図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2010年08月

暑さに強い街づくり・緑蔭はどこにある

熱帯夜(25℃以上の夜)が続く毎日。
47日連続の新記録は時間の問題。
大阪で、13日連続の猛暑日(35℃以上)を記録した。
日蔭の少ない真夏の街は日光の当たるところは45℃を軽く越えてしまうし、アスファルトの間近、ベビーカーや犬たちの歩くところでは50℃近くあると思われる。
亜熱帯に近づいた日本の都市の暑さ対策は緊急の問題と思われるが、何かしているでしょうか。
特に、川や運河を埋めてしまった横浜の関内〜野毛〜伊勢佐木の街中は問題が多い。

1.ビル屋上の緑化は仲々進まず(補助金はあるか?)ソーラー発電の方が効率的か。
  大ビルでは両方が必要だが。

2.街路樹が少なすぎ。
  広い道路では必ず植えて欲しいが、積極的に増やす意欲は感じられない。
  あれだけ意図的に植えた伊勢佐木通りにしても、こんもりと茂った緑の中を歩くというわけにはいかない。
  主たる桂の樹は高く成長したが、、枝を切りすぎて木陰が出来ないのは情けない。
  車の通らない道くらいは自由に枝を伸ばして欲しい。

3.冷房の室外機からの暖かい空気は地下深く放出するか、水で冷やしてから流してもらいたい。
  (家庭用のものは、今のところ除いて)

4.歩道や路地のアスファルトはやめること。
  熱を蓄えたアスファルトは熱帯夜の原因の一つと分かっていながら、街中が覆われているのが実情。
  レンガや石畳、照り返しや熱性の低い、溶岩のような材で舗装すること。
  水を撒けば涼しげな道になるように。

5.野毛などにも多くなった駐車場や空き地は、芝生やレンガ、枕木などを使って、決して安易なアスファルトに」しないことを条件に付けること。

6。ビル化で交代させた土地には、樹を植えることを義務付けること。
  大きなビルには歩行者が自由に使えるベンチ(樹と水場を備えたグリーンスポット)を作ること。

緑陰ベンチ1
緑陰ベンチ2
どちらも足元が石。

等々・・・。
自治体が熱心に取り組めば、それほどお金はかからずに、夏の暑さに強い、住みよい街になるのだが、お役所は小さいことは苦手で神奈川芸術劇場のような大施設を作りたがる。

さるすべりベンチ

写真は大岡川沿いのサルスベリの樹を囲むコンクリート製ベンチ。
水も撒けるツクバイのようなものと、犬の散歩用の水のみ場も欲しい。

古い街には神社、寺、街角のお稲荷さん(京なら小さな祠)など、街中にあって救われるが、新しい街横浜はそれも少ないので意図的に作る必要がある。
川沿い、海沿い、広めの歩道や記念碑(横浜に多い日本発祥の地の碑など)のある場所を利用したグリーンスポット作り。
桜木町駅前には、明治の駅舎のあった頃にあった噴水を再現してもらいたい。
みなとみらいには、かなりの広場があるのだから、1.2箇所のグリーンスポットが必要。
夏は日をさえぎるところがない。
竹林でも小さな流れでも片隅に作れないものか。
木下闇とはいかないが、1本の樹で緑蔭を感じさせる夏向きの樹(サルスベリやネミノキ、朴、センダンなど)と、ベンチが街の所々に欲しい。
時には酔っ払いのベッドになろうとも・・・。

水路

石のベンチ














石畳に注目




街中がガーデニングの時代だ。
市は横浜をガーデニングの街として、山下公園から大通り公園に会場を移して、毎年ミニガーデン・コンテストを開催して盛り上げると良い。


「タンポポハウス」から高過庵へ

夏休みは2005年誕生の長野県茅野市美術館「藤森照信展―諏訪の記憶とフジモリ建築―」へ。
以前から見たかった同氏設計の神長官守矢資料館(ほとんど初めての基本設計になるもの。自然素材に徹底的にこだわった建築。屋根を突き抜く柱が印象的)と、近くの故郷の地に立てたツリーハウス茶室「高過庵」も、見ることが出来た。

