図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

展覧会

サクラ色のルーシー・リー、深いマリンブルーがほんの少し

車窓の風景が、春霞がかかって見通しがきかない。
近くにあるはずの富士山でさえ見えない。
里山の樹々は新芽の春色となってミルク色の中にかすんでいる。
常緑のシイやカシ類も新芽の柔らかいオリーブ色が盛り上がって古い葉と交代しようとしている。
黄と淡い緑の間に、サクラ色や白が混じって微妙に滲んでいるのが見える。
ソメイヨシノや山桜の色だ。
もう陽は高くなっているのに、向こうの海も白く光っているだけで空と見分けにくい。
シラスやサクラエビ漁の船が見えるので、海だとわかる。
列車は東海道・由比駅に近づいている。
由比漁港が小さな漁船に埋まっている。
今日は青春18きっぷの最後の1枚を使って静岡まで行く予定だが、途中下車しても十分時間がある。
解禁したばかりの駿河湾のサクラエビで腹ごしらえしてからでも遅くはないだろう。
ついでの由比宿にあるという由比正雪の成果と言われる紺屋も見たいし…サクラエビのかき揚げ丼の誘惑に抗しきれず足はもうプラットホームに降りてしまった。
そういえば、今日見るはずのルーシー・リーのピンク色の器も、桜の花色で染めたような美しいボール(小鉢)というよりは、この時点ではサクラエビ色のどんぶりがちらついて離れない。
陽気のいい土曜、しかも昼時ということで漁港の店は大行列、すぐここはあきらめてサクラエビ通り(漁港近くの旧街道をいう)を少し離れた店で春の味を賞味。
正雪の紺屋へ。

正雪生家

近くの昭和初期の銀行建築やカメの甲羅干しを見て静岡へ向かう。

清水銀行清水銀行 (2)

カメの甲羅干し



今度の「没後20年・ルーシー・リー展」は茨城県立陶芸美術館、千葉市美術館、姫路市立美術館、郡山市立美術館と巡回し、静岡市美術館が最後となる。

ルーシー・リー展覧会パンフレット

今日9日がその初日、いつも最終間際になってバタバタと行く羽目になるのに、珍しいことだ。
(これも、青春18きっぷが10日までというだけからだが…)

地方都市を巡回するこの種の重要な展覧会の情報は、よほどまめに気にしていないと届かない。
静岡では初日のこともあり、ポスターやパンフレットが目立って、情報誌にも紹介されるのだが、首都圏までは伝わらない。
もちろん専門雑誌や地方新聞(主催の新聞社の)には紹介されるのだが、一般向けの全国紙がもう少し細かい情報を伝えてほしい。

例えば、先月終わった愛知県陶磁美術館の「煎茶」展も売茶翁・高遊外の使った茶器や茶銚・急須の名品が展示された貴重な展覧会であったが、中日新聞でも読んでいないと気がつかない。
もったいないことだ。

煎茶展覧会パンフレット



今回のルーシー・リー回顧展は、初期のウイーン時代の作品やイギリスに逃れた戦時のボタン制作までも含め、晩年のパーツを組み合わせて作る大き目の花器やブロンズ釉を使った大き目の鉢まで日本初公開の作品が多い。
しかしやはり魅力的なのは、50年代のハンス・コパ―と組んだ時代から、70年代・充実期の線文鉢だろう。
天然の貝殻を見るような搔き落としの線が入った紙のように薄い小鉢は、恐ろしく繊細で魅力的だ。

また、緑釉にブロンズ釉をたっぷりかけた鉢など、遠州好みの茶器に使えそうな作品もあるが、コーヒーや紅茶好きの人たちにはコパーとの共作になる茶釉線文のコーヒーセットやティーセットが素敵だ。
このカップでコーヒーを飲みたいと思わせる魅力を秘めている。
サクラ色やグリーンにチョコレートを垂らしたようなブロンズ釉がかった鉢の一部を拡大したポストカードがあるが、フランボアーズをはさんだチョコレートケーキに見えてくる。

コーヒーカップポストカード



展覧会の後は、15代将軍だった徳川慶喜の邸跡に残る庭園(浮月樓という料亭になっている)を覗くだけだ。
京の庭師・小川治兵衛の作庭になる池や慶喜お手植えの台湾竹を眺めて、すぐ満足。

