図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

2015年12月

今年最後の展覧会を観る

秋の主要な展覧会が、次々と終了するのが12月だ。
中には晩秋11月になってから始まるものもあるが、いずれにしても、12月下旬には幕を閉じる。
年をまたぐ展覧会はまれだ。
したがって、この12月にもどたばたと終了間際の厳選した3つの展覧会巡りとなった。
「国宝一遍聖繪」「藤田嗣治・前所蔵作品展示」「春画展」だ。


名古屋市徳川美術館の「国王・源氏物語絵巻」展や滋賀県守谷市の没後400年特別展「古田織部」展は断念した。
特に「国王・源氏物語絵巻」展は国宝絵巻の全点一斉公開のチャンスだっただけに残念だ。

源氏

しかも、同時に絵巻完全時の復元を目指した平成の復元絵巻(顔料も髪も技法もでき得る限り原本と同じにした模写)も、同時展示されるし、古筆や絵巻・料紙の現状復元技術では最高峰だった名人・田中親美の模本も展示されたようだ。


しかし、平安・鎌倉時代の絵巻物の優品「一遍聖繪」を見ることができたことは今年最大の喜びと言える。

jpg2

この時代の絵師・書家・仏師も含めて、すべてが優秀なことは想像をはるかに超えていた。
この絵巻は絹本全十二巻に描かれ、1299年(正安元年)に完成した。
画家は法眼円伊と記されている。
この時代、最高の画家の一人だったに違いない。
この絵巻を見れば、風景画家としても超一流の画人だとわかる。
それに、文(詞書き)の部分が色紙継ぎの技法を使い、見事な完成度だ。
書も当代一の筆になることは明らかだ。

図録にこの部分が極小の全体図だけになっているのが残念だ。
絵と書は一体で、同じような扱いがほしい。
(しかもこの図録、値段を2000円に抑えるためだろうか、この種の図録では珍しくB5判の判型で、絵巻の図録にしては小さすぎる。A4判にして全部分にルーペを使わない程度の大きさがほしい)

この展覧会は珍しく、3つの会場を使った方式をとっている。
一遍上人の大本山(時宗)藤沢の遊行寺(清浄光寺)の宝物館(リニューアル記念)、県立金沢文庫、県立歴史博物館(馬車道)の3館共同展示で本邦初の全巻展示が実現した。
この絵巻が全十二巻、ほとんど欠損なく総本山の所蔵となっていることは奇跡的なことだ。
(しかし、七巻だけは二つに分けられてしまった。清浄光寺本は七巻の後半が後世の写しになっている。東博に収蔵されている七巻の後半分は原三渓が旧蔵していたものだ。別に三渓が分割したものではなく、江戸・幕末にかけて謎の移動があり、最後に日本美術の枠を求めていた三渓の元に帰したのだ。)
県立歴史博物館は「五姓田義松・最後の天才」展の大ヒットに続いて、この「一遍聖繪」展と見ごたえある展覧会が続いている。

一遍上人の本は文庫本になった名著がある。
栗田勇「一遍上人―旅の思索者―」新潮文庫。

文庫

一遍上人絵伝(一遍聖繪)のカラー図版も入っている充実の1冊。


さて、国立近代美術館所蔵の「藤田嗣治展」に急ぎたい。

藤田

フジタの戦争画をまとめて観る機会はほとんどなかったので、この展示も貴重だ。
所蔵全25点のうち、戦争画は14点。
いずれも迫真の大画面。
西欧の古典的戦闘画を研究し、乗り越えるリアリズムを獲得した「アッツ島玉砕」から戦争画の最終となった「サイパン島同胞臣節を全うす」の地獄絵まで、戦争責任のすべてを背負うようにあれほど愛した日本を離れざるを得なかったフジタの心境は?
戦後の日本美術界の変貌ぶりに絶望して、追われるように日本を脱出したフジタ夫妻は、1955年、日本国籍を抹消、フランス国籍を取得しカトリックの洗礼も受けた。
世界的画家フジタの作品集がなかなか実現しなかったのも、君代未亡人の日本美術界への不信があったからだろう。
美術雑誌ではフジタ特集をなかなか組めないほど、夫人のクレームは激しかった。
日本不信は後々まで続いていたのだろう。
果たして日本美術界がフジタを戦争責任をもつ戦犯として指名し、「美術界の戦争責任のすべてを一人で背負ってもらえないだろうか」という虫のいい話をしたかどうか。
十分あり得る話だ。
日本を、特に日本の美術界に絶望して出ざるを得なかったフジタを美術界では「フジタは戦争責任の追及を恐れて逃亡した」と噂した。


長く専門家だけの研究テーマとして非公開だった日本絵画史上の「春画」が、大英美術館の展覧会を受けて、日本で初めて公開された。(当然、成人のみ)

