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CROWN CAROUSEL WORLD CIRCUIT

CROWN CAROUSEL WORLD CIRCUIT10(最終回)

 
BOOTS&STICKS の HP に新柄クラウンカルーセルのページが出来ました。

クラウン・カルーセルTシャツ

架空のお店シリーズ第2弾です。

バックに The happy and funny world circuit として45箇所の地名が入っています。

この場所は、移動式メリーゴーランド「クラウン・カルーセル」が行ったところ、もしくは、
行く予定のところなんですが、イコール僕たちが行ってみたいところでもあるのです。

ということで、今回で45箇所の「なぜここなのか」、無事終了…と思いきや、
「6」に BROOKLYN のことを書いたはずなのに、なぜか入っていなかったので、
(加筆あり)ということで、追加しておきました。(大したことは書いてませんけど・・・。)

ABIQUIU ニューメキシコ州、アビキュー。
GHOST RANCH ニューメキシコ州、ゴーストランチ。
オキーフの家
オキーフの家

この本に、「オキーフは、1929年、42歳のときにアビキュー・ヴァレイを見つける。
ニュー・メキシコ北部の高地砂漠であるその土地は、細長い農地と、青草の生い茂った
みずみずしい川、それになつかしく親しい空気との、息をのむような取り合わせだった。
木も生えていない砂漠の広がりは、感覚に訴えかける荒々しい連なり方をした岩々に
まわりを取り囲まれているため、オキーフの目に俄然すばらしい感じに映った。」
とあります。
また、「その見事な岩の連なりとゴーストランチの辺鄙さは、オキーフにとって、まさに理想の夏の聖域となった。(中略)アビキューの村からそう遠くない場所、谷の北の端に、わくわくするほど豊かな地質のゴーストランチ(幽霊牧場)はある。」ともあります。

ということで、1929年以降、オキーフは夏ごとにゴーストランチで過ごすようになり、
1940年にはゴーストランチの家を買い、45年にはアビキューの村にも家を買い、
1949年、ニューメキシコ州に永住を決意し、おもに夏と秋はゴーストランチで、
冬と春はアビキューで、40年近く、絵を描きながら暮らしました。

GRAND CANYON グランド・キャニオン。アメリカ、アリゾナ州北部にある。
平均深度およそ1200m、長さ446km、幅6km〜29kmに及ぶ峡谷です。
ネイティブ・アメリカンは、少なくとも4000年前にはこの地域に住んでいました。
西側にモハーヴェ砂漠があります。

MOJAVE DESERT モハーヴェ砂漠。
アメリカ南西部のカリフォルニア州、ユタ州、ネバダ州、アリゾナ州にまたがる砂漠。
この砂漠には、多くのゴーストタウンがあります。また、航空会社が手放した旅客機が
買い手が見つかるまでストア(整備保存)される場所であるモハーヴェ空港があります。
この空港は、一方で買い手が見つからずこの地で解体されるものも多いことから、
旅客機の墓場とも言われています。

映画「バグダッド・カフェ」の舞台でもあります。
そういえば、20年ぶりに新しく映像がさらにきれいになったディレクターズ・カット版が
でたみたいですね。なんという偶然。(そうでもないか・・・)

VIRGIL テキサス州、ヴァージル。
映画「デビッド・バーンのトゥルーストーリーズ」の舞台となった架空の町。

デビッド・バーンが1983年の "Stop making sense" の全米ツアー中より始めたのが、
新聞などの切り抜きを中心とした「オモシロ話」コレクション。何とかこれが映画に
ならないかとロケ地を探し、出会ったのが、テキサス。
「僕はあの風景と人々の精神に恋してしまった。」
バーンはこの地に架空の町、ヴァージルを生みだした。
音楽とカラーの交錯する素敵なところ、映画の中にのみ存在できる「夢の街」。
(この映画の LD のライナーノートより)

サウンドトラックは、バーンが中心となって、カントリーやテックス=メックスの
要素を取り入れて作られています。
ライナーには、「バーンはテキサスを舞台に『アメリカの音楽』にこだわりを
見せているようだ。」とも書かれています。

