甲斐駒の上に暗い雨雲がかかり、山頂が煙っている。
「山は吹雪だろうな」と思っていると、にわかに冷気が下りてきた。
冷たい風にチラチラと雪が混ざりだした。
チラチラとしか言いようがないほどの降り方が4〜5分続くと、風が強くなり始めた。
今度は粉雪が舞うように次第に激しくなってくる。
春の嵐か、目の前のヒノキ林が大きく揺れ始めた。
向こうの森全体も、唸る音を立て始めた。
風に乗って横から吹き付ける雪が、隙間さえあればどこまでも入ってくる。
時々、陽が差し込んで太陽の位置を知らせていたのが、雲が厚くなり、もう日差しは期待できないか。
もう雪はなり奥に吹き溜まりとなって、うっすらと積もっている。

こんな降り方が続くと木造の橋にはダメージが高くなる。
雨に強い屋根付き橋も、こんな雪には弱い。
水に強い油分の多い良質な材を贅沢に使った橋でも、管理をおろそかにしたらすぐ劣化が始まる。
日本の木橋は架け替えられることが前提とされるほどだから、古い木橋は残っていない。
良質な材を使って数十年は持つだろうが、流れの速い河川や台風・大雨などによって流失する被害のほうが多いだろうと考えると、わざわざ屋根を付けて寿命を延ばす必要もあまり考えられなかったのだろう。
屋根付き橋のほとんどは、寺や神社の入り口に架けられていた太鼓橋や檜皮(ひわだ)で葺かれた立派な屋根付き橋だ。
この橋は神や仏の世界と人間の生きる世界とをつなぐ特別なルートだから、神やそれに準じた貴人だけしか通れまい。

長野県諏訪大社の春宮の門前には、道の中央に寺社建築の重要施設として屋根付き太鼓橋が、装飾彫刻を施されて大切に残されている。

春宮太鼓橋2春宮太鼓橋








これは春宮で一番古い建築物だ。
この橋を通れるのは祭礼時、神職に担がれた神輿だけとなっている。
下に川や池がないとしても、まさに神の通る道(橋)ということだ。
四国金毘羅神社の鞘橋や九州・宇佐八幡宮の呉橋も同じだ。
今や観光スポットとなっている鹿教温泉の五台橋も、ともとは此岸と彼岸をつなぐ神聖な屋根付きの橋とされたのだろう。

ヨーロッパでは昔は普通にあった屋根付き橋、ポンテ・ベッキオやリアルト橋など土産物店が並ぶ橋や、ドイツ・エアフルトの家付き橋など石造りの建築が橋上に並び、屋根付き橋とは言いにくい、街みをそのまま載せた橋は中世の古い街にはごく普通に作られていた。

ポンデ・ベッキオ3ポンデ・ベッキオ2







川が見えないから、旅行者は橋を渡っていると気がつかない。
街を城壁で囲んだ旧市街は、川からの侵攻を防ぐためにも、橋には城壁のように隙間なく高い建築物を並べた。
石造りの街並み、石橋でしかできないことだ。

木の古い屋根付き橋も修理を重ねながら、いくつか残されている。
まだ見たことはないが、ヨーロッパ最古の木造橋、スイスのカペル橋は1300年ころの架橋とされている。(一部喪失再建)
イタリアのパラディオの木橋も腐らないように屋根付きで、しかも防火の構えがある。(入り口はトンネルを使っている)
もう一つ、ドイツとスイスの国境の橋・ゼキンゲンの橋はライン川に架かる木橋としてはヨーロッパ最大の屋根付き橋で、全長200メートル、ほとんど全体を木で包まれた暗い回廊だ。(1700年の架橋・何度も再建・1928年修理)
この3つの古い木橋、いずれも未見だが、水の流れの穏やかな、台風のない湿度の低い土地柄だから残された貴重な屋根付き橋だ。


ところで、寺社とは関係のない屋根付き橋は日本には見つからないのだろうか。
四国の伊予地方、内子の郊外にはいくつか屋根付き橋がある。
いずれもあまり古いものではない。
戦中・戦後も間もなくから近年のものらしい。
弓削神社の屋根付き太鼓橋を別にすれば、寺社とは関係ない集落の近くにある。
そのうち一番古く状態の良い河内(かわのうち)の屋根付き橋(田丸橋)を見に行ってきた。


内子駅から車で15分くらい、麓川の小さな流れに簡単ながらしっかりしたつくりの屋根付き橋が見えた。
司馬遼太郎「坂の上の雲」(NHKドラマ)に登場したこともある、雰囲気のある姿がなかなか良い。
1944年(昭和19年)に作られたというこの橋は、わりと深い谷川の風通しの良い場所にあり、台風や大雨の影響を受けにくい環境と村人たちの手入れによって、良い状態で残されている。
この橋を渡って町へ行くといった重要な道ではない。
橋を渡っても2・3軒の家と里山があるばかりだ。
石垣に芝の土手がごく自然に橋とつながり、橋大工の手慣れた技がさえていて気持ちが良い橋だ。
梅雨時や日差しのきつい夏など、この橋上の風通しの良い屋根の下で、村人たちは共同作業や祭りの準備などをしたのではないか。
木炭作りの盛んだった時期、木炭倉庫としても使われていたらしい。

田丸橋2田丸橋


この村の屋根付き橋は、アメリカの農村に残された木造屋根付き橋とはずいぶん印象が異なる。
映画「マディソン郡の橋」に出てくる橋は、雨や大雪が入り込まないためだろう、すべての周りを箱のように囲んでしまった屋根付き橋だ。
中が暗くて、スマートさに欠けるが、田舎の風景としてちょっと面白い。
クリント・イーストウッドはこうした端に夢中になっているカメラマン役だ。
このアメリカの屋根付き橋を集めた写真集もあるくらいだから、アメリカにもアニマックな人がいるものだ。

最後に、現代の屋根付き橋を紹介したい。
スペイン人がデザインした屋根付き橋(東橋)が富山・新湊の内川に作られている。

東橋東橋内部

これも映画「人生の約束」に登場している屋根付き橋だ。
舟の行き来する川面をボーっと眺めるには、恰好の場所となっている。
そこには、日本庭園の東屋(四阿)のように、一休みできるベンチも作られている。
祭りの時は華やかな山車を眺められるベストポジションとなる。