図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2010年03月

「横浜仏語伝習所」とカション

公認のフランス語学校が設立されたのは慶応元年(1865年)、弁天通りの先端、海に面した弁天社隣りの「仏語伝習所」が最初。
(現在の本町6丁目)地図には「語学所」と記されている。

語学所2

全寮制で役人の師弟を含む生徒57人の青年たちがいて、フランス留学も行われた。
幕府は、仏公使ロッシュが建議した横須賀の製鉄所の技師や軍事調練の顧問等との連絡に、フランス語の出来る日本人の人材が必要になっていた。
イギリス、アメリカに続いてフランスとの関係は深まりつつあった。
ここに登場するのが、日本語ペラペラのメルメ・カション。
この人パリ外国宣教会の神父だが、すでに箱館(当時の表記)で日本人に仏語を教えていたようで、この横浜の伝習所では実質的な校長であった。

このカションは、支那語も漢詩も分かる人物で、「ジャパン・タイムス」に俳句まで残しているという。
ロッシュの通訳として暗躍、カトリックの布教活動のほか、辞典編纂やアイヌ研究まである異才。
このなぞの人物の生涯をフランス時代まで追ったのが、「メルメ・カション―幕末フランス怪僧伝」(富田仁著・有隣新書・昭和55年刊)

メルメ・カション

慶応3年、徳川昭武がパリ万博出席のため横浜から渡仏、フランス皇帝ナポレオン3世と会見したが、この時の通訳としてもカションは陪席している。
しかし、その後カションの消息は消え、数年後、ニースで死去したという。
この死も謎のままだ。

幕末〜明治の日仏の交流史、特に横浜とフランスとの関係は重要で、興味深い。
カションと共に日本布教にやってきて横浜に初めてカトリックの礼拝堂を作ったジェラール神父、フランス瓦や煉瓦を作ったジェラールの工場、横浜にあったフランス郵便局、和蘭八番館で行われたフランス輸出用の生糸検査と、リヨンから来た生糸検査師ポール・ブリューナー(後に富岡製糸所の首長で、フランス式製紙技術を導入した)のことなど・・・。
また、フランス文学の本邦初の翻訳は、ジュール・ベルヌ「80日間世界一周」で、仏語を勉強したての川島忠之助の仕事だが、このベルヌの本にも横浜が登場しているのも面白い。

ところで、150年後の野毛(仏語伝習所のあった弁天社の対岸)でも、フランス語の勉強をしています。
先生は、パリ・ソルボンヌ大学出の作家クレマン・ビュル氏。
(白水社の雑誌「ふらんす」で、会話表現とフランス文化を学ぶ「プレールさん教えて!」の連載が始まりました)
4月より新規受講生を募集中です。
詳しくはホームページをご覧ください。

また、当店でもフランス関係の紀行書、辞典、エッセイ、絵本など色々揃えています。

フランス詩の散歩道


新聞のフランス語

フランスに興味のある方は、ご来店ください。


モーガン建築の散歩道

ボケ、ハクモクレン、コブシが満開の暖かい日、アメリカ人建築家J・H・モーガンの最大作品、根岸競馬場スタンド(馬見所)を見てきた。
ついでに山手に残されたモーガンの遺産ベーリック・ホール、山手聖公会(クライスト・チャーチ)、山手111番館も巡って帰りには赤い靴バスでホテルニューグランドの最上層増築部分も眺めたので、横浜に残されたモーガン作品のほとんどを見てきたことになる。

もう一つ残された重要建築、三春台の関東学院の4つの尖塔を持つ旧中等部校舎は我が母校なので、モーガン作品は馴染みの風景。
関東学院の屋上塔は聖書の授業に良く使われた牢獄のような暗い小部屋で、中世イギリスの城砦建築ではお姫様が幽閉された正に牢獄が、オールドノルマン風様式の教会としては懺悔部屋か。
聖公会の大谷石が使われているファサードを見上げた印象は関東学院の印象そのまま、やや優美な装飾があり、美しいのは無論教会のほうだが。

クライスト・チャーチ


さて、根岸競馬場の方も、遠くから桜の樹林越しに見える3つの塔(立派なエレベーターホール)が、浄土教絵画「山越しの阿弥陀様」を見るようで、強烈なランドマークになっている。

