図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2010年09月

日本のもりやはやし

例年通り、三渓園の観月会も今晩で終わる。
ライトアップした三重塔にかかる月や雅楽が聴ける中秋の名月の日、22日(水)は閉門八時半までたっぷり月の宴を楽しめたであろう。
閉門時間が分かっているかのように、九時を過ぎると雲が出始め、とうとう十時には月は完全に隠されてしまった。
三渓園月


新聞はこのところ尖閣諸島の漁船問題での中国のやたら強硬ぶりばかりが紙面をにぎわせているが、それに隠れるように小さな扱いで出ていた重要な記事がある。
「低層公共施設、すべて木造に」「林業再生狙う政府方針」。
政府は建築物の不燃化を進め、コンクリート造りの建物を作り続けてきたが、学校や図書館、庁舎など公共施設を新たに整備する際は、低層の場合はすべて木造建築とする基本方針を初めて明らかにした。
また、すべての公共施設で、目に触れやすいエントランスや窓口、内装などイスや机の備品も含めて木材利用を進めるという。
価格低迷で不振の林業を振興させ、森林の二酸化炭素吸収による地球温暖化防止も目指すという。
国はやっと重い腰を上げたようだが、20年も30年も遅い対応だ。

良質な森林資源を持つ自治体は、戦後大量に植林された人工林が利用可能な50年に近づく前から、小学校や体育館、小施設の木造化、コンクリート造りの建物にも内装に地元の木材を使うといった施策を行っている。
地方都市で、その町に相応しい、こじんまりとした木造を主体とした小学校、音楽ホールや図書館を見るのは楽しいことだ。
いかにも伝統のある、成熟した街を感じさせる。
一方バブル時代に国の補助金を使って建てられたおおげさな大ホールや博物館・美術館・・・分不相応な公共施設を見るのは気分が滅入る。
その都市の品格が知れるというものだ。
近年は新築住宅に地元材を使うと補助金の出る制度も普及し始めている。

今まで国は、国産材普及のための施作を何一つ打ってこなかった。
そのツケが森林の荒廃を生んで、手入れされない人工林林を生んできたのは明らかだ。
住宅需要の高まった2・30年前にも輸入材一辺倒、隣の村から木材を運ぶより、CO2負荷の一番高いコンテナ船での、カナダ・アメリカ・東南アジアからの木材輸入を選んできた。
ただ、加工しやすく少し安いという理由だけで。
日本の林業資源は上手に展開していけば国内需要を充分まかなえるほど豊富にあるのに、悲しいほど生かされていないのが現状。

荒れた雑木林を復活させる市民の活動、間伐の行われていない林をきれいにする取り組みを始めた会社のボランティア活動、「草刈十字軍」と呼ばれる若者たちの取り組みなど、日本の身近な森林を見直す動きが様々行われ始めたが、森林の復活は国産材を使うことが一番重要なこと。


今回はこれまで。
関連本は次の4冊。
・草刈十字軍の運動を記録した「きみ、青春のひと夏山へ入って草を刈ろう」(三洋インターネット出版)
山へ入って草を刈ろう


・東京にもこんなに森林資源がある。
 市民のリクリエーションの場としても重要。
 全国植樹祭の記念誌「東京の森」
東京の森


・日本の山岳や原生林の写真は田淵行男亡き後はこの人に限る。
 水越武「森への旅」(小学館)他にも「日本の原生林」(岩波書店)
森への旅


・日本の森林についての基本図書、四手井綱英「もりやはやし」(中央公論者・自然選書)
もりやはやし


神奈川のお台場拝見

勝海舟が設計したといわれる神奈川のお台場はどのくらい残されているのか、気になって行って見ることにした。
ついでに、東海道五十三次の宿場町として一、二の規模を誇った神奈川宿の「神奈川歴史の道」(全長4kmほど)も少し歩いてみよう。
オランダ領事館に当てられた旧長延寺から始まる歴史の道だが、この辺はカットして仲木戸駅から、神奈川駅近くまで歩くことにする。

国道15号線に平行した道を熊野神社前を通って、復元した高札場を見る。

高札場

絵地図によると、この高札場はもともと神奈川宿の中央近くを流れる滝の川の橋手前にあったらしい。
予想以上に大きなもの。
バックに竹林を廃止、解説プリントをつけて江戸時代の情報伝達の様子が良く分かる。
この道は並木に松を使ってなかなか良く出来ている。

松


ヘボンなど外国人宣教師の宿舎となった成仏寺を見て滝の川へ。

川

この滝の川の水はかなりきれいで、子魚の群れが泳いでいる。
スズキの稚魚か。

この川沿いから国道を渡って海へ向かう。
殺風景な街並みを5〜6分歩いて出来立てのお台場公園に着いた。
ここもプレートが完備、最近行った神奈川台場調査もプレートで解説してある。

さて、台場の形を少しでも確認できるのか?

