図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2011年12月

水の街・江戸・大坂・横浜

ハマは海と運河・川に囲まれた水の街ともいえる。
海に面した江戸の下町や大阪も水都であったように。
江戸は、隅田川と日本橋を中心に、人口の水路が街を巡り、物資が集まった。
例の荷風「日和下駄」でも、「水の章」が書かれたように、江戸の名残は明治・大正まで生きていた。
日本画家・鏑木清方が綴る「築地川」も、2本マストの洋風帆船が街を行き交う居留地・築地の水都の風景が印象的だ。
運河で囲まれた外国人居留地には、白か水色の低いペンキ塗りの木柵(垣)に、紫陽花やタチアオイの花、朝顔の青い花がからんだ洋館やホテル・・・エキゾチックな明治の水都への愛着があふれている。


また、大坂(阪)は淀川、木津川、尻無川、安治川・・・と中心・船場の掘割りが流れるまぎれもない水都。
テムズ川のロンドン以上の水の街の魅力を語ったのは吉田健一であったか?
水都のメインは大川の中州。中之島公園(堂島川と土佐掘割り川に分かれ、安治川で海へと入る)に立つと、今でもこの街の水都の雰囲気を感じることができる。
市役所、府立中之島図書館、そして、船場の相場師・岩本栄之助の寄付で建てられた中央公会堂と、街の顔が並ぶ。
大阪初のビアホールもここだ。

大阪名物は文楽、八百八橋と言われた橋の数、(実際は480位らしいが)そして、人出の多い橋下には、巡航船の停船場があった。
また、盛り場の道頓堀では、船の上から歌舞伎役者の「顔見せ」お披露目の挨拶が、つい昭和初期までは水都の面影を残していた大阪。
盆休みには、船場の主人・番頭・小僧も「船行き」と言って、大川の舟遊び(納涼船)に興じた。
運河沿いには蔵が残り、横堀川の家は川に向かって架け出しを作り、スダレや植木鉢を並べて涼んだ。
この水都も、戦後はその掘割りはほとんど埋め立てられてしまった。

最後に浪花・大坂の交通の要衝「四つ橋」の図を紹介したい。
「すずしさに 四つ橋を よつわたりけり」の来山の句碑が立つ大坂名所であり、夏の涼味を感じる俳人たちの大切な場所であった。
孟蘭盆会の夕方には、この橋から精霊船が登りを点滅させて流れる光景を見る人々で賑わったというが、(ここも大正時代にはビアホールもあったようだ)今は、何の風情もない場所になってしまったのが惜しい。
「摂津名所図会」の四つ橋図は、当時の様子を偲ぶことができる。

四つ橋


大阪のヘソ・船場については、宮本又次の名著「船場」(ミネルヴァ書房・昭和35年刊)がある。

船場


鏑木清方のエッセイは岩波文庫の随筆集「明治の東京」(山田肇編)が、今でも入手できる。

明治の東京


とうとう「川の運河」の横浜までたどり着けなかった。
次回で。

冬の星座観察

先週から今週にかけて、2つの天体ショーが連続した。
10日深夜の皆既月食と、14日深夜から翌日夜明けを中心とした、毎年の双子座流星群。
冬の田舎暮らしの最大の楽しみは、夜空の満天の星を見られること。
特に、双子座流星群の出現する12月の南の夜空は、オリオン座の王者が猟犬(オオイヌ座・シリウス)を従え、上方にはふたご座(昔から日本ではキンボシ・ギンボシと色分けして呼ばれている)が煌めいている。
寝袋から顔だけ出して地面に寝ていると、スースーと星が流れる。
驚くほど太い光線を引いて、長く落ちる流星もある。
今年のふたご座流星群は、街中の明るい夜空の中、しかも、すぐ近くに月が輝いて、条件は最悪の観察。
それでも、5分くらいの観察で、2〜3の流れ星を確認して済ませた。
夜空の星座観察は田舎に限る。

10日、深夜の月食は仲々面白かった。
終電を急ぐ駅への街路、ビルをよけながら月を探すが、なかなか見つからない。
街中ではビルの屋上か橋の上でないと、広い夜空が見えない。
もう、皆既月食に突入しているようで、月明かりがない。
いくら探しても、月はどこへやら。
皆既月食でも月は完全に消えず、形は残ると聞いていたが・・・。
(皆既状態は50分程度続いたようだ)
月が少し復活し始め、ダイヤモンドリング状になってから、首が痛くなるほど真上の天上に、橙色にかすんだ月を発見。
オリオン座の上に、異常に地球に接近した金星を見るような不思議な気分で眺め続けた。

金星と言えば、今年は金星観察に良い条件の年らしいが、野毛で140年ほど前のほとんど同じ12月9日、世界で初めてと言われる金星の学術調査観察が行われたことは、あまり知られていない。
その金星日面観察の記念碑は、紅葉坂の音楽堂の入口にある。
明治7年、金星日面観測地は日本が最適地とされ、長崎ではアメリカ隊、神戸ではフランス隊、そして、その中でも最適とされた横浜ではメキシコ隊が観測を行った。
宮先町39番地がその場所。
今でも、礎石が残されているという。

星の本はいろいろあるが、昔から愛読されているのは、横浜生まれの野尻抱影さんの本だ。
今でも文庫本で、そのいくつかを読むことができる。

星の神話

(野尻抱影は大佛次郎のお兄さん。英文学者で星の研究者・エッセイスト)
「星と民族」「星の神話」(講談社学術文庫)
「星三百六十五夜」「日本の星」(中公文庫)

