図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2010年04月

不二家のシュークリームは横浜の名物だった

前々回、チェコ人アントニン・レーモンドの不二家横浜伊勢佐木町店のことを書いたが、横浜は元々不二家生誕の地。
ケーキ発祥の地とも言える。
ペリーが、日米和親条約の直前の1854年、ホールタン号で開いたパーティに幕府の役人が招待されたが、そのときにケーキが出たと言う。
またその後、米人・グッドマンは今の県民ホールの裏辺りに外人用のレストランを開いたが、ここがケーキを売り出した最初の店のようだ。
日本人相手には明治13年の横浜風月堂(本町)のワッフル。

横浜生まれの不二家は今年誕生100年。
藤井林右衛門が元町の小板橋(2丁目の一番賑やかなところ)に明治43年に創業した。
その後、大正11年に伊勢佐木町二号店、12年には銀座六丁点。
シュークリームや生クリームを使ったショートケーキ(クリスマスケーキも)を初めて売り出して評判となった。
特にシュークリームは、伊勢佐木町「博雅」のシューマイと並んで横浜新名物としてもてはやされたと言う。

翌年関東大震災で各店焼失。
元町店だけは再建できなかったが、新しい大森店、新宿店も含め、昭和初期(昭和5・6年)には再建が進み12年のレーモンドの新築完成となる。
各店とも、モダンでハイカラ、インテリアにも凝っていて、文化人の溜まり場になっていた。
昭和12年には、あのシャーリー・テンプルをイメージした名品「フランスキャラメル」が発売されているのが驚き。

フランスキャラメル

この不二家は新しいことに積極的な社風、戦後はいち早くフランチャイズ・システムを導入したり、ペコちゃん・ポコちゃんのキャラクター広告や店頭人形も人気者に。
ペコちゃんは昭和25年生まれで永遠の6歳。
ペコちゃん人気も何度も復活を果たし、未だにコレクター、ファンも多い。

ミルキー

当店先の中央図書館日ノ出町寄りの坂を下ると「昭和堂」という懐かしいレコードやキャラクターグッズを並べた店があるが、この店主は有名なペコちゃんコレクター。
お店にもいくつか置いてあります。



ところで話は変わりますが、シーボルトの「日本植物誌」が文庫化されて手軽に読めるようになりました。(ちくま学芸文庫1400円)
「アマチャ」の図がありましたので、お見せします。

アマチャ

アジサイ好きのシーボルトらしくアジサイ科の図版がやたら多く、解説も力を入れている。
「葉を乾燥させたものは茶になるが、これは甘く心地よい風味があるところから、「天の茶」を意味するアマチャという名が付けられており、たいへん珍重される。ものの本によるとこの名の由来は、毎年4月8日の釈迦の誕生の日に、アマチャで仏像を洗い清めるところにあると言う。我々はこの植物を栽培されているものでしか見たことがない。」・・・とある。

このシーボルトのFLORA JAPONICAの下絵は主に川原慶賀が描いたものだが、版にする段階で、ドイツやオランダの画家の手が入り、不自然に葉を大きく見せたり葉裏を無理に見せたり、曲げたりした改変が多く見られるのが欠点。
オランダ・ライデン博物館の慶賀の作品が日本で展示されたことがあるが、それは見事な作品だった。
この図録は当店においてあります。

「カティンの森」からプラハへ

先週は土曜日にポーランドの大統領夫妻が乗った政府専用機が、モスクワ郊外で墜落と言う大ニュースが飛び込んできた。
丁度ジャック&ベティでアンジェイ・ワイダ監督の「カティンの森」が終了したその日に、旧ソ連によるポーランド人虐殺の地カティン追悼式典に参加するため向かった専用機が堕ちる悲劇。

カティンの森ポスター

この機にはカティンで虐殺された遺族も含まれていて、二重の悲劇になってしまった。
映画は第二次大戦中、ソ連の捕虜になった約1万5千人のポーランド将校が行方不明になり、ドイツ軍ナチによる犯罪だと言われ、長く封印されてきた真実(ソ連は否定し続けたが、1990年旧ソ連のKGBによる犯罪だと認めた)を描く。
映画化をすでに50年代から抱いていたワイダ監督の最重要作品だ。
この映画が緊急再上映されることになったので(今月30日まで)、お知らせしたい。

ポーランドについての本は当店には1冊もなく、紀行書も東欧紀行の一部に取り上げる程度で、良い本が見つからないのが残念だ。
それに比べるとお隣のチェコについては近年いくつか本が出始めたし、カレル・チャペックの作品は早くからかなり翻訳されてきた。
有名な「園芸家の一年」は小松太郎訳で、中公文庫にも入って長く読みつがれている。
チャペック作品はほとんど、兄ヨゼフの挿絵で飾られているがこの本だけはカレルの挿絵。
この文庫本、当店でも定番商品。

