図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2013年04月

豆台風、日本に上陸

4月半ばに、フランスから豆台風がやってきた。
大人だけの生活は、いっぺんに様変わり。
毎日、母親と6カ月のチビ台風、もうすぐ3歳の豆台風に翻弄され、何も考えられなくなってしまった。
起きている間はサービスにあい務め、敵が寝てからはこちらもくたびれ果てて眠ってしまい、最近調べ物も読書もほとんどできていない。

alban


山歩き


寝姿

この可愛い台風たちは、1か月以上、日本に滞在する予定だ。
…と、言うわけで、今週はお休みです。
来週も怪しい。

復興はどうなっているのだろうか?

マダニの件はやっと続報を見た。
死者は確定できぬのか書いていないが、7〜8人か?
マダニのもつウイルス感染病SETS(重症熱性血小板減少症候群)には、まだ特効薬はないようだ。
噛まれないよう、野生動物が出入りするけもの道の周辺には近づかない。
家のペットには、駆除剤対策をしておくこと。
外出した犬・猫に取りついたダニは、たっぷり血を吸って何十倍にも膨らんで通り道に落ちていrる。
・・・中国の新型鳥インフルエンザも食用ハトばかりでなく、野生のハトからも検出された。
渡り鳥を介在して、日本に入る日も近いか?

ところで、先の石巻〜気仙沼〜陸前高田の旅で知りたかったのは、復興の兆しを少しでも見つけたかったことと、木材生産地として知られる南三陸の志津川地区の植林とその被害。
三陸海岸近くの植林の様子はちょっと想像できなかったが、やっと見ることができた。
入り組んだ海岸近くの丘はほとんどすべて、杉の植林が成されていた。
山側の平地、小川の脇などにも大きな杉の森が出来ていた。
津波は小高い丘のスギ林の下方まで来ていて、根元だけを残して引きちぎるように海に持って行ったようだ。
引き波の威力が相当に大きいのを感じる光景が、いたるところで見られた。

津波跡

神社や寺の参道の巨杉も海水をかぶり、枯れた巨木も多い。
これらの材は有効に使われて欲しい。
流木となって廃材置き場に会った杉材の丸太を使って建てたのが、陸前高田の仮設住宅の集会場となる「みんなの家」だ。
小生が最後にたどり着いた陸前高田は陽が落ちて真っ暗だった。
高台の仮設の看板だけが見えた。

役所役所入口










もうひとつ、防潮堤のことが気になる。
海岸線には8.5M、9Mといったポールが立っているが、これはコンクリートで造るのだろうか?
宮城県知事は、平均8メートル位の防潮堤ですべてを囲むつもりのようだが、それでよいのだろうか?
気になっていた公設の集合住宅は1、2を除いてまだほとんど実現できていなかった。


ここで、「蟻の兵隊」の池谷薫監督の新作ドキュメント「先祖になる」を紹介したい。
先祖になる
陸前高田の77歳の震災後を描いている秀作。
「家が流されたらまた建てればいい…大昔から人はそうやってこの土地を生きてきた。」


ついでに、連休中の安くて楽しい穴場スポットを紹介したい。
川崎大師隣の大師公園にある「瀋秀園(しんしゅうえん)」。

ボタン池
ボタンの花と名石鑑賞、本格的な中国式庭園が楽しめる。

裏山の植物誌

東京奥多摩や山梨の里山にも山桜の季節がやって来ている。
いつもより、やはり2週間くらい早い。
この季節の中央高速から見る山々の美しさは格別だ。
枝だけの骨のような冬木の山々が声明を取り戻してくる芽生えの季節。
次第に黄緑へと移っていく春の日本の山々の美しさは、ちょっと類がないと思われる。

灰色から様々な淡い色を内包して黄色に見える森に、所々山桜の白や淡いピンクに彩られて、春の華やかな印象が際立つ。

山桜

淡い緑のパッチワークのように杉の植林が少し入った山も面白い。

わが裏山の林縁にヤマブキやキジムシロの黄色い花が目立つようになれば、春も本番、農作業でも遅霜の心配もなくなる時期と思われていたが、今年はまだそうはいかないようだ。
ヤマブキキジムシロ






