図書館のねずみ

南アルプスの伏流水を使った香り高い珈琲を啜りながら、じっくりお気に入りの本が選べる本好きのためのささやかなサロン、ブックギャラリー&カフェ風信。現在は店舗移転の為、日々奮闘しております。書店では扱っていないような古書、絶版文庫を集めています。

白州

初夏へ、「御柱」と「赤津窯巡り」

春は相当の速さで進み、いつもなら連休中楽しめる山桜は早々と4月いっぱいで終わってしまった。山の残雪も今年は驚くほど少ない。
周囲を人家で囲まれた八ヶ岳は、その影響を受けやすい。
4月も中旬を過ぎて暖かい雨が降った後、もう、雪はほとんど消えていた。
深い谷節にわずかに残雪が見える程度。
夏山の風景だ。
南アルプスも鳳凰三山や甲斐駒は、例年なら山桜やこいのぼりを前景に真っ白に輝いているはずが、この春は恐ろしく残雪が少なく絵にならない。
富士山も同様。
山小屋の人の話では、いつもなら開業準備のため山小屋を掘り出さねばならないほどの雪が残っているのに、今年は拍子抜けの楽な準備だったという。

ここ甲斐駒山麓白州でも、わかば色の木々が盛り上がるように夏に向かっている。
ところどころに見えるのは、ヤマフジやキリの花の薄紫色。
もう、田には水が入って田植えを待つばかり。
羽虫が湧き、ツバメが飛び交う初夏の風景に入ってきた。
カエルの声も日増しに高くなることだろう。
我が家でもナナフシの極小(蚊並みの大きさ)が見られるようになった。


連休の後半にはお隣の富士見・茅野・諏訪の御柱祭(七年に一度)のうち、諏訪大社上社の里曳きを見に行ってきた。
本当は四本の柱を立てる神聖なシーンを見たかったのだが、この行事は非公開になっているという。
2か所の大ビジョン映像でしか見ることができない。
仕方がない、2キロほどの道のりを数時間かけて進む4本の巨大モミの更新を見ることになる。
(1ケ月前、木落しを終えた巨木は、大社近くの御柱屋敷でこの日を待っていたのだ)

IMG_3483御柱 (3)


御柱 (4) 御柱

翌日、重機を使って柱を立てる行事が終わるとき、神となった御柱にたくさんかけられたなわ(蔓や根)を最後に切る係りの氏子が天辺から落ちて亡くなったという、悲しいニュースが流れた。
命綱はなく、重機の上に落ちたらしい。
前回の祭りでも2人が亡くなっている。
木落しより事故率が高い危険な行事となってしまった。

ここ山梨でも、この御柱の祭りが諏訪神社を中心に由緒ある神社で規模を小さくして行われているのはあまり知られていない。
北杜市の町や村は、文化的に諏訪地方とはつながりが深い。
武田の勢力は諏訪を越え、美濃にまで近づいていた。
明治のシルクマユは岡谷に向かっていた。
信州富士見に飛び地のように食い込んでいる白州町は、地形的に見ても諏訪地方から南長野に近く、距離的には遠いが中京方面に顔を向けているのでは?と、思うことがある。
名古屋は東京よりも近いかもしれない。
このことに触れると、長くなって泥沼化していくので、この辺でやめる。



連休最終には、愛知県瀬戸市に向かった。
瀬戸の赤津地区には、茶道具に使われる陶器を中心に多くの陶工が集まっている。
ここの「赤津窯の里めぐり」が毎年第2日曜とその前日の土曜日に開かれているのだ。

赤津窯の里めぐりはがき

連休には益子、笠間、萩、伊万里と有名な陶器市が盛んだ。
日本の伝統工芸品として認定されている「赤津焼」は今一つ知名度にかけるが、指定された七色の釉薬を見ればその古い歴史・伝統がわかる。
古瀬戸や猿投の地名はここにあるのだから。

その七種の釉とは、一番古い平安時代の灰釉に始まり、鎌倉の古瀬戸、鉄釉、そして桃山の黄瀬戸、志野、織部、江戸時代には御深井(おふけ)。
あまりに多彩で赤津焼の特徴がつかみにくい。
散策マップを見ると七種すべてを作っている窯元がかなりあるし、少なくとも四種くらいは得意としているのだから、作品展示が雑多な感をまぬがれない。
各窯の得意分野を絞ってほしいが…どうだろう。
ほとんどが電気窯となって、煙突や登り窯の風情があまり見られないのも、やむを得ないが残念だ。
(常滑では、レンガの煙突も登り窯も残している。)
赤津瓦の赤い屋根瓦が見られたのが救いだ。
室町時代の半地下の窯跡(国指定)は次回に譲り、お隣の「窯垣の小径」を歩いて帰途についた。

