図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2011年07月

木版画家・畦地梅太郎の「山の眼玉」

山の画文集の傑作として名高い「山の眼玉」(画と文・畦地梅太郎 朋文堂・昭和32年刊)が入手できたので、ご紹介したい。

山の眼玉


この本が刊行されたのが、戦後の活版文化と造本技術が最も勢いのあった昭和30年代前半、山の本専門出版社・朋文堂のこれも定評のある「朋文堂山岳文庫」として出版された。
文庫といってもB5判のサイズでカラー図版やモノクロ挿絵がたっぷり入った、貼り函入りの堂々たる本だ。
定価900円・・・当時函入りの文芸書が280円の時代だから、かなり高い。
このシリーズの画文集は他にも足立源一郎「山は屋上より」、坂本直行「原野から見た山」、加藤泰三「霧の山稜」と、山の人気本が入っている。
畦地さんはその後、山の雑誌「アルプ」に寄せた文集を中心に創文社から何冊も画文集を出しているが、やはり一般書としては最初の本となる「山の眼玉」には及ばない。
版元と著者の熱の入れ方が違うということか。
有名な氏の「山男」の版画もこれが始まりか。
装丁にも口絵にも3種の「ライチョウを抱いた山男」が入っている。


畦地さんの山登りは普通の登山家とは異なって、山頂を目指さないことも多い。
テント・毛布・雨用シート・水筒・飯盒と米・味噌・酒の「所帯道具」を持って、1週間でも10日でも、山の中にいるだけ。
何日も誰とも話すことのない山中、シャクナゲやシラネアオイ、好きだった野生ランを眺めている日々。
畦地さんには、これが必要だった。
元版「山の眼玉」には、木版画の先輩・前川千帆の愛情あふれる「スイセン文」や版元の「山の眼玉が出来るまで」を載せたチラシも入っていて貴重。

現在「山の眼玉」は平凡社ライブラリーに入っていて文庫サイズですが、モノクロ挿絵入りの画文を楽しめます。


文庫山の眼玉


当店では山の本にも力を入れていて、上田哲農、深田久弥、坂本直行、串田孫一など準備しています。
お探しの本があれば、お問い合わせください。


今週は7月27日から8月4日まで夏休みとなります。
8月5日より、営業いたします。

温泉大国・日本

今や温泉リゾートは日本観光の最大の柱だ。
台湾や香港の人たちにとっては、冬の雪景色(ブリザードも!)と露天風呂の旅(雪見風呂)、欧米の人にとっては、温泉と健康的な日本食を備えた和風旅館の旅、中国の人たちには富士山の見える温泉ホテルが人気だ。
世界で一番温泉好き国民、日本人の楽しみは外国人にも伝わったようだ。
もっとも欧米人には他人と風呂に入ることができない人もいるが、そこは貸切風呂も最近は多いので何とかなる。


先日、奥飛騨温泉郷の平湯温泉に行ってきたが、ここは古民家を利用したモダンな和風旅館のハシリで、山の見える露天風呂も人気のところだ。
安房トンネルが完成して、上高地や乗鞍への中継基地となる山岳温泉リゾートとして、また、高山と組み合わせると、古き日本も識ることができる旅ともなる。
温泉の魅力は豊富な湯量と眺めの良い露店風呂、温泉街の情緒や外湯の風情、一軒宿ならば周囲の自然景観の美しさなどと思うが、ここはほぼそれを備えている。


ドイツの高級温泉保養地に習った由布院が人気だが、長期滞在の保養地としては、街の景観や森の散歩コースに力を入れなければならない。


前川千帆の「温泉譜」にも、「山間の神秘境」と讃えられた名湯「窓からアルプス笠岳見ゆ。この地標高四千尺。高燥の地、清來快気、逞かに自然は冒涜されず。」とあるが、すでに戦後には「小料理屋・パチンコ屋軒を並べて俗悪、昔日の閑寂なし」ともいう。
この本は温泉本の逸品。
元々、木版色刷りの版画集として、昭和16年、19年、27年に発刊された大型本だが、これは貴重本、美術館に収めるものだ。
(小生はこの版画集小型カラー版の出版を企画したが、当世の出版事情で実現できなかった。無念!)
この普及版が龍星閣本「版晝浴泉譜」(昭和29年刊)。
ほとんどが小さなモノクロ版となってしまったが、四方温泉のカラー頁をおめにかけます。

木版画


温泉本も多いが、古いものでは、無類の温泉好き作家・田山花袋の「温泉めぐり」が岩波文庫に入ったのはめでたい。
他に作家の温泉エッセイを大量に収めた東西温泉全集ともいうべき、種村季弘・池内紀編「温泉百話」(ちくま文庫・全2冊・品切れ)がおすすめ。

温泉百話


文庫本では、ほかに山口瞳、嵐山光三郎、池内紀などあるが、ここは温泉旅のスペシャリスト池内紀の「温泉・湯の神の里をめぐる」を代表としたい。

湯の神の里をめぐる



1段しかない日本の小説棚には?

