図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2010年07月

街角のガーデニング

今年もオンブバッタの赤ちゃんが店の入り口のアサガオの葉にいるのを発見、このささやかな緑の中で小さな命が世代更新しているのが嬉しい。

この熱帯夜が続く毎日で川の流れを見ることも、少しは救いになると言うもの・・・寄り道して川を見てこよう。
街の景観の第一は川。
大岡川沿いの緑化をもっと考えて欲しい。
街の中に緑の日陰とベンチがなくてはこの暑い夏は越えられないほど、都市のヒートアイランド化傾向はいよいよ厳しい。
テレビの放送で溶岩をパネル状にして、渋谷の街中を緑化していくという社長の取り組みを紹介していたが、かなり効果的なアイディアだ。
コンクリートに比べて約10℃もの温度差があるという。
コンクリート化した渋谷川が生まれ変わる姿が心地よい。

ところで大岡川だが、ミズクラゲが異常発生している。
橋の上から見ると、白い花が浮いているようにたくさんいる。
都会の川も温暖化傾向か。
神田川などにもたくさん見られるというが・・・。
少し上流ではテナガエビ(ビールの友には最高!)の姿も見られるようになり、水質はかなり改善してきた大岡川だが。

ガーデニングのヒントになる街の中の緑化のうち、成功例をいくつか取り上げたい。
その前に日ノ出町、吉田勘兵衛が埋め立て用の土を削った急坂にあるグリーンスポットを1枚。
崖一体は大谷石の高い石垣が組まれているが、一部自然のまま残っている。

がけ


















昔、生えていたであろうヤブカンゾウやらゼンマイも見ることが出来る。
穴は戦時の防空壕の跡。


A.鶴見豊岡商店街の歩道上、テイカズラを使った低いグリーンバリヤー。
以前はスイカズラを使っていたが、これは失敗。
テイカズラはツルの伸び具合がほど良くグリーンを茂らせている。
花の時期も長く美しい。
豊岡




日ノ出町駅前













B.日ノ出町駅前の緑化
このツル性の花も(何の花か不明)花期が長く、薄紫と白花が交じり街にアクセントを与えている成功例。
花の茂り具合もちょうど良い。
同じようにモッコウバラも使えると思う。



C.横浜駅近くの珍しいニシキギとツバキの緑化帯。
和風の樹を使ったのがミソだが、ツバキはここでは元気がない。
サザンカの方が良いかも。
秋のニシキギの紅葉が楽しみ。
ニシキギ





D.ついでに、Cの近くのグリーンスポット。
旧東海道沿い。
高島山の崖下の神社の奥。
清水の出ている小さな池。
トンボやカエルの聖地。
トンボ池





お茶

















E.青木橋の上、本覚寺の参道沿いのグリーンベルト。お茶の木も、自由に刈り込めて低い緑のバリヤーには最適。


小さな庭造りのヒントになる写真を中心にしたガーデニング本は、日本では良いものが少ないので洋書が良い。
特に、野外用ベンチや池(水辺)を中心にしたパティオや敷石の色々が楽しい。
当店でもいくつか置いてありますので、ご覧ください。
その代表が、TOWN GARDENS (David Stevens)
TOWN GARDENS




さて、いよいよ7月31日(土)は佐藤凉子さんの「おはなし会」と「お話の会」が開かれます。素晴らしい素話や読み聞かせ、また、児童書や幅広い活動にまつわるエピソードなどをお聞かせいただきます。詳しくは店のホームページをご覧ください。


幻の高島嘉右衛門・散歩



高島易断はまだまだ現役で、高島暦も未だ売れているようだ。
明治の要人が度々訪れて、嘉右衛門の易占に重要な決断を行ったという嘉右衛門別邸のあった高島台に行ってきた。
易聖とも呼ばれた高島嘉右衛門は禁令の金貨取引のため投獄された時、易経をむさぼり読んで開眼、易占いを研究して高島易断の礎をつくった。


