ウェブディレクターな日々

旅、マラソン、本、デザイン、雑感、飛行機、もしくは社長業

『バスキア展』森美術館

FullSizeRender



久々にバスキア作品をまとまって観る。

うまく説明はできないが、魂が震える。


・・・


が、それにしても、絵を見に来てるのか写真を撮りに来ているのか。撮影OKの作品は皆が下がって写真を撮ろうとしているので作品の前がぽっかり空いている。誰も目の前で絵を見ていない。撮影者に遠慮しているのだ。それっておかしくない?

もちろん僕は、気づいていないふりをして絵に近づいてじっと見る。僕は絵を見に来たのだ。しかし「早く退けよ」という後ろの空気が気になって集中できない。カシャっというシャッターの音も気が散る。


美術館側はSNSでシェアしてもらって集客に利用したい。ユーザー側はシェアのネタがほしい。双方の思惑が一致してその部分はウィン−ウィンの関係が成立しているが、コアな美術ファンからすると、SNSのための来場者が増える分、会場は混雑するし、上述のような気持ち悪い状況も発生している。SNSをきっかけに美術ファンやバスキアファンが増えることは歓迎すべきことだが、じっくりと静かに鑑賞できない環境が発生してしまっていることも考えてほしい。


例えばシェアしたい人向けに会場の外に実物大のレプリカ作品を並べておくだとか、逆に全ての作品を撮影OKにして撮影する人を分散させるだとか、やりようはあると思う。

オールドファンもライトファンも満足できるよう、ぜひ一考いただきたい。


東海道五十三次ラン&ウォーク 21日目(番外編)江尻宿〜三保の松原

せっかく清水まで来て、世界遺産「三保の松原」に立ち寄らずして街道をゆくのももったいないので、今回は番外編として寄り道をする。

FullSizeRender
スタートはJR清水駅。
ちびまる子ちゃんの故郷でもある。

FullSizeRender
まずは腹ごしらえ。
目の前の清水港にある「清水魚市場 河岸の市」で海鮮丼セットをいただく。
これで1000円だったのだが、予想以上に美味しかった!
FullSizeRender

FullSizeRender
FullSizeRender
三保というところは砂州が出っ張ったような地形になっているのだが、
昔は清水からぐる〜っと湾を回り込むかたちで鉄道が走っていたらしい。
今でも周辺は工場地帯だ。

FullSizeRender
三保の松原への入口、御穂神社。

FullSizeRender
御穂神社から海岸までは「神の道」という
500m程度の真っすぐな松並木で繋がっている。

FullSizeRender
FullSizeRender
三保の松原到着!
雰囲気はなんとなく土佐の桂浜に似ている。
龍馬さんと土佐犬がいないだけだ。

FullSizeRender
富士山の方向を向いて一枚。
残念ながらというか、やはりというか、
雲で見えませんでした。
ほんとだったらどれぐらいの大きさで見えたのかなぁ。

帰りはバスで清水駅へ。
今回の寄り道ランは1時間15分で約10km。
来たということに意味があるのだ(笑)

FullSizeRender


『街道を走る』紀州街道2日目(堺〜泉大津)

半日ほど時間ができたので紀州街道の続きを走る。
2時間弱のジョギングで約13キロの行程。

FullSizeRender
大阪湾を囲む全体図でいうとこの辺り。
和歌山まではまだまだ。

拡大図はこちら。
FullSizeRender
FullSizeRender


FullSizeRender
前回の続き。南海本線堺駅からスタート。
堺の旧市街は碁盤の目状に区画されている。

FullSizeRender
昔の堺は堀に囲まれた都市。
上が大阪湾。この港で海外と交易していた。
そういえば1日目に通った住吉大社には「遣唐使発進の地」と書いてあったので、紀州街道で繋がっているこのあたりは古来から日本の玄関口だったということか。

