図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2012年03月

復興のデザイン

関東大震災のとき、「焼土全部買い上げ案」は実現されなかったが、東日本大震災の津波で全壊した陸前高田、大槌町、山田町などの場合はどうか?
原発汚染の町は当然復興予算19兆円(5年間)に含まれているだろうが、三陸の津波被害の街に適用されるのか?
街全体を一から作り直す町や村の復興には、都市計画や建築の専門家が必要だが、復興庁や県・市には人材はどの程度いるのだろうか・・・心配だ。

関東大震災の横浜復興に力になったのは、木村龍雄など総勢100人を超える横浜市建築課の技師たちであった。
復興院とは別に、これだけの人員を揃えたところに、復興にかける原富太郎を会長とする横浜市復興会の強い意欲を感じる。
その最後の大仕事が、木村が設計した横浜市商工奨励館の建築だ。
野澤屋を見殺しにした横浜市も、さすがにこの建物は壊せなかった。
現在、日本大通りに面する前面をそのまま残し、後ろに新しいビルをつないで、「情報文化センター」として利用している。
(新聞博物館や民間放送ライブラリーが入っている)

この建物の昭和4年竣工時に撮影された記念写真が、「なか区歴史の散歩道」(神奈川新聞・2007年刊)に載っている。
中央前列に木村と施工者・岩崎金太郎が座り、市の技師と関係者が、重厚なデザインの玄関をバックに写っている晴れの写真だ。

玄関前写真

玄関


横浜商工会議所が入っていたこのビルの階段や太い柱、照明デザインを見ていただきたい。
柱

階段

復興視察で行幸した昭和天皇も立ち寄られた待合室もきれいに修復されている。
天井

貴賓室



東北復興のためには、もっと建築家の力を取り入れてほしい。
従来通りの仮設住宅建築には、地元の業者や産業はほとんど潤わなかったという。
釜石市には、前に触れた建築家伊藤豊雄さんのプランがある。
石巻では工学院大の五島治教授(日本建築史)が、仮設の代わりに民間建材会社の支援を受け復興住宅を進めていると聞いたが、その後どうなったか?
仮設は撤退まで含めると500万円もかかる。
これに、全壊世帯に支給される最大350万円を加えれば、土地代のみでローコス住宅はできるはずだ。
土地代は被災地を国に買ってもらうことで、または、公営・低家賃のローコスト集合住宅も可能だ。
(やはり、仮設は厚生労働省・復興住宅は国土交通省という縦割り行政を調整する復興庁が遅れたのが痛かった)


岩手・宮城・山形・青森など木材の生産地も多い。
例えば、宮城県・仙台近郊の志津川町は林業の町・スギの産地だ。
(志津川湾の荒島の天然林はタブの北限、一木一草も持ち出してはならぬとされた天然記念物の森)
また、近く、北上川河口の登米(とよま)周辺は天然スレートの産地。
釜石トンネルを抜けた雄勝町は民家の屋根はスレート葺きで、重厚な家並みが美しい。
壁まですべてスレートで覆われた蔵まである!
このスレートは、東京駅の修理でも使われた優れた屋根材だ。
これら東北の地元の材を使わない手はない。

50万100万の巨大都市にはできなかったことが、三陸の3万〜8万のコンパクト都市では実現できる。
昭和30年代後半から、異なったほうに突っ走ってしまった現代日本の年や近郊農村を、自然と調和した美しい景観・家並みに取り戻してほしい。
ヨーロッパの歴史ある街並み、ポーランドやワルシャワでは、戦災で崩れ落ちた街並みを煉瓦一つ一つを元通りに積み上げ図面通りに装飾も復元して、恐ろしい手間をかけて昔の街並みを復元させたが、日本の美しい木造の家並みは、シンプルで早い復興が可能だ。
それも最新の技術も伝統の技も組み入れた日本式のエコロジーハウス・スマートハウス群や長屋風集合商店街が…。

