2013年09月23日

他人をどう扱うか

 別記事で既存のフォーマットを破壊しなければならないという問題提議から、「ナラティブ」という単語が出てきた。正直、不勉強で全然気にも留めていなかったが、


(source:4Gamerから転載)

ナラティブは「時系列が設定されておらず,自分の経験や出来事を通じて語る。またそこには意外性と偶然性がある」と指摘した。なお重要な補足として,この意外性と偶然性は「受け手にとっての意外性」であって,作り手はこれをコントロールしても構わないと語った

 概念と言えば、このようなものでJRPGが歩んできた映画型手法の真逆に相当するように思える。

 JRPGは魅力的なキャラクターが感動的な物語を壮大な演出、システムで見せるものである。基本的に誰もがプレイすれば受け取り方の差はあれど、その内容を享受できる、映画に近いものだ。

 この文法のせいで日本人はJRPGは物語を与えられるものであり、その中で疑似体験するだけだと勘違いしている人が多い。この為、自分で遊び方を探したり、まったく物語がない箱庭型と呼ばれるジャンルはあまり受け入れられなくなってしまった。

 このナラティブという単語はまだゲームデザインがあった時代、作り手がユーザーが補間、選択する部分を意図的に用意したのか、今ほど演出至上主義になっていないが故に大枠だけ作っておけば成立したかのどちらかではあるが、ゲームの要素に対し、ユーザーの行動、選択でその人だけの物語、世界が構築されるようなものだと思われる。 

 元記事の問題提議は二番煎じみたいなものだけでは売上が下がるというのが理由だと思うが、個人的にはゲームシステムとして比較があり、その比較に対しての衝動がそのまま課金に誘導されている、ゲームに煽られて金を「払わされている」という感覚がもう3年も様々なソーシャルゲームをプレイしているが、不愉快さが抜けない。

 悲しいが目の前に誰かが居れば、それを抜こうと思うものだ。特にゲーム内容が制限されており、戦う以外ないような内容であれば、おのずとそこへ誘導される。しかしながら、大半のユーザーはさほど他人を意識せず、暇潰しでプレイし、いつか辞めていたようなプレイをしていると思われる。彼らはそもそもが課金せずに飽きる頃には新しいタイトルに移っているので、課金予備軍でもなく、収益源でもないだろう。

 そんな彼らが本来は3日位で辞めるものを毎日遊び何ヶ月もプレイするように変わり、課金予備軍から課金組へとタイミングは何か。ゲームとして考えると答えは幾つかある。

1)何かしらの地位(ステータス)を得た 
 ゲーム内でステータスを実感すると、他人との関係が変化する。その場での自分の存在意義が生まれ、その存在意義を維持するためにプレイするようになる。開始直後に様々な資産を与える施策があるのはその為だが、残念ながらステータスを感じるところまでの誘導は甘く、プレイを持続させる程度に留まっている。

 しかし、プレイを持続させれば資産は蓄積していくので離脱しにくい状況に持ち込みやすい。プレイ開始時は無課金が殆どなので金銭的価値に置き換えにくい物的資産よりも人的資産の方が効果が高い。

2)プレイ自体が楽しい
 この場合、プレイしている最中、操作、行為が楽しいというものと、ゲームとしての内容、展開が楽しく辞められないという2つが存在する。前者が生まれる事はかなり珍しい。しかし、楽しいだけでは課金に導けず、楽しい状態を維持する、またはもっと楽しくなるために課金させるという手法を取る。後者であれば追加コンテンツという課金も可能。

  逆に言えば、誰とも接する事なく、プレイもさほどつまらなく、ゲーム内で成長や資産を実感できなければ、その世界に居る必然を感じる事はなく、課金しようという動機どころか、プレイを続けようという動機も失うだろう。

 既にオンラインゲームの文法として確立しつつあるのは、「資産を作らせ(与えて)維持、向上に金を払わせる」というものだ。ソーシャルゲームだけでなく、PCのオンラインゲームでも殆どがこの文法に即している。

 個人的にはそこが見えてしまう分、課金「させられている」という気持ちから開放されない。他人の存在理由は自分の地位を相対的に決定するだけの存在だ。

 内容や表現のリッチなオンラインゲームであれば、それだけなく様々な体験が他人とあるので、そこまで酷くは無いが、ソーシャルゲームの場合は他人と接点は断定的であり、課金を促す道具に過ぎない。

