図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

干柿の王国・カキの実のなる風景は日本農村の原風景だ

堂上蜂屋柿をご存知でしょうか。
岐阜県美濃太田市の蜂屋地区で生まれた最高品質の干柿だ。

箱


堂上蜂屋柿2

最高級の8個木箱入りは1万円を超える。
堂上とは天皇や将軍への献上品という意味だ。
平安時代から千年も続く歴史をもつ大ブランドが、今でも守られ、認定制度として生きている。
この地で育った渋柿の品種「蜂屋柿」は、一枝に一個の摘果をされ、大玉の道場となっていく。
収穫された蜂屋柿は四角っぽくて機械ではきれいに剥けない。
手間をかけ手作業で皮を剝き、、昔通りに天日干し、手もみなど伝統作業を守って仕上げられる。
まさに飴色の宝石、そのねっとりとした甘さは何と表現したらよいだろうか。
ドライフルーツとして、これを越えるものは見つけることができない。
茶席の菓子としても、同じく岐阜県中津川の栗きんとんと並んで第一級であることは、お茶人たちにはつとに周知のことだ。

(美濃太田―中津川・この中間に位置する多治見の和菓子屋で、二つを合体したお茶菓子を見つけた。干柿の中に分からぬように栗きんとんが入っているのだ。1+1は2ならず!といったところか)
お正月の初釜では、茶席の主役となる。

栗入り干柿


毎年、蜂屋町の瑞林寺(地元では柿寺で通る)では、正月に蜂屋が気を使ったお茶会が行われる。
この蜂屋柿はヘタをとったら、バナナのように縦に裂くように向いていただくのが作法だ。

柿は世界中どこでもKAKIで通る日本原産のフルーツ。
特に甘柿の富有柿は今では世界中で栽培されているが、その発祥の地も岐阜県だ。
その瑞穂市と本巣市の境あたりに、富有柿の原木がある。

原木

同じく甘柿の代表的品種「治(次とも書く)郎柿」の母木も、少し南の静岡県、お茶の栽培の盛んな森町にあるのを知った。
民家に囲まれた小さな敷地に数本の意外と小さな原木数本が残されているが、二代目との表記があった。

山梨の干柿は甲州百目(匁)柿、富山では(南栃)では三社柿が使われる。
いずれも大玉の渋柿で、その製法は蜂屋柿の美濃から伝わったものだだろう。
南信市田町の市田柿も含めて、この中部日本の地域は干柿のふるさとといえよう。
干柿が出回る12月から正月にかけては、歳暮や年賀の贈答品が活躍する時期だけに、地元産の干柿が注目を集める。
その王様・堂上蜂屋柿も1月を越してしまえば、もう入手困難だろう。

中津川の栗きんとんについても、いずれ書きたい。

栗きんとん

大垣下車、水まんじゅうの旅

東海道線で、いつも乗り換えするばかりの大垣駅だが、今日はちょっと時間がある、降りてみよう。と思い立ったのは、猛暑真っ只中のある日だった。

大垣には、関ヶ原の戦いで西軍を率いた石田三成の本拠となった大垣城がある。

大垣城

湧き水も多い地だからおいしい水も飲めるだろう。
夏の風物詩・水まんじゅうも魅力だ。
観光ポスターを見ると、姿の良い江戸時代の燈台が水辺の風景によく生えている。
「松尾芭蕉・奥の細道むすびの地」とある。
そうか、ここ大垣にはもう一つの観光資源があったのだ。

江戸時代は恐ろしく水運の発達した時代だ。
芭蕉の奥の細道も深川の庵から日光街道・千住宿までは舟を使い、ここから旅が始まる。
旅立ちの句は有名な「行春や 鳥啼き魚の 目には泪」、そして5か月の旅を終える大垣、結びの句「蛤の ふたみにわかれ 行く秋ぞ」でしめると、この地船町川湊から川舟に乗り、桑名に向かったのだ。
芭蕉は伊勢神宮を経て故郷・伊賀上野に戻っていく。

この水門川(もともとは城の外濠)の川湊(港)の雰囲気をよく伝える「住吉燈台のある水辺の風景」がこの町の自慢。
ここ船町生まれの日本画家・守屋多々志の描いた住吉燈台の絵葉書を見ても、ここが町の自慢の特別の風景だということが伝わってくる。

住吉燈台水門川








大垣が水都を標榜するなら、昔の城下町にあったように城を囲む外濠を復活してほしい。
水の城らしく、内濠も復元して水に浮かぶ城の風景も作りたい。
市中にいくつかある湧水を利用して、小さな流れを街中に通してほしい。

麋城(びじょう)の井戸

樹木のグリーンベルトも必要だ。
湧水スポットには、木陰とベンチは必要だ。
夏の強い日差しから、観光客や住民を守ってほしいもの。

それにしてもほぼ完ぺきに保存されていた名古屋城を焼き払った(間違いだったと言っているようだが)第二次世界大戦の米軍による空襲は容赦のないものだった。
城も武家屋敷や四千石の城下町の名残りもすべて焼き払った。
周辺の寺やわずかな商家だけが焼け残っただけだ。
中山道と東海道を結んでいた美濃路・大垣宿には、名物柿羊羹の「つちや本店」が昔の儘の佇まいで残っているのは奇跡のようだ。

