図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2013年10月

お神楽拝見・橘樹神社

現代横浜の地理的センターは、保土ヶ谷ということだ。
地図をみると、なるほどJR「保土ヶ谷」駅から、相鉄「天王町」駅あたりの旧東海道・保土ヶ谷宿入口が横浜市の中心、ヘソであると確認できる。
特にこの街の中心は、「橘樹」(たちばな)という由緒ある地名をいただいた橘樹神社。

橘樹神社

武蔵国橘樹群という地名は7世紀後半まで遡る歴史ある地名だ。
この神社の創建は古く、文治2年(1186年)と伝えられている。
江戸時代は牛頭天王社と呼ばれ、天王町の名もここから来たようだ。
大正10年に改名され、橘樹神社となった。
当時拡大を続けていた横浜は、近郊地域を編入していく「大横浜」構想が始まっていた。
鶴見も保土ヶ谷もまだ、神奈川県橘樹郡だし、大岡川村や屏風ヶ浦は久良岐郡だ。
(昭和2年に編入)
橘樹神社は楠の巨木と共にもう一つ、横浜最古の記録を持つ青面金剛の石仏が大切にお堂に祀られている。
(寛政9年・1669年)

石仏

現在でも、帷子川が流れるこの街の広場として、橘樹神社は大いに機能している。
毎月第4土曜日はアンティーク位置が立つし、商店街と共にフリーマーケットが良く開かれている。


この日、10月27日、日曜日。
台風で延ばされた神楽が見られるというので、行ってきた。
七五三のお詣りも多いこの日、去年に続き、岩間市民プラザの第二回目の「神楽でござる!2013年」の演目は、神代神楽「熊襲征伐」とお伽神楽「浦島太郎」。
(去年の演目は「天孫降臨」であったそうな)

浦島伝説の残る横浜の地で、神楽「浦島太郎」が奉納されるのは結構なことだ。
ストーリーと結末が気にかかる。
天気に恵まれ、人出もまずまず。
前日の大雨で古い神楽殿の雨漏りも心配されたが、無事に行われたのはナニより。

神楽殿

子供たちの演技は、10年後に期待というところ。
浦島太郎の結末は千年後、浜に帰った太郎は玉手箱を開け白髪老人になり、鳥となって舞って行った。
乙姫様の住む竜宮城に向かったらしいが、空の上にも竜宮城はあるのだろうか?
横浜の浦島伝説を取り入れて、浦島後日談も欲しかったが、無理か。
いずれにしても、都市近郊の神楽殿のある由緒ある神社では、お神楽や歌舞伎の奉納や踊りや舞の奉納が途絶え、神楽殿が使われずにいるのは寂しい。
年に一度の祭りでも、歌謡ショーの舞台だけではもったいない。

橘樹神社では、11月23日(土)にも子供歌舞伎が奉納される。
八王子街道(絹の道)の通るこの街のシルクロード商店街では、「お練り」も行われるし、当日はアンティークバザールも開かれる日だから、皆様も足を運ばれてはいかが。
演目は「釣女」「白波五人男」「三人吉三」・・・その他いろいろ。


ここに来るもう一つの楽しみが残っている。
東海道を2・3分、横浜方面に戻れば、買い物好きにはたまらぬ聖地に突入する。
横浜一の賑わいを見せる洪福寺松原商店街。

洪福寺松原商店街

ミカン一山200円、魚の干物3枚200円・・・安い!
一昔前の賑わいがここにはまだ残っていて、懐かしい。

山都・盛岡、そして松本も

一般に標高の高い高地で、周りを高い山々で囲まれた都市は山都と呼ばれるにふさわしい。
岐阜県の高山などがすぐに思い浮かぶ。
山々で囲まれた隔絶の地ではなくとも、日本アルプス登山の入口となっている長野県の松本や、標高はそれほど高くはなくとも、周りを深い自然の森や山村で囲まれた北方の都市・盛岡などもこれに加えてもよいと思う。
盛岡は仙台のように「杜の都」とも呼ばれているようだが、ちょっと意味あいが違う。
盛岡は街に木々も緑が目立つというよりは、街の周囲を天然の山野で包まれているということだろう。

