図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2014年04月

山桜はちょっと離れて眺めるのがいい

目の前の植林ヒノキにメジロが停まっている。
少し動くたびに煙のようなものが舞う。
「あれ?」とよく見ると、ほんの少しメジロが位置を変えるたびにヒノキの花粉が飛び散っている。
まだ若木だからと気にしていなかったが、この植林も18年くらい経っている。
葉裏を返すとビッシリ小さな茶色のものが並んでいる。
もう、ヒノキ花粉の時期は終わりかけているらしいが、ここではまだこんなに飛び散っている。

雑木林の山桜が一番美しい季節に入っている。

山桜

春霞もあるが、少しけぶったように見える里山の雑木林は、新芽の形も色も異なった木々が交り合って一番美しい季節になった。
この中に山桜の白(葉は黄緑)、淡いピンク(葉は赤茶色い)の花が加わると一段と華やかになる。

雑木林 (2)雑木林







オニグルミやエノキ、キハダも芽を出した。
アケビの花も咲いた。

アケビ

ミズキやカシワは葉が広がり緑色に近づいている。

ミズキカシワ







新芽や花の赤が目立つカエデ類も葉が展開していくと、次第に緑色になって行く。
山桜の花が終わるころには、雑木林は新緑の黄緑に包まれることになるだろう。
寝坊すけのネムの木だけはまだ枯木のようだ。
庭木では、センダンやナンキンハゼがまだ芽を出さない。
名前のように、ナツメの木は6月近くになる。
このところ山梨の山間部は朝の霜注意報が出続けているように、昼間は夏日となっても夜・朝は寒い。
やはり「八十八夜の別れ霜」の通り、まだ油断はできない。
顔を出したばかりの柔らかいブドウの芽も霜が怖い。

この山桜の季節、古い民家には鯉のぼりが泳いでいるのをよく見るが、武者絵の旗も同時に立てるのが甲州流だ。

武者旗

甲斐武田家の影響が今もかなり大きいのに驚くことがある。
4月12日は信玄の命日だが、今年は4月5日に信玄公祭りの武者行列が行われた。
ここに、例年、白州からは「馬場美濃守信春隊」が出陣する。
「武田節」そのまま、「甲斐の山々、陽に映えて、我出陣に憂いなし…」の光景を見ることができる。
武田二十四将のうち、猛将として知られた馬場信春は当地の寺に墓があり、その屋敷の門がこの寺に残されている。
桜のきれいな白須若宮神社も信春が建てた。
信春は山本勘介と並んで「城取り」の名人だったが、このことについては別の機会に書きたい。

命の蘇り・春をいただく

今週初めから、白州に行ってきた。
甲府盆地はピンク色の桃の花と白いスモモの花でうまっていたが、帰りの土曜日には盛りは山腹だけに移っていた。
白州でもソメイヨシノは葉桜になりつつあるが、まだコホガンザクラなどの巨木は、この週が一番きれいだった。
神代桜や白樺美術館の桜(これは旧清治小学校の校庭の桜だった)は
人が多いので通り過ぎて、白州の「関の桜」や道の駅近くの白須神社の桜を見てきた。
関の桜白須神社






















山里で一番春を感じるのは、里山の雑木林だ。
林は新芽の洪水ですっかり春色になっている。
木曜夜から金曜にかけて久しぶりに降った雨で、カラカラに乾燥していた土が蘇り、草木は一気に芽生えた感じだ。
長野では10%を切る湿度だったというから、この雨が春を呼んだに違いない。
薄いけぶるようなキミドリや赤芽、細かい毛で守られたコナラやクヌギの銀色がかった新芽にところどころ山桜の花が混じってきた。
地面に近いところで赤紫色になっているのは、ムツバツツジの花だろう。
林縁には野生のヤマブキの黄色。
春は蘇り、命の再生の季節だ。
死んだような枯木と思われた枝から新芽が膨らみ、動き出す。
硬かったトチヤホウの立派な芽が開いてくる。
トチノキ