つちや本店


駅近く水まんじゅうの老舗・金蝶園には、店頭の水まんじゅうを求める人たち(ほとんど地元の人たちらしい)が絶えることがない。
10個20個と次々売れている。

水まんじゅう

店では水まんじゅうを冷やすのが間に合わなくなった。
真夏の人気のない街中で、ここだけが混んでいる。
これも奇跡のような幻の光景に見えた。

街中の食事会

1月29日の東京新聞に「アサゲ・ニホンバシ」のことが載っていた。
「アサゲ・ニホンバシ」は新しく日本橋にやってきた若い企業家たちと江戸・明治創業の老舗たちの交流の場となっている。
この日の朝餉は明治10年創業の日本橋日月堂のお汁粉。
この日で33回目になる食事会は、三井タワーのカフェを会場に新・旧の120人が集って、老舗の歴史を聞き、新しく日本橋に入って来た人の企業の話を聞く。
100年を越える老舗が今も多く集っている日本橋ならではの羨ましい話だが、多かれ少なかれ、どこの街でも商店街でもあっていい取り組みだと思える。
わが町の未来は食事やお茶の雑談から生まれてくる。
食事を共にとることは、人と人を結ぶ第一歩だ。
例え、番茶に漬物やせんべいだけであっても、結束は高まるだろう。

東北の仮設住宅でも、集会場や中庭の炊き出しの一杯のスープがどれほど人の心を結び付けtことだろう。
復興集合住宅でも、一人暮らしの孤立を防ぐ取り組みや環境がなければ復興とは呼べない。
誰でも、自由に気楽に入れる中庭のテーブルやベンチ、お茶が飲める談話室や広場も欲しい。
東北の物見の塔「みんなの家」には薪ストーブとお茶のできる施設がある。
地元の枯死したスギ材を使って作られた「みんなの家」は文字通り、誰でも入れるくつろぎの部屋だ。
神戸・新長田の巨大な高層住宅(14階建て)の轍を踏んではならない。

イタリア、トスカーナ地方のシエナは17のコントラーダ(街区・それぞれのコントラーダは亀・龍・蝸牛・一角獣などの名がつけられ、独自の紋章・旗を持っている)があり、役所も礼拝堂も広場も持っている。
それぞれのコントラーダは、丘の上の都市としては一番規模の大きな古都だ。
シエナは町中が一つの巨大な石造りの建物とも思える。
石畳の道は廊下のように、街を立体交差している。
マンジャの塔から見たカンポ広場シエナの通り


その中心に市役所と高い物見の塔・マンジャの塔が建つカンポ広場がある。
この窪地のようななだらかな傾斜のある広場はイタリアで一番美しい広場と呼ばれている。
「1346年12月30日、シエナのカンポを貝殻型石で舗装し終えた」と古文書に堂々と書かれているように、シエナ市民自慢の広場だ。

マンジャの塔マンジャの塔途中から見たカンポ広場



それぞれのコントラーダ(日本でいえば町内会のようなも)の結束・連帯を強めるものはこの広場で行われる競馬の対抗試合だ。
これが、パリオと呼ばれる祭りだ。
この日のために各コントラーダでは、毎週のように道にテーブルを長く並べイスを出して大食事会を開く。
指定車以外は旧市街の中には入れないから、町全体が歩行者天国だ。
すべての人たちが、どの家でも家族構成まで知っている。
コントラーダ全員が家族のようなものだ。
これで結束が高まらないはずがない。
特に、パリオのある数日前からの予行演習と大宴会。
各コントラードの広場や道はすべて大食堂となり、コントラーダの旗で飾られる。

試合は10のコントラーダが毎年入れ替わりで出場する。
敷石の上に砂土を敷き詰められた広場を3周して、1番になったコントラーダの人々の熱狂はすさまじい。
世界一危険なコース、急カーブを全力で走る迫力、2番では意味がない。
シエナの「パリオ」は、中世イタリアの都市国家がそのまま生き残っている祭りだ。

八ヶ岳山麓・新ソバの季節

ただ、4・5日空けただけだが、帰ってきた白州はすっかり冬の景色になっている。
庭一面にカシワの大きな葉の白茶色で埋まっていた。
落葉樹でも、カシワだけは春先までかなりの枯れ葉が枝にしがみついているのが普通だが、今年はもう半分以上が葉を落とした。
カエデもエノキもネムノキもすべて葉を落とし、冬の姿だ。
きれいな紅葉を残しているのは、ブルーベリーくらいだろうか。
庭の落ち葉も茶色に変わって寒々しい。
甲斐駒も八ヶ岳も雪を見せている。
快晴になったが、冷たい風が止むことはない。
北国では、雪嵐で仙山線は、山寺付近で列車が止まっているらしい。
風よけに線路わきに植えられた杉が、雪の重みで架線にかかって停電となったようだ。

