図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2014年09月

古本は日本酒にもよく似合う・甲府の一箱古本市と諏訪の蔵元古本市(2)

本屋の無い街が増え続けている。
街道(国道)沿いのメインストリートには、かつて(昭和40〜50年ころまでは)4件の書店があったが、今では一店だけになってしまった。
ここは、国分寺・国分尼寺も総国府も在ったこの地方の中心街である。
それでも一店だけ残っているのは幸いなことだ。
人口1万人以下の町や村では当たり前として、人口3万人を超え、4〜5万人の地方都市でも本屋がない町が4つにふえている。
全自治体では17%になると言う。
オバマ大統領が地元の小さな書店でクリスマスプレゼント用の本を買っている映像を見たことがあるが、アメリカでも小さな個人経営の本屋が生きていくのは大変なことだ。
町の人たちは、この地元の本屋を残すために、クリスマスや誕生日のプレゼントなどはインターネットや都会の大書店を使わず、この書店を利用している。
人口1万人を超える町なら、町民の意志で小さな本屋一つくらいは何とか守れるはずだが…。

9月13日(土)だけは甲府の街は小さな古本屋、30店でアーケードが賑わった。
年に1回くらいは本好きの集まる機会があっていい。
同時に地ビールや着物のイベントもあって、ビールと古本は相性が良いことが確認できた。
また、女子の一箱古本屋さんがたくさん出て、古本屋の新しい可能性を感じた。

同じ連休中には、相性のいい酒と古本をつなぐイベントが、お隣諏訪でも開催された。
「酒蔵の街の読み歩き・くらもと古本市」9月6日〜15日。

くらもと古本市パンフレット
甲州街道の(旧国道20号)の終点に近い上諏訪駅近くには5軒の酒蔵が集まっている。
呑兵衛には有名な場所だ。
蔵元「真澄」で始まった古本イベントが拡大して、全五蔵の十日間古本市となった。
こちらはプロの古本屋がそれぞれの酒蔵の試飲用ルームや蔵の2階部分を使って、古本を展示即売している。

例えば、蔵元「舞姫」では、「博物学の小部屋」と称して博物画や図鑑など自然科学関係、「麗人」では300円均一の古本や、「本金」では酒や肴の本、「横笛」では「湖畔の街にそんな古本屋があったらいいよね」として京都からの古本屋まで出店している。
メインの「真澄」では、この蔵の象徴ともいえる見事な松の木が眺められるイベントホールを使って、コーヒーの飲めるブックカフェと新本のリトルプレス物や古本の絵本・ヴィジュアルな本など数店の古本屋、書店が出店している。

7日には、BOOK TRUCKもやってきて移動書店の楽しさを味わえたようだ。
古本屋も消滅して「ブックオフ」だけになってしまったこの街で、10日間の古本市が成功しているのがうれしい。
すでに、翌年、蔵開きの季節2月にも開催が決まっている。

諏訪には湖と温泉があり、高島城址も諏訪大社の御柱まつりもある。
わずかだが旧街道や宿場の面影も残っている。
この蔵元古本市が長く続いて、街の暮しに定着することを願っている。
ついでに、小生が最終日に買った本は、「長崎古板画」(以前売ってしまった本)京博の図録「浅井忠」、300円の「ラテン文学全集」の端本、田淵記念館の図録「田淵行男写真集(1)」の4冊。



山梨県下の本事情を知るのは、この冊子(フリーペーパー)BEEK(2号)がおすすめ。

BEEK
甲府古本市を企画進行した土屋さんの編集。
他県とは異なって、首都圏からの移住クリエーターの多い山梨県ならではの内容となった。

甲府の一箱古本市と諏訪の蔵元古本市(1)