カシワやカラマツの新芽も美しい。
カシワカラマツ







カキの新芽は美味しそうな葉だ。
凍土が溶けて柔らかくなった土からは山野草の芽生えが見られる。

イカリソウやニリンソウ、ヒトリシズカなどは蕾と共に芽生えて、すぐ花を咲かせる。
イカリソウニリンソウ
ヒトリシズカ



春の芽生えは、動物の一員である人間もその一部を少しいただいて、直接春の喜びを感じることができる。
大きな枯葉の根元からはもうワラビの芽が出始めた。
ツクシもフキノトウもこの山麓にはまだ見つかる。
ツクシは片手に乗る位だけ採って晩酌のおつまみとする。
白ワインにも日本酒でも良い。

ほの苦いアケビのつる芽もウズラの卵を落とせば、おつな酒の友となる。
カンゾウの刃のような新芽も三杯酢でいただく。
山菜の初物をいただくために酒を呑んでいるようだ。

この辺の道端に生えているナンテンハギの柔らかな新芽は、飛騨地方では春には欠かせない山菜らしい。
高山の朝市などにも売られ、一部は栽培もされているようだ。
何度か食べているのだが、良く味わってはいない。
もう一度、少し多めに摘んでみた。
さっとゆでてだし汁でいただく…豆のような香り、クセのない優しい食感もなかなか良い。
飛騨の山里の人たちがこれを食べないと春が来ないと言っているのもわかる気がした。
各地方にはそれぞれ自分たちの春の恵みがあるようだ。

「ホッコータルマエ」は大丈夫か?そして、「いねむり先生」が逝った4月10日

「ホッコータルマエ」が心配だ。
ドバイのG1レース「シーマクラシック」で「ジェンティルドンナ」が勝ち、同「デューティーフリー」でジャスタウェイが6馬身以上の差をつけて圧勝して日本の競馬ファンを喜ばせた日に、ドバイ・ワールドカップ(G1)では、日本のG1馬“ベルシャザール”と“ホッコータルマエ”が惨敗していた。
11着と16着(ビリ!)
“ベルシャザール”はダートに転向して一気に才能を開花させた馬で、ドバイの馬場が合わなかったと単純に思わせるが、二番手で追走していた“ホッコータルマエ”が三コーナー(角)でズルズルと下がってしまったのは、どうしたのだろうか?
フェブラリーステークス(G1)の勝馬で、川崎記念も金沢も制覇して元気いっぱいだったこの馬が、早くも三角で手ごたえが無くなってしまうとはどういうことか?
“ホッコータルマエ”は、レースの途中で投げ出してしまう馬ではない。
最後まで頑張ってしまう馬だから余計に心配になる。
スポーツ新聞には、タルマエが入院して一頭だけ帰国が遅れるという、小さな記事が出ていた。
どうも神経的に相当ダメージが大きかったようだ。
元々神経が図太い馬ではない。
猛追して来る馬たちを抑え込んでいるうちに神経を使いすぎて失速してしまったのではないか。
骨折よりはましだが、放牧してゆっくり休ませるしかないだろう。
日本のダートレースが一気に手薄になってしまう。
トランセンドやスマートファルコンの子が早く見たい。

明日の桜花賞から今年のクラシックレースが始まる。
阪神競馬場の桜はまだ咲いているだろうか。
仁和寺の御堂桜も咲きそろい、大阪造幣局の通り抜けも始まったようだから、ソメイヨシノは葉桜に近いかもしれない。
桜吹雪の中を“ハープスター”が走り抜けるシーンを期待したい。



4月10日は「いねむり先生」の亡くなった日、この日、先生が仕事部屋に選んだ岩手県の一関に行ってきた。
この陸奥(みちのく)の地に移って1週間もたたないうちに、先生は心臓発作で倒れた。
ちょっとさみしい北の地にはジャズ喫茶「ベイシー」くらいしか、先生の行く場所はなかっただろう。

BASIE

この街には競輪も競馬もない。
麻雀友達もいない…。
都会っ子の先生、色川武大の居場所はない。
だから、仕事するしかないと思ったのかどうかわからないが…。
倒れて数日後、平成元年4月10日、逝去。
享年60歳。
桜が咲き始める季節だった。
4月10日は「狂人日記」を読み直す日になった。