街の中心を北上川やその支流中津川という大河が流れている。
橋上に立てば岩手山が望まれる、最も盛岡らしい風景だ。

北上川
川の都と呼びたくなるほど美しい。
例えば、宮沢賢治の「注文の多い料理店」(大正13年 千部刊行)を出版した光原社(材木町)の中庭最奥にはベンチが置かれているが、その背後に北上川の流れを間近に見ることができる。
ここは盛岡の最も落ち着く場所の一つだろうが、北上川の眺めがあってこそだ。

光原社ベンチ



盛岡と松本は同じ山都で城下町らしく、似たところがいくつも見つかる。
盛岡も松本も江戸や明治の大火災でほとんどの建物を失った。
松本では松本城の天守だけが残されたが、南部藩20万石の盛岡城は明治維新で解体され美しい石垣だけが残った。

城石垣

しかし、松本では大火災後に建てられた多くの蔵が、善光寺街道沿いの中町通りを中心に残っている。
また、盛岡でも城下町の中心地肴町や紺屋町、上の橋界隈(この辺は旧奥州街道沿い)に明治大正期の町屋屋蔵造りの建物が多く残されている。
特に「ござ九」の店構えは江戸の面影を伝えている。

ござ九

それに加えて、盛岡は岩手県の行政・金融の中心であるから官庁街や銀行の洋風建築のいくつかが残されていて貴重だ。
特に日比谷公会堂や大隈行動を設計した佐藤功一の岩手県公会堂(昭和2年竣工)はスクラッチタイルやテラコッタを多く使った印象的なデザイン。

岩手県公会堂

大ホールと一流のレストランを備えていて、街の社交場となっていた。
もう一つは、辰野金吾が設計にかかわった旧岩手銀行本店(明治44年竣工)。
こちらは国の重要文化財指定。

旧岩手銀行本店

開智小学校(これも国の重要文化財)だけの松本とは少し違うが、国宝松本城が補ってもあまりあるかもしれない。


山都の代表的な食べ物と言えば、ソバだ。
松本では信州ソバ。
乗鞍などの山麓で造られるソバを市中にあるいくつもの名店で味わえる。
盛岡も、近郊のコメの採れない産地ではソバ作りが盛んだ。
名物わんこソバとして味わえる。
盛岡には、冷麺やじゃじゃ麺もあるが、満州育ちのB級グルメ。

豊富な湧き水も山都の特徴的なものだろう。
松本でも「源智の井戸」を始め多くの湧水が市中にあるし、盛岡には「大慈清水」や「青龍水」という有名な湧き水がある。

もうひとつ、盛岡・松本も近郊高原に牛や馬の牧場を持っている。
特に、ともに馬の生産地として古くから有名だ。
松本近郊では開田高原あたりの木曾駒。
盛岡ではチャグチャグうまっこの祭りがあるように、南部駒として知られている。
ここに盛岡競馬場があることも理由のあることだ。

もう一つ忘れてはならぬのは、二つの街共に民芸・伝統工芸が多く残されていることだ。
松本には、中町・ちきりやの丸山太郎がコレクションした松本民芸館がある。
松本家具を始め木工の伝統が生きていて、現在でも新しい木工作家が集まっている。
あがたの森のクラフト展も多くの人を集めている。
木曽の漆器もここが重要な販売拠点となっている。
一方、盛岡では伝統の鉄器(南部鉄器)作りが盛んだ。
漆器では浄法寺塗りがあり、秀衡塗りもある。
南部古代型染も伝承されている。
ここには、小岩井農場のクラフト市がある。

もう、長すぎたからこの辺で止めよう。
賢治や啄木の育った盛岡は、学生の集まる場所でもあった。

賢治像

松本も旧制松本高校出の少し時代は新しくなるが、辻邦夫や北杜夫が青春を過ごした学生の街でもある。
おいしいコーヒーを飲める古い喫茶店が残っているのも魅力だ。
古い木のイスに座ってコーヒーを飲んでいると、ここは松本?盛岡?・・・一瞬わからなくなってしまう。 

木の実のみのる頃、山都へ(まめぶ汁にもクルミが入っていることが重要だ)