神長官守矢資料館
神長官守矢資料館

藤森さんは、一般には赤瀬川源平や南伸坊らとの路上観察学の提唱者・中心人物として有名か。
また、本業の近代日本建築史に繋がる[建築探偵団]として、写真家の増田彰久と組んで、日本全国に残された異色の建物を調査、次々と本にまとめたことでも知られる。
これらは今、朝日文庫全4冊として手軽に読むことが出来る。
(その先駆けはサントリー学芸賞を受けた「建築探偵の冒険・東京篇」。この本もちくま文庫で手軽に読める。)

ところが、これらと平行していくつかの本業ではない建築設計者としての顔がある。
これを紹介したのが今度の展覧会。
開催中のイベントとして、茶室「空飛ぶ泥舟」に乗ることが出来る。

空飛ぶ泥舟


十数年前か、氏の自邸「タンポポハウス」は話題を呼んで、「タンポポハウスのできるまで」(朝日文庫)という本まで書かれた。
タンポポハウスの出来るまで


路上観察学会での発見や屋上庭園建築緑化への試みが、自邸で試された。
その後、赤瀬川源平邸の「ニラハウス」になるが・・・。
ポット入りのニラやタンポポは屋根植物としては疑問。
(この辺の事情は赤瀬川源平「我輩は施主である」に詳しい。)
タンポポハウスは夏のための植物ポーラチュカを追加したようですが。

氏の建築遊びでは、近年いくつか作られたツリーハウスの茶室高過庵、徹は少年の夢がかなえられたというべきか。
最初に路上観察学会のメンバーと作った高過庵。
諏訪湖を望む丘陵地、墓地と畑に囲まれた故郷に忽然と現れた3本脚の脚長ロボットから見える風景は、少年の頃とあまり変わらぬ懐かしい眺めに違いない。
多少目障りな高速道路が走っていようとも。

高過ぎ庵


茶室・徹は茅野から30分ほどの山梨県北杜市長坂町の白樺美術館の庭にあり、桜の古木に囲まれた樹上の茶室。
この茶室は、桜の花時か紅葉の季節だけのものだろう・・・。

茶室 徹



前回書いたミソハギを店に置いてあります。
ご鑑賞ください。
ミソハギ

山梨から持ち帰った秋草ワレモコウもオミナエシも見られます。
それに久しぶりに、オンブバッタの2センチくらいの(オスか?)お客様もお目見えになりました。
CDプレーヤーの前で、ブラームスの弦楽四重奏に聴き入って動かず・・・1時間も。








ミソハギの霊力

夏は高原を除くと野の花が少なくなる季節。
特に切花として、室内で何日か美しく咲いている花となるといっそう限られてくる。
ギボウシ、セリ、マツヨイグサ、オトギリソウくらいしか思い浮かばない。
他には秋の七草か、盆花として扱われるキキョウ、オミナエシ、ナデシコ、ミソハギ、フシグロセンノウ、ヨツバヒヨドリ、ノハギで、それがほとんど。

テーブル上の野の花が途切れて花屋をのぞくと、昨日まであったブルーボールがなくなり、お墓参り用の花束ばかりに変わっている。
7月10日前後から8月15・16日までの街の花屋はどこも似たような花一色。
バラとユリと小菊やアスターなどの花束。
少し大きな花屋にはキキョウ、オミナエシ、ワレモコウ、ミソハギも置いてあるが、これは盆花として使われるためだ。

