図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2012年06月

雨の日は・・・

梅雨時の台風の名残か、霧雨が音もなく降り続けている。
ウグイスやホトトギスの鋭い声の合間にカッコウの声まで混じってきた。
この辺りでは、ちょっと珍しい。
ネムノキの葉に霧雨が集まり、水滴となってキラキラ光っている。
グミの実がもう赤く染まって、重たく垂れている。
雑木林ではリョウブやミズキの白い花が目立ってきた。
こんな静かな雨の日には、単純だが、つい目の前の「雨の日」に手が伸びてしまう。

雨の日


小林勇「雨の日」は、無論雨のことだけを書いた随筆ではないが、雨好きだったこの人の雨へのこだわりが窺えるエッセイがいくつか巻頭に並んでいる。
「雷雨」「颱風のあと」「風呂と雨」「じゅずだまの雨」「雨の名月」「ふくろうと雨」「川のほとり」・・・。
「冬青庵で雨をきくのは私には或る寂しさを伴っているが、楽しい心持である。そして、この家の樋をつたう雨の音は、他に較べるものがないほど良いと思う。雨樋はすべて木で出来ており、家の四隅に、四本の縦の樋があり、そこから下に掘ってある溝に落ちるようになっている。その音が静かで心にしみるのだ。」

この小林の鎌倉にあった冬青庵が、今はこの山梨の書庫兼家のすぐ丘の上、「白樺美術館」横に移築されている。

冬青庵


冬青庵2

黒板塀で囲まれた田舎風の家は、原三渓に鍛えられ、古材を使って田舎家風な茶室建築を作らせたら名人と言われた山田源市が作ったものだ。
小林勇は岩波書店の番頭格だった編集者で、同郷の主人岩波茂雄の二女を嫁にしている。
岩波はこれに猛反対したらしいが、昭和16年、当時かなりの建築オタクだった岩波茂雄がこの家を贈ったのだ。
岩波は、箱根・福住楼の有名な風呂場に巻き尺を持って行って測る程、建築に夢中になっていた。
(岩波の熱海にある別荘「惜檪荘」は、吉田五十八の設計。敷地に会ったクヌギの古木を活かした和風家屋だ)
岩波は山田源市の建築が気に入って依頼したが、名人は施主・岩波の細かい注文はほとんど無視して、藤沢にあった築150年位の農家の古材を利用して冬青庵を建てた。
冬青とはモチノキのこと、敷地にあった十数本のモチノキにちなんで幸田露伴が茶室に付けた名を使っている。
水墨画家としての雅号・小林冬青もこれだ。

今、鎌倉市の川喜多映画記念館になっている東和映画の川喜多家の主の家も、山田源市が和辻哲郎家として建てたものだ。
ここの縁側で花見をするのも小林冬青の楽しみの一つだったようだ。


このように、建築オタク、庭狂いは金がかかる。
原三渓ならば問題はないが。
この冬青庵を移築した白樺美術館の吉井画廊主人・吉井長三さんも、かなりの建築オタクだと思われる。
サクラの古木で囲まれた小学校跡の敷地には、セザンヌの愛すべき小品がある白樺美術館がある。
これは、谷口吉生の設計。
エコール・ド・パリの画家たちを輩出した集合アトリエ「ら・リューシュ」を復元した。
ルオーのステンドグラスがあるルオー礼拝堂も谷口吉生設計。
梅原隆三郎のアトリエを移築、これは吉田五十八の設計したもの。
木の上の茶室「徹」は、藤森照信設計。
そして新しく、クラーベの絵を展示した「光の美術館」ができた。
これは安藤忠雄の設計。
吉井さんもかなりなお歳になられたが、今でも銀座―パリ―山梨を飛び回る生活のようだ。
驚異的!


冬青・小林勇の本は「遠いあし音」「人はさびしき」「竹影」「蝸牛庵訪問記」「惜檪荘主人―ひとつの岩波茂雄伝―」など、たくさんあるが、ここでは娘にあてた絵はがきを集めた画集を紹介したい。
「娘への絵手紙」小林勇(1997年・アートデイズ刊)

娘への手紙


ツバメの来る町・来ない街

野毛にツバメがやって来ている。
空地にマンションが建ち、もう今年は無理かなと思っていたが、ビルの扉のない駐輪場の入口上に巣作りを開始。
今では、もう、二羽のひなが大きく育っている。
このあたりでは唯一のツバメ一家と思われるが、これだけでもこの街は救われている。
近ごろ、野毛でのさばっているカラスの暴力団一家から、ひなを守らなければならない。
生ゴミあさりにあまり収穫のなかった食いしん坊カラスに、ひなが襲われたらひとたまりもない。
親が気づいても、この圧倒的な体力差ではほとんど何もできない。
ツバメはいたずら小僧が巣を落とすのは恐いが、人間に頼るほかはない。
人の出入りがかなりあり、高すぎないところで、雨風に影響されないところ、ツバメを益鳥と守ってくれる人がいれば、それに越したことはない。
プランターの土や、イネ科の細かい葉を持つ雑草を公園から運んできて、唾液を混ぜて巣を作る。
人間の温かい目を意識した繁殖パターンは、ツバメ自らが選んでしていることだ。
ツバメは家も街も選ぶ。
ツバメのいなくなった街は、人間にも生きにくい。