やっと秋らしい快晴の日が続いた。
朝から、「八日目の蝉」が最後の力を振り絞って鳴いている。
子孫を残せるかどうかは、この日にかかっている。

彼岸花の花芽も伸びて、細い朱の花が開きかけている。
キツネノカミソリより鋭い花に見えるのは、花色の強いためだろうか。

青空はかなり澄んできたが、いまだ甲斐駒岳には雲がかかって取れない。
八月にたっぷり吸い込んだ土の湿気は、簡単に取れない。
部屋の湿度は60%をなかなか切れない。
稲架(はさ)掛けの稲穂も、今少しの乾燥を待っている。
こんな秋はキノコの豊作が期待できるが…、来週はカラマツ林に行ってこようか。
白州の家の入り口脇に、シイタケの香りがするキノコが生えてきたが何のキノコか?
軒下の薪からは昨年シイタケが生えたが、土からシイタケは生えるのかどうか?


このところ、大阪の岸和田(城下町と紀州街道)・酒井(南蛮交易と鉄砲鍛冶)、茨城の土浦(城と霞ヶ浦の水運)・石岡(常陸国総社まつり、国分寺跡や昭和初期の看板建築など)・水戸(城下町と講道館、そして水戸芸術館)と、気になっていた街を駆け足で巡って、ブログをさぼり気味なのはいけないことと反省!


さて、甲府の街は、間違いなく山に囲まれた山都の代表的な都市だが、あまりに近すぎて十数年も中心地には行っていない。
甲府城もかなり整備されたようなので、一箱古本市に参加する機会に、街と城址を見に行こう。

フライヤー


9月13日、古本市の開かれた甲府銀座通りのアーケード街は、その先に以前は花街もあり、甲府市の賑わいを見せていた繁華街だったが、今は人出も少なめで元気がなくなったと言う。

古本市 (2)古本市準備中

どこの地方都市にもある中心街の衰退が、ここにもある。
地元の書店はただ一つだけが頑張っている。
有力書店はバイパスに出てしまったと言う。
このバイパス道路の完成が曲者だ。
交通量の多いバイパスにブドウの販売店が移り、チェーン店のドライブインのレストランができるのは当然として、地元の老舗までが出てはならない。
これは南長野の城下町・飯田でも感じたことだが、中心街の老舗和菓子屋や書店がバイパスに支店を出していく。
支店に力を入れるほど、本店は力を失う。
やがて、中心街そのものも活力を失う。

南アルプス、御坂山塊、秩父の山々に囲まれた甲府盆地は、少し広すぎた。
バイパスによっても街は広がりすぎた。
県が美術館や文学館を郊外に作り、県立博物館や考古学館までバイパス近くに作ることによって、街の分散化が一層進んでしまった。
少なくとも博物館などは城址近くに作るべきだったが、今になってはどうしようもない。
以前「木喰上人」展、今度は「甲斐の黒駒」展などユニークな企画を行う県博だから、その分館として城址の空地に、小さいがキラリと光る「武田三代ミュージアム」や「甲府城ミュージアム」を作ることは、お手の物だろう。
期待したい。
地元では、本丸の天守復元運動が始まっているが、天守はなくとも小さな質の高いミュージアムと、広くて安い駐車場は必要だ。
中心街と城址を結ぶ散歩道の整備、武田家の本拠地・躑躅ヶ崎(つつじがさき)の武田館(武田神社・武田家の居城)とを回遊する観光用の小さなバスも欲しい。
新しく県立図書館や整備された山手御門、そして明治の建築・藤村記念館のある北口と南口の城址とを結ぶ木造の歩道橋も欲しい。
甲府にはスカイツリーも高層ビルもいらない。
甲府城の天守のあった本丸跡に立ってみよう。

天守跡天守跡展望台から

山々に囲まれた甲府盆地の街や寺がすべて見渡せる、素晴らしい観光資源だ。
松の古木などもない芝生と石垣だけのスッキリした風景は宝物だ、大切にした。

古本市にたどり着かないうちに紙数が尽きた。
次回に続けたい。

松江のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)

松江に来た以上、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)に少しでも触れぬわけにはいかない。
駅を降りれば、すぐ有名なハーンの挿絵(ウェルドン画)が出迎えてくれる。

