渡ってみたい橋がある。
また、近くでゆっくり眺めたい橋もある。
有名な橋では、肥後石工の名作「通潤橋」を下から見たい。
通潤橋は農業用の用水路として造られた石積みの橋で、熊本城の石垣を作った技術が生かされていて見事だ。
以前は旧暦8月1日だけに放水を行って見物人を集めていたが、近年は随時行われているようだ。
熊本県は石造りの眼鏡橋の宝庫で、日本の約半分250の眼鏡橋があるようだ。
特に「霊台橋」の石造りのアーチが重厚で見ごたえがある。ここは踏みしめて通ってみたい。

九州は石工の里だから、重文指定の石橋も多いが、小さな山里にも味のある可愛い石橋が残っている。
中でも大分県院内町は石橋の野外博物館のようなところで、いたるところで小さな石橋と世会える。
大分には五連アーチの「原尻橋」や八連アーチの「邪馬渓橋」の立派な石造りの橋もあり、見逃せない。

この正月に見た萩の平安橋も、小規模な石橋だが忘れがたい。

平安橋平安橋2
出桁造りで、両技師から大きな石を突き出して、平たい石を載せてある。
萩城内に入るための橋で日本庭園にはよく使われている手法だが、一般の橋としては珍しい。
小さいが重要な橋だ。
明和年間(18世紀後半)、毛利家によって作られたもので、味わい深い橋だった。


江戸以前の日本は木造りの橋が本流だが、紀は燃えやすく腐りやすく、流されやすくもある。
古い木橋は残りにくいが、繰り返し再建し、技術を伝えていくものだ。
猿橋(大月)や錦帯橋(岩国)、蓬莱橋(島田)、渡月橋(京都)など近代技術を土台に使った橋もあるが、本体は伝統をそのまま引き継いでいる。

猿橋錦帯橋






蓬莱橋

徳島県吉野川上流の「阻谷(イヤ)のかづら橋」も天然のシラクチカズラ(マタタビ科)のツルを使って、3年に1度架け替えられている吊り橋の原型だ。


大きな橋は土木技術の華だ。
そのデザインにも力がこめられる。
今の日本橋や鉄の橋から、石造りになった吉田橋の盛大な開通式を見れば、その重要性がわかると言うものだ。

吉田橋
震災復興橋の聖橋(お茶の水)や隅田川の永代橋、清洲橋も力のこもった名作だ。
大切にしたい。
これらの橋は充分に観光資源としても生かされるべき重要な橋だ。
アプト式列車が走った碓氷峠の赤レンガ造りの四連アーチ橋(明治26年)は、もう観光の目玉になっている。


新港埠頭の入口、今は馬車道から赤レンガ倉庫に続く重要な観光コースになっている万国橋は何の変哲もない橋になってしまったけれど、大震災以前は明治37年に竣工した特徴ある装飾の付いた鉄の橋だった。
これは復元してほしい。
石渡江逸の木版画にもなっている印象的なデザインだ。

万国橋


セゴビアでは、「悪魔の橋」と呼ばれる壮大なローマの水道橋の二層のアーチが観光の目玉だ。
これほど古くなくても、プラハにはカレル橋があり、レーゲンスブルクにはドイツ最古の石橋がある。
ブタペストにはチェーンブリッジの巨大な吊り橋があり、パリのセーヌ川にはレオ・フェレのミラボー橋のスマートなアーチ鉄橋がある。
みな立派な観光資源となっている。
山陰線の余部鉄橋(明治44年・1911年)は人道橋として何とか残すべきだった。

余部鉄橋

ずっと古いイギリスの(世界最古)アイアン・ブリッジ(1779年)はよく手入れされ、世界遺産になったのだから。
今興味があるのが「屋根付き橋」だが、これは伊予にいくつか残されている屋根付き橋を見てから報告したい。