園芸科の1年


このアマチュア園芸家の兄弟の最後に住んでいたプラハの家と庭が、平塚の旧農業総合研究所の跡地に再現されたと言う。
県立「花と翠のふれあいセンター・花葉ガーデン」のシンボルとして。
園芸好きのチャペック兄弟の精神を生かした施設であれば歓迎したい。
チャペック作品は、チェコの全集25冊にも溢れてしまうほど多いが、恒文社のエッセイ選集全6冊が楽しい。
ちくま文庫もチェコはもとより、イギリス、スペインなどの紀行文も入って手軽に読めるようになったのがうれしい。
もちろん愛犬ダーシェンカ本も定番。(新潮文庫・河出文庫版)

ところで、チェコ人やドイツ人にとって、ビールは特別のもの。
プラハにもビヤホールは食堂と同じようなもの。
個性的なビヤホールが多く、みな、自分のビヤホールを持っている。
チャペック兄弟の行っていたビヤホールは今でも観光客が多く、人気のお店。
店内には兄の絵が飾ってある。

ビヤホールIMG_1523


店内の絵IMG_1525


プラハ観光は、建築(ロマネスク教会・ゴシック教会・キュビズム建築まで)と、ビヤホールが最大の楽しみ、それと古本屋巡りも加わって・・・。
この個性的なプラハの地元の人しか行かない隠れ名店や、古本屋を巡る話が楽しい千野栄一「ビールと古本のプラハ」(泉社Uブックス・1997年刊)も当店の定番本。
百塔の街プラハの建築を紹介した田中充子「プラハを歩く」(岩波新書・2001年刊)や、旧作だがプラハに長く住んでいた女性ヴラスタ・チハーコヴァが描く「プラハ幻景」(新宿書房刊)も見のがせない。

ビールと古本のプラハ


ここにもう一つ、悲しいニュース。
ひょっこりひょたん島や近作「父と暮らせば」の井上ひさし死去のニュースも、翌22日に飛び込んできた。
当店では、ささやかな井上ひさし本コーナーを作っています。
(文庫本の入手難のものも含む)
ご来店を。

アントニン・レーモンドの不二家

4月8日は花祭り、お釈迦様誕生の日。
久しぶりに甘茶の味を確かめようと、すぐ近くの成田山へ。
(護摩焚きの時間は午前は11時から)
晴れた日には、山盛り状態の石亀の甲羅干しが見られる水行堂の池まで1分。
石段を登って本堂まで2分。
花で飾られた小さな御堂の誕生仏にとろりと煮詰まった甘茶をかけ、奥の信徒用の甘茶をいただく。
うすく飲みやすくした甘茶のほのかな草の甘みが広がる。
昔の記憶どおりの味を確認。
ハーブのステビアにも似ているような・・・。
今でも花祭り用に甘茶の木を栽培している人がいるのだろうか?
各寺々はどこから入手するのだろうか?
若いお坊さんに聞いても、??さっぱりわからない。
ぜんぜん通じない。

さて、前回書いたアール・デコの小建築が馬車道にも唯一つあるのを忘れていた。
本町通りから入ってすぐ左側、古書店誠文堂さんの向かい側にある大津ビル。
現在は地価にギャラリーがあるので、中も見ることが出来る。
外観のうすい黄褐色の壁面にアール・デコの影響が見られる。
野澤屋から日本郵船ビルや氷川丸に行く途中にあるのもうれしい。
これも昭和初期の建物。

ここのところ建物の話が続いているが、ついでに、、伊勢佐木本町通りのアントニン・レーモンド設計の商業ビルとして貴重な「不二家横浜センタービル」についても触れておきたい。
不二家ビルは今では普通に商店街に溶け込んで、ペコちゃんだけが目立つ数多い不二家の店として見過ごされそうになるが、これをよく見ると戦前のモダニズム商業ビルとしても、全面にブロックガラスを並べたレーモンドの先進性が見えてくる。
ここのレストランは野澤屋の食堂、たまには有隣堂地下レストランと並んで、子ども時代の最大の楽しみであった懐かしい場所。
野澤屋ではバター・ハチミツたっぷりのホットケーキ、不二家ではマロンクリーム・パフェが定番。
有隣堂はメニュー不定で覚えていない。

このレーモンドの不二家ビルは戦後米軍にすぐに接収され、軍人用のヨコハマクラブとして使い勝手が良く大いに利用された。
アールの効いたカウンターで酒をのむ米兵。
ダンスを踊っている特高。
YOKOHAMA・CLUBと書かれた看板が出た写真も、よく懐かしのヨコハマ写真集で見られる。
レーモンドのスタイルがよりよく分かる写真だ。