浮月樓

静岡らしく旧須田氏の煎茶でも味わって帰るとしよう。
家康が愛した本山茶にするか。

本山茶

それにしても、駅ビルの隣に楠の巨木や池がある都会はほかにあるだろうか。

たかが150円というが…されど(絵葉書は100円としたいの巻)

凍えるような雨でも春が進んでいくキッカケになる。
先週にはあまり色彩が感じられなかった庭も、雨後には生命が蘇る。
ウメやマンサクの花くらいの庭に、珍しくラピスラズリの青い球が目に飛び込んできたが、これはジャノヒゲ(リュウノヒゲともいう)の実だった。

ジャノヒゲ


野鳥が次回用に食べ残したのだろう。
こんな冬の庭も雨が2日も続けば、いきなり春らしくなる。
春一番を告げるクロッカスが咲き出した。

クロッカス

つぼみの固かったツバキの品種も次々と咲いてくる。
原種のヒメサザンカ、桃色の有楽、赤い色が少し混じる秋山、白玉椿や侘助も。

有楽秋山

白玉椿侘助


ヒヨドリが冬の間にやわらかい新芽をかじったのだろう先端の葉はまともな形をしていない。
サンシュユの黄金色の花も咲きかけている。

サンシュウ

ウグイスの初音も聞けば、目立たぬウグイスカグラの小さな星型の小花も、いつの間にか咲いている。

ウグイスカグラ


屋根からの落雪で、再びほとんど棒状になってしまったガマズミにもわずかに残った小枝に新芽が見えてきた。
この寒い山麓も確実に春に入っている。

春先には大きな展覧会も目白押しだ。
日本ではとても無理と思われていたボティチェリ点が開かれている。(都立美術館 4月3日まで)

ボッティチェリ展

いつか鎌倉で観たモランディの本格的な展覧会も開かれている。(東京ステーションギャラリー 4月10日まで)

モランディ展


いずれも日伊国交150周年記念の目玉となる特別展だ。
それに昨年見逃してしまったヘレン・シャルフベック展も最後の展覧会が終わろうとしている。(神奈川県立近代美術館葉山館 3月27日まで)

シャルフベック展


このところ都会の展覧会絵ハガキが、押しなべて150円が相場のようになってしまったのはどうしたことか。
バブル時代でも100円を越えなかった絵葉書が、いつの間にか150円が当然とされているのが気に入らない。
一度に大量に売れることのない私販の観光用の絵ハガキが、新作ポストカードのバラ売りを1枚150円としているのは止むを得ない面もあるしご自由にだが、公立の美術館までこの値段に合わせているとしたらとんでもないことだ。
美術館の事業部が少しでも売り上げを伸ばそうとするならば、おかしな商品開発をするより、まずは絵ハガキを100円に戻すべきだろう。
例えば、ボッティチェリ展では厳選して2枚しか買わなかった絵ハガキ(計300円)が100円ならば5枚(計500円)は買っただろう。
この200円の差は大きい。
妻は、以前はコレクション用と使うため用と2枚ずつ買っていたが、最近はぐっと買う枚数を減らしたそうだ。
美術館では普及課があるように美術の普及を重要なテーマとしているくらいだから、少しでも多く、安く売るのが当然と思うが、横並びに150円として種類も部数も少なくさせているのがわからない。
高価になりかなり専門家向きになった図録を買わなければ、知人の便りにも使え記念品としては一番売れるはずの絵ハガキが冷遇されているように感じるのは焼成だけではないだろう。
原価20円もしない絵葉書が150円という売値をつけられ、売れない商品とされてはかなわない。
高価な図録を買わせるためとしたら、これもおかしなことだ。
地方ではまだ100円もある展覧会用の絵ハガキ(葉山のシャルフベック展では120円)は、都会でも100円にして種類も売り上げも伸ばしてほしいものだ。

今年最後の展覧会を観る

秋の主要な展覧会が、次々と終了するのが12月だ。
中には晩秋11月になってから始まるものもあるが、いずれにしても、12月下旬には幕を閉じる。
年をまたぐ展覧会はまれだ。
したがって、この12月にもどたばたと終了間際の厳選した3つの展覧会巡りとなった。
「国宝一遍聖繪」「藤田嗣治・前所蔵作品展示」「春画展」だ。


名古屋市徳川美術館の「国王・源氏物語絵巻」展や滋賀県守谷市の没後400年特別展「古田織部」展は断念した。
特に「国王・源氏物語絵巻」展は国宝絵巻の全点一斉公開のチャンスだっただけに残念だ。