復興のデザインА 縦の復興は民間の小さな再興から始まる―

野毛の老舗ジャズ喫茶「ちぐさ」が、同じく馴染みの「ダウンビート」近くの角地に復活した。
以前、野毛「ハナハナ」で限定期間のみ再生したことがあったが、今度は、30いる「ちぐさ会」が運営するという本格的なものだ。
昼間はこれまでと同じ喫茶、6時からはジャズ・バーになるという。
2階には、「吉田衛記念館」も併設されるらしいが、まだ見ていない。
「ちぐさ」の復活は、津波に流された陸前高田のジャズ喫茶「h・イマジン」の大船渡での再開と同時に行われ、東北被災地の復興支援も兼ねているのがミソ。
岩手の物産も販売する。
神奈川新聞に転載された河北新報の記事(レコードは1枚だけになってしまっても再建を誓うジャズ喫茶h・イマジン)は、反響を呼び、神奈川県内からジャズの名盤1400枚が届き、力になった。
「ちぐさ会」もこれを支援、同時開店にこぎつけた。

同じく、陸前高田を代表する酒「酔仙」の醸造元「酔仙酒造」も、津波で全壊し200基近くあった酒タンクも流されたが、同業者からの支援を受け、20キロ離れた一関市の酒蔵を借りて酒造りを始めた。
2・3年後には必ず陸前高田へ戻ると決めている。

今や気仙沼復興のシンボルともなっている蔵元「男山本店」も、常識破りの9月仕込みを決行して、町の復興へつなげようとしている。

切り抜き

国の登録文化財にもなっていた男山本店の社屋(築80年の洋風建築)は1・2階がつぶれ、3階部分だけが残された。
酒蔵は奇跡的に大きな被害を逃れ、発酵中の2つのタンクが男山の命をつないだ。
新聞・雑誌・テレビの報道により、全国の日本酒ファンから注文が殺到した。
男山本店の倒壊した立派な建物の印象も強く、支援は続いた。
酒蔵を中心にした地方都市の街作りを目指すNPO法人「酒蔵環境研究会」は、震災復興トラスト会員を募って支援した。
「お酒を呑んでからボランティア(呑みボラ)」になって、全国の日本酒ファンは支援することになる。

大槌市の被災した水産加工会社は、メイン銀行は融資を渋り、国の助成金が厳しすぎで再建をあきらめかけていた。
最後の手段で、ホームページで窮状を訴えたところ、全国の一般の人たちから支援が相次いだ。
この1口1万円の支援要請に対し、4000人から7000万円が集まったという。
これにより、再建のめどがついたという。


このように、民間の小さな復興が傷ついた街に元気を与えてくれる。
三陸鉄道に国の支援が決まったことはありがたいことだが、国の融資制度は中小企業の支援になっていないことが多すぎる。
提出書類ばかりを全壊した会社に求める硬直ぶりは、復興特区にふさわしくない。
被災者救済制度は柔軟な運用が出来ぬものか。
仮設商店街にまで建蔽率50パーセントを求めるのには、恐れ入る。
(この項続く)


ところで、関東大震災後の復興モダン都市東京に魅かれ、印象的な風景版画を残して忽然と消えてしまった藤牧義夫の展覧会が開かれている。
(鎌倉近代美術館・25日まで)

藤牧義夫ポスター

16メートルの線描絵巻「隅田川」全2巻は、隅田川岸辺の風景を克明に描いた謎の大作品。
九つの震災復興橋が架けられ公園も整備された関東大震災復興のシンボルを、独自のアングルから見ることができる。
(絵巻の展示は19日で終わってしまった。以降は下絵・試作品の展示となる)

復興のデザイン

3月11日が明けて、横浜は久しぶりに快晴となったが、東北ではまだ雪が降っているだろうか。
34万人の避難者たちは、3月11日をどう迎えただろうか。
家族を亡くした方々が、引きこもって1年を過ごされてはいないだろうか、心配だ。
仮設住宅に集会場やボランティアの運営するカフェが併設されているところはまだましだが、昔通りの仮設も多い。
先日もTVで放送されていたが、知らない人ばかりの仮設で孤立している、交わろうという気力もないお年寄りが気にかかる。