そういえば、キース・リチャーズやミック・ジャガーが子供のころからの憧れは、
カントリーやブルースなどのアメリカ南部の音楽だったですね。

僕的には、いっこくらいは架空の町があってもオモシロイかと、ここをいれました。
で、このヴァージルってどこなの?なんて聞かれたら思うツボで、
ここからこの映画の話、そして、トーキングヘッズは1977年に "TALKING HEADS:77"で
デビューして・・・78年には2枚目の・・・79年には・・・・・80年にはあの・・・という具合に、
トーキング・ヘッズやらデビッド・バーンの話に持って行くというわけです。
デビッド・バーン箱の鍵みたいなものですね。

これは、この映画のエンディングテーマ CITY OF DREAMS です。


Here where you are standing
The dinusaurs did a dance
The Indians told a story
Now it has come to pass

The Indians had a legend
The Spaniards live for gold
The white man came and killed them
But they haven't really gone

We live in the city of dreams
We drive on the highway of fire
Should we awake
And find it gone
Remember this, our favorite town

From Germany and Europe
And Southern U.S.A.
They made this little town here
That we live in to this day

The children of the white man
Saw Indians on TV
And heard about the legend
How their city was a dream

We live in the city of dreams
We drive on the highway of fire
Should we awake
And find it gone
Remember this, our favorite town

The Civil War is over
And World War One and Tow
If we can live together
The dream it might come true

Undernearth the concrete
The dream is still alive
A hundred million lifetimes
A world that never dies

We live in the city of dreams
We drive on the highway of fire
Should we awake
And find it gone
Remember this, our favorite town

We live in the city of dreams
We drive on the highway of fire
Should we awake
And find it gone
Remember this, our favorite town

CROWN CAROUSEL WORLD CIRCUIT9

 
BOOTS&STICKS の HP に新柄クラウンカルーセルのページが出来ました。

クラウン・カルーセルTシャツ

架空のお店シリーズ第2弾です。

バックに The happy and funny world circuit として45箇所の地名が入っています。

この場所は、移動式メリーゴーランド「クラウン・カルーセル」が行ったところ、もしくは、
行く予定のところなんですが、イコール僕たちが行ってみたいところでもあるのです。


SAN FRANCISCO カリフォルニア州、サンフランシスコ。
バージニア・リー・バートンの「ちいさいケーブルカーのメーベル」の舞台です。

50年代にはビート・ジェネレーション、60年代にはヒッピーの集う地であり、
70年代に入ると同性愛者の市民権獲得のための運動がいち早くおこるなど、
新しい価値観を生みだす拠点となっているところです。

RIO DE JANEIRO リオ・デ・ジャネイロ、ブラジル最大の都市。
ポルトガル語で「1月の川」という意味。

ショーロ、サンバ、ボサノヴァを生んだ音楽の都です。
僕的にはボサノヴァ。ジョアン・ジルベルトがいいですね。
あと、アントニオ・カルロス・ジョビンの「イパネマの娘」の
イパネマの海岸もここにあります。

BUENOS AIRES ブエノスアイレス、アルゼンチンの首都。
ブエノスアイレスという爽やかな音の響きがいいですね。
それもそのはず、スペイン語で「良い空気」という意味だそうです。

「南米のパリ」といわれ、南米の中で最も美しい町の一つです。

あの森山大道氏も、この街を撮っています。→森山大道「ブエノスアイレス」

そして、PARIS パリ。
ここは言うことなし、です。(ありすぎなんで・・・)

あえて言うなら、蚤の市ですね。
プレハブの店舗が路地ぞいに2000軒くらいある、ヨーロッパ最大の蚤の市
「クリニャンクールの蚤の市」(フランスの人は『サントゥアンの蚤の市』とよぶらしい)と、
店舗はなく品物を路上に並べる業者の数が300くらい、おびただしいハズレのなかに
アタリがかくれていて、クリニャンクールの半分以下で買えたりする「バンブの蚤の市」
とがあります。(バンブのほうが面白そうですね。)

骨董というか古道具。イギリスやオランダなんかも発掘の古い工芸品が
続々と市場に出てくるところだそうですが、基準が技術の完成度や重厚さで重い、
それに比べてパリはラテン的ナンデモアリの世界らしいです。
こーゆーの、いいですね。

