図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2010年05月

ヒメオドリコソウの逆襲

何日か前の新聞に、ナガミヒナゲシが急速に生育分布を広げているとの記事が出た。
さもありなん。
この1,2年、鶴見川河口を散歩しているとやたらと目立つのが、このオレンジ色のケシ科の植物だ。
元々地中海原産の外来植物で、花色がきれいで小さな株を見ると可憐な感じで、かわいいので園芸植物として種も売っていたらしいが、繁殖力が強く、今や全国的に野生化しているという。
家の近くの駐車場でもお花畑のようになっている所もある。
大きな株になると100個以上の実をつけ、その一つの実には焼く1500個の種が入っていると言う。
発芽力も高く、道路際のアスファルトの切れ目や、排水溝などコンクリートの隙間のも良く生えている。
もはや駆除が必要な段階にあるようだ。
アルカリ土壌を好むため都会に生きやすいことが救われる。

長野や日光などの高原にもハルジオン、アレチマツヨイグサなどが侵入して生態系を乱しているが、農村でも休耕田にはびこる外来植物、特にツル性の北アメリカ産アレチウリはすさまじい。
1年生の草だが10メートルくらいの木は完全に覆いつくす勢い。
田や河原など全面的に覆い尽くしてしまう。
ゴミ投棄とも関係があり、川沿いに分布は広がりつつある。

日本のクズもアメリカで大迷惑をかけているようだから、おあいこか。
でもクズはその根からクズ粉が採れるが、アレチウリは食用にもならない。
これを見ると日本のヤブカラシがなんともかわいく見えることよ。

日本産のとげとげのカナムグラも同様、休耕田を覆い尽くす。
この植物、春先の芽生えを見つけると取り除くのだが、とても全部は採り切れない。
その残された株は肥料を独占して巨大化、すっかり埋め尽くしてしまう。
1本残らず採りりつくす覚悟がなければ採らないほうがましかも知れない。
密集して小さく育ったものは花もつきにくい、実も少ない。

今や我が庭を占領しているヒメオドリコソウなども、その増殖の戦略を理解しないと思わぬ逆襲を受けることになる。

ヒメオドリコ
(霜が降りた日に撮影したので、全体が白っぽく写っている。)

このヨーロッパ原産のシソ科の2年草。
芽生えは仲々可愛いので、放っておくとたちまち庭中に殖えていく。
日本のオドリコソウの可愛らしさとは大違い。
誰がこんな可愛い名前をつけたのか、あきれてしまう。
ハキダメギク、ヘクソカズラ、ヤブジラミ、ママコノシリヌグイ、ブタクサ、オオイヌフグリなど、よく見ると可愛い花をつけるのに気の毒な名前をもらった草たちから見ると、なんと似合わない名前をつけたものだ。
この草、知らずに放っておけば増殖の限界を越え、勢いはなくなってくる。
滅亡に向かうのみだ。
このときを見計らってきれいに採り尽くすつもり。
これと少し似ているホトケノザはそのまま残す。
姿が似ていて悩むと、何かの本にかいてあったが、そんなことはない。

昔は花屋で売られていたと言う北米産のハルジオンも我が家では採り切れず、また、かなり復活している。
大株から極小の芽生えまで時間差で出る戦略をとる草だが、少し見逃して観察中。

カキドオシ(垣通し)も同じ場所にかなり侵入しているが、これは食べられる草だし、やたらに殖えないので大目に見ている。

カキドオシ

路傍の花たちの本や帰化植物についての本も、図鑑は別として、最近は多く出ています。
一般書では草野双人「雑草にも名前がある」(文春新書)、田中修「雑草のはなし」(中公新書)「スミレもタンポポもなぜこんなにたくましいのか―人に踏まれて強くなる雑草学入門」(PHP出版)などがあります。

街の記憶

野毛坂のヤマボウシの並木に白い花が見える季節がやってきた。
「街の記憶」について考えてみると、仏壇屋さんの並んだ野毛の坂道とヤマボウシの花という何気ない風景も貴重と思えてくる。
この2〜3年に限っても、街の記憶のいくつかは消えてしまった。
大岡川に近い洋画の二、三番館「カモメ座」は建物だけはそのまま残っていたが、ある日1日で駐車場になってしまった。
その少し前は、ハママイクモノの映画の舞台になっていた若葉町の「日劇」もマンションと化している。
また、野毛の・・・というよりは日本のジャズ喫茶の出発点となった「ちぐさ」も消えて、マンションが建った。
ジャズと演歌の店「パパジョン」の名主人も亡くなり、野毛を愛した平岡正明も亡くなった。
街の記憶は次々と失われていく。