自由の身となった嘉右衛門、もともと材木商で工事請負もしていたが、新天地横浜に戻り、またたく間に事業を大きくしていく。
アメリカ人建築家ビジンと組んで次々と洋館建築を完成させていく。
明治元年までの四年間で、その利益は十五万両になったという。
嘉右衛門はここで高島館という、高級大旅館(割烹旅館)を自ら建築した。(入舟町)
明治政府の高官はほとんどここを利用するようになったと同時に、嘉右衛門の易占いも有名になっていく。
新都市横浜の下水道工事も請負って、見事完成させた。
次は東京-横浜間の鉄道、この大工事こそ取れなかったが、(さすがに個人では無理だ)入江だった今の横浜駅付近から開港地の入り口(今の桜木町駅)までショートカットする鉄道用地の埋立てを請負い、晴天百四十日で完成させた。
当時の高島台から見た風景写真も案内板にあるのでご参考に。

鉄道の開通と埋め立て碑

このとき工事の進捗具合を望んで指令を出したのが、別邸のある高島台(高島山)だ。
今の横浜駅の真上、当時は開港地がすべて見渡せたであろう最適の地だが、現在の眺望はご覧の通り。

鉄道埋め立て現在地


彼の隠棲後、明治十年に建てられた「望欣碑」が公園に残っている。

望欣碑

屋敷跡はなにも残っていない。
マンションが建っているあたりに邸があったようだ。
この碑文に、高島嘉右衛門顕彰の第一にあげているのが「高島学校」の設立。
当時、洋式学校は東京三田の慶応義塾と横浜の外国語伝習所があるだけだったが、嘉右衛門は最大規模の七百人定員の本格的学校を伊勢山下に完成させた。(明治四年)
第一級の外国人講師もそろえた私学校であったが、明治六年には横浜市に寄付してしまった。
その後七年には焼失したという。
この敷地は同じく彼がつくった日本初のガス会社となり、当店より2,3分の本町小学校がガス会社跡地で正門前には明治のガス灯のモデルが記念として建っている。

ガス灯

このガスを使って馬車道や本町通り外国人居留地に明治五年、日本初のガス灯が点火された。
銀座レンガ街のガス灯はその後の明治七年のこと、その工事も嘉右衛門が請負った。
ついでに、この当時の銀座を舞台にした小説が、松井今朝子「銀座開化おもかげ草紙」(新潮文庫・平成19年)。
嘉右衛門の大人ぶりがバックに描かれている。


嘉右衛門の残した跡はほとんど消えてしまった。
青木橋から上る本党寺の脇を登ったところが高島山(台)、この別邸は頂上にあったがすでに書いたようにマンションが建ち、人家も並び面影はない。
ビルの乱立で眺望さえも消えてしまった。
生前作った「望欣碑」のみ。
自邸のあったところは馬車道横の今の「馬車道十番館」あたりだというが、何も残っていない。
高島館も学校も、ガス会社の建物もことごとく消えた。
彼の埋め立てた鉄道用地に港崎から移転にきた岩亀楼・神風楼などの遊廓街、ガス灯がかがやいて不夜城を誇った高島遊廓もことごとく消えはてた。
わずかに残るのが、明治の写真の中に残ったこれらの建っている風景と高島町という地名のみ。(嘉右衛門町は地名も消えてしまった)
それともう一つ大事なものがあった。
隠棲した嘉右衛門が高島台で書き下ろした「高島易断」全二冊、2000頁を越える大冊。(漢文体)
これがすべて。


高島嘉右衛門の横浜に残したものはかなり偉大であったが、あまりに忘れさられてしまったのが残念だ。
高木彬光の旧著が開港百五十周年を期に復刊されたので、ご紹介したい。
光文社文庫・高木彬光「横浜をつくった男(易聖・高島嘉右衛門の生涯)」

横浜を作った男



街角の博物誌

街角という言葉も懐かしい響きがある。
昔はやったデルジャノンの「悲しき街角」をつい連想してしまう。
当時はやたらと「悲しき」をつけた歌がはやっていたものだ。

昨年は、葉ばかり茂った店入り口の洋種アサガオは、今年は電柱を登り始め、たくさんの花を付けている。
毎朝、大量の落花を拾うのが日課になってしまった。

アサガオ


「地下鉄のザジ」のポスターのカトリーヌ・ドモンジョ女子もツタやアサガオにすっかり囲まれ、一部浸入を受けながらも笑顔を振りまいている。

地下鉄のザジ


野毛坂のヤマボウシの実もまだ青いが、大きくなってきた。
7月にはいると、公園のヤマモモは熟した赤い実を落としている。
好みは野趣があって、甘酸っぱくておいしい実だ。
エゴノキも実が大きくなってきたが、この樹の実は毒を持っているからご注意。