先週は近くの諏訪地方が冬景色となって、桜の咲く枝に雪が積もるシーンが見られた。
河口湖も−3℃、山中湖では−7℃になる朝もあった。
鼻や新芽が早くなっても、霜の心配は例年並みに続くようだ。
我が家の茶の木や椿も寒さで枯れた枝が見られたが、ニリンソウやイカリソウ、ヒトリシズカ、エイザンスミレなど、山野草たちは元気に花を咲かせた。

イカリソウヒトリシズカ
エイザンスミレ



中国では新型鳥インフルエンザが上海から北京まで拡がりを見せ、死者14人、感染者63人と伝えているが、今のところニワトリなどに直接かかわらなければ心配はない。
小生には野外にどこにでもいるマダニによる死者が何人か出ていることの方が怖い。
専門家はあまり必要以上に恐ろしがることはないと言うが…。
マムシや毒キノコ、毒草ならともかく、ダニなどでは死にたくない。
山菜取りの季節だから、自然と草むらに入る機会が多い。
ツクシがそろそろ終わり、ワラビやタラの芽の季節に入って来た。
どうしてもこっちのニュースの方が気になるが、その後死者は増えているのか?なぜ、死にまで至るのか。
知りたいニュースがなかなか報じられないのかもどかしい。

集落の神社がまつられている裏山の花たちをご紹介したい。
イチリンソウやホタルカズラの群生がこの山の宝物だが、あれほど多くみられたホタルカズラの青い花が今年はめっきり少なくなってしまったのが気にかかる。

イチリンソウイチリンソウ2
ホタルカズラ



ジュウニヒトエやスミレ類、アケビの花はいつも通り咲いている。

ジュウニヒトエアケビノハナ

野生の草花は光の量やちょっとした環境の変化で突然消えてしまったり、大群生したりと厄介だが、ほとんどが人間のやったことがそのまま影響された結果だと言っていい。
大切にしたい。

保土ヶ谷宿を歩く

東海道の宿場町・保土ヶ谷(程ケ谷とも書く。駅名は当初の明治20年から昭和6年までが程ケ谷を使う)は、もう市電の廃止間際に弘明寺と結ばれたが、長く市電の終点(保土ヶ谷橋)であったから、紛れもなく横浜の東海道沿いの郊外だ。
(現在は次の宿場・戸塚が横浜郊外都市の副都心となっている)
横浜開港時には、神奈川やこの保土ヶ谷宿の商人たちがいち早く新開地横浜へ移ってきた。
保土ヶ谷本陣、問屋、名主の三役を世襲していた名家・苅部清兵衛の十代目、十一代目は横浜町の総年寄りを命じられ、横浜道の新設工事や町政に尽力した。
幕府瓦解後、本陣は明治3年に廃止され、苅部は軽部と改称したが、今でも軽部家の名はそこかしこに見られる。
この地域で一番古い歴史を持つ大仙時が軽部家の菩提寺、立派な墓が並んでいる。

今の保土ヶ谷に昔の宿場町の面影は期待できない。
国道1号線沿いにいくつか古い家を見ることができたが、マンションが次々と建って、今では、明治2年築の旅籠の面影を残す本金子屋だけになってしまった。

本金子屋


本人、脇本陣、茶屋本陣も問屋場、高札場も跡地ばかりだが、いくつかの庚申塔と重要な道標(石造碑)だけが残っている。
特に、金沢方面への分岐地点、金沢横丁に建つ4基の石碑が見もの。

石碑

一番古いものは「かなざわかまくら道」の道標、天和2年(1682年)建立。
左側に、「ぐみょうじ道」とある。(右から2番目)

かな…石碑



次に古いのは、一番大事な「圓海山之道」、天明3年(1783年)建立。
峰のお灸で有名な円海山への道標。


3番目が道標としてはユニークでしゃれている俳句を刻んで、杉田への道を表した碑。

杉田梅林への道しるべ

文化11年(1814年)の建立。
「程ケ谷の枝道曲れ梅の花」と其瓜(きそう)の句が使われている。


4番目は一番左の「富岡芋大明神への道」。
弘化2年(1845年)建立。
富岡の長昌寺は、疱瘡除けの神として信仰を集めていた。


横浜開港で東海道を散策した外国人に人気があった旧保土ヶ谷宿の元町。
ワラ屋根が街道沿いに続く大内宿のような家並みの屋根上にはイチハツが茂り、初夏には花が咲いているのが評判となった。
ワラ屋根の農家は、昭和30年代までは少し残っていたが、今はない。
旧街道の面影を最後までかなり残していた権太坂を登りつめた境木あたり。
戦前には林間学校も開かれていた松並木の残る山道。
ここは東海道最初の難所、投げ込み塚もあるくらいに人も馬も命を落とした。
境木はその名の通り、武蔵野国と相模の国の境、地蔵堂にはケヤキの大樹があったと言う。
広重の「五十三次名所図会」には、境木の立場茶屋が描かれている。

