昔、ルノーのポンコツ車を運転して、深夜のブダペストの街を突っ切ったことがある。
誰もいない町に、ライトアップされた巨大な門が現れると、ウイーン方面から来た幹線道路は、ドナウ川に架かった壮麗に飾られた二つの石塔を持つ吊り橋に吸い込まれていく。
いきなり200年前の世界に迷い込んでしまった気分になったが、よく目を凝らしてみると街並みも巨大な橋も古色蒼然として、湖底の都市のようでもある。
後で調べたら、これがブダペスト観光の目玉ともいえるチェーン・ブリッジ(鎖橋)だった。
このブダ地区とペスト地区を結ぶ重要な橋(鉄を使った近代吊り橋)はイギリス人技師によって10年の工期をかけて、1849年に完成した。
しかし、この吊り橋は何度もの苦難を乗り越えてきている。
チェーンの錬鉄もすべて鋼鉄に替えられた。
第二次大戦時、ドイツ軍に仕掛けられた爆薬がチェーンを切り、崩れ落ちた時も、どうにか復元された。
ハンガリー動乱の危機も乗り越えた。
この橋を、一体、何台の戦車が行き来したであろうか。
それにしても、ハンガリーやポーランドの人たちの復元力は並外れて高い。
全壊した街並みも、石一つから復元していく市民の力がある。


復元という視点から見れば、木造の高い技術を持つ日本も復元力は高い。
「甲斐の猿橋」「今日の宇治橋」「瀬田の唐橋」など、台風・大雨・木の老朽化・戦乱などにより、幾度再建されたかわからないほどだ。
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世界的に最も美しい「岩国の錦帯橋」も台風による被害で壊滅的危機にあったが、西日本中の大工が結集して、復元された。
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この度重なる台風による風雨・洪水の被害は四国・四万十や吉野川に沈下橋(潜水橋や潜り橋とも言われる)を生んだ。
もっと小さな川では、「こんにゃく橋」と言って、始めから流されることを意図して、予め
ワイヤーでつないだ木桁を流し回収する、「流れ橋」も出現させた。
四国という土地は、面白い文化や技術をよく伝えている。

ツル植物を使った「かずら橋」も、今や徳島の祖谷だけに残された。
この吊り橋の原型を長く伝えるため、3年ごとに新しく架け替えられている。
大変な労力をかけ守っている古式の技術は、細部をビデオに録り、失われることのないように伝えられる。

もう一つの伊予に残された「屋根付き橋」については、次回で。
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