22日土曜日の神奈川新聞には、横浜大空襲の前日の航空写真がアメリカで発見されたとして、米軍が空爆した横浜駅から元町に至る中心部の写真が載っている。
その中心が野毛山とその下を流れる大岡川流域だ。
空から見れば65年前の横浜も、みなと未来地区を除いて何の変わりもないように見える。
ただ、日の出町駅前から、伊勢佐木町の方向に向かって幅広の空き地が続いている。
街の延焼を防ぐため、建物を取り壊す「建物疎開」が行われた跡らしい。
この道、市の要の重要な通りなのに、現在でも古い建築もなく何の特色もないつまらない街並みになっているのが不思議だったが・・・。
この写真を見ると、この通りを名古屋や札幌のような公園に都市計画が行われなかったことが残念に思える。

ポーランドのワルシャワでは、空襲を前に学生たちが街の復元を考えて、建物の平面図や装飾の細部をスケッチして歩いた。
やがて、ナチス・ドイツ軍によって徹底的に破壊された街並みの、気の遠くなるような復元が始まる。
瓦礫の街の古レンガ一つも生かして、写真やスケッチを元に復元していった。
古都グダニスクも、建築・彫刻・石工・金工など専門家や職人を統合した文化財修復公社により、完全に街並み復元が行われた。
今や、ヨーロッパの各地で歴史的景観の保存や再生が着々と行われているが、日本ではどうか。

京都・奈良では修復技術を持った研究施設があるが、国全体の態勢はお寒い限りだ。
大学にもこのような修復技術を総合的に教える講座は少ない。
ましてや、街並み保存の研究はかなり遅れている状況。
妻籠宿や大内宿の先駆的な試みや、奈良・今井町の中世の街並み保存調査の運動が進められているけれど、明治・大正・昭和となると・・・とてもとても。

かつて、三菱グループが一企業の経済性の追求のみで取り壊した丸ノ内の倫敦一丁のレンガ街。
100メートル四方、25のコンドルの名作が並んだ景観を消してしまった蛮行を繰り返す日本。
国がそれを止めもしない行政とは?
国民の多くが残したいと思っても、企業の論理が優先してしまう国。
高度成長期に強行された運河や海の埋め立ても、市民が川や海を楽しむ権利や景観など一顧だにしない日本がまだ生きているのが、野澤屋問題一つ見ても分かる。
「街の記憶」は、こうして次々と消えていく。

古い明治の横浜絵ハガキに平沼邸の石垣が移っている。坂の勾配がそのままなのがうれしい。

今週の1冊はジョサイア・コンドルの「河鍋暁斎」(岩波文庫)

河鍋暁斎

おまけにもう1冊「河鍋暁斎戯画週」(これも岩波文庫)

戯画週

外国人建築家はそうも日本に取り付かれ、日本人化する人が多い(ヴォーリス・モーガン・コンドルも)。
異端の天才画家といわれる暁斎の弟子となったコンドルはその最たるもの。
その師の天才振りを世界に知らしめた名著。
暁斎の作品は多く海外に流れているが、その本の一部は暁斎記念館で見られる。
数年前、京都国立博物館で開催された河鍋暁斎の大展覧会を見られなかったのが残念。
東京でも実現させて欲しい。
新発見の舞台絵の大迫力を見のがしたのが悔やまれる。

砂浜の楽しみ・潮干狩り

5月の連休で大人気だったのが、人口海浜の潮干狩り。
新しく川崎・東扇島に人工の入り江が出来て、砂浜にアサリが大量発生したらしい。
子ども連れのレジャーとしては、無料で1日中浜遊びを楽しめて晩のおかずまで持ち帰れるとなれば、大人気なのもうなずける。
無料の野毛動物園もかなりの人出だったようだが、もう一つの金沢の人工海浜の人気には遠く及ばない。
ここは駐車場の確保のために夜中から並んで待っていると言うニュースも見た。
春の大潮が近づくと、海に親しんでいた人たちは潮干狩りを想い浮かべてうずうずしてくる。
山麓の人たちが、春の山菜採りに夢中になるように。