あと、気になるのは「アトリエ・ブランクーシ」です。
彫刻家ブランクーシの遺言書には、「アトリエにある物すべてをフランス政府に寄贈する。
ただし展示は、アトリエの空間を再現すること。物の配置も、寸分たがわずに」
と書かれていたそうです。
ということで、ブランクーシのアトリエをきっちり再現してあるらしいです。
ブランクーシは外食ぎらいで、アトリエの作業台でステーキを焼いて彫刻用の
ナイフで切り分け、マン・レイやデュシャンら友人たちにふるまったそうです。
そんな人たちが囲んで食事をした作業台って、実際に見てみたいですよね。

 

CROWN CAROUSEL WORLD CIRCUIT8

 
BOOTS&STICKS の HP に新柄クラウンカルーセルのページが出来ました。

クラウン・カルーセルTシャツ

架空のお店シリーズ第2弾です。

バックに The happy and funny world circuit として45箇所の地名が入っています。

この場所は、移動式メリーゴーランド「クラウン・カルーセル」が行ったところ、もしくは、
行く予定のところなんですが、イコール僕たちが行ってみたいところでもあるのです。
 
 
CASABLANCA カサブランカ、モロッコ最大の都市。
1515年、ポルトガル人によって"Casa Blanca"(白い家)と名付けられました。
このカサブランカという音の響きが好きです。
俳優ジャン・レノの出身地。

KATHMANDAU カトマンズ、ネパールの首都。
高さ約36mのネパール最大のチベット仏教の巨大仏塔(ストゥーパ)「ボダナート」が
あります。ボダナートは世界のチベット仏教の中心地で、中心にはブッダの
お骨(仏舎利)が埋められているそうです。
17世紀の歴史的な建造物が多く残るカトマンズ盆地全体が、カトマンズの渓谷として
1979年、ユネスコの世界遺産に登録されました。

1950年代から60年代に現れたマジックバスの終着点でもありました。

LHASA ラサ(拉薩)。
チベットの政治的、文化的中枢であり、チベット仏教の聖地。
ラサはチベット語で「神の地」という意味です。
8世紀、チベット初の僧院として建立されたサムイェ寺、標高3700メートルにあり
1000を超す部屋があるポタラ宮、18世紀半ば、ダライラマ7世が療養のために
建立した離宮ノルブリンカ他、たくさんの寺院があります。

ポタラ宮には世界でいちばん高地に位置するトイレがあるらしいです。

AYERS ROCK エアーズロック。
オーストラリアの中央に位置する世界で二番目に大きい一枚岩です。
(一番は、西オーストラリア州にあるマウント・オーガスタスです。)
世界の中心という意味で「大地のヘソ」と呼ばれています。
アボリジニの呼称はウルルで、ウルルはアボリジニの聖地でもあります。

MUNCHEN ミュンヘン。
1972年の夏季オリンピックと冬季オリンピックの開催地であり、ともに「ビールの街」
ということから札幌市と姉妹都市協定が結ばれました。
「ミュンヘン・札幌・ミルウォーキー」っていうのありましたね。
ということで、ビールの本場、ビール好きの聖地です。

BERLIN ベルリン、ドイツ連邦共和国の首都。
1973年、ルーリードが3枚目のアルバム「ベルリン」をリリース。
ベルリンに移住したデビッド・ボウイは、1977年から79年にかけてブライアン・イーノと
ベルリン三部作「ロウ」「ヒーローズ」「ロジャー」を製作しました。

1991年のジャームッシュの映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」の舞台のひとつでも
あります。

PRAHA プラハ、チェコ共和国の首都。
「マラガ」のところで、大竹伸朗氏が「マラガのポスターの貼り方が素晴らしい」と
言っていると書きましたが、氏は同じページでこうも言っています。
「マラガには『美しい壁とドア』を期待した。しかし去年訪れたプラハの壁の美しさが
強すぎたためか、少々僕にはきれいすぎ拍子抜けだった。」
大竹伸朗的壁の美しさって・・・・・確かめたいです。



