図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2014年08月

福山城・松江城と鞆の浦・日本美の風景

今春、宮島を出発点として岩国・御手洗・竹原と瀬戸内の古い街を巡った旅で、日程が詰まっていけなかった鞆の浦へ行ってきた。
そのあとは山陰に出て松江・出雲へ行くことにした。

鞆港行きのバスは福山駅から出ている。
前回の旅では、もう陽が落ちた駅の山側の改札口を出ると、目の前に視界の大部分を占めて黒々とした石垣が聳え立っていた。

福山城石垣
こんなに駅に近い城はない。
駅は「扇の勾配」を持つ高い石垣の内堀を埋め立てた、その場所にできたのだ。
プラットホームからもその近さがわかる。
ホームから福山城入口から


街の中心に城を持つ城下町は幸せだ。
たとえ周辺が開発され堀が埋められようとも、石垣の上までは及ばない。
街の中心にミドリの空間が遺され、市民の憩いの場となる。
ここ福山でも、文化ゾーンとして美術館やホールが建てられたが緑は残され、再建された天守からは市街のすべてを見渡すことができる。


戦火を受けなかった松江は、もっと幸せだ。
明治に入って次々と天守が取り壊され売り立てられる中、山陰ではただ一つ、地元の有志の人たちの力で城は残された。

黒漆喰の姿
戦後の高度成長期に、全国では次々と埋め立てられた堀もほぼ完ぺきに残されたことで、船による観光資源としても景観からも、どれほど役立っているか計り知れない。
堀沿いや城内の松の古木も大切にされ、古い歴史を伝えている。

松江城お堀(船から)松の古木が立ち並ぶ
姿の良い松と石垣、そしてお堀の水の景観は、日本美の最も重要な組み合わせだ。



巨大な天守を持った江戸城は天守こそ再建されなかったが、内堀を残したことにより、優れた景観美を残している。
この江戸城の美を発見したのは、戦前、フランスの日本大使として東京に赴任してきたポール・クローデルらしい。
文学者として、日本画家・富田渓仙と組んだ詩文集なども残しているクローデルは、皇居の半蔵門から桜田門近く(警視庁ビルあたり)までの石垣と芝の土手に生える姿の良い松、そしてお濠の水景の格調ある美しさに感動した。
今でも、渋谷のハチ公前交差点と並んで外国人観光客が最も喜ぶ東京名所だ。



それにしても、松江城などかなり大規模な白でも3〜4年で作られたと言う。
その工期と技術の高さに驚く。
堀川めぐりの大手前の船着場から大手門に入る左、高い石垣の見事なこと。

松江城石垣
この石垣だけでも現代では再現できるかどうか。
クレーンなど重機を使っても、この城が3〜4年で出来るだろうか。
石材や木材を選び、運ぶ。
この用材をそろえるだけでも、どれだけの労力や資金、そして時間がかかることか…考えるだけでも気が遠くなる。
築城の名人・堀尾吉晴が手がけたこの黒漆喰の名城(1611年・慶長16年築)を、国宝に戻そうという運動が始まっているようだがもっともなことだ。
吉晴は城の背後を原生林の森として石垣を省き、天守を支える巨材のかなりの柱を抱板として板を貼り、鉄輪で止めることにより、巨木でなくとも木材を組み合わせて強度を保った。

松江城柱
巨石や巨木は当時でさえ入手は限られていたし、資金も労力もかかる。
城普請を多く手がけた吉晴にしてのみ可能だった名城で、国宝にふさわしい。

出雲大社で発掘された巨大寝殿を支えた本柱を束ねた基部を、隣の島根県立博物館で見ることができる。。
高さは50mに近いと言う巨木を3本束ねた柱は、鎌倉時代の再建時の拝殿を支えた柱だ。
創建当時の柱は、まだまだ高かったと言う。
大社内で、クレーンで再現された現代の3本柱を見ることができるが、ささやかなものだ。

