いよいよ夏休みです。と言っても小学校の話ですが。
夏休みというと、付いてくるのは宿題です。夏休みの宿題をこなす上で、
アリ派とキリギリス派に分けるとすると、僕はキリギリス派です。
毎日こつこつやるのではなく、ずーっと遊んでいて、最後にあせるタイプです。
(8月31日の夜10時から始めていました、毎年。)

それは置いておいて、勉強って国語、算数、理科、社会、その他授業中に
勉強するだけが勉強ではなく、休み時間に友達と遊んだり、みんなで同じものを
給食で食べたりするのも勉強だと思います。(キリギリス派のいいわけか・・・。)

とくに小学校は、子どもにとって最初に集団生活を勉強する場ですよね。
そして、学校は社会の縮図だとも思います。
そういう意味で、学校にいる時間すべてが勉強だと思います。

話は変わりますが、うちの子は金管にはいっていて、小太鼓を担当しています。
一週間後には駅前でパレードをします。それに向かって今までも練習してきたし、
あと一週間、夏休みにはいっても毎日練習に行く予定です。
ぼくはこれってすごく大事なこと、言ってみれば勉強だと思います。

毎日顔を合わせて練習をすると、連帯感が生まれるし、心の中に
口ではうまく言えませんが、大切なものが育つのではないかと思います。
これは子どもにとっても一生に一度のことです。
すごく大事だと思います。(キリギリス派、図に乗ってきた。)

また、別角度ですが、金管にはいって演奏できるというのは、権利だと思います。
権利を得たということは、同時に義務もしょったということです。
金管でパレードできるかわりに、うまく演奏しなければならない義務です。
うまく演奏するためには、毎回、練習に出なくてはいけません。
権利と義務は比例するということを知るのも、また勉強だと思います。

先ほども言いましたように、それまで積み重ねてきた練習、最初は合わなくても、
うまく合った時の喜び、そこから生まれてくる連帯感、それを共有する楽しさ、
それらを持っての、それらがあっての金管であり、パレードだと思います。
こういう経験をさせてもらうということは、いわゆる教室の勉強からは得ることのできない
貴重な「勉強」をさせてもらっていることだと思います。


それにしても、小太鼓とは、とっても BOOTS & STICKS 的楽器を選んでくれました。
ラッパなどと違って、叩けば音は出る単純な楽器ですが、
シンプルなものほど、ミスやアラが目立ちます。
(これは楽器に限らず、何にでも言えることですよね。)

6年生で金管で駅前をパレードなんて、ほんと一生に一度のことです。
キリギリス派としては、がんばってほしいです。

長々と私的考えを述べてしまいました。

内容的には、全然関係ないのだけれど、
一生に一度、でこの曲を思い出してしまいました。