高度成長期が始まる昭和30年代以前の横浜では、本牧から根岸―磯子―杉田―富岡―金沢まで、どこでも潮干狩りが楽しめた。
もちろん海水浴も。
遠浅の海は、冬はノリヒビが並び、海に面した磯子の浜小学校では校庭はそのまま砂浜に続き、夏には多くの小・中学校の臨海学校として利用されていた・・・。と、書くと、「瀬戸内や伊豆の学校でもあるまいし・・・。」と、仲々信用してくれない。
磯子区役所の冊子「浜・海・道」から、1枚の写真を載せたい。

浜小学校2


横浜市民から海を奪い、海を遠ざけてしまったツケはあまりにも大きい。
本牧・磯子・富岡から海が消えたら何が残ると言うのか?
熊野神社や根岸八幡神社に伝わる祭みこしが入る海を、少しでも取り戻すことが必要では?
この辺り、どこの海でも、アサリ・ハマグリ・マテガイ・バカガイなどたくさん採れた。
このバカガイはすぐ捨ててしまったが、この小柱と足は(アオヤギと称す)は寿司だねとして最高だったのに・・・と今になって惜しかったと思ったりもする。

本牧のうち海側はコンテナ基地として港の戦略上止む終えないとしても、本牧鼻から磯子・杉田・富岡にかけての外側は、石油コンビナートタンク以外の倉庫機能や工場など整理して、一部でも公園化して砂浜に戻すことを考える時代ではないでしょうか。
林市長はハヤシライス・ランチミーティングにこの海辺の人たちを呼んで、横浜市民がどれほど海に飢えているかを知るべきだ。
林市長は横浜港を国際ハブ港として、東京・川崎と共に「国際コンテナ戦略港湾」指定に取り組もうとしているようだが、同時に市民の安らぎのある場所作りに取り組むべきだと思うが・・・。

ついでにもう一つ、今のニューグランドホテル前の潮干狩りの写真を紹介します。

ニューグランド前2

山下公園が出来る前のバンドBundと呼ばれた海岸通りにあるフランス波止場下の、明治時代の潮干狩り。
昔から、大潮の日はこんな岩だらけの街の海岸でも、庶民の大切な収穫のときだった。

さすがに潮干狩りの入門書などはないので、海辺の生き物についての本を1冊。
「沈黙の春」の著者レイチェル・カーソンの「海辺・生命のふるさと」(平河出版社刊・1987年)

海辺

「潮風の下に」「われらをめぐる海」に続く第3作。
海岸を岩礁・砂浜・サンゴ礁とそれらを併せ持った海岸に分けて、海辺の生き物の生態・調和・潮の干満・波・潮流など、海辺の美しさを書いたロングセラー。

雑木林の散歩

5月の連休は里山では春の山野草の季節。
クヌギ・ナラの洞(うろ)になりかかった切り株、腐葉土が貯まって苔むしたところにスミレの薄紫色の花が咲いている。
個体数が多いタチツボスミレが多いようだ。
春の雑木林の散歩には、馴染みの光景です。

すみれ


はじめのうちはスミレの種もかなり高くはじけるものだと思っていたが、今森光彦のTV映像詩の「里山」でも紹介されているように、これはアリが運んだもの。
スミレの種にアリの好きな甘い部分が付いていて、アリは巣穴に運んでいく。
スミレの巧妙な生き残り戦術の一つ。

八ヶ岳南麓の手入れされた雑木林はスミレ族の宝庫で、山菜の採れる季節の林床には、タチツボスミレ、アカネスミレ、ニオイタチツボスミレ、シロスミレ・・・。
少し標高の高いところにはエイザンスミレ、サクラスミレも見られる。
見渡す限りスミレの園と言った見事な光景にも突然出会うこともありましたが、ニリンソウ、イチリンソウの白い群生、ヤマブキソウの黄色、カタクリの赤紫色の群生地を見つけたときは、秘密の園としてそっとしておきたい気持ちになる。

その土地の自然度を測るには、昆虫や樹木の植生を調べることもありますが、野草の花を見ることが手っ取り早い。
この季節はフデリンドウ、ジュウニヒトエ、ヒトリシズカ、シュンラン、ホタルカズラ、アマナ、ニリンソウ、ヤマルリソウ、そしてスミレの種類などが手がかりになる花たち。