 他人との比較がない価値の探求もひとつの答えだったが、これだと前時代、オンラインが無かった時代のゲームデザインに逆行しかねない。

 もうひとつの答えとして見えてきたのは他人との関わり方だ。単に地位を決定するだけの存在ではなく、自分がその場に居たいと思える要素であり、そう思える体験が得られるゲームデザイン。

 正直、課金はその場に居る為のショバ代だけが良心的だが、ソーシャルともなるとそれだけの課金ではなく、もっと多くを求めるのだろう。

 これはゲームデザインだけでなく、そのユーザーの人間性、社交性も影響する。現実よりもコミュニケーションが制限されている中でどう他人と関係を築いていくか。家庭用のJRPGのように誰もが待ち望んでいて、惚れてくれる主人公と違い、その世界では無名の誰も知らない存在から始めなくてはならない。

 その世界で必要と思われる存在になれるか、またはその世界に居たいと思えるか。これを世界観やゲームコンテンツではなく、資産やレベル、装備ではない形で作り上げる事が出来るか。ビジネスとして考えると間違いかもしれないが、仮想世界の表現を一段階上に持ち上げるには、そろそろ挑まねばならない課題に思える。

この記事へのコメント

1. Posted by 通りすがった   2013年09月23日 10:28
>1)何かしらの地位(ステータス)を得た

例えば今のご時世、「ドルアーガの塔」をそのまま出したらクソゲー呼ばわりされて一蹴でしょうが、参加者全員が編集可能なwikiをシステムでくっつけて「協力プレイ型スタンドアローンRPG」として売り出せば、これは立派なマルチプレイゲームとして成立するのではないかと思います。ドルアーガ独特の「提示されない要素」がそのまま燃える要素に昇華されるというか。

誰かが60階をクリアしたらwiki凍結後にエンディング追加、1階から順に最初の宝箱の発見者、ドルアーガの討伐者、カイの救出者、そして最後で「塔に挑んだすべてのギル達へ」なんて流れたら、ナラティブな感動も最高潮ですよw
2. Posted by 後藤   2013年09月23日 14:07
>通りすがったさん

多分、それも多人数参加型ゲームとして面白い体験になるかと思います。

自分が困っているのはゲーム内の資産競争がダイレクトにユーザーの資産競争というビジネスモデルを成立させてしまった事で、あれ以上の売上が作りにくい事です。なので、自分もショバ代以上の課金モデルを見つけねばなりません。

面白いものや持続するものは考えられるのですが、会社が求めるのは儲かるもので、ここが毎回厄介ですね。
3. Posted by 通る   2013年09月24日 16:33
資産競争が強弱評価になってるのが弱点ですよね。

ダンジョンクリエイタ-
モンスターを遺伝組合せで作る
建物・MAP作る。
アイテムを作る。
クエストを作る。
ストーリーを作る。
MODを作る。

RPGツク―ルをプレイヤーに委ねるのはどうなんだろうか?
コンテンツはランキング評価で実装して開発はシステム作りや実装作業。
作った人には名誉ポイントで遊ぶたいなら課金とか。

ただ単に提供された物を遊ぶよりも自分が出た雑誌やテレビ放送を観る方が満足感が得られる気がする。
クリエイト自体をゲームにしたらどうだろうか?

これなら自主性や創造性、そしてランキングによる競争性も養われる気がする。
開発も製作作業工数は減る?かも知れないしアイデアも枯渇しない。
運営もGive&Takeで儲けがでそうなビジネスモデルのような。
これは個人的に作って欲しいと思ってるものですw
経験型から参加型、体験型へ
4. Posted by F   2013年09月24日 19:06
>通るさん

ゲームというのは、様々な部品(シナリオ、グラフィック、音楽等)
これを一人でやれる人はほんのわずか
別々な人がやるにしても
それらが統合された一体感と言う物が
無いと、なかなか厳しい

ニコニコの様な、誰かが作って発表した素材を使ってまた新たな何かを作る。
そういった雰囲気、環境があれば
そう、初音ミクのような状態がつくり出せれば
盛り上がるかもしれませんが
これは競争性が強いとちょっと難しいかな。
5. Posted by 後藤   2013年09月24日 22:06
>ゲームというのは、様々な部品(シナリオ、グラフィック、音楽等)
これを一人でやれる人はほんのわずか