※カトマンズは英語表記の KATHMANDU ではなく、ネパール語からのローマ字転写
  KATHMANDAU にしました。
 ミュンヘンは独語の綴りの MÜNCHEN ではなく、「一般の辞書では、ウムラウト( U の上
 のふたつの点)のある文字は、ウムラウトがないものとして配列する。」ということで、
 これと同様に MUNCHEN としました。
 プラハは、英語表記の PRAGUE ではなく、日本語での地名のイメージに近い
 チェコ語の PRAHA にしました。

CROWN CAROUSEL WORLD CIRCUIT7

 
BOOTS&STICKS の HP に新柄クラウンカルーセルのページが出来ました。

クラウン・カルーセルTシャツ

架空のお店シリーズ第2弾です。

バックに The happy and funny world circuit として45箇所の地名が入っています。

この場所は、移動式メリーゴーランド「クラウン・カルーセル」が行ったところ、もしくは、
行く予定のところなんですが、イコール僕たちが行ってみたいところでもあるのです。


MARAGA スペイン南部、マラガ。
ある本によると、ここの闘牛を始めとするイベントのポスターの貼り方は素晴らしい、
らしいです。ヨーロッパには壁に直接モップ状の刷毛ででかいポスターを貼り、
はがさず上にどんどん貼っていく習慣があって、これが「よい」らしい。
本の著者は大竹伸朗氏。そういう感じの素晴らしさです。

マラガはピカソの生地でもあります。
その本にも「ピカソの生家の前」とある写真が載っています。
壁一面重ね張りされたポスターだらけ、それが剥がれたり破れたりしている、
そんな写真です。素晴らしい。

TANGER モロッコ北部、タンジール。
氏はマラガのあと、ここに行っていて、タンジールのショウウィンドウのディスプレイは
チープきわまりなく、素晴らしいものが多い、と書いています。
また、「道端に非常に下世話でチープな物を並べているのだが、自然が豊かなためか大理石やら偉そうな石で囲まれていたりするから、1本どころか5本ぐらい足払いをくらう。意識しない豪華さと陳腐な物の組み合わせに、ボディーブローの威力が内に秘められている。」とも書いてます。なんとなく想像はつくのですが、ここはひとつ実際に行ってみて
足払いをくらうしかないでしょう。

別の本にですが、「1967年、ローリング・ストーンズはドラッグ問題のごたごたを
避けるためにイギリスを離れ、モロッコに行くことにし、キースとブライアン・ジョーンズは
キースの愛車ベントレーで、別便で行くミック以下残りの連中とは、タンジールの
エル・ミンザー・ホテルで落ち合うことになっていた。」とありました。

大竹氏の本にも、「夕方タンジール港着。群がる自称ガイドをかきわけタクシーに乗り、
エル・ミンザー・ホテルにチェック・イン。」とあります。

となると、宿はエル・ミンザー・ホテルで決まりですね。

BARCELONA バルセロナ。
バルセロナといえばアントニ・ガウディですが、ストーンズ的には、先のモロッコ行きの
途中、数人の酔っ払いにベントレーの窓ガラスを割られ喧嘩になり、キースが逮捕されて
しまったところです。(翌朝、釈放されたらしいですが。)

僕的にはアントニ・タピエスですね。
Fundació Antoni Tàpies アントニ・タピエス美術館に行ってみたいです。

ARLES フランス南部、アルル。
ゴッホは1888年2月21日に、ここへ到着しました。
100年以上も経っているけれど、本人が昔いたと思われる地点に立てば、
時空を超えた感慨がうまれるような気がします。
ゴッホの「夜のカフェテラス」モデルとなったカフェテラス

NAPOLI イタリア南部、ナポリ。
1880年、ベスビオ火山の山麓から火口まで登山電車(フニコラーレ)が開通しました。
これを記念して作られた歌(いわゆるコマーシャルソング)がナポリ民謡の
「フニクリ・フニクラ」です。

僕的には、ナポリ・ピッツァです。→ピッツァ・ナポレターナ

ROMA ローマ、イタリアの首都。
1959年、ウィリアム・クラインの写真集「ローマ」出版。
1956年に当時28歳のクラインは、フェリーニの映画「カビリアの夜」の助手の仕事で
ローマを訪れるが、撮影開始が遅れたことから、彼は現地の前衛アーティストたちの
ガイドでローマ市内を散策します。
革新的な都市のヴィジュアル・ダイアリーの写真集は、この過程で生まれました。

