図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2011年08月

緑のない街

野毛の坂道のヤマボウシの並木に赤い実が目立ってきた。

木


まだ緑色の実だけの木もあるが、夏の暑さに弱った枝々に実が多すぎる木を見ると来年は持ちこたえられるか、心配になる。
根元に落ちているきれいに赤く熟している実を試食してみると、ほんのり甘く、少しねっとりした果肉は、祖手も食用になるとは言えない。

やまぼうし


種も多く、皮もかたく、酸味がないのもいただけない。
公園などで、近年よく植えられているヤマモモの実とは雲泥の差。

野毛に続く吉田町の通りのカツラの並木は成長が早く、排気ガスにも強いようだ。
夏の日差しを遮って、気持ちの良い木陰を作っている。
背が高い円錐形の樹形が歩道をたっぷりとれる道には、よく似合う。

近代街路樹の発祥は、この先の馬車道と言われる。
明治の古写真を見ると、土蔵作りの豪商の前に思い思いに、マツやヤナギが植えられているのを見ることができるが、とても街路樹ともいえない風景だ。
でも、計画化されて整然と並ぶ日本大通りや海岸通りのイチョウなどと異なって、車の入れない広めの道には、いろいろな樹々をばらばらに植えるのも、面白い方法かもしれない。
狭い歩道にイチョウやプラタナスといった木を植えるのもどうかと思うが、近代街路樹の発祥地ヨコハマとしては、並木が少なく、夏の日差しをよける術がないのが悲しい。
プラタナスなどは秋の落ち葉掃除の手間を省くためか、信号の見通しをよくするためかよくわからないが、夏前に枝を整理され、ほとんど葉を茂らせていない。
何のために気を植えているのだろうか。
当店近くの植えられたプラタナスの木も、添え木に繋いだナイロンのひもが成長につれ幹に喰い込み、とうとう枯死してしまった。
他の2本も紐を喰い込ませこぶのように盛り上がった幹が痛々しい。
支柱ぎわのわずかな部分で、養分を送っているので、上部の成長は遅い。
(さすがに最近植え替えられた幼木は、本職の仕事で、シュロ縄で支木に縛ってある)

カッターナイフや万能ナイフでも持っていれば切ってしまうのだが、神奈川県警(?)はこれを許さない。
(神奈川県警は車の中にしまってあるキャンプ用のナイフや万能ナイフまで、違法として取り締まっている。ましてや、ポケットに栓抜きやコルク抜きなど備えた万能ナイフを入れていれば…)


緑を大切にしない都市は滅びるばかりなのは、歴史を見ても明らかだ。
もっと木陰のできる街づくりを願うばかり。

続・西村伊作やヴォーリスの理想郷づくり

「美しき町」の住民は100軒の個性的な設計の家々を借りたり買ったりするのではない、住んでいただくのだ。
「もし、私の好む通りの人を選んでも僭越でなかったならば」と、老建築家は言う。
「彼自身の最も好きな職業を自分の職業として選んだ人。そして、その故にその職業に最も熟達していて、それで身を立てている人。商人でなく、役人でなく軍人でないこと。
・・・そこの人たちは必ず一疋の犬を愛育すること、又は猫、小鳥を飼うこと 云々。」

伊作の文化学院には、与謝野寛・晶子や石井柏亭、山田耕作らが協力、佐藤春夫自身も1936年から文化部長を務めている。
この近くにヴォーリズの設計した「佐藤生活館」(昭和12年)が「ヒルトップ・ホテル」としても生まれ変わったのも不思議な縁だ。

キリスト教建築家ヴォーリズも近江八幡を中心にして湖国のユートピアを作ろうとした。
キリスト教伝道と共に教育・医療・出版なども展開した人だ。

ヴォーリズ建築の100年


ヴォーリズの書いた「吾家の設計」は大正12年の出版、版元は森本厚吉の「文化生活研究会」で、同時期に西村伊作の「装飾の遠慮」もここから出版されている。
それより前の大正8年刊、伊作のバンガロー、コテージ建築を主張した「楽しく住家」が大きな反響を呼んだというが、同時期にヴォーリズ建築もすでに注目されていた。