窯垣の道窯垣の道 (3)

窯垣の道 (2)

窯垣は不要になった窯道具を使って築いた垣根(塀)だが、組み合わせや色合いが素朴で美しい。
民芸品に通じる、生活の中から自然に生まれた美しさを感じる。

たかが150円というが…されど(絵葉書は100円としたいの巻)

凍えるような雨でも春が進んでいくキッカケになる。
先週にはあまり色彩が感じられなかった庭も、雨後には生命が蘇る。
ウメやマンサクの花くらいの庭に、珍しくラピスラズリの青い球が目に飛び込んできたが、これはジャノヒゲ(リュウノヒゲともいう)の実だった。

ジャノヒゲ


野鳥が次回用に食べ残したのだろう。
こんな冬の庭も雨が2日も続けば、いきなり春らしくなる。
春一番を告げるクロッカスが咲き出した。

クロッカス

つぼみの固かったツバキの品種も次々と咲いてくる。
原種のヒメサザンカ、桃色の有楽、赤い色が少し混じる秋山、白玉椿や侘助も。

有楽秋山

白玉椿侘助


ヒヨドリが冬の間にやわらかい新芽をかじったのだろう先端の葉はまともな形をしていない。
サンシュユの黄金色の花も咲きかけている。

サンシュウ

ウグイスの初音も聞けば、目立たぬウグイスカグラの小さな星型の小花も、いつの間にか咲いている。

ウグイスカグラ


屋根からの落雪で、再びほとんど棒状になってしまったガマズミにもわずかに残った小枝に新芽が見えてきた。
この寒い山麓も確実に春に入っている。

春先には大きな展覧会も目白押しだ。
日本ではとても無理と思われていたボティチェリ点が開かれている。(都立美術館 4月3日まで)

ボッティチェリ展

いつか鎌倉で観たモランディの本格的な展覧会も開かれている。(東京ステーションギャラリー 4月10日まで)

モランディ展


いずれも日伊国交150周年記念の目玉となる特別展だ。
それに昨年見逃してしまったヘレン・シャルフベック展も最後の展覧会が終わろうとしている。(神奈川県立近代美術館葉山館 3月27日まで)

シャルフベック展


このところ都会の展覧会絵ハガキが、押しなべて150円が相場のようになってしまったのはどうしたことか。
バブル時代でも100円を越えなかった絵葉書が、いつの間にか150円が当然とされているのが気に入らない。
一度に大量に売れることのない私販の観光用の絵ハガキが、新作ポストカードのバラ売りを1枚150円としているのは止むを得ない面もあるしご自由にだが、公立の美術館までこの値段に合わせているとしたらとんでもないことだ。
美術館の事業部が少しでも売り上げを伸ばそうとするならば、おかしな商品開発をするより、まずは絵ハガキを100円に戻すべきだろう。
例えば、ボッティチェリ展では厳選して2枚しか買わなかった絵ハガキ(計300円)が100円ならば5枚(計500円)は買っただろう。
この200円の差は大きい。
妻は、以前はコレクション用と使うため用と2枚ずつ買っていたが、最近はぐっと買う枚数を減らしたそうだ。
美術館では普及課があるように美術の普及を重要なテーマとしているくらいだから、少しでも多く、安く売るのが当然と思うが、横並びに150円として種類も部数も少なくさせているのがわからない。
高価になりかなり専門家向きになった図録を買わなければ、知人の便りにも使え記念品としては一番売れるはずの絵ハガキが冷遇されているように感じるのは焼成だけではないだろう。
原価20円もしない絵葉書が150円という売値をつけられ、売れない商品とされてはかなわない。
高価な図録を買わせるためとしたら、これもおかしなことだ。
地方ではまだ100円もある展覧会用の絵ハガキ(葉山のシャルフベック展では120円)は、都会でも100円にして種類も売り上げも伸ばしてほしいものだ。