BERN ベルン、スイスの首都。
パウル・クレーの出身地です。
2005年6月、「ツェントルム・パウル・クレー」がオープンしました。

15年くらい前、クレーの絵を最初に観たとき、実物が小さくて驚いたのですが、
それ以来、僕のなかでの存在は大きなものになりました。


※地名のスペルは日本語での地名のイメージに近いほうにしています。
 タンジールは、英語表記の TANGIER ではなく仏語 TANGER に、
 ナポリも、NAPLES ではなく伊語の NAPOLI に、
 ローマも、ROME ではなく伊語の ROMA としています。

CROWN CAROUSEL WORLD CIRCUIT6 (加筆あり)

 
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クラウン・カルーセルTシャツ

架空のお店シリーズ第2弾です。

バックに The happy and funny world circuit として45箇所の地名が入っています。

この場所は、移動式メリーゴーランド「クラウン・カルーセル」が行ったところ、もしくは、
行く予定のところなんですが、イコール僕たちが行ってみたいところでもあるのです。


MARLBORO マールボロ。
アメリカ北東部のヴァーモント州の田舎町です。
絵本画家ターシャ・テューダーさんが、1972年から移り住み、
暖炉とベッドとロッキングチェアー、薪オーブンがあるような
質素な室内と古い道具を使う昔ながらの生活を実践していました。

PORTLAND メイン州、ポートランド。
アメリカ最北東部のメイン州。
ニューインクグランド地方の自然環境の美しいところです。
映画「八月の鯨」の舞台でもあります。

BROOKLYN ニューヨーク州、ブルックリン。
映画「スモーク」「ブルー・イン・ザ・フェイス」の舞台。
今でも、このふたつの映画の舞台となったタバコ屋、といっても別の店に
なっているみたいなので、タバコ屋跡地ですね、それがあるそうです。
あの角っこが入り口になっている店の前に立って、映画のシーンを思い浮かべて
みたいですね。(「スモーク」、大好きな映画なんで・・・。)

NORTHAMPTON マサチューセッツ州、ノーサンプトン。
映画「ヤング@ハート」の舞台。
ここにいる平均年齢80歳のおじいちゃん、おばあちゃんでロックや R&B を歌う
コーラス隊「ヤング@ハート」は構成されています。

PHILADELPHIA ペンシルベニア州、フィラデルフィア。
フィラデルフィアにはアメリカ国内でも名が通るラジオ局の本拠地になっています。
多くのロック・バンドを躍進させ、ロック音楽の流行に多大な影響を与えたラジオ局
WMMR (93.3FM) と WYSP (94.1FM) があります。
映画「フィラデルフィア」の舞台でもあります。

WASHINGTON アメリカ合衆国の首都、ワシントン。
1963年8月28日、20万人以上が参加した人種差別撤廃を求めたデモ、
ワシントン大行進が行われた。
この行進の最中に、キング牧師の有名な演説「I Have a Dream」も行われた。

NASHVILLE ナッシュビル、テネシー州の州都。
この街のニックネームは「ミュージック・シティ」。
カントリー&ウェスタンミュージックの中心地としてよく知られています。
ミュージック・ロウと呼ばれるレコーディング・スタジオをはじめ、ラジオ放送局、
レコード会社、出版社、著作権会社などが並ぶエリアがあります。
オールマン・ブラザーズの出身地でもあります。
清志郎の「夢助」はこの街で録音されました。

MEMPHIS テネシー州、メンフィス。
セントルイスと並んで、ブルース発祥の地です。
やはり音楽産業が盛んで、エルヴィス・プレスリー、マディ・ウォーターズ、
B.B.キング、ハウリン・ウルフ、ブッカー・T・ジョーンズらを世に送り出してきました。

幼いエルヴィス・プレスリーが両親と共に移り住んだ町であり、ビッグになった
エルヴィスの邸宅だった「グレイスランド」(現在は博物館)があります。

清志郎は、ここの名誉市民です。

CROWN CAROUSEL WORLD CIRCUIT5

 
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クラウン・カルーセルTシャツ

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この場所は、移動式メリーゴーランド「クラウン・カルーセル」が行ったところ、もしくは、
行く予定のところなんですが、イコール僕たちが行ってみたいところでもあるのです。