ヴォーリズの作った建築事務所が出来たのが明治41年、これは現在でも「一粒社ヴォーリズ建築事務所」として、続いているのは見事だ。
ヴォーリズの創立した「近江ミッション」は、日本キリスト教史上稀有な自給自立のユニークな活動を続けることになる。
メンソレータム社の代理店として支援を受け、その販売収入もあり、医療・福祉や教育(近江兄弟社学園)の分野に展開していくことになる。


ヴォーリズもフランク・ロイド・ライトと続くモリスらのイギリスアーツ・アンド・クラフト運動の影響を受けたアメリカのアーツ・アンド・クラフト運動から出てきた建築家の一人と海野弘「ヴォーリズとモダン都市」は捉えているが、日本の西村伊作も七分もその一人ということができるだろう。
佐藤春夫の文京区関口町にあった家は七分の設計になる八角塔を持った洋館。
これは、故郷和歌山・熊野の速玉神社の境内に移築され、今は記念館となっている。(小生未見)

西村以作設計の新宮の自邸(大正3年築)も記念館として公開されている。(新宮市伊佐町)

西村伊作


写真の本は、神奈川近代美術館で2002年催された「生活を芸術として・西村伊作の世界展」の図録

西村伊作やヴォーリスの理想郷づくり

イタリアのピアンツァという町は、ローマ教皇だったピウス2世が故郷を世界一の理想郷にすべく作り上げた丘の上の美しい町だというが、まだ、行ったことがない。
写真で見ると古い教会を中心とする石造り家並みで、ごく普通の田舎町だ。
国家や城主の都市づくりではなく、個人の小さな理想郷づくりは、日本では大正デモクラシーの時代にいくつかその芽生えを見ることができる。

ロシア革命が社会主義国家を作り上げ、私有財産制が崩れるのを目の前にした日本の若き知識人や資産家たちは、モリスやラスキンの理想に惹きつけられ、理想の場所作りに燃えていく。
白樺派運動や武者小路の「新しき村」づくり、自由主義教育の「自由学園」や「玉川学園」「明星学園」など、の学校づくり、西村伊作の作った「帝都の中央に麗しく理想郷」づくりを目指した駿河台の「文化学院」と、佐藤春夫の「美しき町」は隅田川の中州に理想の街を作ろうとして挫折する3人の男たちの物語だが、佐藤と同郷、熊野新宮出身の西村伊作と弟・七文(しちぶん)をモデルにしている。

美しき町


この池内紀が編んだ岩波文庫には同時期(大正年間)の「西班牙犬の家」や「F・O・U」も収められているが、これも特に親しかった画家であり建築設計もした西村七分がモデルとなっている。
「夢見心地になることの好きな人のための短篇」と傍線の付いた「スペイン犬の家」に登場する森の中にひっそりと建っている奇妙な洋館は、七分の作った農家を改造した自邸にそっくりだ。

七分の家



西村兄弟の父はプロテスタント教徒として新宮教会を作った人で、西村伊作という名もアブラハムの子イサクから来ている。
二人の弟も真子(マルコ)、七分(スティブン)。
キリスト教の生活改善、社会と改良(貢献)の考えは伊作が傾倒したモリスやラスキンの「生活の美」と相まって「理想郷」を目指す。
神田駿河台には生活改善のためのホテルや学校を中心とした理想の共同体の町づくり、小田原には芸術家のコロニーを作ろうとした。
この計画は第一次大戦の世界恐慌で縮小されてしまったが、田園調布や近郊電鉄ディベロッパーのニュータウンの街づくりとは根本的に異なっている。
長くなるので、続きは次回。


今週より、店内整理のためブックカフェ風信はしばらくお休みします。
9月中旬より、また開きますのでお越しください。

市電の走る街

夏の1日、ふと思い立って、滝頭の横浜市電保存館に行ってきた。

パンフレット


ここには大震災後に活躍した500型、1000型から「ちんちん電車の決定版」と言われた1500型(昭和26年)まで6両の市電と、大正2年本牧のキリンビール工場からビールを運ぶために製造された無蓋の貨車が、そのまま市電の車庫を活かして保存されている。
大人にも子どもにもお手軽(大人100円、子ども50円、未就学児・65歳以上は0円)おすすめスポットだ。
子どもたちや鉄道ファンに人気なのが、鉄道模型の大パノラマコーナー。
HOゲージでは横浜駅を中心にしたJR線、私鉄、地下鉄など、1日5回縦横に走っている。
もう一つは、1/45Oゲージのかなり大きな模型で、昭和30年代の横浜駅を走る市電を見ることができる。