サザンカの花も散り、最後の花はと言うと、ススキの枯れ葉の陰に生き残っていたアワコガネギクの小さな黄色のだった。
葉を落とした梅の枝には、もう来春の小さな蕾が用意されている。
最低温度は0℃、昼間でも10℃にならない。
こんなに良い天気だが、冷たい風が止まらないから、6,7℃と言ったところだろう。
パリ並みの寒さだ。
12月らしく、完全に冬日となった。

新ソバの季節になっている。
当地でも、スタンプラリー「八ヶ岳新ソバ祭り」が10月末から始まっている。

新ソバ祭りパンフレット

(焼失した「神田藪蕎麦」もビルにはならず、元の雰囲気を残しながら復活したのがうれしい。)
八ヶ岳山麓は長野の高原と共に、昔からソバの産地として知られていた。
標高の高い比較的やせた土壌には、香りのよい甘みのあるソバが穫れ、手打ちソバが古くから伝承されている。
馬の産地はソバの名産地ともなる。
岩手も福島も北海道も同様だ。
北杜市も富士見町や原村(長野県)でも、8〜10月頃まで、ソバ畑の白い花を見ることができる。
八ヶ岳南麓の高原は有数の湧き水地帯でもあるから、水が重要なソバ打ちには最適な場所ということになる。
特に新ソバ、香りのよい、緑色がかったソバは10〜12月の晩秋・初冬の大きな喜びの一つだ。

我が家の近くにも何軒かの手打ちそば店があるが、一番知られているのは白樺美術館近くの「翁」だろう。
ここはソバ打ち名人・高橋邦弘さんの店だったが、今はお弟子さんがそのまま引き継いでいる。
高橋さんは広島に帰られたが、日本全国を廻り、「ソバの伝道師」のように飛び回っている。
その著「そば屋翁」(文春文庫)は、「我は如何にしてそば屋になったか、そして八ヶ岳山麓までやって来たのか」の書だ。

そば屋翁


ここまで書いてきて、新ソバが無性に食べたくなった。
ソバ屋に急ごう。
「今日のソバ打ち分は終了しました」の声は聞きたくない。

命の蘇り・春をいただく

今週初めから、白州に行ってきた。
甲府盆地はピンク色の桃の花と白いスモモの花でうまっていたが、帰りの土曜日には盛りは山腹だけに移っていた。
白州でもソメイヨシノは葉桜になりつつあるが、まだコホガンザクラなどの巨木は、この週が一番きれいだった。
神代桜や白樺美術館の桜(これは旧清治小学校の校庭の桜だった)は
人が多いので通り過ぎて、白州の「関の桜」や道の駅近くの白須神社の桜を見てきた。
関の桜白須神社






















山里で一番春を感じるのは、里山の雑木林だ。
林は新芽の洪水ですっかり春色になっている。
木曜夜から金曜にかけて久しぶりに降った雨で、カラカラに乾燥していた土が蘇り、草木は一気に芽生えた感じだ。
長野では10%を切る湿度だったというから、この雨が春を呼んだに違いない。
薄いけぶるようなキミドリや赤芽、細かい毛で守られたコナラやクヌギの銀色がかった新芽にところどころ山桜の花が混じってきた。
地面に近いところで赤紫色になっているのは、ムツバツツジの花だろう。
林縁には野生のヤマブキの黄色。
春は蘇り、命の再生の季節だ。
死んだような枯木と思われた枝から新芽が膨らみ、動き出す。
硬かったトチヤホウの立派な芽が開いてくる。
トチノキ


カシワやカラマツの新芽も美しい。
カシワカラマツ







カキの新芽は美味しそうな葉だ。
凍土が溶けて柔らかくなった土からは山野草の芽生えが見られる。

イカリソウやニリンソウ、ヒトリシズカなどは蕾と共に芽生えて、すぐ花を咲かせる。
イカリソウニリンソウ
ヒトリシズカ



春の芽生えは、動物の一員である人間もその一部を少しいただいて、直接春の喜びを感じることができる。
大きな枯葉の根元からはもうワラビの芽が出始めた。
ツクシもフキノトウもこの山麓にはまだ見つかる。
ツクシは片手に乗る位だけ採って晩酌のおつまみとする。
白ワインにも日本酒でも良い。

ほの苦いアケビのつる芽もウズラの卵を落とせば、おつな酒の友となる。
カンゾウの刃のような新芽も三杯酢でいただく。
山菜の初物をいただくために酒を呑んでいるようだ。

この辺の道端に生えているナンテンハギの柔らかな新芽は、飛騨地方では春には欠かせない山菜らしい。
高山の朝市などにも売られ、一部は栽培もされているようだ。
何度か食べているのだが、良く味わってはいない。
もう一度、少し多めに摘んでみた。
さっとゆでてだし汁でいただく…豆のような香り、クセのない優しい食感もなかなか良い。
飛騨の山里の人たちがこれを食べないと春が来ないと言っているのもわかる気がした。
各地方にはそれぞれ自分たちの春の恵みがあるようだ。
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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