枝垂れ桜に埋もれる村

蕾のたくさんついた白花の枝垂れ梅を植えたのが3月、花が咲き終え一か月以上たっても冬樹のように新芽が出てこない。
普通、梅は花が散り始めればすぐ新芽の緑が見えてくるはずだ、おかしい。
もしかして最後の花を一気に咲かせ枯れてしまったのではないか。
あまりに遅いので、枝先を少し切ってみたが、枯れてはいないようだ。
その梅の新芽が先週やっと出てきた。
まだ、2、3か所芽吹いただけだが、これで一安心。


当地ではソメイヨシノの桜は散り終えたが、山桜はきれいに咲いている。
今週の開花は1週間くらい早く進んでいるようだ。
先週の日曜日(19日)、今年最後の花見でもしようかと思い立って、お隣富士見町(長野県)の枝垂れ桜を見に行ってきた。

有名な桜には人が集まる。
富士見の古い枝垂れ桜は、村の人々が守ってきた全国的には無名の桜たちだ。
思う存分に、ゆっくり静かな花見ができる。
標高900〜1000mのこの地ではまだソメイヨシノやコブシでさえも咲いているし、枝垂れ桜も山桜も連休近くまで楽しめるというものだ。

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富士見高原の田畑がなだらかに下っていく、その奥には白州とは少し表情の変わった甲斐駒が眺められる。
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この山の雪形はまだ確認されていないから、田植えなどの農作業は昔からコブシや古桜の咲き具合ではじめられたのだろう。
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富士見の古木となった枝垂れ桜は寺社の境内に植えられたものを除けば、すべて墓地に残されたものだ。
田畑の一番眺めの良い一等地に小高い丘を作り、この地区の墓地とした。
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その中央には寿命が長く美しい花をつける枝垂れ桜を植えたのは、江戸時代の農民たちだろう。
中には、桜とともに農作業の目印となるコブシも抱き合わせたように巨木となった墓地もある。

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特に枝垂れ桜の多い高森地区は、村中が枝垂れ桜の桜色に染まる。
みな、この村の観音堂に立つ立派な宝篋印塔と並んだ樹齢三百年を超える枝垂れ桜の子供たちだろう。
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この村の2番目に古い大きな枝垂れ桜、この根元にも古い墓石がいくつかある。
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隣の敷地には「井伏」という名札があった。
作家・井伏鱒二の別荘が富士見のこの辺りにあることは知っていたが、この枝垂れ桜の古木を眺める村はずれにあったとは、いかにも井伏さんらしい土地を選んだものだ。
富士見高原の別荘地ではなく、草屋根の多く残る古い集落の村はずれに夏用の小さな家を作っていた。
桜の季節に枝垂れ桜に埋もれるようなこの地を見て、桜好きの井伏さんは一目で決めたのだろう。
第二の故郷となった山梨もすぐお隣だ。

春は足早に過ぎていく

白州に長くいた。
その間に何回も旅をした。
ちょっと横浜に帰ってきたとき、パソコンが不調とかで(妻が)買い替えた。
そうこうしていて一か月ぶりの、更新だ。


日本の季節まで、欧米化してしまったようだ。
気持ち良い秋が恐ろしく短くなったように、春もまた、一瞬のうちに通り過ぎていく。
冬の翌日に夏が来る。
三寒四温を繰り返し、春の大風を何度か経て来るはずであった日本の春は、ほとんど消えてしまって、すぐ初夏に入ってしまう。
北国の春のように、ウメもコブシもサクラもモモも一斉に咲いて、一瞬の春は通り過ぎ夏へなだれ込んでいく。
これでは春の山菜の楽しみもなくなりかねない。
今までは2月末ころから始まるフキノトウ、そしてツクシから連休杉のワラビまで3か月近くあった、山菜の季節もうっかりするとなくなりかねない。
と、いう訳で、白州ではもう遅くなりかけたフキノトウやツクシの残りを採り、一つまみのカンゾウ、ミツバやナンテンハギ(アズキ菜)を味わった。
サラダにはほろ苦いタンポポの柔らかい若葉、酒のつまみにも少し苦みのあるアケビの弦の太い先端がほしい。
タンポポカンゾウ






タラの芽やウドも今年は早い、もう採り時だ。
忙しい芽生え時が過ぎようとしている。
ヨモギやナズナ、ゲンノショウコのロゼットもきれいに出そろった。

ゲンノショウコ

もう、2〜30年も前に野生植物の芽生え図鑑を出したいと思ったことがあった。
本葉とほとんど変わらない芽生えなら問題ないが、ちょっと変わった芽生えや特徴ある芽生えの場合は簡単な小図鑑があると便利だ。
(つい最近、ハンドブックが出版された)
大きく拡がってしまうヤエムグラやカナムグラは芽生えのうちに摘んでしまえば楽だ。