書庫のある山梨の家の近くは旧甲州街道の街並みが残り、ツバメの多い町だが、我が家には未だツバメはやってこない。
雨が近いのか、すぐ山の近くの川には低くツバメが飛び交っているが・・・。
ツバメが来るように軒を深く取り、中間には雨の当たらない通り抜けの通路も作っている我が家だが、ツバメの眼には一顧だに価値のない家のようだ。
人の気配がないのだから・・・。

前回行ったとき、ホウの木の下枝にツバメの幼鳥らしき鳥が1羽、デゴイのように動かずじっと止まっていたが、あれはツバメだろうか?
尾羽が短いので、イワツバメだろうか?
この辺から八ヶ岳山麓にかけて、標高の高い清里などもイワツバメが多い。
カメラを探しに行き戻ったら、もう何もいなかった。
幻だろうか。



今回写真がないので、、前回に咲いていたサンショウバラ(ハコネバラ)をお目にかける。

サンショウバラ

箱根周辺に自生している野生のバラだ。
すぐ散ってしまうので生け花には向かないが、茶花にはふさわしい花だ。
箱根・強羅公園の雲洞(鈍翁→三渓→耳庵と続いた茶室)の茶会にも使われていただろうか?

*今週末から、絵本のバーゲンを始めます。
(ほとんど50%オフ!)
是非、お出かけください。

街の木・庭の樹

梅雨の季節に似合うのはアジサイばかりではない。
野毛坂のヤマボウシ(山法師)の白い花も雨の中で見る方が風情があって美しい。
この1週間が見ごろだろう。
ここを下った吉田町はカツラ(桂)の並木で以前仲々美しいと書いたことがあったが、冬の剪定(枝切り)がメタクチャで、この新緑の美しい季節にロクな新葉も出ていない。
これでは、夏の緑陰など望むべくもない。
プロの仕事とは思えない。

カツラ並木1

イチョウやプラタナスと同じ剪定をカツラで行っては無茶な話だ。
カツラは主幹の先端を切られ、葉の付く細めの枝はすべてを切られて、情けない状態になっている。
近くの伊勢佐木町のカツラは先端を止められているとはいえ、まだ枝の多くを残していて、日差しの強くなる季節に木陰を作っている。

カツラ

カツラの木はできるだけ自然のまま高く伸ばさねばならない。
通行人の邪魔になるような下の枝だけ枝もとから切る位でよい。
横にそれほど広がらない姿のよい樹形だから、歩道の広めの大きい道には街路樹としてもっと利用されて良い木だ。
カットするならば、他の樹種を植えたらよい。
カツラは新緑も黄葉も美しい木で、剪定も必要なしだから、むしろ公園に植えた方が良いのかもしれない。



山梨の書庫兼山小屋の玄関脇にもカツラを植えたが、1メートルの苗木がすでに15メートル位に成長している。
横に広がらないので、狭い庭でもシンボルツリーとしてはふさわしい木だ。
だが、この庭のボスは書庫脇のカシワの木だろう。
度重なる冬の落雪(長く急な屋根から雪が滑り落ちてくる)にも、とうとう耐えた。
王者の風格だ。
成長も早く樹高もカツラ並み。

カシワ


この山梨の120坪ほどの庭にはもともと樹木は1本もなかった土地だが、20年ほどたった現在は何種類の樹があるのか、端から数えていくと50種を超えてしまった。
背の低い灌木類ものぞいて、ツバキの品種も一つと数えてこの数字は少し多いかもしれない。

トチノキ、ネムノキ、コナラ、クヌギ、カヤ、ハナノキ、ヤマボウシ、ハリエンジュ、クロモジ、シナノキ、マンサク、ロウバイ、ウメ、エンジュ、オーク、センダン、キハダ、リョウブ、ホウノキ、ミズキ、イタヤカエデ、ツバキ、カキ、ケンポナシ、コウヤマキ、ウラジロヨウラク、ハクウンボク、ウワミズザクラ、サンシュウ、オオカメハキ、カリン、プルーン、ナンキンハゼ、キブシ、カシワ、サンショウバラ、オオバ、アサガラ、シラカシ、ソヨゴ、・・・きりがない。
オリーブやイチジクなども何度か植えたが、冬の寒風が厳しいのか、枯らしてしまった。
木は本や図鑑の知識だけでは識ることのできないことが多すぎる。
身近に植えてみなければならない。
串田孫一さんの教えだ。