FullSizeRender
大通り沿いにある与謝野晶子の生家跡。
残念ながら面影はない。

FullSizeRender
旧市街の中心地、宿院にできた『利晶の杜』。千利休と与謝野晶子の博物館だ。
この二人は時代も違うしおそらくほぼ接点はないと思われるが、同郷出身ということだけで一つにまとめてしまうところが実に力強い(苦笑)

FullSizeRender
その横にひっそりとある千利休屋敷跡。
秀吉に呼ばれたりすると、ここから大坂城へ通っていたのだろうか。それとも伏見や京都まで出かけていったのだろうか。
屋敷は残っていない。

FullSizeRender
仁徳天皇陵に向かう御陵通に沿って、昔の堀が残っている。
この堀を超えると旧市街の外に出る。

FullSizeRender
南北に貫いていた大通りがここで終わるので、ここまで路面を走っていたチンチン電車も道を外れる。

FullSizeRender
街道も大通りを外れ、街道らしくなってくる。

FullSizeRender
石津川。海が近い雰囲気。

FullSizeRender
その昔、堺の港をめぐる南北朝の大きな戦がここであったらしい。
当時から重要な港であったのだ。

FullSizeRender
チンチン電車の終着駅まであと少しの線路沿い。看板には「松本米穀店」と読み取れる。
この店、なんとなく覚えている。小学生のころ、祖父に連れられてよくチンチン電車で浜寺公園に遊びに来ていた際、車窓からいつも見えていた。まわりはすっかり面影もなくなってしまったが、このお店だけが当時を語る証人としてしっかり残っていた。

FullSizeRender
チンチン電車の終点、浜寺駅前。
昔ながらの佇まいだ。

FullSizeRender
そこから50メートルほどのところにある南海本線浜寺公園駅(の昔の駅舎)。
今はもう使われていないが保存されている。

FullSizeRender
紀州街道はここ浜寺で、旧国道26号線と合流する。奥に見える森は浜寺公園。今年の2月に走った泉州国際マラソンのスタート地点だ。
ということは、すでに紀州街道の一部を走っていたことになる。

IMG_5964
浜寺を越え、羽衣を越え、いつの間にか高石市に入り、高石神社。
古くて趣きのある神社。

FullSizeRender
街道からは少しそれるのだが、高石神社の裏手に回ると南海高師浜線の終点、高師浜駅がある。高師浜線というのは羽衣駅から二駅しかない走行距離1.5キロの超ローカル線。ずっと興味はあるのだが未だに乗ったことはない。

FullSizeRender
高石神社前から街道は再び国道を離れる(左側)。

FullSizeRender
FullSizeRender
高石市というのは小さな市で、すぐに通り過ぎて隣の泉大津市に入る。この田中家というのは江戸時代は宿場の本陣だったようだ。

FullSizeRender
ここへきて初めて街道らしい案内を見かける。
(東海道にはしょっちゅうあるのだけど)

FullSizeRender
今日のゴール、泉大津にある大津神社。
なかなか立派な神社である。

FullSizeRender
しめ縄も見事。

FullSizeRender
今日も一日お疲れさま。







『街道を走る』紀州街道1日目(高麗橋〜堺)

旧東海道踏破の旅も2/3ほど終了した時点でまだ途中ではあるのだが、大阪から遠くなるにつれそう簡単には行けなくなってしまったので、近場の街道も並行して攻めていくことにした。

まず最初ということで、大阪から今の和歌山市へと向かう紀州街道を攻めてみることにする。

FullSizeRender
紀州街道のスタート地点は高麗橋。北浜駅の辺りで、おそらく江戸時代などはこの辺りが大坂の中心部だったのだろう。今では梅田(キタ)と難波(ミナミ)を結ぶ御堂筋が大阪のメインストリートになっているが、当時はここから南へ向かう堺筋が南北の中心的な路ではなかったかと思う。今でも金融関係の多いビジネス街として栄えている。