源氏

しかも、同時に絵巻完全時の復元を目指した平成の復元絵巻(顔料も髪も技法もでき得る限り原本と同じにした模写)も、同時展示されるし、古筆や絵巻・料紙の現状復元技術では最高峰だった名人・田中親美の模本も展示されたようだ。


しかし、平安・鎌倉時代の絵巻物の優品「一遍聖繪」を見ることができたことは今年最大の喜びと言える。

jpg2

この時代の絵師・書家・仏師も含めて、すべてが優秀なことは想像をはるかに超えていた。
この絵巻は絹本全十二巻に描かれ、1299年(正安元年)に完成した。
画家は法眼円伊と記されている。
この時代、最高の画家の一人だったに違いない。
この絵巻を見れば、風景画家としても超一流の画人だとわかる。
それに、文(詞書き)の部分が色紙継ぎの技法を使い、見事な完成度だ。
書も当代一の筆になることは明らかだ。

図録にこの部分が極小の全体図だけになっているのが残念だ。
絵と書は一体で、同じような扱いがほしい。
(しかもこの図録、値段を2000円に抑えるためだろうか、この種の図録では珍しくB5判の判型で、絵巻の図録にしては小さすぎる。A4判にして全部分にルーペを使わない程度の大きさがほしい)

この展覧会は珍しく、3つの会場を使った方式をとっている。
一遍上人の大本山(時宗)藤沢の遊行寺(清浄光寺)の宝物館(リニューアル記念)、県立金沢文庫、県立歴史博物館(馬車道)の3館共同展示で本邦初の全巻展示が実現した。
この絵巻が全十二巻、ほとんど欠損なく総本山の所蔵となっていることは奇跡的なことだ。
(しかし、七巻だけは二つに分けられてしまった。清浄光寺本は七巻の後半が後世の写しになっている。東博に収蔵されている七巻の後半分は原三渓が旧蔵していたものだ。別に三渓が分割したものではなく、江戸・幕末にかけて謎の移動があり、最後に日本美術の枠を求めていた三渓の元に帰したのだ。)
県立歴史博物館は「五姓田義松・最後の天才」展の大ヒットに続いて、この「一遍聖繪」展と見ごたえある展覧会が続いている。

一遍上人の本は文庫本になった名著がある。
栗田勇「一遍上人―旅の思索者―」新潮文庫。

文庫

一遍上人絵伝(一遍聖繪)のカラー図版も入っている充実の1冊。


さて、国立近代美術館所蔵の「藤田嗣治展」に急ぎたい。

藤田

フジタの戦争画をまとめて観る機会はほとんどなかったので、この展示も貴重だ。
所蔵全25点のうち、戦争画は14点。
いずれも迫真の大画面。
西欧の古典的戦闘画を研究し、乗り越えるリアリズムを獲得した「アッツ島玉砕」から戦争画の最終となった「サイパン島同胞臣節を全うす」の地獄絵まで、戦争責任のすべてを背負うようにあれほど愛した日本を離れざるを得なかったフジタの心境は?
戦後の日本美術界の変貌ぶりに絶望して、追われるように日本を脱出したフジタ夫妻は、1955年、日本国籍を抹消、フランス国籍を取得しカトリックの洗礼も受けた。
世界的画家フジタの作品集がなかなか実現しなかったのも、君代未亡人の日本美術界への不信があったからだろう。
美術雑誌ではフジタ特集をなかなか組めないほど、夫人のクレームは激しかった。
日本不信は後々まで続いていたのだろう。
果たして日本美術界がフジタを戦争責任をもつ戦犯として指名し、「美術界の戦争責任のすべてを一人で背負ってもらえないだろうか」という虫のいい話をしたかどうか。
十分あり得る話だ。
日本を、特に日本の美術界に絶望して出ざるを得なかったフジタを美術界では「フジタは戦争責任の追及を恐れて逃亡した」と噂した。


長く専門家だけの研究テーマとして非公開だった日本絵画史上の「春画」が、大英美術館の展覧会を受けて、日本で初めて公開された。(当然、成人のみ)

