すっかりサボてしまったブログを再開したい。
前回は夏休み前の7月上旬だったと思うが、確か山梨県立文学館の劇場型ホールで行われた黒テント公演「山崎方代」を観てから、夏休みモードに入り込んでしまった。
毎年恒例の娘家族の帰国と、妻の病と…言い訳もたくさんあるが、なんと雪の季節となってしまった。
それにしても、11月の積雪は早すぎる。
北海道では10月29日の積雪が根雪となっているようだが、山梨では11月24日、小淵沢の駐車場で掘り出すようにして動かした車上の20僂寮磴睛癲稿には消えた。
ネムやクワ、カキ、カラマツもすべて葉を落としたが、クヌギやナラなど雑木林の樹々はオレンジ色に近い晩秋の景色を取り戻している。

方代のことも書きたいが、ここでは、11月23日に観た美濃市大矢田(おおやだ)神社の「ひんここ祭り」のことを書こう。

この素朴すぎる人形劇が500年も続いていることは驚くべきことだ。
ここ美濃地方やその周辺、南信濃から奥三河にかけては、日本文化の吹き溜まりのように特異な民族的行事・祭りがかなり残され守られている興味深い地域だ。
特に長良川沿いを走る長良川鉄道には面白い街がいくつもある。

まず、長良川は1300年の歴史を持つ鵜飼いとアユの文化を持っている。
同じく1300年と言われる美濃和紙があり、春にはこの紙を桜色に染めた花神輿が、うだつの上がった家々の並ぶ美濃の街を練り歩く。
この祭りでも「流し仁輪加」という珍しい即興劇が残されている。
秋には、美濃和紙あかりアート展という新しい試みで街を盛り上げている。

あかりアート2


この美濃市の古い街並みは日本有数の規模で一見の価値がある。
もちろん郡上八幡の夏は郡上踊り一色だ。
その上流、美濃白鳥でも夏は白鳥踊りで賑わう。
そして、最上流には白山信仰の本山・長滝白山神社がある。
ここまで来れば、白川郷にも近い。
忘れてならないのは、この流域は円空上人の本場だということ。
美濃生まれの円空が晩年を過ごした関の池尻には円空館があり、30体の円空物を観ることができるし、他にも円空物と出会う機会は多い。
この関市は鎌倉時代から続く刃物の街だ。
今でも刀匠が伝統を受け継いでいるし、フェザーなど現在でも刃物メーカーが集積しているのも興味深い。

ところで、「ひんここ祭り」だ。
11月23日の祝日、紅葉の名所でもある美濃市近郊の大矢田神社は、車が半日渋滞するほど賑わう。
ほとんどが紅葉狩りと神社参拝が目的だが、もともと春祭りで行われる「ひんここ」もこの日に演じられるようになった。
神楽殿で舞われる踊りではない。
楼門下の広場が見物席となり、2〜30m離れた山腹に幕が張られ、ここでいたって単純な人形劇が演じられる。
観客は地元の人たち100人くらい。
ほぼ等身大の異形な相貌をもった人形が現れると、人々はホー、ヒーという不思議な声をあげる。

ひんここ2

ストーリーは単純だ。
麦蒔きをしている農民たちを一人一人大蛇が飲み込んでしまうが、手に大麻を持った祢宜殿が返信して、須佐之男命になって大蛇を退治するというもの。
農民の顔も異形だが、その動きも頭が上下に動くだけの単純さ。
その持ち物が、鍬、火種、軍配、種、肥料、弁当などで、服装も同じ、祢宜殿が変身しても同じ服装で代り映えがしないも、何ともおかしい。
バックのお囃子の音も単純な繰り返しで素朴の極み。

五穀豊穣を祈るこの祭りが500年も続いているのは、いかにも美濃らしい奇跡的な光景だ。
この祭りは平成11年、国の無形民俗文化財に指定された。
また、この大矢田神社の本殿も拝殿も重要文化財に指定されているが、有名なのはこの神社を中心としたヤマモミジの樹林だ。
楫斐川の華厳寺、横蔵寺と並んで美濃もみじ三山として有名だ。
(国の天然記念物 楓谷ヤマモミジ樹林))

当日は、ほんの少し、紅葉の盛りを過ぎていた。
この紅葉の純林をバックに「ひんここ祭り」を観たいものだ。
(当日あわてて出発してカメラを忘れた。小生はケータイもスマホも持たないので写真はない。パンフレットから「ひんここ祭り」を引用したい。観光列車ながらのポスターも美しい。)

ポスタ2ー