やっと起ち上げた国の復興庁も、最初から躓いている。
宮城県知事は、第1回目の高地移転予算が57パーセントしか認められず憤慨している。
当然だ!(岩手県は98パーセントが認められた)
県が絞り込んで、最初に提出した緊急の復興予算(待ちに待った申請!)を半分しか通さないとは!
「復興庁はまるで、査定庁となっている」と、知事の嘆きは深い。
平野復興大臣は、「国民の血税を使うのだから、厳しく査定するのは当然」と言っているようだが、被災地の実情をよく知っている大臣の発言とは思えない。
まるで、「国のお役人のカガミ」が言う言葉だ。


90年前の関東大震災の復興と同じような状況が繰り返されている。
「復興ではなく復旧が原則」と言う当時の大蔵省や帝都復興審議会は、復興院や横浜市の作った予算規模(当初は5億2000万―2億)を減額査定、削りに削り5200万にした。
残りは自治体で何とかせよ。と、いうこと。(東京は4億9000万)

東京では認められた道路拡張や小学校に隣接する公園も、横浜ではできなかった。
横浜市が重視した公園作りでは、市の中心・横浜公園内の野外音楽堂(これが無くなったのはさみしい)と、野球場だけはなんとか作ることができた。

スタジアム

街の95パーセントが被災した横浜(東京は73パーセント)、もう、復旧は無理と「横浜放棄案」まで飛び出した横浜が、5年間の復興事業で昭和4年完成した横浜公演野球場で「復興祝賀会」にこぎつけたのは奇跡に近い。


横浜市は宮城・山元町だけでなく、町や村が全壊しまとまらない自治体にもっと職員派遣してほしいが、どうか?
少なくとも建築制限のある中心地の復興プランは緊急だ。
人口流出が進むのは恐い。
都市計画の専門家や建築家の力を最大限に活用してほしい。
街作りプランを支援するという復興庁の役割は大きい。
被災1年を迎え、48の市町村が復興プランを発表したという。
10日の大槌町の復興プランだけを見ることができた。

8メートルの防潮堤、中心市街地の盛り土、JR山田線のかさ上げ復旧など、問題点が多く実現可能か?
復興総予算が示されていないのも、あまりの高額になりそうだからか?
今すぐ進められるプランになっているだろうか?

三陸の小さな町や村の復興に役立つ、お金のかからないプランを一つ。
江戸時代の金沢藩主による紅葉狩りの風景「犀川観楓図」(部分)と、「都林泉名勝図絵」より「東福寺・通天橋観楓図」を見ていただきたい。

紅葉狩り


通天橋ひだり通天橋みぎ

紅葉狩りは歌舞伎・謡曲・源氏物語でも日本美術でも、桜や梅の花見と並んで重要なテーマとなっている。
日本人の美意識にとって、モミジ・カエデの紅葉狩りはなくてはならぬ秋の行事と言えよう。
東北・三陸海岸沿いの街や村には、山桜や枝垂桜と共に、モミジ・カエデを植えて、花見や紅葉狩りの名所としてはどうだろうか。
江戸の元禄時代はカエデのブーム、園芸品種は100種を超えている。
カエデの分布は日本・中国が本場、日本のカエデの春の新緑や秋の紅葉の美しさは、世界に誇れる日本の美と言える。

明治・大正「横浜植木」の海外用カタログを見ると37種のカエデが載っている。
昭和40年代にも輸出は10万本を越える世界でも人気の樹木ツバキと並んで、人気の輸出商品だ。
カエデの紅葉は、日本料理の飾りや天ぷらばかりではない。
北米カナダの「さとうかえで」の樹液を濃縮したメープル・シロップは、重要な特産品。
カエデ類はすべて糖分を含んでいる。
東北に多いイタヤカエデも十分採れる。
イタヤカエデをはじめ様々なカエデ類を被災地に植えて、10年後の紅葉名所と特産のメープル・シロップを実現してほしい。
日本人はもとより、海外からも観光客を呼んで、復興を見てもらいたいが、どうだろうか。
またしても書ききれない。