FullSizeRender

FullSizeRender
2キロほど下ると道頓堀通りの東の端にぶつかり、

FullSizeRender
もう少し進むと今度は黒門市場の入口に差しかかる。この辺りは昔からの商売地だが、今では街を歩いている人の多くが主にアジア各国からの観光客だ。

FullSizeRender
知る人ぞ知る御園ユニバースも紀州街道から一つ入ったところにある。

FullSizeRender
高麗橋から3キロぐらいで東京でいうところの秋葉原に相当するアニメやサブカル、電器・電機製品の町、日本橋。ここも一時は廃れてしまっていたが今はインバウンド客で賑わっている。

FullSizeRender
そしてちょうど4キロぐらいで恵美須町交差点(通天閣の入口)。ここで街道は少し西に折れ曲がる。
2キロ地点の長堀橋辺りからこの通天閣の辺りまでは大阪でもディープなエリアだと思うが本当に観光客が多い。ただゴミも多い。ボランティアで清掃活動したいぐらいだ。

FullSizeRender
交差点にある阪堺電車恵美須町駅。この後、堺まで紀州街道に沿って走っている一両編成の路面電車で、大阪では「チンチン電車」の愛称で知られている。ここが大阪側の始発駅。

FullSizeRender
街道がクランク状に折れ曲がる近くには「えべっさん」でお馴染みの今宮戎がある。うちの祖父は住吉大社の近くで商売をしていたので、えべっさんのときはいつもここに来ていたようだ(僕自身は今宮戎には来たことがなかった。えべっさんのときはいつも大阪天満宮へ行っている)。

FullSizeRender
裏道から、ドンキホーテや今のところ日本で一番高いビル「あべのハルカス」が見える。
この辺りから大阪人でもあまり行かないだろうさらにディープなエリアに踏み込んでいくことになる。

FullSizeRender
今宮付近の昔ながらの商店街でやたら人だかりができていたので寄ってみると、鉄板焼・ホルモンのお店だった。昼間っからこれだけ賑わっているところを見ると、きっと安くて旨いのだろう。並んでいるのか並んでいないのかよく分からないところもいかにも大阪らしい(笑)

FullSizeRender
商店街を過ぎると突然空間が開けたと思ったらいわゆる西成の三角公園。日雇い労働の人たちやホームレスの人たちが何をするでもなく佇んでいる。どこか異国に迷い込んだような感覚。ボランティアの人たちがゴミを整理・回収されていて、意外ときれい。

FullSizeRender
昭和時代で時間が止まっている商店街。
残念ながら多くの店が閉まっている。

FullSizeRender
ディープエリアを抜けてさらに南下すると庶民的な落ち着いた地域になってくる。
ここは天神ノ森天満宮。

FullSizeRender
FullSizeRender

FullSizeRender
さらに少し南へ下ると阿倍野神社がある。
初めて来たが、緑の深い落ち着いた場所だ。

FullSizeRender
IMG_5849
阿倍野神社から西側(大阪湾側)を見下ろす。
ブラタモリ風に言えば、ここは四天王寺の辺りからずっと続いている上町台地の縁の部分だ。

FullSizeRender
紀州街道は住吉大社の正面を通る。当時からここへ来るための道でもあったのだろうと思う。
写真は有名な太鼓橋。僕は小さいころこの辺りに住んでいたので、住吉大社は遊び場だった。

FullSizeRender
その昔、ここは海沿いだったのです。

FullSizeRender
堺方面から来たチンチン電車は住吉大社の手前から路面(紀州街道)に出てくる。

FullSizeRender
「あんりゅう」と読む。街道沿いの商店街。

FullSizeRender

FullSizeRender
FullSizeRender
奈良から流れてくる大和川にかかっている大和橋。大和川の手前までが大阪市で、川を渡ると堺市に入る。

FullSizeRender
紀州街道と並行して走っているチンチン電車(阪堺電車)

FullSizeRender
FullSizeRender
FullSizeRender
FullSizeRender
堺に入ると、歴史街道らしい建物が増えてくる。