先週金曜日であったか、晴天だが風が強く、白州では大量のドングリが落ちた。
横浜では、ギンナンが山のように降ったのではないか?
このところ、白州の釜無川流域ではオニグルミの実が道に落ちているのをよく見かけるが、拾う人は見たことがない。
青い皮がむけて、灰褐色の実が顔を出している。
時々車が轢いて弾き飛ばす大きな音がするが、滅多につぶれることはない。
栽培されているカシグルミとは異なって、その殻は硬くて小さい。
また、殻を割っても食べられる実を取り出すのは一苦労だ。
苦労の割にその量は少ない。
道の駅でもまれに見かけるが、両手に山盛りの殻つき実が200円、殻から取り出した実は、片手で握れるほどで500円というのも納得だ。
手間のかかる、割の合わないことはしないのが現代人らしい。
したがって、オニグルミの実は放置され、時々リスが持って行くに任せている。
少し標高の高い森に映えるトチの実も、あく抜きに恐ろしく手間と時間がかかるため敬遠しがちになってしまった。


しかし、山栗などもそうだが、野生のクルミやトチの実などの味を知っているものにとっては、貴重で忘れがたい味だ。
野生の木の実は味が濃く、少しの苦味も味わい深い。
山麓の村々では餅や菓子に長く使われ、山に囲まれた町では銘菓が生まれている。
この時期の新栗を使った栗きんとんは中津川や飯田の名物、栗鹿の子、栗おこわは小布施名物、トチ餅は山深い奥信濃や奥飛騨の名物、クルミ味噌やクルミだれの団子、クルミまんじゅうは長野各地に名物がある。
信濃クルミはカシグルミとアメリカからやってきたペルシャグルミの交配種らしいが栽培種の代表で、信州は日本一の生産地だ。

しかも、昔ながらのオニグルミを使った銘菓が松本にあるのがうれしい。
開運堂の「真味糖」だ。

真味糖

濃茶や薄茶にも、濃いめに入れた煎茶にもよく合う茶菓子。
小さな菓子を少しずついただく。
たっぷり入ったオニグルミが味わいを深くする。
近年、発売された奄美大島産黒糖を使った「真味糖・大島」はコーヒーにもよく合う。
山に囲まれた城下町松本にふさわしい菓子だろう。



珈琲によく合うクルミ菓子が、東北の山都で城下町の盛岡にもある。
この方は賢治好みの洋菓子だ。
宮沢賢治が青春時代を過ごした街モーリオ(盛岡)。
「注文の多い料理店」を出版した光原社の銘菓「くるみクッキー」だ。

光原社くるみクッキー








ようやく盛岡にたどり着いたが、もう紙数が尽きた。
クルミに寄り道しすぎた。
次回は、盛岡を書きたいが寄り道が心配だ。
盛岡市役所や県庁前のトチノキ並木の黄葉は進んでいるだろうか?

トチノキ並木道


トチの実

その実は落ちてしまっただろうか、少し気になる。

「早池峰の賦」を観た。

岩波ホールの支配人・高野悦子さんが亡くなって8カ月が過ぎた。
5日(土)より、岩波ホールでは高野悦子追悼の上映会が始まっている。
氏が力を入れた女性監督の4作品が、25日まで連続上映される。


初日の羽田澄子監督「早池峰の賦」(1982年作)を観てきた。
この作品は3時間を越えるドキュメンタリーのもはや古典。
早池峰山登山口の村々に伝わる山伏神楽(国指定の重要無形文化財・2009年にはユネスコの無形文化遺産にも登録された)と、村の厳しい生活を追って、カメラは雪の中の神楽週について歩く。

この山村には、葉タバコの収穫が済めば現金収入の当てがない。
時には、村から一番近い大都会・盛岡に出て、地元産物の宣伝のため早池峰神楽を披露する。
この貴重なドキュメンタリーだが、地味で恐ろしく長い作品を、高野は「少しだけ削ってね」と言っただけで、すぐ上映を決めた。
(当初よりほんの10分くらいだけ短くなったようだ)
しかも、ロング・ロードショーである。
若き日にフランスに留学して映画を学び、作品まで作った高野だから、その苦労がだれよりもよくわかる。
特に一般公開できずにいる秀作には果敢に挑戦した。
岩波ホールのロードショー公開作品リストを見ればそれが良くわかる。