復興のデザイン

江戸の風景版画が復興のヒントになりうるか?
先ず、「目黒新富士」を見ていただきたい。

めぐろ


目黒と言えば、落語の「目黒のサンマ」、江戸人にとっても殿様にとっても立派な郊外。
日帰りの行楽にはちょうど良い距離だ。
江戸の中心、日本橋に住んでいた幕臣・近藤要蔵は(蝦夷地や千島列島を探検した人)は屋敷を幕府に譲り、風光の良い三田の台地に移ってきた。
屋敷には三田用水から水を引き、滝や川の流れを作り、桜・松・楓を中心に植えた。
この地には、江戸の富士山信仰(富士講)の高まりから生まれた高さ10メートルの人口の富士山(目黒元不二)があった。
本物の富士山に登れない婦人・子供・老人たちのために、頂上に浅間神社を祀り、富士講の先達が願主となり、その信者たちが築いたのである。
多分「目黒のサンマ」の殿様も、ここで本物の富士山や丹沢の山々、松の古木を眺めながらサンマを食したことだろう。

近藤はこの富士近くの邸内に2か月がかりで、高さ15メートルの新富士を造った。
全山、芝で覆われた芝山からの眺望は素晴らしい。
桜の花時には風流人や婦女子に開放した。
人々は江戸人の憧れ・富士に登り、雪を頂いた本物の富士を拝んだことだろう。

このような人口の芝山は周りに山水の庭園やお花畑でもあれば、立派な観光資源だし、津波の避難場所としても有効だ。
無論、中心には瓦礫を埋め込む。
中心市街地に高台のない陸前高田や宮城の名取・岩沼・垣理地区、横浜市の支援する山元町にも有効と思う。
仲々再建の進まない町や村の神社もこの丘へ祀りたい。
同じ場所に、大きな寺や神社は古城のように石垣を組んだ高台にして、移転はなるべく避けたい。
大震災や戦災を受けた横浜も中心市街地から、寺や神社が移り、街の魅力の重要な部分が消えた苦い体験がある。(このことは別に書きたい)
神社本庁は被災した神社に義捐金を分配しているが、小さな神社に及ばない。
氏子の大部分が被災した神社への支援が望まれる。
小さな祠と鳥居からの出発でも、復興のシンボルになるだろう。

海辺の堤防もガレキを埋め込み、外は石組でも良いが、内側は土手状にして植物の生える自然の緑にして、桜や松の並木のある散歩道を作る。

すなむらふかがわ


















図は水辺の景勝地として有名だった「砂村の元八幡」と深川の八幡」





















被害の大きかった低地は国や県市が買い上げ、水辺の湿地に戻したい江戸でいえば、「堀切の花しょうぶ園」だ。
日本各地から名品種を集め、繁殖させ、板張りの散歩道を作り、八つ橋や屋根付きベンチ付きの木橋のある名所としたい。

三陸の町々は漁業の盛んな港町石巻・気仙沼・宮古などの漁港や港の施設の復興が急務だが、人口減少の日本の中、町をコンパクトにして、日本の美しい町・村をいち早く実現してもらいたい。
大船渡には「世界の椿館」があると聞く。
仙台にはモミの大木のある原生林・青葉山がある。
岩手の山々は、春はカタクリの群生が良く見られる。
みちのくは桜の名所も多い、
各村々、町々でその土地にふさわしい自然を取り入れた街づくりをしてほしい。

3月は梅、4月は桜(特に変化の多い東北の山桜)、カタクリ、椿、5月は藤、6月は花菖蒲、7月は?
8月は蓮の花。
9月は萩、10月はもみじ・楓の紅葉…。
冬はバードウォッチング、鶴や白鳥の来る湿原造り。
国は三陸海岸を結ぶ国立公園造りを目指しているようだが。

家の再建、復興の街造りは、木の街造り、特に東北の地元材を大量に使って、東北の林業も同時に復活してもらいたいが、もう、紙幅が尽きた。
また、次回。


当店から歩いて30歩の「むさしや」は、看板はないが日本で最も有名な居酒屋の一つ。
横浜での芝居作りに徹している五大路子さんの夢座はこの小さな店を取り上げて公演している。
「野毛武蔵屋―三杯目の奇跡」(夢座第10回公演)がこれだ。

武蔵屋ポスター

7日(水)まで、ランドマークホール。
「横浜・野毛には七坪のヒューマンスポットがある・・・。」がうたい文句。
おすすめします。
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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