ハーン
小柄だが、がっちりとした体躯のハーンが、両手に大きなトランクとボストンバッグを提げている後姿の旅立ちだ。
まるで、パディントン駅に着いたクマのパディントンのようだ。

松江と言えばハーン、ハーンと言えば松江といったように有名になったが、ハーンが松江にいたのはわずかに1年と3か月だけだ。
次の赴任地熊本が3年、あれほど嫌っていた東京(終焉の地となった)は6年を越えているのに。
しかし、1年とは言え初赴任の地・松江はハーンにとって特別の場所だった。
チェンバレンの訳した「古事記」を愛読していたハーンにとっては、出雲=松江は「神々の国の首都」として、他の街とは比べられない聖地だったのだろう。

松江時代にハーンが住んだ「武士の家」とその庭が大切に残されているのがうれしい。

玄関
記念館だけだったら熊本でも神戸や東京でも可能だが、ハーンの暮らした家はここ松江にしか残されていない。
特にハーンが愛し、「日本の庭で」書き残した小さな庭が当時のままに見られる幸せは、ここ松江でしか味わえない貴重な遺産だ。
家主・根岸家や八雲記念会の力で、ハーンが住んでいたままの姿に復元・保存されているのだ。
根岸家の長男磐井は、松江中学・旧制五高・東京帝大でハーンに教わった強い師弟関係があった。
ここ北堀超のお堀沿いの土地は二百石から六百石の中級・上級武士たちの屋敷が並んでいる場所だ。
松の古木の並木は塩見縄手と言われ、城下町の雰囲気を色濃く残して、「日本の道百選」にも選ばれている。

北側ハーンの書斎の机に近い、小さな池のある庭をハーンはどう書き残したか。

書斎客間

「北側の庭は私のお気に入りだ。大きな草木は一本もない。青海のある小石が敷かれて、真ん中に小さな池がある。・・・珍しい植物に縁どられた湖のミニチュアと言った感じで、小さな島もあり、そこには小さな山々があり、小人のような桃の木、松、つつじも植えられていて、その中の幾つかは、丈こそ一フィートそこそこだが、一世紀以上の歳月を経ているのであろう。
それにもかかわらず、この作品は、庭師の意図したとおりに眺めれば、決してミニチュアのようには見えない。
庭に面した客間の一角から眺めると、本当の湖岸のように見え、その向こうにある島も本物で、現に石を投げればちょうど届きそうな距離に思われる。・・・」
ハーンは水面とほとんど同じくらいの高さに置かれた平たい石にしゃがんで「殿さん蛙」やマイマイ、イモリを観察し、スイレンや蓮の花を楽しんだ。
その庭を目の前にして、ハーンの視線で眺められる喜びは大きい。

ハーンはこの家から松江城内に入り、少し近道をして、松の古木の中を松江中学校や師範学校に通っていた。
その道をたどると、これもハーンが書いた狐信仰の城山稲荷神社がある。

狐
ここにハーンが最も好んだと言われる奉納された石の狐象があり、狐の尾の先が宝珠として描かれた火除けの絵札(ハーンが大英博物館に送ったのは、この絵札だろう)が今でも入手できるので、紹介したい。

ハーンの好んだ狐絵札



ハーンが望んだ静かな「武士の家」に住みたいと言う願いは、この家でかなえられた。
「すでにわたしは、自分の住いが気に入りすぎてしまったくらいだ。毎日、学校のつとめを終えて帰ると、教師用の制服を脱いで、ずっと着心地のよい和服に着がえる。そして、庭を見渡す縁側の日陰に座れば、その簡単な喜びは五時間の疲れを十二分につぐなってもあまりあるものに思われる」
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
クリックして応援!
どちらのボタンもクリックしていただけると応援になります。よろしくお願いします。
にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
記事検索
携帯電話からもご覧になれます
QRコード
  • ライブドアブログ