YOKOHAMACLUB

(ヨコハマ思い出のアルバム)

子ども心にも、あのゆるいカーブの広い階段とガラス越しの踊り場が仲々豪華な感じを受けたのを、マロンとアイスクリームを難祖にも重ねた豪華な味と共に覚えている。

不二家階段

(東京人2004年6月号)

チェコ生まれ、アメリカで建築を学んだレーモンドについては、最晩年に書かれた作品集もかねた大冊の自伝(鹿島出版会・1970年刊)やSD選書「私と日本建築」等、自著も弟子たちの著書がある。
しかし、07年鎌倉近代美術館その他で開かれた展覧会図録用として出版された「建築と暮らしの手作りモダン・アントニン&ノエミレーモンド」が、レーモンドの仕事を数多く見られて貴重。

アントニン&ノエミ・レーモンド


レーモンドの仕事はほとんど日本にあり(40年の成果)、ヨコハマでは初期作品ライジングサン石油会社ビルなど無くなってしまったのは残念。
でも、もう一つエリスマン邸があるので、少しは救われるか。
レーモンドの家具も見られて楽しい。

ところで、コンドルが残した最高の遺産、明治27年建「三菱一号館」(東京丸ノ内・ロンドン一丁と呼ばれ親しまれていた)は昭和43年に解体されてしまったが、この日本初のオフィスビルを、新しいレンガ1個づつ積み上げて同じように復元して美術館として開館したそうな。
三菱一号館美術館(「マネとモダンパリ」展 4月6日より7月25日)
岩崎彌太郎も嘆いたであろうに、財閥グループ最大の汚点?
自ら壊したものを同じように新しく作ったと言う節操のなさ、と、元町生まれの日本最初の洋菓子店「不二家」のことも書きたかったが、もう紙面が尽きたので、また。

花見とアール・デコ

土曜日は朝から花見日和、黄金町バザールの一環で日ノ出町スタジオにアートブックの店が出来たそうなので大岡川沿いの桜を見ながら偵察してきたが、11時開店ということでガラス越しに覗いたのみ。
残念ながら本の背を見た限りでは、あまり期待がもてそうにない。
珍しい洋書のバーゲンを期待していたが・・・。
でも、一ヶ月くらいとはいえ、ここに美術専門の本屋ができることは良いこと。

桜は満開で、ボートやカヤックで水面から見上げた景色は仲々よろしかろうと想像するのですが、歩道は汚いテントが林立してよろしくない。
屋台、露店は桜の途切れた場所のみでやってもらいたいもの、歩行者がすれ違うのがやっとで、車椅子では通りにくいだろうに。
この狭さに閉口。
人の少ない午前中でさえこうなのだから、人出の多い午後はどうなるやら・・・。
終点近く大岡川の河口、都橋付近には、白花の山桜タイプや早咲きの寒緋桜、里桜タイプの枝垂れも少し見られた。
大阪造幣局の通り抜けのように、異なった品種をいくつも見られると楽しいと思う。
ソメイヨシノ数本の間に、あまり大きくならない里桜タイプの品種を植えて、歩道を整備して欲しいもの。

桜の話はこの辺にして、大正の最晩年から昭和初期に流行したアール・デコスタイルの建築・装飾デザインを見るには旧朝香宮邸(現在の東京都庭園美術館)という名作があるが、横浜では、旧野澤屋ビルが最適だった。

アール・デコの館

昭和9年改装の鈴木禎次の設計したエレベーター周りの装飾、正面アーチなどを見てからもう一つのアール・デコの本拠地氷川丸へが定番コース。
いよいよ来月から始まるという野澤屋の撤去のことはもう書きたくないが・・・。
関東大震災にも沈下しただけで生き延び、横浜大空襲にも耐え抜き、もっと怖いバブル時の新築イコール破壊の大風にも残った茂木惣兵衛の唯一つの遺産が、2階建てのバラック建築を建てるために、消えようとしている理不尽さ。

今、日本郵船歴史博物館では、丁度氷川丸誕生80周年記念の「船をとりまくアール・デコ展」が開催中。
(6月6日まで)

アール・デコポスター

アール・デコの珍しいポスターやインテリア、ファッションを見ることが出来る。
アール・デコの客船一等食堂で、ニューグランドホテルのバー「シー・ガーディアン」のカクテル・ヨコハマを飲める企画もあったが、これは3月13日1日限りのお楽しみであった。
今週水曜日(7日)は「アール・デコの館」の写真家・増田彰久氏の撮影会があります。
(要予約)


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ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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