考えてみれば、小生好みの作家はマイナーな人たちばかりだ。
例えば、神西清(じんざいきよし)。
この人、プーシキンやチェーホフ、シャルドンヌの名翻訳家、評論家として著名だが、小説家としては、ほとんど埋もれてしまった。
戦前の処女出版「垂水」(短編集・昭和17年刊)や、戦後の「少年」(講談社・昭和30年刊)、代表作品集「灰色の眼の女」(中央公論社・昭和32年刊)の3冊の小説集は大事に持っているが、複本があれば、お店の小説棚にいつもおいている。
たった一つの文庫本「灰色の眼の女」(中公文庫・絶版)も常備本の1冊だ。
(三島由紀夫の跋文は見事、これだけでも文庫本を買う価値があるか?)

灰色の眼の女


他には、長谷川四郎、富士正晴、梅春生、山川方夫、結城信一・・・といった作家が好きで、単行本も文庫本もほとんど持っているが、結城信一さんの「青い水」(処女出版・昭和30年刊)だけが欠本。
この本は県立図書館にあるので、何回か読んだが、いまだに入手できずにいる。
1冊くらい探している本がなければ面白くないので、別にすぐ欲しいとは思わないが・・・。
この本は、2,30年のうち2度入手のチャンスがあった。
最初は10数年前か、「古書通信」の古書店販売リストにたったの1000円で出たことがある。
このリストを見たのが少し遅かったので、もうダメと思いつつハガキで注文したが、やはりこれを見た結城研究家の×氏がすっ飛んできて奪うようにもっていかれた後だった。
2度目はついこの間、鎌倉の木犀堂書店のウインドの中。
数万円の値がついていたので、諦めた。
結城さんの本も、初めて文庫本が出たのが数年前、ただの1冊だけ。

萩すすき


ところが、このマイナーな作家6人(すべて物故作家となってしまった)とも、すべて全集が出ていることがスゴイ。
出版社(編集者)の中に、相当熱心なファンがいたに違いない。
たった1段しかない当店の小説棚には、ほかにも堀田善衛、八木義徳、野呂邦暢、網野菊、島村利正、長谷川修、深沢七郎、色川武大などが、並んでいる。
深沢や色川など近年若者たちにも人気が出てきている作家もあるが、すべて個性派揃いのラインナップかな?
こんな棚ぞろえは、どんな巨大な書店でもとてもできない古書店の楽しみ。
こんな本たちが売れるのは格別に嬉しい。
これまで、結城さんや、深沢・色川さんの本も何冊か売れている。
感謝!

宿六・色川


*色川=阿佐田麻雀クラスの生徒・伊集院静が「いねむり先生」という本を出した。
色川先生の影響は亡くなってから、さらに大きくなりつつある。
色川先生の文庫本は当店へ。
有隣堂やブックオフでは絶対できない品揃え。

「新港埠頭は羽田国際空港であった」

「横浜新駅」という駅名をご存知でしょうか。
かつて、船が海外旅行の中心だった時代に、大型船が新港埠頭に発着する日に臨時列車が東京駅から直接、埠頭までやってきた。
岸壁列車、あるいはポートトレインと呼ばれ、東京から51分で船の前まで乗客数百人を運んだ。
今でいえば、国際線化した羽田空港の発着ビルにモノレールや京急線が乗り入れる便利さ、出発が東京駅ならば、それ以上の利便性。
横浜みなと駅として使われだしたのが、大正9年、関東震災後の昭和3年には、ターミナルに沿って140メートルのプラットホームも整備され、横浜港の中心はこの新港埠頭であった。
そのプラットホームの一部が鉄骨だけになった屋根も復元され、残されている。

プラットホーム


桜木町から当時のままレールに沿って汽車道をゆく。
立派な鉄骨構造を持つ鉄橋を見ながら(小生、近代産業遺産の鉄骨ファン?)、船員組合のホテル「ナビオス ヨコハマ」のゲートを入る。
ここで、レールは途切れ、正面には赤レンガ倉庫が見える。
右は万国橋(この橋も元の優雅な鉄骨ゲートの形に復元してほしい)、左はドーナツ型のユニークな設計を持つ「サークルウォーク」とJICA横浜。
(ここに「海外移住資料館」ができたのは意味のあること」
(開口後期から、大正・昭和に盛んであったハワイ・アメリカ・カナダ・メキシコ・パルーなどの移民を運ぶ太平洋航路の日本最終港は横浜港。特に17年の歳月を要した大型のプロジェクト、新港埠頭の完成により、新港埠頭4番線・北米航路の大型客船の3等室は移民で埋まった。1等室の要人たちは、ニューグランドで一休み、華やかな送迎会を催してから、乗船したに違いない。)

正面の赤レンガ倉庫に向かってレールを意識して歩くと赤レンガ入口からレールが現れた。
左へカーブして進むと右に税関事務所の跡が花壇のある公園としてうまく整備してある。

税関事務所跡


ここはVIPルームを備えた赤レンガ3階建の立派な建物だった。
これを見ながらすぐ奥の低いプラットホームで、終点となる。
この先の埠頭は現在海上保安庁の防災基地となっている。
北朝鮮の工作船の展示があったのはここだ。