保土ヶ谷宿版画


戦前の箱根駅伝はこの旧道を通ったのか?
かなりの急坂だ。
保土ヶ谷宿のマンホールには、箱根駅伝が図案化されていて楽しい。

マンホール蓋

街の最後の砦や山桜はもう消えていた

今年の春もかなりおかしい。
3月中に25度を越える夏日と雪の北海道が同居する事態に桜前線も乱れた。
桜前線は関西を飛び越して、関東地方の開花が以上に早まった。

八ヶ岳高原南麓の白州も、遅れた梅の開花に桜が追いついた。
近くの樹齢2000年と称する「山高の神代桜」も、いつもより2週間早く満開になったとラジオで伝えていた。
未だ、梅もきれいに咲き残っている。
一の宮の桃畑も満開で、山麓の斜面をピンクに染めている。
今年の「桃の花マラソン」には、ほとんど花が散っているだろう。
北海道の春を思わせる風景だが、この辺りの雑木林の春はやっと始まったばかりだ。
冬枯れの林の春一番のコブシの花が少し早く咲いている。

コブシ

ウグイスカグラの朱い小さな花や、クロモジの小さな黄色い泡のような花も咲き始めているが、あまり目立たない。
ウグイスカグラの花時には、必ずウグイスが鳴き始める。

ウグイスカグラ


最初から完璧に鳴くのもいれば、何度鳴いてもうまくいかないものもいるのはいつものことだ。
キジの一声、二声も印象的だが、コジュケイの甲高い声が一段と目立つ。
「チョット、コイ!チョット、コイ!」と盛んに誘いをかけるが、小生にそんな暇はない。
今年は、ツバメの飛来も早い。
川の上を何羽も飛び交っているのを見た。

横浜近郊では、ケヤキ並木の芽吹きも進み、雑木林も淡い黄緑色に煙ったように色づいている。
林床のタチツボスミレやシュンランもとっくに咲いている。

シュンラン2

いつも彼岸の墓参りに咲いていたキブシのカンザシ状の花はもう終わりかけている。

キブシ


この季節が雑木林の一番美しい時だ。
コナラやクヌギの芽吹きが進み、微妙なミドリの色合いの中で、普段はあまり目立たない山桜が咲きだしている。
花色は白で、花弁の大きさも様々、同時に出る新葉も黄緑からかなり赤が濃いものまで変化に富んでいる。
この山桜の名品や長く村人や寺などに守られた巨桜を求めて全国を巡って穂枝を集めて歩いたのが、京の桜守・十六代目の佐野藤衛門だ。

大岡川沿いの桜もこのところの寒さで、まだ美しく咲いているのを京急の車窓から眺めながら、久しぶりに弘明寺から上大岡あたりの丘の山桜を見ようと目を凝らす。
この季節の楽しみは、何気ない小さな丘にも意外と山桜が多いことを知る喜びだったが・・・。
うかつだった。
車にばかり乗っていては気づきにくい・・・そんな風景はすっかり消えていた。
どの丘も頂上まで人家で埋まっている。
開発を免れていた小高い丘の雑木林はもうほとんどない。
最後の砦として急斜面・崖のミドリだけは残っていた丘も、コンクリートで固め、削った土地には高いマンションが建っている。
急斜面の開発を制限していたから貴重な街のミドリが守られていたのだが、これを緩めたのはどの市長の許しであったか知りたい。

コンクリートで固められた山頂に盛り上がるように建物が重なっているのは、イタリアの城壁で守られた山上都市を見るようだ。
しかし違うのは、歴然。
イタリアでは、麓は田園風景が広がっているが、ここではその下もぎっしり家で囲まれている。
さすがに、緑地の急滅に危機を感じた横浜市は「みどりアップ計画」(平成21年度からの横浜みどり税が活用されている)を打ち出したが、あまりにも遅すぎだろう。
郊外ではまだ間に合うところもあるかも知れないが・・・。
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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