HAVANA ハバナ、キューバの首都。
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ
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この CD を近所の CD屋で見つけたのが、10年くらい前、
それ以来、ハマりましたね、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブに。

1940年代、ハバナには、このプロジェクトの名前の元となった会員制音楽クラブ
「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」が実在していました。

世界遺産である旧市街地(17世紀〜18世紀にかけて建設された、
ハバナ湾西部の半島部を占める)は、ぜひこの目でみたいです。

SAINT ANN ジャマイカ、セント・アン教区。
首都キングストンの北側に位置します。
レゲエ・ミュージシャン、バーニング・スピアの出身地です。

ラスタカラーのランニングで歌っているのが、バーニング・スピアです。
曲は「マーカス・ガーベイ」。
マーカス・ガーベイとは、1887年セント・アン生まれの黒人民族主義の指導者で、
彼の信念は、ラスタファリズム(1930年代にジャマイカの労働者階級と農民を
中心にして発生した宗教的思想運動)に大きな影響を与えています。

1970年代、そのラスタファリズムを世界に波及させたのが、
1945年セント・アン教区ナイン・マイルズ生まれのボブ・マーリィです。
ナイン・マイルズ

ここ、行ってみたいです。
 
KINGSTON キングストン、ジャマイカの首都。
1963年、ボブ・マーリィは、ここでピーター・トッシュ、バニー・ウェイラーとともに、
ザ・ウェイリング・ウェイラーズ(後のザ・ウェイラーズ)を結成しました。
1970年には、キングストン市ホープロード56番地に自身のスタジオ、レーベル
であるタフ・ゴング(ボブ・マーリィのあだ名から名付けられた)を設立しています。
タフ・ゴング
 
ここも、行ってみたいです。

 

CROWN CAROUSEL WORLD CIRCUIT4

 
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この場所は、移動式メリーゴーランド「クラウン・カルーセル」が行ったところ、もしくは、
行く予定のところなんですが、イコール僕たちが行ってみたいところでもあるのです。


TAHITI タヒチ。
これまたずいぶんと前(リトルイタリーの回転木馬よりもっと前)、
ふたりともそれぞれの会社で働いていた頃の話ですが、
夏休みにタヒチに旅行しようと計画したことがありました。
その時は、タヒチにいくほどの長い休みが取れなくて、
「(タヒチには)またいつか行く機会もあるだろう」的な軽いノリで、
タヒチじゃなくて、近いほうのバリ島にしてしまいました。
で、それっきりになってしまいました。
今思えば、休んだもの勝ちで行っておけばよかったです。

タヒチといえば、ゴーギャンですが、僕的にはもうひとりいます。
タヒチのナンバー・ワン歌手であったボビー・ホルカムです。



彼は1991年に43歳の若さで亡くなっていて、
今はタヒチ島の北西にあるフアヒネ島のマエヴァの村に眠っています。

しかし、彼はタヒチ人ではなく、ネイティブ・アメリカンの血もながれている
ジョージア州出身の黒人を父に、ポルトガル系ハワイ人を母に、
1947年ハワイのホノルルで生まれたそうです。

HAWAII ハワイ。
これまたずいぶん&ずいぶん前(30年ちかく前)になりますが、
ハワイは僕が最初に行った海外でした。
あの時は、カメラマンのアシスタントで一週間ほどの滞在でした。

その時のものが、これでした。→たまごのパック
他にもありました。
大韓航空の機内食グッズ
大韓航空の機内食グッズ





アンバサダーホテルのマッチ
宿泊したホテルのマッチ





ハワイで買ったもの
フリーマーケットで見つけたおもちゃ






そうそう、そんなことよりハワイといえば、僕的にはレイ・カーネです。
ハワイアン・スラックキーギターの現役最長老プレイヤーでしたが、
残念ながら去年の2月に83歳で亡くなりました。



CROWN CAROUSEL WORLD CIRCUIT3

 
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架空のお店シリーズ第2弾です。

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この場所は、移動式メリーゴーランド「クラウン・カルーセル」が行ったところ、もしくは、
行く予定のところなんですが、イコール僕たちが行ってみたいところでもあるのです。