春画展

会場探しは困難を極めたが、細川家のコレクションを公開している目白台の永青文庫というふさわしい場を得て、オオニギワイというとてもフサワシクない入場者が詰めかけた。
これを興味本位で取り上げた週刊誌が、その指示から注意を受けるオマケまでついたためかどうか、若い男女などもかなり多く、狭い会場は平日でも人で埋まった。
永青文庫は昭和47年の一般公開以来の入場者数を「春画展」の三か月間の入場者が上回ったのではないか。
慶賀なことだ。

花月園競輪場・最後の日

季節の穏やかな変化・移行が当たり前だった日本の四季は、今やピンチとなっている。
同じ日本列島でも、同じ日に夏日と冬日が同居する日があるこの頃だ。
別に沖縄と北海道では珍しくもないが、同じ東日本でも、太平洋側の海沿いでは12月に夏日という以上機構があった。
当然、寒い地方では冬日だ。
あるいは同地点でも陽が出ない早朝や夜中は冬日だったかもしれない。
寒風と晴天、乾燥した澄み切った空気という日本の冬が今年はなかなかやってこない。
山梨ではこの季節の風物となっている干し柿が軒下にすだれ状に並んでいる光景が、塩山などではよく見られるが、今年はカビの発生で半分近くが廃棄されてしまったという。
冬らしい晴天が2,3日も続かない。
雨が多い。
それもかなりの雨量となる。
こんな冬は聞いたことがない。
室内の湿度計はなかなか50%を切れない。
珍しく50%を切ったと思ったら、すぐ雨が降る。
冬の名物、澄み切った青空にくっきり雪を頂いた山が見える眺望も数えるほどだ。

わが庭も少しおかしい。
例年だったら正月明けの雪の日でもかなりの枯葉を残しているカシワの木がもうほとんど葉を落としてしまった。
白茶色の大きな落ち葉で地面が覆われている。
カエデやナラ、カツラの落ち葉と異なってごみを散らしたようで目立つし、腐りにくいから燃やさなくてはならない。
楽しい落ち葉焚きとはいかない。
雨の日はできないし、いつもならカサカサに乾いている落ち葉が、今年は下のほうが練れていて乾ききらないうちにまた雨となる。
大量の落ち葉焚きは、はかがゆかない。
これではきれいな干し柿ができないのも当然だ。
こんな状態で真冬のシベリヤ寒気団が張り出してくるようになったら、また大雪となって、山に囲まれた山梨は陸の孤島となりやしないか…と、心配になってしまう。


前段がまた、長すぎた。
先日見てきた花月園競輪場の見納め、最後の公開日のことを少し書いておきたい。
東洋一の遊園地、初のテーマパーク「花月園」については以前書いたと思うので触れない。
谷崎潤一郎なども通ったダンスホール(日本初)や少女歌劇団もあった花月園だが、戦後の昭和25年からは競輪場となっていた。

花月園マーク


その役目も終わっていた先日、競輪場の跡地利用が決まり、いよいよ取り壊しが始まる前に最後の公開をするというので出かけてみた。

最後の競輪日にも行って、初めて車券も買ったメインスタンドやコースはそのままだったが、コース内のグリーンはススキの原に変わっていて悲しい雰囲気が漂っている。

メインスタンド

往年の選手たちの記念のレースを終えて、歩けるという。

レース
走路を歩く

当時日本一と言われた走路を歩きながら、この立派なスタンドもコースも壊すことはないのでは?としきりに思う。


選手や関係者も同じ思いの人が多いのではないだろうか。
もう、国際競技ともなったKEIRINスポーツの聖地として残せなかったのだろうか。
周りの花月園の丘を使ってマウンテンバイクのコースを作り、自転車競技の新しい施設を加えて、競輪場を残せなかったのか。
東京オリンピックの自転車競技の一部を静岡で行う予定だというが、花月園ではできないのだろうか。
駅から近く、都心からも便利なこの歴史ある土地を県は防災の拠点とするらしいが、競輪場を壊してどんな建物を作るのか、作らないのか、イメージがわかない。
詳しい設計を出してほしい。

大正3年開園した花月園は、子供の遊園地としてばかりではない。
ホテルも茶店も花木園や大池も、野外劇場も有名画家による絵馬堂もあり、大人も十分楽しめる場所となっていた。
また、スポーツ・グランドや相撲場まで作ったこともある。
桜の名所として吉野から移植した桜が全山を覆い、藤棚(今も競輪場の売店の前にこれがある)もいくつもあった。
バラやツツジの小路やトンネル、ショウブ園、秋の紅葉など、風情ある花の名所としても知られていた。
この花月園の歴史に倣うなら、少なくとも全山美しい花木で覆われた自然公園にするのは一番かもしれない。
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