盆花の代表ミソハギは湿地に咲くのでミゾハギだと思っていたが、禊萩の意。
祭事に用いるミソギの花。
または、ミズハギとも言う。

近くの花屋でもう枯れたろうなミソハギを売っていたので、こんな花を買う人はいないだろうと思っていたが、、平気で花の変色したミソハギを買う人がいる。
「これでもいいのよ、どうせ花瓶にいけるんじゃないから・・・」
「?」

帰って宇都宮貞子さんの本を見ると、長野県では旧盆にミソハギに水をつけて玄関先でお祓いをして霊を迎える風習があるという。

草木覚書

宇都宮さんの最初の本{草木覚書」(自費出版・昭和43年刊)
お墓参りにはミソハギにたっぷり見水を含ませて墓石にふりかける。
仏様はミソハギのツユでなければ口になさらないとのこと。
また、ミソハギの茎を2本、仏様の箸としてお供え物に添える風習も生きている。
「おしょうらい(精霊)さんに、オシライバナ(ミソハギ、しょうらいの花の意)を上げる」
ミソハギには盆花としてキキョウ、オミナエシ、オトコエシ、ヒヨドリバナ、フジバカマ、フシグロセンノウなど(各地で様々な花が使われる。庭の花も。)と共に飾られるほかに、その霊力を伝える祭事がまだ生きているのだ。
もっと、からからに干したミソハギも民間薬として下痢止めに使うという。

ナスやキュウリ、ウリで作った馬や牛、尾はトウモロコシの毛やカヤの穂、脚は麻がらかカヤの茎を使って。
花水桶に水をたたえ、ミソハギの2・3本の束を置いておく。
田の畦に植えておいたミソハギはお盆に大活躍することになる。

そこで店のテーブル上の花はキレイなミソハギが手に入らなかったので、サカタのタネの山野草売り場で買ってきた「ナツエビネ」(日本の野生蘭)に決めた。
薄ピンクの花が爽やかで、いかにも夏の木陰に相応しい。
ミソハギ2











ナツエビネ



それともう一つ、フェンスに絡まって咲いていたヘクソカズラの花。
(一名、早乙女バナ)
この草も民間薬として利用される。
花や葉の汁は虫刺されに、根を乾燥させたものはやはり下痢止め、利尿、解毒、痛み止めにも効くらしい。
また、熊田千佳慕さんに以前聞いたことだが、この草野丸い実をつぶして、アカギレ、シモヤケの手に塗るとよく効くということだ。

京都美山町のつるや旅館の女将岡本千鶴さんの「ぞく・野の花三百六十五日」(文化出版局・1993年刊)は楽しい本だ。
1日1日、その日に活けた野の花をカラー写真で紹介している。

続・野の花

この8月15日はというと、当然ミソハギが活けてある。
ナツエビネは7月22日に登場。
田淵暁さんの写真も立派、よくも東京から毎日通い続けたものだ。

と、ここまで書いてキツネノカミソリのことを書き忘れていた。
この時期、明るめの雑木林ではキツネノカミソリの淡いオレンジ色の花が群生して咲いているのが見られる。
(確か埼玉の森林公園にもあったと思う)
ヒガンバナの咲く前に、林の中でこれと良く似た淡い淡いオレンジの花を見つけたときは、キツネノカミソリに間違いない。
ピンク色のナツズセンもこの時期だが、これは庭の花。


店は16日(月)より20日(金)までは夏休みとなります。
21・22日は野毛町の(子の大神社)のお祭です。
祭囃子でも聞きながら、コーヒーもおつなもの。
どうぞお立ち寄りください。

どこにでもあった、どこにもない街

どこにでもあった、ごく当たり前の風景がいつの間にかなくなっている。
昭和50年代頃まで普通に残っていた街並み風景が、平成になって加速度的に消えていく。

わが町に5件もあった銭湯が」(よくもそんなに残っていたもんだ)、この1、2年で3軒も廃業していつの間にか駐車場に変わっていた。
そのうち1軒は、昭和20〜30年代の姿をそのままとどめていた街の国宝並のお風呂屋さんであったが・・・。