続きです。

TROMSO トロムソ。北極圏で一番大きいノルウェーの町。
世界最北のビール工場、マックビール直営のパブ「ウルハーレン」があります。
日本人にビール作りを教えたのはノルウェー人で、1870年(明治3年)、
ウィリアム・コープランドという人が横浜山手で日本初のビール工場
「スプリングバレー・ブルワリー」をはじめました。
後に、その工場と醸造技術をうけついだのが「ジャパン・ブルワリー」、
いまのキリンビール、ということです。
それはともかくとして、世界最北のビール工場で作られるビールって
すごく冷えていておいしそうじゃないですか。

HELSINKI ヘルシンキ、フィンランドの首都。
映画「かもめ食堂」の舞台です。
海沿いのカフェ「カフェ・ウルスラ」は、この映画のロケ地のひとつで、
(たぶんサングラスをかけた4人が、カフェで海に向かって並んでいるシーン)
海を見ながらビールが楽しめるそうです。

COPENHAGEN コペンハーゲン、デンマークの首都。
デンマークの人は古い(使い込まれた)家に住むのを、よしとするらしいです。
(新しい家に住んでいるのはちょっと恥ずかしい、という感覚)
一方、ウィキペディアには、デンマークの人は非常に、さまざまな種類の
「新しい」ライフスタイルに対して寛容であり、とあります。
このバランスがよいですね。
そして、デンマークといったら、ビールでしょう。(すみません、またビールです。)
それと100年前の画家ハンマースホイです。
ストランゲーゼ30番地やブレズゲーゼ25番地あたりのカフェ(もしあれば)で、
カールスバーグを飲みつつ100年前に思いをはせる、なんていうのも
いいかも知れません。
 
 

CROWN CAROUSEL WORLD CIRCUIT2

 
BOOTS&STICKS の HP に新柄クラウンカルーセルのページが出来ました。

クラウン・カルーセルTシャツ

架空のお店シリーズ第2弾です。

バックに The happy and funny world circuit として45箇所の地名が入っています。

この場所は、移動式メリーゴーランド「クラウン・カルーセル」が行ったところ、もしくは、
行く予定のところなんですが、イコール僕たちが行ってみたいところでもあるのです。


前回の続きです。

BASEL バーゼル、スイス第3の都市です。
チューリッヒの空港から鉄道で1時間あまり、街はドイツとフランスの国境に位置し、
中心にはライン川がながれています。
国の経済を担うのがチューリッヒで、国際機関があつまるのがジュネーヴなら、
バーゼルは大小さまざまなミュージアムを擁し、名だたる建築家の建物がひしめく
芸術の都です。
FENDI や Panasonic 、TOYOTA など企業ロゴでおなじみの世界的に有名な書体
「ヘルベチカ」は、バーゼル近郊で生まれました。
それとは関係はないらしいのですが、バーゼルはグラフィック・デザインの街として
有名で、世界中からグラフィック・デザイナーの卵たちがバーゼルにやってきます。
バーゼルの銘菓「レッカリー」というお菓子も気になります。

場所はとびますが、 NEW CANAAN ニューカナーン。
ニューヨークから北東へ車で約1時間半、コネティカット州にあります。
ここにアメリカを代表するモダニズムの建築家フィリップ・ジョンソン(1984年のAT&Tビルでポスト・モダンへと展開するのですが・・・)の私邸群があります。
47エーカー(約5万7540坪)の土地に大小10のユニークな建物が点在しています。
「ガラスの家」「レンガの家」「パヴィリオン」「絵画ギャラリー」「彫刻ギャラリー」
「エントランスゲート」「書斎」「ゴーストハウス」「リンカーン・カースタイン・タワー」
「ダ・モンスタ」の10こです。
注目するのは、やはり1949年に最初に建てられ、モダニズムの傑作といわれている
「ガラスの家」ですね。
ガラス板を鉄骨で支えた箱のなかに、レンガで築かれた円筒形がたっているというものです。(円筒のなかはバスルーム、裏側はリビングに面した暖炉になっています。)
超シンプルでよいですね。
この円筒のついて本人は、「これはミースに由来するものではなく、私がかつて見た、
火事で焼かれて基礎と煙突だけ残った木造の農家のすがたから導き出されたもので
ある。」と言っています。火事場の焼け跡に美を見出すところが、さらによいですね。