岩波ホールチラシ


そんな作品の一つ、カナダのシンシア・スコット監督の「森の中の淑女たち」(1990年)も12日から上映される。
この見逃した作品を観ることができる喜びは大きい。

なお、当日は「早池峰の賦」「薄墨の桜」の羽田監督があいさつされ、「初めて早池峰神楽を見てから12年後にやっと製作にかかることが出来た…」と語ったが、そのお元気なこと、八十も後半に入っている方とはとても思えない。
「嗚呼 満州蒙古開拓団」「遥かなるふるさと―旅順・大連」に続く新作の出現が期待できそう。

次回は、盛岡の街について書きたい。
同じく山都で城下町の松本についても触れることになるだろう。

高架下の効果

都市の鉄道や道路の高架下が有効に使われるのは、街づくりにとって重要なことだ。
先日完成した旧万世橋駅の高架下や階段、プラットホームを利用して再開発された商業施設mAAchのエキュートを見てきた。
ここは以前、交通博物館があった場所の目の前。
交通博物館は大宮の鉄道博物館に統合され、JRの高層ビルが建てられた。
同時に神田川に架かる万世橋と昌平橋間の赤レンガ造りの古い高架下がモダンな商業施設に変身した。
川沿いには木製デッキの道が付き、すべてのお店は中でつながっている。

神田川かへい






この周辺は秋葉原にも近く、巨大なビジネスビルも建って、ちょっと前の場末観は一掃された。


元々この地は交通の要衝で、明治・大正には須田町は都内有数の繁華街だった。
明治45年築の万世橋駅舎を見れば、この地の重要性がわかる。

初万世橋駅絵はがき


この須田町界隈の賑わいを感じさせる老舗がこの近くに奇跡的に残っている。
あんこう鍋の「いせ源」、鳥すきの「ぼたん」、甘味・志る古の「竹むら」が並んでいる。

いせ源ぼたん
たけむら

コーヒー好きには喫茶「ショパン」もある。
ここに「神田ヤブソバ」もあったのだが、焼けてしまって駐車場になっているのは残念だ。
元通りの木造店舗に復元してほしいが…。
このような老舗がそのまま営業していること、高架の赤レンガがそのまま使われていることが、この街の強さだ。
神田川に架かる橋も大震災復興橋がそのまま残されていて貴重だ。
親柱も立派。

万世橋親柱



鉄道好きには、旧万世橋駅の白いタイル張りの階段を登り、プラットホーム上のカフェでお茶をするのも楽しいかもしれない。
すぐ両脇に中央線の電車が疾走するのを体験できる。
mAAchは、小規模だが街歩きの中継地としてはちょうど良い。

高架下は、新橋・有楽町などの駅近くは早くから飲み屋や飲食店として利用され、上野やアメ横や神戸元町などもユニークな高架下商店街がある。
大坂阪急線高架下の古本屋街も面白い。
最近の郊外電車の高架下は、駐輪場や駐車場ばかりではない。駅近くで、朝も早く夜遅くの特性から、キッズルームやパン屋、公共施設、地区センターや図書館も、騒音問題の無いアトリエ、作業所などの利用もある。
秋葉原―御徒町間の高架下には、2年前に「2K540」という職人・クラフト作家の工房とアトリエが集めた街が誕生した。

看板外観






ここは、24の下町の手作り職人や全国のクラフトショップが集められ、日本の職人芸の優秀さを伝えている。
外国人観光客にも人気の場所になるだろう。
内部帽子屋








横浜市では、京急の黄金町―日ノ出町間の高架下に10年以上もの時間とお金をかけ、若者のアートの街づくりを進めている。
現代アートの拠点となるには、質の高い作家がどれだけ集まるかにかかっているが、どうか。
道は険しい。
地下化された東急・反町―横浜間は散歩道として整備されたが、横浜―桜木町間の高架上・下はどうするのだろうか。
桜木町駅は駅ビル化が進むようだが、鉄道発祥の地らしく駅舎ドーム・待合の場所をきっちり作ってほしいものだ。
全国一律の商業駅ビルはごめんだ。
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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