エゴ



昔から山の人たちはこれを使って川に流し、イワナ・ヤマメをしびれさせ川魚漁をしていると言うが、小生はまだ見たことがない。
四万六千日も過ぎると入谷の朝顔市や浅草のホウズキ市も終わり、いよいよ夏本番を迎える。

桂文楽の「船徳」の若旦那は馴染みの釣り船屋の二階に居候を決め込み、ごろごろしているのがやはり四万六千日の頃。
うだる暑さや二階から見える大川の流れが本当に見えるような名人芸だったが、暑さを強調するニイニイゼミやアブラゼミの声は近年あまり聞かれなくなった。
特に夏一番にジージーと夏の到来を告げていた小型のセミ、ニイニイゼミは最近見たことも聞いたこともなくなった。
都会の乾燥した公園では住めなくなってきたようだ。
アブラゼミも声を聞くだけで夏の暑さを連想したが、ミンミンゼミの数に押されて数を減らしているようだ。
少年時代とは完全に逆転。
昔は宝石のようだったミンミンゼミは、今イミテーションの指輪のように多くなってしまった。

昔の夏を連想するのは黄色やオレンジ色のカンナの花だが、この昔の庭を飾っていた夏の花たちは、今は流行らなくなってしまった。
たまに、民家の裏庭で裂いているのを見ると妙に懐かしい花だ。

当店近くの癒しのスポットは成田山水行場のカメ池だ。
晴れた日にはゼニガメたちのテンコ盛りを見ることが出来る。
狭い中島は甲羅干しのカメでいっぱいだ。

カメ


この時期はメダカの赤ちゃんも溢れるように見ることが出来る。
誰が放したのか巨大なスッポンも泳いでいる。
緑や自然の少ない街中で、ここは貴重な場所になっている。
当店にお立ち寄りのあとは、カメ池へどうぞいらしてください。
(当店より徒歩1分)
お薦めです。
成田さんへのお参りもお忘れなく。

横浜最古の鉈彫刻と四万六千日

夏本番が迫った七月、今週の木金土(8/9/10日)は四万六千日。
横浜一番の古刹・弘明寺に参詣してみては。
一日の参拝で四万六千日の功徳というのだから、行かない手はない。
真言密教の寺らしく、護摩祈祷を受けて、奥の御本尊の本造十一面観音を拝んでみよう。
ノミの目をきれいに残した童顔のほほえみに思わず引き込まれることうけあい。

春のお花見時の参詣、大岡川沿いの桜を見ながら観音橋で参道の商店街から突き当たりの山門をくぐり石段を登る。
丁度花祭りの四月八日近辺に合わせての弘明寺参拝も絶好の機会だが、この高徳四万六千倍にはかなわない。

この横浜最古、最高の平安仏は京・奈良から遠く離れて地方仏の名作、特に、東日本特有の鉈彫刻の最高傑作としても名高い。
素朴な顔立ちに微かなアルカイックスマイルをたたえたお顔は藤原末期の京・奈良の端正な定朝様式の仏像とは程遠い、親しげなお姿。
衣文のノミ跡も美しさをたたえている。

鉈彫り

これと並んで鉈彫の優品が同じ神奈川県下にもうひとつ(本尊と脇侍二体だが)ある。
大山の麓、伊勢原から近い日向薬師の薬師三尊像がずっと小ぶりだが鉈彫像、ノミ跡もきれいな日光・月光像と薬師如来像。
特に日光・月光の横顔の美しさは格別。

日向薬師

日向薬師は昔の修験の道がハイキングコースとしても整備されているので、夏休みにでもお出かけを。
薬師三尊は公開日が限られているかもしれません。
お問い合わせください。

神奈川新聞にも仏像ナビゲーターの「仏像ガールの仏さまキラキラ」連載が始まったように、近頃、若い女性たちに仏像がブームとなっているそうな。
このふたつの身近な鉈彫の名品をまず参拝していただきたい。

日本の鉈彫像をすべて載せた限定本も(六興出版刊)、日向薬師の小さな本(中央公論美術出版刊)もあります。
お店でご覧下さい。
他に仏像の写真集などもそろえていますので、一度ご来店を。
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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