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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