春画展

会場探しは困難を極めたが、細川家のコレクションを公開している目白台の永青文庫というふさわしい場を得て、オオニギワイというとてもフサワシクない入場者が詰めかけた。
これを興味本位で取り上げた週刊誌が、その指示から注意を受けるオマケまでついたためかどうか、若い男女などもかなり多く、狭い会場は平日でも人で埋まった。
永青文庫は昭和47年の一般公開以来の入場者数を「春画展」の三か月間の入場者が上回ったのではないか。
慶賀なことだ。

富士のカラマツ、山梨「県民の日」の3館巡り

北海道は突然真冬に入り、本州・九州でも産地では雪景色が見られるようになったが、先週までは穏やかな秋日和が続いていた。
その20日、富士山五合目手前の御庭のカラマツが気になり、見に行ってきた。
この辺りは冬の環境が厳しく、富士山の森林限界になっている。
普通の高山ではハイマツの低い樹林が続くところだが、富士山では特有の背の低いカラマツ樹林となっている。
強風で主幹を折られたり、曲げられたりした2〜3メートルくらいの盆栽化したような古木が多くみられる。
樹間にはハクサンシャクナゲやシラビソ、林床にはコケモモのミドリ色というのが定番になっている。
すぐ、数十メートルも下ればカラマツは普通の樹形で素直に並んでいるから、いかにここの寒風が厳しいかわかる。

森林限界付近2

当日、ふもとの富士吉田ではジャケットいらずの穏やかな日だったが、雲に覆われていた。
五合目ではジャケットどころか、手袋がない指がすぐ凍り付く寒風が吹きまくっている。
カラマツの黄金色の落ち葉吹雪でも見られるかもしれないと思っていた甘い夢は、すぐ砕ける。
溶岩や軽石の道を行くと、すっかり冬木となった庭の古木状のカラマツが球果をたくさんつけて眠っている。
その根元にはコケモモのミドリ色と凍ったような実が見える。
まわりはフワフワのクッションとなったカラマツの落ち葉が積もっていて気持ちがよい。
これだけ確認してすぐ下山だ。


今日は、「山梨県民の日」県立ミュージアム4館はすべて無料だから、そのうち3館を回る強行軍となった。
中国人でいっぱいの五合目売店の郵便局で記念の風景印を押してもらい、帰途に就く。

風景印封筒

それにしても、スバルラインの道路沿いはよくミドリが回復したものだ。
以前は痛々しいほど破壊されていた森林は、幼木の植林や芝なども使い、自生のカラマツも生育しているようだ。
カラマツの花やハクサンシャクナゲの白い花が咲くころに、今度は登山道で上って来よう。
富士吉田の浅間神社から中ノ茶屋・馬返しを越え、五合目までは4時間半で行ける。


さて、河口湖を抜け、御坂峠のトンネルを山梨県立博物館へ急ぐ。
ここでは折よく開館10周年記念「富士山〜信仰と芸術」展を開催中だ。

富士山展2富士山展1

ここの目玉は、富士山本宮浅間大社の「富士参詣曼荼羅図」や役行者像だ。
富士の初登頂は、甲斐の黒駒に乗った聖徳太子だという伝説がある。
聖徳太子伝には必ず描かれるし、江戸時代には像としても奉納されている。
その黒駒が雲に乗って到着したのが七合目三勺の駒ケ岳という。
しかし、確実な登頂となると平安後期に数百回も登ったという末代(まつだい)という僧ということになる。
この末代が富士山頂に埋めたという経文をこの展覧会で見ることができて、感動的だ。
昭和五年に山頂三島岳から出土された、末代という名がある陶片と写経断片がこれだ。
長い年月埋められたことにより、固まり開くことができなくなった経文と一緒に展示されている。
貞観年間に大噴火した富士山は、ずっと噴煙を上げている。
浅間神社は山霊を鎮めるために建てられたという。
現存最古と言われる「役行者半迦像」(12世紀末)の迫力も相当なもの、思わず手を合わせて拝む人もいるほど。
絵画では、秋草図屏風の名月がわりに富士が描かれたもの、黒い富士が意外で面白いと思ったら、銀で描いたものが変色したものであった。
富士曼荼羅中の名品、狩野元信の印のある富士山本宮浅間大社蔵「富士参詣曼荼羅」(室町末)と、狩野探幽の「富士山図」(静岡県立美術肝臓)に後ろ髪をひかれつつ、県立考古博物館へ。
kai3
表紙の図が「富士参詣曼荼羅」