街の片隅にあった古本屋も消え果てた。
いつも犬が店内の冷たいフロアーの上で昼寝をしている街の小さな書店も風前の灯。
冬は炭などの燃料を売り、夏は氷屋さんだったお店は、とっくになくなっている。
金魚を買おうとしても、商店街の金魚やさんはもうない。

いくつもあった米屋さんもずいぶん少なくなった。
一キロから量り売りしてくれて、玄米でも何分づきでも自由にしてくれたお店もいつの間にかコンビニに変わっていた。
ある店はウインドウには子供服が飾ってある。
お米の上に子どものTシャツ、ズボン・・・980円也。
意味不明。

路地の奥にあったモダンな珈琲専門店、建物にも凝っていて昭和のムードいっぱいの喫茶店も、街ごと大きなマンションに変わっている。
ちいさな路地さえ消滅した。

売り物のコーヒーサイフォンの横で正しく座っている大トラ猫。
目の前で視線が合っても置物のように動かない。
まだ、こんなコーヒー器具を売るお店が残っていた。

手焼きの煎餅屋が汗だくで煎餅を焼いている。
冬はふかし芋、春夏はキヌカツギなど茹でて売っていた八百屋さんも、どうにか顕在だった。
しかし、かち割り氷の上に並べた魚を目に前でおろしてくれた魚屋さんは、冷蔵ケースの中に発泡スチロールに切り身や干物のせて売るようになってしまった。

街に2件だけ残った銭湯のうち1軒は京浜地帯にある代表的な銭湯建築を残していて貴重だ。
湯はこの地区特有の黒の天然水。
「台東区下町風俗資料館」は銭湯の番台部分をそのまま移動展示しているが、この銭湯(朝日湯)も重文級。
しかも現役バリバリだ。

街角のタバコ屋さんもずいぶん減って自販機に取って代わってしまったが、たまにタイル張りの出窓風な曲線を持つお店におばあさんが座っていると、用もないのに買いたくなる。
「たばこと塩の博物館」(渋谷)ではこのタバコ屋さんの店頭をそのまま復元して展示している。
横に赤電話も置いて、昭和レトロの再現が見られる。

小学校の近くには必ずあった町の駄菓子屋さんも、ほぼ全滅状態。
ただ1軒、ボランティアのように頑張っているお店を発見。
上記の下町風俗資料館では、店奥の畳敷きとちゃぶ台、どぶ板のついた路地まで再現している。
また、商店街丸ごと昭和レトロの博物館を標榜している青梅市の「昭和レトロ商品博物館」でも、ジオラマで駄菓子屋やお祭の日の夜店風景を再現している。

「ラーメン博物館」も同様、ラーメン屋さんのある昭和30年代の街並みを再現しているのはご存知の通り。

街に僅かに残された昔のお店を一つずつコレクションしてネット上に再現すると、架空の昭和の街並みが出来上がる。
路地の奥には銭湯が鎮座している。
居酒屋も豆腐屋も必要だ。
六角橋のアーケード商店街もレトロな雰囲気を残しているが、丸ごと昭和の街を楽しめるのは、当時の「日本映画」の中だ。


「映画の昭和雑貨店」(小学館)
川本三郎が日本映画からコレクションしたのは面白い。
映画の昭和雑貨店












ミシン、バラック、ラジオ、自転車、銭湯などが日本のモノクロ映画から収集されている。






また、同じコレクションでも銭湯研究家・町田忍の「昭和レトロ商店街」も、懐かしい昭和30年代のロングセラーを収集している。
昭和レトロ商店街











ケロリン、正露丸、ノリタマ、仁丹、グリコ、金鳥蚊取り線香、都こんぶ、福助、ラムネ、、ハエトリ紙、ペコちゃん、フランスキャラメル、粉末ジュース、崎陽軒のひょうちゃん・・・。