台場絵図小


何しろ巨大なものだ。
2600?、明治中期の写真によると、もうすでに周りの埋立てが始まり家が建ち始めている。
現在、大部分はJR貨物の東高島駅と線路部分で占められ、特徴的な形さえ埋もれてしまっている。
露出部分は2箇所の石垣のみ。
公園奥の近めの石垣部分だけ確認して、今日は撤退。

石垣と碑


松山藩が勝海舟指導の下、七万両を投じて作った神奈川台場。
京急神奈川駅周辺にあった権現山をほとんど削って1年間の突貫工事で、開港の翌年に完成。
今年が150年の記念に、神奈川歴史の道を連動して一部分でも発掘復元できないだろうか?
近くの横浜卸売市場や運河も組み入れると、ちょっとした観光コースになると思うのだが。

舟


帰りは、近くにできた最新のマンション地区「コットンハーバー」のテラスで横浜港の夕日を眺めるか、裕次郎の通った「スターダスト」で一杯やるか、熟考の末、金のかからないコットンハーバーへ。

テラス


コットンハーバーのスーパーで見つけた、お台場唯一の新名物。
神奈川お台場型のサブレー。

サブレー



土・日はお三の宮の祭です。
祭見物かたがた、店にお立ち寄りください。

紙芝居―昭和の庶民文化―のこと

この夏は記録尽くめの暑い夏だったが、これも珍しく北陸から東海へ抜ける新コースの大雨台風が過ぎ、朝・夕はやっと秋らしい風も吹くようになってきた。
昼間は夏の暑さがぶり返してはいるが、遠くにツクツク法師の声が聞こえたり、アキアカネのトウガラシの赤とまではいかないけれど、オレンジ色も見ることが出来た。
また、例年通り、夕ともなるとムクドリの大群に負けじとばかりアオマツムシの声がうるさいほど。
近くの掃部山公園で開かれるという、「カンタンの声を聴く会」の静寂の中の秋虫といった風流はここにはない。

この夏はこれも珍しく、紙芝居をテーマとするユニークな展覧会が二つ企画された「町田市民文学館ことばらんど」で行った「紙芝居がやってきた」と、これが終わってからすぐ横浜歴史博物館「大紙芝居展―よみがえる昭和の街頭文化―」が続いた。(9月5日終了)

紙芝居がやってきた


いづれも街頭紙芝居師の実演も行われて、昭和20〜30年代の懐かしい光景がよみがえった。
特に横浜歴博では、日本で唯一、実演できる「のぞきからくり」や、街頭紙芝居の出来る前の「立絵紙芝居」の貴重な公演と共に、チボリ兄弟舎によるアコーディオンや鉦・太鼓も使った新しい紙芝居も登場する、力の入った企画展だった。

大紙芝居展


街頭紙芝居は自転車による世界的にもユニークな移動絵本図書館ともいえますが、世界には他にも色んな移動図書館があるものだ。
横浜中央図書館の「はまかぜ号」40周年記念の展示を見ると、ケニヤやモンゴルではラクダ、南米ではロバが、タイではゾウが活躍している。
インドネシアの島々では舟、アラスカではソリの移動図書館は普通のこと、時間が余れば子どもを集めて大型絵本の読み聞かせも行われたはずだ。

テレビの登場で消えてしまった日本の街頭紙芝居文化も、保育園や幼稚園の中では未だに生きている。
大切にしたい昭和時代の庶民文化の一つだ。

これも大正15〜昭和初期の貴重な文化遺産の一つ、復興小学校のことが報道されている。
関東大震災後、当時の人たちがどんなに小学校校舎の建築に力を注いだかを見ることが出来る貴重な遺産、復興小学校。
東京の中央区が強行している復興小学校(明石小)の建て替え問題や、横浜最後の復興小学校(旧三吉小・大正15年完成の第一号震災復興小学校だった。鉄筋コンクリート3階建て)の解体にも触れたかったが、またの機会に。