残された20メートルのプラットホームに上ってみる。
戦前の賑わっていた横浜港の様子が蘇る。
SLが引っ張ってきた8両編成の列車から700人の乗客が降りてくる。

大正〜昭和10年代横浜港に寄港する北米航路、ヨーロッパ航路、豪州航路の大型船が接岸するのは新港埠頭、特にこの4号埠頭は北米航路専用で、浅間丸、竜田丸、秩父丸など花形客船が入った。

ここに、2009年の神奈川新聞「みなとの記憶」欄の切り抜きがあるので、お目にかける。
ここに写っている低いプラットホームの一部が残されているものだ。

ポートトレイン


昭和32年、戦後復活した氷川丸の出向に合わせて、17年ぶりに運行されたSLポートトレインだ。
その後、氷川丸が最終航路となる昭和35年8月27日を最後に、このポートトレインも終了した。
もう一つは昭和15年今の汽車道をラストランするD51.

さよなら運転


このプラットホームと汽車道、税関跡が残されていることはうれしいことだ。
ナビオスから赤レンガもレールでつないで欲しい。
桜木町から横浜港駅まで引き込み線をレールでつなぐことは重要だ。
鉄道ファンのためにも、観光客や市民にとっても楽しい散歩道となるだろう。
ついでに桜木町駅も鉄道発祥駅として、天井の高いドームを持つ待合室(モレル記念ルーム)を備えた駅にしてほしいが・・・どうか?

街歩きの達人たち

世の中には2種の人種がいるようだ。
散歩に行く人といかない人と。
都会で言えば、街歩きが好きな人と、街歩きに興味がない人の2種類だ。
町歩きをしない人たちは、目的地のない散歩などは考えられない。
街を歩くとしても最短距離のメインルートを一直線。
きょろきょろしている暇はない。

例えば、当店前の路地をいつも通っている人でも、この小さな店の存在に全く気付かない人がいる。
隣の床屋さんにいつも通っている人が、5年もたって初めてこのカフェに気づいて入ってきた。
通りの看板にも店頭の映画ポスターにも、それまで全く気付かなかったという。
街歩きが好きな人たちにとっては考えられないだろう。
この人種はわざわざ、遠回りをしてでも路地から路地へ知らない道をうろつくのが好きだ。
新しくできた店や閉店した店の情報も素早い。

江戸のサムライ社会では、目的もなく町内をうろつくことは、武士のたしなみにかける行動とされる。
なるほど、用事もなくキョロキョロしながら歩くことなど田舎侍丸出しで、格好悪い。
勝海舟のような好奇心の塊=変人ならばいざ知らず、用もない武士ならば頭巾をかぶりお忍びで町を歩かねばならぬ。

開港当初の西洋人たちの散歩の習慣には、幕府は手を焼いたようだ。
郊外の名所に馬で向かう西洋人たちの週末の遠乗りは、やがては生麦事件まで引き起こしていまう。
(生麦事件は川崎大師への遠乗りの際に起きている)
掘割まで築いて、山手の丘に外国人居留地を作った幕府は、散歩のための山手公園や馬乗りのための「根岸競馬場」、そして本牧〜根岸をめぐる散歩コースを作らねばならなくなった。
岬へ続く本牧十二天社への散歩道はハイキングコースにピッタリ、巨大な松並木と近郊の名所や神社仏閣、峠道にある茶店の愛想の良い娘たちの接待は西洋人たちを喜ばせた。

街歩きの達人で、すぐ思い浮かべるのは永井荷風。
その著「一名東京散策記」と称された代表作「日和下駄」(講談社文芸文庫)を読めば、荷風が並みならぬ東京の散策家であったことがわかる。
荷風にとって東京の「坂・崖・閑地・路地・・・そして隅田川や掘割の水」の風景がいかに大事であったことよ。

日和下駄


近年では亡くなった植草甚一や池波正太郎のお二人が思い浮かぶ。
植草は古本、池波は食というお好みがメインにあるが、それぞれ横浜に来ると、植草さんは本牧の進駐軍の残したペーパーバックや洋雑誌を求め古本屋へ、池波さんはニューグランドホテルや中華街の「徳記」のラウメン、牛鍋やということになる。

散歩のとき何か食べたくなって


ご当地野毛では、種村季弘さんや平岡正明さんがブラついていた。
種村さんは池袋生まれの町っ子。
氏の街歩きも古本屋をつなぐ散歩が多かったが、闇市華やかであった戦後の池袋体験と野毛の街がダブり、似たような雰囲気を大切にしていたのだと想像される。
病気療養もあり、湯河原に引っ込んだまま亡くなられたのは悲しい。
当店に寄ってもらいたかった最大の人だった。
ジャスや演歌、新内流し、そして餃子屋「萬里の中華ランチ19番」など、野毛を愛した平岡正明さんについては、別にまた、書きたい。
この人も亡くなられて、野毛は一層さみしくなってしまった。


お店の洋酒アサガオはすでに満開になっています。
当店では節電ギリギリモード27℃、うちわ付きです。
甲斐駒産天然水による水出しコーヒーも始めました。
お立ち寄りください。

プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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