文庫本からも2点。
昭和30年代からは離れるが、昭和2年生まれで亡くなられた吉村昭さんの「昭和歳時記」は戦前、戦中の回想。
昭和歳時記










物干し台、リヤカー、ラジオ放送、都電、パナマ帽、金魚、凧、夜汽車。





もう1冊、我々の大先輩・山本夏彦(大正4年生まれ)と先輩・久世光彦(昭和10年生まれ)の共著(いずれも故人となってしまった)「昭和恋々」(文春文庫)
昭和恋々









下宿やアパート、質屋、割烹着、姫鏡台、蓄音機、パーマネント、オルガン、下駄、柱時計、路面電車、行水、ラジオ体操、麦藁帽子、蚊帳、原っぱ、七輪、路地、風呂敷、掘りごたつ、福笑い、輪タク。




今、世田谷文学館では開館15周年記念「みんなのサザエさん展」を開催中。
(9月12日まで)
昭和20〜30年代の世相を知るには姉妹社版「サザエさん」が一番。
当店でもこの版で取り揃えています。
「いじわるばあさん」も常備本。

街角の博物誌・2

この街中でもキレイな蝶に出会うこともある。
ヒョウ紋の羽の先端に、黒紫色と白色の斜め帯が入ったオシャレな蝶に続けて出会った。
小さな道路わきのヒャクニチソウの花壇と、当店前のレモンバームの近くを舞っていたが、同じ固体ではない。
これは都会でも最近増えているツマグロヒョウモン(タテハ蝶科)のオス。
元々暖地性のヒョウ紋類で本州中部以西にいる蝶だが、移動性で夏から秋にかけては北上してくる。
近年、公園などの花壇にパンジーが多く植えられたことから、これやスミレを食草とするツマグロヒョウ紋も街中に増えているようだ。

都会の道路端の敷石の隙間やコンクリートのつなぎめなどにも、スミレ類を見つけることがある。
これは蟻のせいではなく、スミレの種子が上手く雨に流され、わずかに土のある割れ目や隙間に入り込んで一列に並んで生えていることが多い。
スミレの種は草丈に比べて大きく、割れ目には丁度良い大きさだ。
テンコ盛りに葉を出しているのは当店近くの一番繁華な路上。
すみれ



近くの自販機下にはミントがはえているし、花屋でハンギング・バスケットで売っているブライダルヴェールは街中で雑草化している。
街はかなりのプラント・ウォッチング重点地帯だが、そのほとんどが戦後の外来植物だ。
ヒメオドリコソウ、ナガミヒナゲシ、アレチウリ、セイタカアワダチソウ・・・。


また、近頃、ビル建設用地などで、時々見かけるアザミ類も何アザミか不審に思っていたけれども、外来種のアメリカオニアザミ(ヨーロッパ原産)と判明。
あざみ

今頃咲いているにはかなり高地のノアザミくらいしかないはずだが・・・?
花の形も違うし・・・と「日本帰化植物図鑑」(全国農村教育協会刊)を調べて分かったこと。


もうひとつ、疑問だった線路上のヒルカオらしき白色の花も、ヨーロッパ原産の「セイヨウヒルガオ」と同書で判明。
この植物は種子と地下茎で繁殖。
戦後輸入農産物や袋に混入した種が、鉄道貨車により全国に広く見られるようになったらしい。
(別名・ヒメヒルガオ)
鉄道沿線に広く報告され、九州ではごく普通の雑草化しているという。
葉の丸みが特徴。


この別名「Plant Invader 600種」は特徴のはっきりした花は特定しやすいが、もう少し学術的な外来植物の図鑑としては、長田武正「日本帰化植物図鑑」(北隆館)が、線描のイラストが正確で美しく、お薦めしたい。(Illustrated Japanese Alien Plants)

あざみ図アメリカオニアザミ






















あざみ図セイヨウヒルガオ
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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