観覧席塔


現在残された一等席スタンド手前にはもっと巨大な二等席スタンドが付いていたので塔も5つ、圧倒的な迫力(全長200メートルに及ぶ城壁のような建築)が想像される。
現在でもその偉容は十分感じることが出来る。

観覧席正面


残念なのは、ここを接収していた米軍施設が現在も中間にあるため、スタンド側からの全貌が見られぬこと。
横浜市は荒廃していた二等席スタンドを取り壊し(昭和63年)、一等席スタンドは再利用を計るとしているが、どうなっているのか?
一等席の貴賓席も見たい、横須賀や千葉までも見えていたという屋上風景も。
桜咲く森林公園と外周コースの道をサラブレッドが疾駆する、・幻の光景をながめたいもの。

正面スタンド前は、モーガン広場が設けられていて、設計図や内部の写真が見られるのは想定外でうれしいことだ。

モーガン広場


スタンド内部

競馬場は昭和17年の秋のレースをもって終了した。
一等席スタンドは4500人、二等席スタンドは12000人収容。
モーガンの設計したスタンド建築は、関東学院校舎と同じく、昭和4年に作られた。

エリスマン邸を設計した、アントニン・レーモンドや共立学園設計のウィリアム・ヴォーリスなどと異なっていかにも地味なモーガンだが、横浜にとっては重要な建築家。
重厚でお堅い教会、ミッションスクール建築とは別に、ベーリック・ホールや山手111番館などは、大いに楽しんで設計しているのが分かる往品。
特に111番館の吹き抜けのあるホールは美しい。
古楽演奏もあると言うが、小編成のサロン音楽にピッタリの気持ちの良い部屋になっている。
また、小さなモーガン記念室もあって素敵な洋館だ。
(大正15年の建築)

1998年ようやく発見された藤沢のモーガン邸が2007年には焼失という悲劇。
クライスト・チャーチが2005年に放火され内部が全焼したことが、すぐ思い浮かんだ。
(この教会はすぐ、見事に再建されたが)

和服にドテラ姿の晩年のモーガンの写真のように、日本人の生活に馴染み、日本建築も愛したモーガンの自邸が失われたことは残念でならない。
この自邸内部の貴重な写真などモーガンの作品と来日以前のアメリカでの仕事を追った、初めてのモーガン研究書が出版されたので紹介したい。
「J・H・モーガン―アメリカと日本を生きた建築家」水沼淑子(関東学院大学出版会)取り寄せ。



前々回、世田谷美術館のユニークな展覧会で抜かしてしまったので、花森安冶「暮しの手帖」展を入れてください。

ジャームッシュと「里山」

ジャームッシュと「里山」、この二つには何の関係もありません。
今週、小生が見た二つの映画。
ジム・ジャームッシュ最新作の「リミッツ・オブ・コントロール」とNHKが劇場用に編集した今森光彦出演の「里山」。
いずれもJ&Bにて上映。
「里山」は「美味しい映画会議」という一連の食文化ドキュメンタリーを集めたものの一作として上映、すでに終了。
「The limits of control」は19日(金)まで)

「リミッツ・・・」はジャームッシュ作品でおなじみのスター総出演の、ジャームッシュファンには感動ものの一作。
スペインを舞台にした映像の楽しみもある。
撮影は注目のクリストファー・ドイル。
若い女性には、ガエル・ガルシア・ベルナル目当てで見るのもありか?
工藤夕貴はほんのチョイ役にすぎないが、オール・キャストということでOK。
ジャームッシュ・ファン以外には「何これ?謎めいて、何も起こらないじゃないの」と言われそうだが・・・、音楽とスペイン旅情と映像美で楽しんでください、と言うだけ。

limits of controlポスター



本題は「里山」の方。
「今森光彦の里山物語」というドキュメンタリー作品を作って、自然に恵まれた日本の農村風景(里山という懐かしげな言葉も今森さんの作った概念らしいが)の美しさを再認識させてくれたが、この映像作品は昆虫少年だった目線で、昭和30年代には日本のどこの都市郊外にもあった農村と自然の関係を切り取って見せてくれて、話題となった。
「世界昆虫記」で世界を飛び回って取材した人だけに、帰ってきた日本の農村の美しさに改めて目を見張ったに違いない。