ほとんどが幼木を植えたものだが、エノキ、ミズキ、ウワミズザクラ、ヤマボウシなどは、鳥が運んだものである。
この辺はオオムラサキ(国蝶)の生息地として有名なところだから、エノキが自然に増えてくる。
夏のエノキの枝を上手に整理して枝切りをすることが、草花を楽しむ園芸課としては重要な作業となるのだが、週末の田舎暮らしでは仲々できることではない。
ちょっとした光のバランス、光量によって小さな花たちはすぐ消えてしまう。
ターシャ・チューダーの悩みと同じナヤミが、この狭い庭では顕著になる。
樹木は上手に樹種を組み合わせて植えれば、自然に太陽の光を分け合って、たとえジャングル状態になったとしても、その住処をそれぞれ維持していくものだ。
無理なものは枯れてしまうが…。
その近くの草木植物は影響を相当に受けてしまう。

以前あれほど殖えていたエイザンスミレはほとんど消えた。
シャガが殖えてしまう。
イカリソウもニリンソウもジュウニヒトエも消えかかっている。
目の敵にしていた崖のススキやニガイチゴも自然に消えていく。
立派に生えていたワラビもいつの間にか消えてしまった。
竹で光が減った場所は、エビネが殖えつつある。
この竹林にはクマガイソウが良く似合うのだが、ちょっとお金がかかる。
光の微妙なバランスがすべてだ。

この6月は樹の花の季節。
ミズキやホウノキ、ハクウンボクの白い花ももうすぐ咲き始めるだろうが、少し珍しいオオバアサガラの美しい花が咲きだしたのでお目にかけたい。
簪(かんざし)のように垂れた白い花がつつましく木陰に映える。
好きな樹の花のひとつ。

オオバアサガラ



今月は本の整理月間?月・火・水はほとんど店は休みになります。
週末にお待ちしています。
(今回は長すぎた)

田舎暮らしはつらいよ

たまの田舎暮らしは忙しい。
特にこの季節から夏が終わるまでは、のんびり田舎暮らしとはとてもいかない。
庭の黒竹がたくさんのタケノコを出してくる。
未だ、柔らかいうちに採らねばモウソウチク並みに大きな竹林で囲まれてしまう。
ウメは実を大きくして収穫を待っている。
さんしょうの葉も摘まなくては・・・
ベランダの横の茶の木は、ツヤツヤの新芽(茶はツバキの仲間だ)を大きく伸ばして、「茶摘みはまだかいな」と言っているようだ。

お茶の葉

この茶は、上にエノキの枝が新緑を伸ばしてきたので、ちょうど「かぶせ茶」のような具合で、いかにも美味しそう。
柔らかい芽をつまんで噛んでみる。
「よし、今晩のデザートはこのファースト・フラッシュに決まり」
フライパンを使っての手もみ茶だ。
「さて、晩酌の肴は? ワラビか、(ワラビは7月頃まで採れる)ウドか? まだ柔らかいフキか、野生のミツバの卵とじもいいな・・・」などと。
とても庭の雑草取りのヒマは無し。
この間まで、ヒメオドリコソウ(名前が似合わない)とカキドオシで埋まっていた庭は、今やハルジオンが占領している。

窓下雑草


近くの住人・荒川じんぺいさんの本に出ていた「週末田舎暮らしの悲惨な話」は、前に書いたかどうか?
雑草取りに明け暮れる週末の生活に疲れ切り、田舎暮らしをあきらめる話だ。
キチョーメンでキレイ好きな人は、週末の田舎暮らしは無理だ。
特に、春〜夏の季節は。

雑草取りを一度だけで済ませるには、標高1000m以上の高原住まいに限る。
植物の勢いも種類もまるで異なる。
しかし、冬の暮しは覚悟がいる。
すべてが凍る世界だ。
カチンカチンで、夏の草刈りが懐かしく楽しい思い出となるだろう。
この標高の微妙な境が問題だ。
理想は5〜600mから、800mくらいの、今頃になるとツバメがやって来る古い集落があるところだ。
近くに川が流れ、紫色の桐の花が咲きだした向こうには高い山が望まれ、泉が湧いている場所(温泉もあればよいが、あまり高望みはしない)がベストだ。
庭に植えた木が次々と花をつける季節だ。
ハリエンジュの花はここでは終わりかけだが、200mも登れば真っ盛りだ。

河原

ニセアカシア

次回は好きな「樹の花」について書きたい。



このところ意中の作家・音楽家が続けて亡くなった。
おすすめコーナーに置いたばかりだった「音楽少年誕生物語」の、オペラ声楽家で評論家の畑中良輔氏が5月24日に亡くなった。

音楽少年

続いて、吉田秀和さんも22日に亡くなっていたとの報が届いた。
吉田さんの鎌倉住まいは30数年くらいのようだが、鎌倉の作家・画家などほとんどいなくなった中、最後の鎌倉文人といったオモムキの人だった。
吉田さんの本は何冊も常備本として置いているが、文庫本だけを集めてコーナーを作り追悼としたい。
98歳にして、こんなに頭の冴えた人を知らない。
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
クリックして応援!
どちらのボタンもクリックしていただけると応援になります。よろしくお願いします。
にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
記事検索
携帯電話からもご覧になれます
QRコード
  • ライブドアブログ