今週土曜日より、黄金町バザールが始まって、秋のイベント目白押しのシーズンに突入する。

黄金町バザール

バザール帰りには当店にお立ち寄りください。
大岡川沿いに野毛まで4・5分ですから。

2010年「国民読書年」から山本周五郎へ

今年は国民読書年だが、国民の何%がこのことを知っているだろうか、お寒い限りだ。
何か特別なイベントでもするのかというと、何もないらしい。
それでも中央図書館は、移動図書館「はまかぜ号」の歴史を展示したり、著者や子どもたち向けの推薦図書リストを作って配布したりしていたりしたが、本もエコカーやエコ家電並に補助金でも出したら、少しは話題になるのにと思ってしまう。
出版社や書店もポイント制を導入して、再販制度にとらわれない顧客サービスをもっと考えたらどうでしょうか。
せっかく、横浜マリノスを使って「ヨコハマ、本の虫宣言」のポスターを作るのなら、書店も目立つ場所にマリノス・推薦本コーナーやヨコハマ関連の本など並べて盛り上げてもらいたい。

当店では、横浜ゆかりの作家は一応取り揃えたい。
一般書店で置いてある本はなるべく避けて、大佛次郎や長谷川伸、吉川英治、獅子文六ならば横浜の回想を含むエッセイ集を中心にして「霧笛」「幻燈」などの横浜を舞台にした小説などを常備したい。
山本周五郎は「季節のない町」(根岸から八幡町あたりの庶民の路地裏が舞台)や、「新潮日本文学アルバム」、それと最後の小説「おごそかな渇き」くらいはいつでも置いておきたいもの。

山本周五郎


山本周五郎といえば、最近出たばかりの「間門園日記」(斉藤博子著・深夜叢書社刊)が面白い。

周五郎は山梨県大月初狩町の生まれだが、小学校時代に東京から横浜・久保町に引越し「戸部小学校」に転校、学区編成替えで「西前小学校」に入ったから、子ども時代を横浜で過ごしたといってよい。
そしてまた、戦後になって焼き出された東京から中区本牧元町に移ってきた。
操書店の西谷操が奔走してすぐ隣りに住むことになった。(昭和2年)
この操書店から出た数冊の本のうち1冊がこの「続・日本婦道記」。(昭和22年刊)
芹沢�笘介の型紙デザインによる試し刷り、か表紙原稿と思われる。

続日本婦道記


その後23年には、近くの旅館間門園を仕事部屋に。曲軒先生はほとんど横浜を出ない。
この日記は晩年の「ながい坂」連載時から、その死(昭和42年2月14日)まで、秘書(マネージャー?)として身近に居た著者の日記。

赤ワイン好き(今でも「周五郎のヴァン」という甘口の山梨産ワインが売れている)で洋風スタイルの食事をしていた周五郎の出入りしていた店を列記しておく。
明治屋(バームクーヘンやアップルパイ)→天吉(てんぷら)→東海グリル(弁当)→博雅(シュウマイ)か清風楼(シュウマイ)→いせ一(シナモン・オリーブ・ジン・オイルサーデン)→もりしげ(そばや)→レストランかおり(カツサンド)。
すべて関内から伊勢佐木町周辺。
他に、フランセやローマイヤなどの名も出てくる。
有隣堂―明治屋(馬車道)―野澤屋コースはいつものこと。
映画好き、ベートーヴェン好きで、歌舞伎好きの周五郎は伊勢佐木町のはずれ若葉町の映画館にも時々姿を見せる。
(洋画の日劇か、横浜大勝館あたりと思われる。いずれも今はない。)
帰りは出雲屋本店でそばを食べる。
(このお店はまだ健在!)

新聞社・出版社との打ち合わせや接待は、関内の高級料亭「柳」。
その後、流れて横浜日本橋の「やなぎ」へ。
(この方は休養のため。周五郎は三味線も上手いらしい。)
他に井土ヶ谷の料亭「町田家」の名があるが、どこにあったのだろうか、見当がつかない。
井土ヶ谷にそんな風流な場所があるとは・・・。

この日記で周五郎の料亭代はすべて自前のお金であったことが分かった。
世の作家とは生き方が違う。

周五郎の本は著者の希望でほとんど簡略な装丁の並製版がほとんどだが、最後の作品となった「おごそかな渇き」を含む小説集「おたふく物語・おごそかな渇き」だけは、貼函入りの少し立派な装丁で、死後刊行された。
挿画は生前親しかった佐多芳郎氏。
絶筆原稿も写真口絵に載っている。
また、最後の原稿を依頼し受け取った、朝日新聞の門馬義久氏の最後のエッセイも重たい。

おたふく物語


プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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