一昔前(ほんの4〜50年前)には当たり前にあった、日本の農村風景がいつの間にか消えていた。
僅かに残された今森さんの古里、琵琶湖を臨む段々畑の一隅にアトリエを作って自然観察と撮影の日々、時々子どもたちを連れて昆虫採集の楽しみを教える。
このNHKテレビで放映され映像美が話題となった映像詩の劇場版が出来たことで、「未来の食卓」でフランスの小学校のオーガニック給食を知り、「いのちの食べ方」で現代社会の大量食材の仕組みを考え、「イートリップ」で日本の食文化を探り、「里山」で日本の食文化を支えてきた農村風景の美しさを再認識できるようになったことがうれしい。
この「おいしい映画会議」は全国を廻って欲しいもの。

今森さんの里山の写真集は「里山物語」(95年 新潮社刊)が集大成だが、この本は売れてしまったので、その後の最新作「里山の道」をご覧ください。
この本も少し小型になったが、美しい。

日本でいちばん美しい自然


その他、雑木林や田んぼ、棚田の写真集もあるが、日本の山村の現状を知るには内山節「里山の在処」(2001年 新潮社刊)がお薦めの1冊。

里山の在処

石井さんの本はみんなの宝物―石井桃子展

山田風太郎、北杜夫、植草甚一などユニークな展覧会を行ってきた世田谷文学館では、「石井桃子展」が始まっていて見逃せない。
(4月11日まで)

「ノンちゃん雲に乗る」(昭和22年)、「三月ひなのつき」(昭和38年)を代表とする石井さんの創作活動は晩年まで続き、自伝的な創作「幻の赤い実」(上・下巻 岩波書店 1994年刊 読売文学賞受賞)を残されました。
(2008年逝去)

ノンちゃん雲に乗る


この創作活動以上に大きな仕事が、編集者・翻訳者としての功績。
石井さんがいなければ、10年も20年も遅れたであろう日本での欧米の名作児童文学の出版普及。
岩波書店の児童書の企画・編集・翻訳の仕事の大きさは、それに関わった書名を挙げるだけで明らかだ。
後、福音館の仕事も多い。

「ちいさいおうち」バートン、「海のおばけオーリー」エッツ、「クマのプーさん」ミルン、「プー横丁にたった家」ミルン、「こねこのぴっち」フィッシャー、「ムギと王さま」ファージョン、「小さい牛追い」ハムズン、「たのしい川べ」グレーアム、「ピーター・ラビットのおはなし」ポター、「サリーのこけももつみ」マックロスキー、「はたらきもののじょせつしゃけいてぃー」バートン、「グレイ・ラビットのおはなし」アトリー・・・きりがない。

こうした「岩波少年文庫」「岩波子どもの本」の企画・編集の仕事や、村岡花子、土屋滋子らとの「家庭文庫研究会」による「100まんびきのねこ」ガアグ、「シナの五人きょうだい」ビショップ、の出版、(1961年 福音館書店刊)、また、その2年前から始めた「かつら文庫」開始。
この自宅の一室を使った家庭文庫の「かつら文庫」については岩波書店「子ども図書館」(1965年絶版)に詳しい。
この1950年から70年頃までの仕事の質と量は驚異的。
アメリカ・カナダ・イギリス・スウェーデン・デンマーク・オランダなど何度も旅した「児童文学の旅」(岩波)他、家庭文庫仲間と「東京子ども図書館」設立に奔走、ファージョン作品集やピーターラビットシリーズの刊行にと全力投球が続く。

石井桃子展ポスター


こうした石井桃子さんの仕事の全貌を見せてくれるこの展示は貴重。
毎週土・日には「いしいももこ 作品お話と朗読の会」も開かれている。
(大人用は土曜日、子ども用は日曜日)
また、3月27日は中川李枝子さんによる講演会も予定されているので、ぜひ、お出かけください。

当店でも石井桃子さんの出版物をいろいろ展示販売しています。
児童文学・絵本などの当店での棚占有率は非常に高く、12〜3%を越えていると思います。
ご来店をお待ちしています。

プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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