そうですね。特にFF14のような工業製品がある中で個人の家内製手工業があっても価値を感じてもらうのは難しいでしょう。(個人技で匠の技のようなものが出せればいいのですが)

>資産競争が強弱評価になってるのが弱点ですよね。

仰る通りです。韓国ではリネージュがMMO文化を作ったせいで、UCCはことごとく嫌がらせにしか使われませんでした。

しかし、欧米のようにRPGの文化が定着している土地では未だにTRPGの層が厚く、UCCでのコミュニケーションがあります。

日本もなくはないのですが、知る人ぞ知るであり、ユーザー同士「昨日、お前のあのシナリオやったよ」とか「今日、あいつのキャンペーンがあるから来いよ」的な空気と、それに耐えられる地盤があれば良いのですが、モンハンですら素材集めで村八分意識ですからね。

冒険できる、ファンタジーな世界に浸るというよりも我先に最強、隣の人よりも良い装備という動機がこの国も定着しつつあるように思えます。
6. Posted by あほうとり   2013年09月24日 23:10
TRPGの弱点は、そのクオリティーが安定していないことと、やたらと時間がかかるところ。脱線が頻繁におこり、一回の戦闘を半日から丸一日使って処理することになることかな?
それすらも楽しいのが困り者♪〜
隔週でBBQをつまみにじっくりプレイするのがよい遊びですね。
7. Posted by 後藤   2013年09月25日 10:05
>あほうとりさん

TRPGは文字通り、人を選びます。良いロールをプレイするにはプレイヤーの演技力だけでなく、その場での親密度や経験が問われます。そして時間も。

なので、自分が考えている価値とは言い換えると資格になるのでしょうね。極上の体験が味わえるが、その資格が必要と。

普通であれば、資格は金で済むのですが、まだ精査しきれておらず、知識や能力を必要としてしまいます。
8. Posted by 通る   2013年09月25日 10:43
なんかすげー楽しそうだ。
もともとはTRPGをPC処理したのが
RPGなんだから再現できて当たり前のような気がするが。
人を選ぶとするとオンラインは難しいかも。
短時間で濃い遊びがしたい。
LoLは短時間で濃いけど疲れるからね。
RPGで濃いは難しいのかな〜

フレとチャットしながらお互いビールを飲みながら狩りした時が楽しかったと、あほうとりさんのBBQで思い出した。
9. Posted by 後藤   2013年09月25日 21:06
>なんかすげー楽しそうだ。
もともとはTRPGをPC処理したのが
RPGなんだから再現できて当たり前のような気がするが。

自分は通るさんの内容を読んでいて、実は人と人の相互関係をどう作るかという部分よりも、どういう人を育て、その人を巡り合せるかという、育成とマッチングという部分が解決さえすれば、この「人を選ぶ」という部分が解決し、誰もがとは言わないまでも、ある程度の人が濃密で忘れられない時間を楽しめるのではないかと思いました。

>フレとチャットしながらお互いビールを飲みながら狩りした時が楽しかったと、あほうとりさんのBBQで思い出した。

自分も攻略とか関係なく、朝まで進路相談とかをしていた時の方が心に刻まれています。が、PKに対して逃げる時間を稼ぐ為に犠牲になってくれたり、100人規模のレイドとかも心に残っていますね。ゲームは楽しいです。
10. Posted by あほうとり   2013年09月28日 02:25
>後藤さん
資格……,私はそれを覚悟と呼びたいw
できれば,お金よりも知識と精神的な余裕の方が望ましいと思います。
お金は定期的な収入を持ちその中からある程度をゲームに投じられる社会人や学生であればそう難しいことではありませんから。ああ,貧乏人(余裕のない人)はゲームよりもご自分の経済環境を向上させることに注力して下さいね。
11. Posted by あほうとり   2013年09月28日 02:33
>後藤さん
>モンハンですら素材集めで村八分意識
ビデオゲームに何を求めているのかは,大まかにざっくりと知ることはできても個人個人の心の中まで汲み取ることはできません。
折角の自己申告によるフィルタは,面倒だからとりあえず全部にチェックで簡単に無効化されます。
ですが、我々は知っています。
システム(ルール)により遊び方を変えられる。ということを。
例えば,艦これ。
このゲームでの艦娘のデータは,戦艦や駆逐艦といった同じ艦種であれば多少の違いはあってもほとんど変わりません。ネタ元になった艦によって味付けはされていますが,攻撃力や防御力といった直接的な戦闘力に大きな差はありません。
ぶっちゃけ,名前と絵(容姿)とカードに書いてある説明文が違うだけ。
クエストのクリアや次のステージに行くことにはほとんど関係ありません(ほとんどと書いたのは特定のクエストで特定の艦娘が必要になるため。)。
更に,消費財のコストを賄えるのであれば提督(プレイヤー)のレベルに関係なく保有し扱うことができます。
それでも人は特定の艦娘に入れ込み収集しようとします。そして,コミュニティーの中で艦娘が出た出ないの話はあっても,他を排斥(この艦娘を持っていないければこのステージに行くな来るな)しようという話にはなりません。
そう,私たちは数値を越えられるのです。
(アイテムに極端な差を設けなくても、作りようによっては従来からの持続を望めるということです。)
そろそろレアドロップアイテムだからこそ他よりも強くなければいけないという発想を捨てないまでも,いったん横に置いておくぐらいはしてもいいのかもしれません。
(ダメージ何百%増しとか。スーパーの値札じゃないんだから!w)
12. Posted by 後藤   2013年09月29日 13:56
>あほうとりさん