また、星座観察に便利なのは杉浦康平(構成)、北村正利著の「立体で見る星の本」(福音館書店・立体メガネ付き)

星の本


ついでに、新宿の損保ジャパン東郷青児美術館で開かれている「アルプスの画家・セガンティーニ展」は、スイスに行く予定のない人にとって必見の展覧会。
(12月27日まで)

バーから立ち飲み屋に

野毛の冬は、都橋からのユリカモメの眺めと赤く熟したクロガネモチの並木から始まる。
12月に入るとその両方がそろった。
クロガネモチは樹の天辺近くに、遠くから眺めると赤い花が咲いているように実っている。
ヒヨドリが喜びそうなこの並木は吉田町まで伸びている。


この吉田町は野毛から伊勢佐木町をつなぐ画廊のある通り道といった印象だったが、近年、新しい店が増えてきた。
落ち着いたカウンター・バーの集まる街に変わりつつある。
先月、ポーランドで開かれた「世界創作カクテル・コンペティション」で総合優勝したバーテンダーY氏の「ノーブル」も、ここにある。
まだ、店を持たない若いバーテンダーにとって、吉田町にカクテル・バーを開くことは、ちょっとしたステータスになってきたという。
いい傾向だ。
画廊の方も、若いアーティストの意欲的な展示をするギャラリーが増えれば、「バーとギャラリーの街・吉田町」になるのだが・・・。
日本大通りに会ったザイムカフェのような、若い芸術家たちの拠点が近くにできればと思ったりするのだが・・・ちょっと無理か。
同じ大岡川沿いの黄金町地区と水上バスで結べぬものか。


ところで、高級カウンター・バーには程遠いオジサンたちのたまり場にも、若い女の子たちが進出してきたようだ。
イタリアのバールで立ち飲みするような感覚で、若い女性たちが東京近郊の立ち飲み屋を巡るガイドブックまで出現した。
平尾香「たちのみ散歩」(情報センター出版局 2006年刊)が、この本。

たちのみ散歩

横浜上大岡まで足を延ばして、オジサンたちと立ち飲みしていて、いかにも楽しそう。


家飲み派には、「晩酌女子のきれいレシピ」(大沼奈保子著 飛鳥新社 2009年刊)もある。

晩酌女子

この2冊(イラスト・写真・構成)ともよくできていて、おすすめ。


★今週よりクリスマスプレゼント用の絵本・児童書など特別展示販売しています。お立ち寄りください。
寒い日には、ホットワインをどうぞ。

地ソースとB級グルメの原点・お好み焼きの街・神戸

「B級グルメで地方都市の活性化を」というのが勢いをなくした商店街を持つ商都市の合言葉になっている。
厚木の白コロ(モツ焼き)や富士宮のヤキソバ、甲府の甘辛タレをからめた甲州トリモツ煮も経済効果は相当なもの。
特に富士宮のヤキソバは全国のB級焼きそば町に力を与えたようだ。
焼きそばと言えば、屋台のソース焼きそばのソースの香りが食欲を誘う。
埼玉にはソース焼うどんがB級グルメに挑戦するようだし、南信濃伊那地方のソースカツ丼という風に、ソース味は懐かしい昭和の洋食屋の味と結びついているようだ。


戦前から馴染みのウスターソースの味、トンカツ用のブルドッグソース、広島焼き・タコヤキから広まったおたふくソース位が東日本の人たちのソースのすべてであろうが、お好み焼き文化の発達した関西の人たちにとっては、地ソースというものがある。

元々ソースは洋食につきものだが、料理人が作るのが当然のもの。
洋食文化の普及とともに、ソースを専門に作る人が現れた。
その発祥は横浜ではなく、神戸と言われている。
明治29年、英国留学体験のある安井敬七郎が、神戸市兵庫区に作ったソース会社(現・阪神ソース)の「日ノ出ソース」が最初らしい。
大正2年には長田区に「二見ソース」。
大正12年には長田区にもう1件「オリバーソース」というように神戸には地ソースを作る会社が8社もある。


神戸とお好み焼き

「神戸とお好み焼き」(三宅正弘著・神戸新聞総合出版センター 2002年刊)を見ると、灘区・兵庫区・長田区のお好み焼き屋は、ほとんどが区内で製造された地ソースを使っているという。
(ブラザーソースの兵庫区、二見ソースとばらソースの長田区、プリンセスソースの灘区)
関西地ソースのブランドラベルは、ドリーム、ワンダフル、プリンセス、ばら、大黒・・・という風にそれぞれネーミングもキャラクターも味も個性的で、大手大量生産のソースが入り込む余地がないほどという。
「ブタオトヒメ」のラベルはユニークで、インパクトがあるので、お目にかけたい。

乙姫ソース



地ソースはスーパーでは仲々お目にかかれない。
お好み焼き店で業務用のソース瓶を見せてもらって、初めて個性的なラベルを知ることとなる。
と、ここまで書いて久しぶりに神戸のお好み焼きを食べたくなる。
牛スジ肉を煮込んでこんにゃくの細切りも入ったお好み焼きに、地ソースをたっぷり塗って・・・。
生タコを使い、たっぷりの卵の入ったタコヤキをだし汁でいただく、神戸名物「明石焼き」も・・・。
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