考古博物館では「縄文の美」展が開かれている。

縄文の美展

縄文土器の造形美は世界的に有名になってきたが、ここ、山梨県にも優品が多く出土している。
特に八ヶ岳南麓からは水煙文土器やかなり複雑な文様や生き物を付けた鉢、そして女神像などの土偶が多く出土していて、一大中心地となっている。
この展示では十日町の火炎土器や渋川市の巨大な焼町式土器も加えて、縄文文化の造形美に圧倒されてしまう。
特に地元北杜市天神遺跡出土の深鉢の美しい文様とスマートな造形に脱帽。
表前面に精緻な文様が施されていて圧巻、
図録を買ったが、写真を載せられないのが残念。

もう、紙幅を越えてしまったので、3館目の県立美術館はタイトルだけ。
「花の画家・ルドゥーテのバラ展」

ルドゥーテ・バラ展

ナニワイアバラやモロッコバラも描いているが、特に「野生の素朴なバラ」にも力を入れて描いているのが嬉しい。


今回のおすすめ本「レンズが撮らえた幕末明治の富士山」(山川出版社 2013年刊)貴重な写真満載。

レンズが撮らえた明治の富士山」

逸ノ城も稀勢の里もぶっ飛ばした照ノ富士――日向薬師の秘仏御開帳

珍しく白鵬が自滅して(稽古不足か?)、新関脇・照の富士が逆転優勝となった大相撲だが、人気と実力が備わっているのが照の富士ただ一人だけなのがさみしい。
特に、大関陣が情けない。
大関からの転落をやっと逃れる程度の成績がずっと続いて、10勝以上を挙げる実力はないのが現状。
関脇・小結との差はない。
横綱審議委員は日本人力士に大甘で、三場所の成績さえ基準を越えればすぐ推挙するが、あとは知らんふり。
やっと大関になっても、もう最盛期は過ぎてしまっていたり…。
大関は実力最高位のはずだが、前頭上位にも簡単には勝てない程度の差しかない。
今場所、10勝以上を挙げた稀勢の里も例外ではない。
これでも大相撲人気が沸騰、三場所連日満員御礼が続き、懸賞金も史上最高という。
少し前の客席パラパラの状況がうそのようだ。
照の富士―逸ノ城の水入り勝負といった熱戦が連日のように見られれば、人気に内容も追いつくが…。
日本人力士に照の富士とまともに戦える人が出るだろうか。
ベイスターズの優勝のほうがよほど確率が高い。
95連敗をのがれた東大の連勝並みの難易度とは言わないが、明日のダービー10番人気位のスピリッツミノルが大逃げして、3着馬券内に残るほうがより現実味がありそうだ。
(先の、ビクトリーマイルでは最低人気ミナレットが3着に入り3連単2000万馬券となった)

さて話変わって、このところ、正統的な仏教彫刻史では、あまり重要視されていなかった地方仏や、円空・木喰仏などの展覧会が相次いで開かれていて興味深い。
東博の「東国の仏像たち」には、岩手県・天台寺の秘仏・鉈彫「聖観音像」が出た。
山梨健博の「円空・木喰展」にも、新発見の円空仏が公開された。
そして今回、神奈川県の信仰の山・大山の麓にある日向薬師・宝城坊の秘仏「薬師三尊像」が金沢文庫(神奈川県立博物館)で公開されている。(6月14日まで)

日向薬師展覧会パンフレット

今回の展示は、この古い薬師堂の解体大修理という事情があって、初めて実現できた貴重な公開だ。
北条雅子も頼朝も厚い信仰を寄せたこの古刹の薬師堂は、関東地方、いや東日本でも有数の仏像群を誇っている。

特に鉈彫の薬師三尊は魅力がある。

日向薬師展覧会パンフレット裏面

数年前にも鉈彫の横浜・弘明寺・十一面観音像を、ここ金沢文庫で背後や側面まで見ることができたから、東国に生まれた鉈彫仏の名品はすべて公開されたことになる。
日向薬師の脇侍、日光・月光菩薩のお顔の、ノミ目の美しい横顔と目の表現に魅かれる。
120儖未両像だが、専門仏師による京・大和の古仏にない魅力を秘めている。
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
クリックして応援!
どちらのボタンもクリックしていただけると応援になります。よろしくお願いします。
にほんブログ村 本ブログ 古本・古書へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
記事検索
携帯電話からもご覧になれます
QRコード
  • ライブドアブログ