帰りに立ち寄った宇都宮の桜もお目にかけたい
宮城・白石川河岸の桜も咲きだしていたが、宇都宮は田川沿いの枝垂れ桜の並木だ。

田川枝垂れ桜

一部分の復元なった宇都宮城址公園の枝垂れも美しい。

宇都宮城址公園

ついでに、仙台は仙台六十二万石の総鎮守・大崎八幡宮の桜。

大崎八幡宮


すべて4月10日撮影。

第一土曜日はレトロな旧東海道線に乗って、桐生へ

三連投のピッチャーが勝利を目前にして、とうとうつかまってしまった。
それも延長10回、満塁の暴投サヨナラという無念な結果で。
「桐生第一」にとっては、準々決勝前に1日でも休養がとれれば、勝った試合だった。
桐生の2年生エースは2日前に延長15回を投げ抜き、前日も9回を一人で投げていた。
泣き言らしきことを一言も発しないエースに、応援していた桐生市民も拍手を送った。


桐生と言えば、絹織物の町、西の西陣織と並び立つ繊維業で栄えた歴史ある街だ。
和銅7年(714年)に朝廷に絹織物を献上した記録があるという、とんでもなく古い伝統を持っている。
桐生の最盛期は、戦前の昭和10年前後と言われている。
この時期に建てられたのが現在の「桐生織物記念館」だ。

桐生織物記念館

ここから、桐生の街が始まる。
この直ぐ上に「桐生第一高校」がある。
生徒はこの建物を毎日眺めながらの登校となる。
関東の駅100選にも選ばれた「西桐生駅」(上毛電鉄)も、すぐ近くだ。

西桐生駅

これも昭和初期に建てられた、昭和モダンの愛すべき駅舎。
戦災を受けなかったこの街には、江戸・明治・大正・昭和初期の建物が多く残されていて、街歩きのアクセントとなっている。
ノコギリ屋根の織物工場も、現役も含めてこれほど残されている街は他にないだろう。

旧曽我織物工場

足利銘仙で知られるすぐ近くの足利では、バブル期に織物会館を新しいビルにしてしまった。
手狭だからといって、歴史ある美しい建物を壊してしまう神経がわからない。


桐生は、坂口安吾の終焉の地だった。
その晩年の住居は、古い商家やノコギリ工場が一番多い本町通りを入った所だったようだ。
お気に入りのウナギの名店「泉新」はすぐそこだし、からくり人形芝居館もあり、観光拠点となっている「有鄰館」にも近い。

泉新


有鄰館

この地には桐生天満宮もあり、街一番にぎわった場所だ。
8月の祭りはこの通りを中心に、豪華な祇園屋台を見ることができる。
天満宮の精緻な木彫装飾も見どころだ。

天満宮天満宮 (2)







また、美術ファンには、野田英夫や松本竣介のコレクションを持つ大川美術館が、西桐生駅に近い小高い丘にある。
近年、棟方志功の壁画が発見された?(蘇ったというべきか)「芭蕉」というチョットヘンなレストラン兼喫茶店も、奇跡的に残っている。

棟方志功壁画芭蕉







ここには安吾も来ていたようだ。


お腹がすいたら、名物「ひもかわうどん」がある。
ここは両毛のうどん文化圏だから、うどん屋が多い。
「桐生うどんマップ」も用意されている。
もう一つは、B級グルメ「ソースかつどん」…両毛地域はソース文化圏でもあった。
結構、観光資源は多いのだが、観光客は少ない。
残念だ。
桐生の往時の賑わいを感じさせるのは、毎月第一土曜日だ。
この日には天満宮の境内に骨董市が立つ。
買場紗綾市や楽市ござ座(フリーマーケット)も、からくり人形芝居の公演も見ることができる。
4月5日(土)は着物で桐生見物に出かけてみては?
大川美術館もこの日は20%引き(入館料800円)だ。
桐生に向かうJR両毛線は、旧東海道線のオレンジとミドリのレトロな車両を使っているのも楽しい。
青春18切符もまだ使えるし…。
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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