ヤエムグラ

アレチウリやヤブカラシも芽生えのうちに摘んでおかないと大変なことになる。
ヒメオドリコソウも芽生えてすぐに摘まないと面倒になる。
カキドウシと芽の形が少し似ているが、カキドウシには葉裏の紫色が少し見えるから区別できる。
畑作りの人たちにとっては同じ厄介な雑草だが、小生はヒメのほうだけを積んでいく。

ヒメオドリコソウとカキドウシ

時々、ニリンソウと間違えて死亡事故となるトリカブトの芽も出始めた。
これもニリンソウの花芽がなくても新芽だけで見分けなくてはならない。

草の名も運、不運がある。ハクソカズラ、ママコノシリヌグイ、ジゴクノカマノフタ、イヌノフグリ、ドクダミ、ヘビイチゴ…など可哀想な名をつけられたものだ。
どれも小さな可愛い花をつける小生の好きな草花たちだ。
反対にヒメムカシヨモギ、ヒメオドリコソウなど名の印象が良すぎて、気に入らない。
ヒメはただ単に少し小さめという意味だが、印象が違う。
セイタカアレチヨモギやオドリコソウモドキにしたい位だ。

八ヶ岳山麓・新ソバの季節

ただ、4・5日空けただけだが、帰ってきた白州はすっかり冬の景色になっている。
庭一面にカシワの大きな葉の白茶色で埋まっていた。
落葉樹でも、カシワだけは春先までかなりの枯れ葉が枝にしがみついているのが普通だが、今年はもう半分以上が葉を落とした。
カエデもエノキもネムノキもすべて葉を落とし、冬の姿だ。
きれいな紅葉を残しているのは、ブルーベリーくらいだろうか。
庭の落ち葉も茶色に変わって寒々しい。
甲斐駒も八ヶ岳も雪を見せている。
快晴になったが、冷たい風が止むことはない。
北国では、雪嵐で仙山線は、山寺付近で列車が止まっているらしい。
風よけに線路わきに植えられた杉が、雪の重みで架線にかかって停電となったようだ。

サザンカの花も散り、最後の花はと言うと、ススキの枯れ葉の陰に生き残っていたアワコガネギクの小さな黄色のだった。
葉を落とした梅の枝には、もう来春の小さな蕾が用意されている。
最低温度は0℃、昼間でも10℃にならない。
こんなに良い天気だが、冷たい風が止まらないから、6,7℃と言ったところだろう。
パリ並みの寒さだ。
12月らしく、完全に冬日となった。

新ソバの季節になっている。
当地でも、スタンプラリー「八ヶ岳新ソバ祭り」が10月末から始まっている。

新ソバ祭りパンフレット

(焼失した「神田藪蕎麦」もビルにはならず、元の雰囲気を残しながら復活したのがうれしい。)
八ヶ岳山麓は長野の高原と共に、昔からソバの産地として知られていた。
標高の高い比較的やせた土壌には、香りのよい甘みのあるソバが穫れ、手打ちソバが古くから伝承されている。
馬の産地はソバの名産地ともなる。
岩手も福島も北海道も同様だ。
北杜市も富士見町や原村(長野県)でも、8〜10月頃まで、ソバ畑の白い花を見ることができる。
八ヶ岳南麓の高原は有数の湧き水地帯でもあるから、水が重要なソバ打ちには最適な場所ということになる。
特に新ソバ、香りのよい、緑色がかったソバは10〜12月の晩秋・初冬の大きな喜びの一つだ。

我が家の近くにも何軒かの手打ちそば店があるが、一番知られているのは白樺美術館近くの「翁」だろう。
ここはソバ打ち名人・高橋邦弘さんの店だったが、今はお弟子さんがそのまま引き継いでいる。
高橋さんは広島に帰られたが、日本全国を廻り、「ソバの伝道師」のように飛び回っている。
その著「そば屋翁」(文春文庫)は、「我は如何にしてそば屋になったか、そして八ヶ岳山麓までやって来たのか」の書だ。

そば屋翁


ここまで書いてきて、新ソバが無性に食べたくなった。
ソバ屋に急ごう。
「今日のソバ打ち分は終了しました」の声は聞きたくない。
プロフィール
ウェブサイト
お店のウェブサイト
http://home.netyou.jp/33/fushin/
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