うーん、「艦これ」は「パズドラ」に近いほどのワンオンリーに見えますが、そう考える事が向上心が足りないという事なのでしょう。

仰る事は以前からベースに存在する「愛」であり、艦娘やアイマスは「愛」の対象になりやすいですよね。

「愛」はひとつの答えではあるものの、全てに応用は出来ないと思います。欲で考えると「艦これ」は収集、顕示、自分が追求したいのは保身、親和、承認あたりかなと。これは他人がいなければ満たせず、人が多ければ多いほど効果が高まるので、MMOにはうってつけの欲求です。
13. Posted by ^^   2013年09月29日 16:48
艦これはメディアミックスとの相性が良さそうなのが他と違うところですかね。
後出しみたいでなんですが、ニコニコ動画でMMDの『金剛で「Girls」』を見たときに、こりゃヤバい(いい意味で)なって思いましたw
14. Posted by あほうとり   2013年09月29日 22:23
>後藤さん
>仰る事は以前からベースに存在する「愛」であり,艦娘やアイマスは「愛」の対象になりやすいですよね。
ええ,特殊と言えば特殊な事例です。艦これの雰囲気からすると「愛」ではないかと思われるのもわかるのですが、登録者100万人にDAU4割以上ともなりますとそうもいってられなくなります。
潤沢とはいえない資源とただの一戦が乾坤一擲の大勝負となりえる帝国海軍をシミュレートしたゲームが,ジャブジャブの資源をこれまた湯水のごとく消費するゲームとなったりするなど,プレイヤーの皆さんが好き放題やってしまいます。
艦娘への興味から歴史に興味を持ち艦娘の元ネタをあたり「愛」する者ばかりではありません。淡々と効率を追い求める者まで様々なプレイヤーが存在します。
物理的な数字とキャラクターやアイテムの役割を考え直すことで排斥を減らすことができるのでは。と考えています。

>保身,親和,承認あたりかなと。これは他人がいなければ満たせず,人が多ければ多いほど効果が高まるので,MMOにはうってつけの欲求です。
それは,それなりの関係を築いた後でないと高まりもせず満たされることはない欲求ではないでしょうか?
関係が築けなければ,赤の他人はAIで動くNPCと変わりありませんよね。
MMOではプレイヤーの数に埋没して知覚できないでき辛いのではないでしょうか?

とりあえず,
材料を収集する時でさえ排斥が働くというのは何かが違うのではないでしょうか?
うーん,うまく説明できないなあ……。
15. Posted by F   2013年09月30日 00:21
>保身,親和,承認あたりかなと。これは他人がいなければ満たせず

いいえ、他人が居なくとも満たせますよ。
たとえば、古いゲームですが「ときめきメモリアル」のような物
プレイヤーが、キャラクターから親和、承認を
得ていくゲームですよね。
まさにそれがプレイする動機になっています。
「アイマス」なら、さらにライバルプロダクションの存在により、競争、顕示的な要素が
加わっていきます。
「艦これ」では、キャラクターの、実際に起こった過去の歴史が、プレイヤーへのアプローチに深みをもたらしている。