雑木林を鳥の声を聞きながら、その花たちを見つけることは春の散歩の大いなる楽しみ。
連休の散歩で見つけたイチリンソウの群生を紹介します。

一輪草2


近くにはニリンソウの群れる林もあり、都会に近い割には自然度はかなり高い。
この時期ホタルカズラの青い花も美しい。

ほたるかずら2


野生のスミレについては大冊もありますが、橋本保「日本のスミレ」(誠文堂新光社刊 品切れ)が良くまとまっていて、貴重な本。
当店では野生の花に関わる本にも力を入れています。
また、スミレのボタニカルアート絵はがきも色々おいております。
店にてご覧ください。

絵葉書

バードウォッチング入門

都会のバードウォッチャーの楽しみと言えば、もう少し前の寒い季節であれば、公園の池や河口の冬鳥、バン・カモ・コサギ・アオサギなどの水鳥の観察。
近場で言えば都橋付近のユリカモメ。
「カモメの水兵さん」は作詞家の武内俊子が大桟橋で見たユリカモメのイメージを謡ったようですが、(山下公園にその記念碑がある)「白い帽子、白いシャツ、白い服」は、冬場のユリカモメそのものだ。
都橋からパンを見事にキャッチするのもユリカモメ。
たまにウミネコやセグロカモメも交じるが、冬の河口や港にはユリカモメが良く似合う。

今年は冬の寒さが長く続いたが、5月も近づくとようやく寒さも緩み、この野毛にもツバメの姿が見えた。
ビル建築用地の土や雑草がある空き地の上をしきりに飛んで、営巣の準備、コンクリートやアスファルトでおおわれた街中では貴重な泥や枯れ草を集めている。
今や、糞が下に落ちないように台の付いたツバメ用巣のキットもあるそうだし、カップ麺の容器に入ったツバメの写真も見たことがあるが、土や草がなければ人の用意した巣にもよく入るようだ。
針金のハンガーで作ったハシブトガラスの巣、スズランテープを採用したヒヨドリやヤマバトの巣もあり、都会の鳥たちも苦労が多い。
ツバメにしても人家からは離れたくないが、あまりに人工化した都会では住みにくい。
都会では、動物園のかばが泥遊びする土まで見つけて運んでいくようだ。
巣作りはもとより、ヒナにあげる虫も手に入りにくい。
大都市から少し離れた周りに田んぼが残っているような小さな古い街がベストだ。
田んぼの泥も雑草もそろっているし、虫には事欠かない。
旧家の軒下には常連ツバメ歓迎の巣の台まで作っていたり、ツバメ出入り用の小さな穴まで用意している家もある。
ツバメが来てくれることは家の幸福につながるという。
田の害虫を食べてくれる益鳥ツバメ→家の繁栄の使者、ツバメにとっては猫やカラスからヒナを守れるというしあわせの構図が、地方小都市や村々ではまだ生きている。

さて、連休が終わるとバードウイーク。
バードウォッチングのバイブルは「日本野鳥の会」(「日本野鳥の会」を作った中西悟堂は晩年、横浜の山手に住んでいた鳥の達人。名著も多い。当店にも代表作「野禽の中に」「野鳥と共に」がおいてあります)が出している「フィールドガイド日本の野鳥」。

日本の野鳥2


これを小冊子にした、「山野の鳥」「水辺の鳥」もあって、ポケットに入る薄さが良い。

机上用の「バードウォッチング」本は、B5判上製本で重たい英国の訳書「バードウォッチング・鳥たちの四季」(ロジャー・ラヴグローヴ文、ピーター・バレット画 TBSブリタニカ刊)が舞台はイギリスですが、ナチュラリストという言葉を生んだ英国の伝統を感じさせる一著。
バレットの絵が仲々良い。

バードウォッチング2

都会の鳥の生態については唐沢孝一さんの2冊の文庫があるが、「都市の鳥類図鑑」「早起きカラスはなぜ三文の得か」(いずれも中公文庫)、特に「マンウォッチングする都会の鳥たち」(草思社・1989年刊)は都会に住処を求めたカラス・チョウゲンボウ・イワツバメ・シジュウカラ・ハクセキレイ・ムクドリ・カルガモなどのしたたかな実態、都市環境への適応を描いて興味深い。

都会の鳥たち2

5月4・5・6日はお休みします。
7日より営業いたします。
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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