別に鉄道ファンではないというアナタには、よく保存された市電の一つに乗ってもらいたい。
例えば、6系統杉田行の1300型(昭和22年製)では、当時の車内アナウンスが流れるのを聞いてみよう。
電車は葦名端を離れ、「次は間坂(まさか)でございます。皆さまご存知の美空ひばりの昭和28年完成のヒバリ御殿は右手高台にございます。900坪、15の部屋とプール付きでございます。まだ、15歳の高校生ですが、年末のNHK紅白歌合戦に出場が決まっております。・・・」とかなりの個人情報を詳しく紹介してくれる。
また、格調ある車内の500型に乗ると、アーチ型の天井と古式のライト、木彫の木壁。
流れるのは昭和30年代の街並みを再現した映像、相当に美しすぎる桜木町から本町、山下町の街並みは昭和初期のモダン横浜の風景だが、本牧に入り海がまぶしく光っている終点・間門(まかど)に着く光景は、いつか見た幻の風景が蘇る。

昭和37年、神奈川⇒本牧、生麦⇒山元町、洪福寺⇒間門、六角橋⇒浦舟町、六角橋⇒葦名橋、杉田⇒桜木町、弘明寺⇒桜木町と循環ルート2コースなど、市中くまなく50キロ以上を走っていた。
(三沢⇔横浜駅西口はトロリーバスが循環)
神奈川⇒大江橋⇒吉浜橋・元町⇒麦田トンネル(明治44年完成)⇒本牧の基本ルートだけでも残してほしかった。
あるいは環状ループ線が最新の低床型トラムとして復活してもらいたい。
ついでに無蓋(屋根なし)の納涼ビール電車も!
天井ヨシズ張り、風鈴つき。
(かつてはラムネ、サイダー、アイスクリームを出してハマ名物だった)


富山市は最新トラムを走らせ、中心市街地の復興を目指している。
岡山や熊本でもドイツ製の超低床車を導入、日本各地の路面電車が走っている広島でも、新型ドイツ製低床車も導入した。

路面電車大国ドイツでは、ミュンヘン、フランクフルト、マンハイム、ブレーメン、ニューンベルク、ハイデルベルク、と各地で最新トラムが走っているし、ブリュッセル、アムステルダム、ウィーン、チューリッヒ、ベルン、バーゼル、ストラスブールやパリでもトラム人気が各地で興っている。

これからの老人大国日本でも、地下鉄よりは超低床最新トラムがより優しい交通機関なのは明らかでしょうから。

ここでいただいたCD「ノスタルジック・ヒーロー・この街」を聴くと、野毛坂を音を立てて上っていく市電が懐かしく唱われている。

CDジャケット


これは3系統の生麦⇒山元町の市電だ。
日ノ出町駅前、不二家パーラー前をカーブを描いて十テイク映像が目に浮かぶ。
保存館内の電停カフェ(ただの自販機が置いてある休憩コーナーだが)で見ることのできる廃止直前・昭和40年代のフィルムにも、現在も変わらぬ不二家前をカーブする市電が見られる。
電線だらけの何とも貧しい街並みが、悲しくも懐かしい。
市電の駅名で一番長いのは「のげやまゆうえんちいりぐち」駅。
当店まで近く・・・ということもわかった。



先週は、中村とうようさんが自死されたと新聞が伝えた。
今でいうワールドミュージック分野の第一人者、LPレコードで各国のフォークミュージックを買うと必ず、とうようさんの解説があった。
氏のコレクションしたSP盤、LP盤、楽器などを小平の武蔵野美術大学に寄贈されて、展覧会が始まったばかりだったという。
「全部寄贈しちゃったから、もう原稿書けないよ・・・」と言っていたというが、なぜ、投身自殺を選んだのか。
氏の30年の音楽評論自選集、500ページを超える大冊「地球が回る音」(筑摩書房・1991年刊)がスゴイ。
義太夫・砂川捨丸の万歳、ひばり、都はるみ、ブラックミュージック、タンゴまで、広すぎ!

地球が回る音





















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