3本柱
この巨大な柱が林立する光景を想像すると目がくらくらする。
石でも木でも巨材を扱う古の技術の高さには、現代人はひれ伏すしかない。


鞆の浦は、瀬戸内の海上交通の重要な港として栄えた。
朝鮮使節はいつもここを経由して京・大坂から江戸へ向かった。
この要人だけが許された福禅寺の客殿「対潮楼」からの眺めも、石垣はないが日本の自然美の代表的風景。

福禅寺の眺め
ホテルが建ち始め、湾をまたぐ道路計画も問題になった鞆だが、ここの風景だけはかろうじて守られている。
遠くの海に走る和船はタンカーに変わったが…。

緑陰の多いまちづくり?

昨年より一段と勢力を増した豆台風は、パリに去った。

ふたり川遊び

こちらは、数日リハビリをし、やっと大人の生活を取り戻している。
ブログも随分とサボってしまった。

お盆の明けるのを待っていたかのようにツクツク法師が鳴きだした。
このまま今年の夏も終盤に入っていくのかどうかは、予断を許さない。
日本列島は関東だけが晴れて酷暑が続いているが、四国や西日本を中心に、北陸・中部から東北・北海道まで雨続きの異常な気候になっている。
関東地方の酷暑はもう毎度のことだが、10月まで夏日が続いて秋が消滅しかけた年もあった。
真夏の東京や横浜が、もう人間が普通に暮らせる限度を超えつつあることは明らかだが、それを少しでも軽減する取り組みが見られないのはどうしたことか。
こんな8月の東京で、オリンピックが開催できるのだろうか。
日光杉並木のようなマラソンコースが東京にもあるとは思えないが、夜間にでもやるつもりなのか。
夏の暑さはすべて冷房に任せた都市づくりはもう破綻寸前だが、新しい方向になかなか進まないのはどうしたことか。
街の並木は夏前に強い剪定をされ、ほとんど夏の緑陰は期待できない。
駅前はきれいに整備され、木陰を作っていた桜の古木もベンチも消えてしまった。枝を広げた樹木が多いと思われた山下公園でさえ、緑陰のベンチは見つけられなかった。
これでは高齢者はもとより、ベビーカーや子供連れの女性たちが休む場所がない。
老人・女性・子供たちにやさしい街づくりはどこに行ったのだろうか。
観光客の多い表向きの場所は除いて、街中が小石を固めたアスファルトの簡易舗装で覆われて、夜中まで熱を放出して冷めない。
歩道や空き地・駐車場までこの簡易舗装で済ませて平然としている人たちに、街の景観や人にやさしい街づくりを言う資格はない。


横浜市はみなとみらいのデザインに力を入れているが、その表玄関の桜木町駅とその周辺はどう考えているのだろうか。
日本最初の駅とはとても思えない仮設駅。
ベンチも待合所もない。
駅舎がないJRの駅?
そして駅前の、優しさのかけらもないカンカン照りの広場。
鉄道発祥の地を示す碑さえ、埃をかぶって人通りのない隅に追いやられている情けなさ。
初代駅舎を復元した新橋駅とは、えらい違い様に愕然とする。
横浜市は「みどりアップ計画」と称して緑地を残したり市街地の緑化を図ったりする取り組みを始めていて、「みどり税」も実施している。
街中のミドリ、屋上や壁面などの緑化も支援しているのだから、逆方向に走っている。
せめて、かつて駅前にあった噴水でも復元して、緑に包まれた空間に待ち合わせの場所でも作ったらどうなの?と言いたくなる。
この老齢化時代に木陰のベンチさえ許さない駅前整備は、むしろ時代遅れのデザインになっていると…。

長くなりすぎた。
もう城について触れる紙数も無くなった。
次回は、明日再開できるはずの福山城の石垣から始めたい。
現存している松江城の天守や石垣のことも。
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