プレイヤーの脳内でのみ行われる事象では有りますが
如何にそうプレイヤーに感じさせる事ができるか
それが、この記事での主題「ナラティブ」な
ゲームデザインを構成する物の一つなのではないでしょうか。
16. Posted by F   2013年09月30日 00:52
昔のスタンドアローンなゲームは
しういった欲求を他人によらず
ゲーム内で満たさざるを得ず、
また、そうやって来た訳です

今のオンラインゲームは、そういった欲求を
満たす物を、プレイヤー同士にゆだねすぎたのだと思います。
結果、単なる資産競争ゲームに成り果てたのではないでしょうか。
また、プレイヤーも、ゲームデザイナー側にも、そういった物は、他人からしか得られないと思い込む様に
なってしまった。
それじゃ、いつまでたってもオンラインゲームは資産競争しか作れないでしょう。

前記事の破壊したい物とは
もしかすると、そういった思い込みなのかも
知れませんね。
17. Posted by 後藤   2013年09月30日 10:03
>たとえば、古いゲームですが「ときめきメモリアル」のような物
プレイヤーが、キャラクターから親和、承認を
得ていくゲームですよね。

うーん、最初からオンライン前提で考えていたので、オフラインの定義は除外していましたね。しかし、本文を見ると無関係と言い切れ無そうな。

ただ、ヘタな解釈をすると「世界観を厚く作ってアイマス、艦これに続け!」とかになるとそれは家庭用が散々作ってきて、キャラクタービジネスになった数でも分かるように狙えるものではないです。

また、この両者に共通するのがゲーム内でのバリューではないというところですね。オリジナルなどを作った場合、ゲーム内でしか厚さが作れないので、ソーシャルの枠組が維持できない。ソーシャルらしからぬゲームが今後沢山出てくると思いますが、少なからず目的は近いかもしれません。

ガンホーには「ラグナロクオンライン」という奇妙なタイトルがあります。あのタイトルはドット絵であり、キャラの背景もなく、MMOなのですが、キャラに対しての「愛」が築かれています。実に奇妙なタイトルです。5年10年の歳月が生んだ結果としか自分には思えません。

循環し、競争率の高い市場を考えるのならば、そんなロングランは害悪ですが、ひとつの会社として考えると有難い柱です。特に「ラグナロクオンライン」1本で食いつないでいたガンホーはその価値をどこよりも知っているでしょう。自分は破壊したいと思っているのはソーシャルの短命さではないのかと思いました。
18. Posted by たぬ吉   2013年09月30日 17:45
ラグナロクオンラインのドット絵には愛があり、艦これにも艦船(と艦隊戦)に対する愛があると感じますけどね。

ここで言う愛とは「商売抜きにした金になろうがなるまいがオレが満足すればいいんだというレベルの作りこみ」で、その熱量にユーザーが引っ張られてしまう。
いい意味でユーザーを無視しているのが特徴で、それを許される環境があるというのが大事なんだと思います。
19. Posted by 後藤   2013年10月02日 00:13
>いい意味でユーザーを無視しているのが特徴で、それを許される環境があるというのが大事なんだと思います。

この「いい意味」という部分が「悪い意味」に変わる加減が自分には判断つきません。

結果的に成功したから「いい意味」ではないと思うのです。多分、自分の見えていない基準がここにはありそうな気がするのです。

20. Posted by たぬ吉   2013年10月02日 09:31
>自分には判断つきません。
企画者としての考えであれば、成功するかしないかを考える時点でユーザーを無視できていないと言えます。

プロマネ的な考えであれば「作った本人が金出して発売日に並んでソレを買うか」とか「作った本人が自分の作品について一晩熱く語れるか」あたりが判断基準でしょうか。

結局は「オレが満足するものを作る」か「オマエラが満足する(であろう)ものを作る」かの違いでしかない。


もちろん評価されないこともあるでしょう。
それでも「会社から見れば金にならないこだわり」を許容できるかどうかが会社の器だと言えるんじゃないでしょうか。
21. Posted by あほうとり   2013年10月02日 23:09
>たぬ吉さん
>それでも「会社から見れば金にならないこだわり」を許容できるかどうかが会社の器
それが器というのならそんな企業はありま千円。
予想を超える大ヒット作品も損益分岐点を考えたうえでこの程度ならいいだろうと発表されています。その点では客を見て狙いを絞っている訳です。
(あえて隙間をつくというのは,企業ではなくてばくち打ちかインディーズ系のやることですね。これはこれで大切なことですが。)

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