そして、AT&Tビル(現ソニービル)のある NEW YORK CITY
ずいぶんと前になりますが、冬(クリスマスの頃だったと思います)
リトル・イタリーの小さな公園(今思うと、空き地だったかもしれません)に
移動式回転木馬が来ていました。
暗くなってくると電球がいっぱい点いて、すごくきれいだったのを覚えています。

CONEY ISLAND
ニューヨーク、ブルックリンの南端にある半島です。
マンハッタンから地下鉄(ブルックリンにはいると地上を走るんですが)で
30分くらいだったと思います。
ここにアストロランドという遊園地がありました。
ひなびた感がとてもよかったのですが、残念ながら現在は閉園しているそうです。
だけど、木製のジェットコースター「サイクロン」と観覧車「ワンダーホイール」は、
ニューヨーク市の歴史的建造物として登録されている為、続いているみたいです。
前に一度だけ「サイクロン」に乗ったことがあります。
もともとそーゆーものは苦手なのですが、見た目小さいし、
せっかく来たのだから的なノリで乗ってみました。
しかし、スタート地点から見上げると全体がギシギシと揺れているし、
横を見てもガードレール的なものは細い角材が釘で打ち付けてあるだけだし、
スタートする前から乗ったことを後悔したのを覚えています。
乗り終わった後、どういう姿勢で乗っていたのかは覚えていないのですが、
なぜか両肘が擦り剝けていました。
(できないと思いますが)リベンジしたい。

CROWN CAROUSEL WORLD CIRCUIT

 
BOOTS&STICKS の HP に新柄クラウンカルーセルのページが出来ました。

クラウン・カルーセルTシャツ

架空のお店シリーズ第2弾です。

バックに The happy and funny world circuit として45箇所の地名が入っています。

この場所は、移動式メリーゴーランド「クラウン・カルーセル」が行ったところ、もしくは、
行く予定のところなんですが、イコール僕たちが行ってみたいところでもあるのです。

ということで、「なぜここなのか」を書いていきたいと思います。

まずは、DARTFORD イギリスのケント州ダートフォード。
ロンドンから約24キロの町で、キース・リチャーズの出身地です。ミック・ジャガーも
そうなんですが、僕的にはキース・リチャーズの出身地だから・・・です。

ここには、ふたりが通っていたウェントワース小学校や、途中キースが町の反対側に
引っ越し、そこで行っていたダートフォード・テクニカル・スクールがあります。

50年代のはじめの、ある夏の日、このダートフォード・テクニカル・スクールの
図書館の前で、ミックはアイスクリーム売りのバイトをしていて、ここでふたりは
偶然に再会したらしいです。

さらに数年後、ロンドンとダートフォードの間のシドカップにある
シドカップ・アート・スクールの学生となったキースは、通学の途中、
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの学生になっていたミックと
ダートフォード駅で、またまたばったりと出会ったらしいです。

この時、ミックがアメリカからの輸入盤のブルースのレコードを何枚も
抱えているのを見たキースはえらく感激、これがきっかけでキースの
学生仲間のディック・テイラーらとともにアメリカン・ミュージックに
影響を受けたジャム・セッションをやるようになったそうです。


そして、LONDON
1962年の秋、キースはダートフォードからロンドンのキングス・ロードの
はずれにあるアパートに移った。
ミックとブライアン・ジョーンズも一緒だったらしいです。
エディス・グローブの102番地、ノミだらけのアパート、一文なしで暖房費も払えず、
コーヒーやタバコ、食べ物すら買えない、やることはバンドでプレイするだけ、
しかし3人にとってはかけがえのない家だったらしいです。

※このときバンドの名前はローリング・ストーンズになっていたけれど、
まだチャーリー・ワッツもビル・ワイマンもメンバーではなかったみたいです。
ビルが正式にメンバーになったのは1962年の冬だそうで(チャーリーはもう少し後)、
当時、すでに結婚していて、エンジニアをしていた彼は、
3人に代わって暖房費を払ってやったり、食糧やタバコも買ってやったり、
カビのはえたコップを洗ってやったりしていたみたいです。


こんなストーンズの原点ともいえる場所、この目で見てみたいです。
 
 
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