FullSizeRender
綾之町というところで、堺市内を南北に走るメインストリートに出る。この車両は阪堺電車の新しい車両で、2両編成の堺トラム。

FullSizeRender
FullSizeRender
ここにも昭和時代の商店街が。

FullSizeRender
紀州街道は堺市街地中心部では大路になる。

FullSizeRender
FullSizeRender
キリシタン大名だった小西行長。当時の堺は南蛮貿易の窓口として、世界に開かれた日本唯一の国際都市だったのだろう。信長〜秀吉時代の外交的な国家作りから、家康の内向的な国家作りへと時代が変わっていく過程に生きた大名と言えるかもしれない。

FullSizeRender
屋敷後は町工場

FullSizeRender
戦国時代よりも遡る室町時代。フランシスコザビエルがこの辺りの堺の豪商家に住まわせてもらっていたそうな。当時の堺にタイムスリップしてみたい気がする。

FullSizeRender

FullSizeRender
普段は夜しか営業していないらしい素敵なお店。生ビールどうですか?と声をかけられたがまだ走ってる途中だったのでぐっと我慢。

FullSizeRender
今日のランはここまで。

FullSizeRender
ちょうど堺まつりというのが行われていて、大勢の人で賑わっていた。

FullSizeRender
南蛮貿易的ラッピングバス。行先案内電光掲示板のザビエル氏がいいね。

今回の行程は以下のルート。
ブラブラと道草しながら約15キロ、3時間ほどのジョギングだった。

FullSizeRender
FullSizeRender












東海道五十三次ラン&ウォーク 20日目 藤枝宿→岡部宿→丸子宿→府中宿→江尻宿

2泊3日の静岡編、最終日。
どうやら今日も峠越えがある。
静岡県は横に長くて平坦なイメージだったがこうしてみると意外と山や峠が多い。

FullSizeRender
静岡のホテルから東海道線で藤枝まで戻り、改めて出発!
昨日違和感のあった左股関節は大丈夫そう。

FullSizeRender
瀬戸川を渡る。
自然で美しい川の風景に癒される。

FullSizeRender
岡部宿に到着。

FullSizeRender
落ち着いた街並みだなと思ったら電線が地中化されていた。
やっぱり美しくなる。もっとこうした街並みが増えるといいと思う。

FullSizeRender
ここから宇津ノ谷峠を越える。
「明治のトンネル」というのも行ってみたかったが、江戸時代の道で行く。

FullSizeRender
FullSizeRender
FullSizeRender
FullSizeRender
これまた結構な坂である。息が切れる。
お伊勢参りの女性たちもこの道を着物で通行していたのかと思うと雨の日なんかは大変だったろう。

FullSizeRender
FullSizeRender
1時間ほどかけて峠を越える。

IMG_5194FullSizeRender
宇津ノ谷の集落も美しいところ。

FullSizeRender
道の駅で抹茶入りの「しずおかコーラ」なるものを飲んでみる。
濃くすると美味しくなくなるのか、お茶の味は控えめだった。

FullSizeRender
久ぶりに国道1号線に合流。
残り200kmを切っていた!

FullSizeRender
FullSizeRender
11時頃、丸子宿に到着。

FullSizeRender
ちなみに「まりこ」と読む。
かわいい。

FullSizeRender
安部川を渡り、ついに静岡市街地へ。

FullSizeRender
FullSizeRender
『東海道中膝栗毛』の作者、十返舎一九の生家跡があったので立寄る。
ある意味この人のおかげでいま僕もここを歩いているのだと思うと不思議な気持ちだ。

FullSizeRender
駿府城には行ったことがあるので今回は立ち寄らず、静岡浅間神社へ。

FullSizeRender
FullSizeRender
FullSizeRender
FullSizeRender
三代将軍家光が作り、十一代将軍家斉が再建。
「東海の日光」と呼ばれるだけある豪華な建築。

FullSizeRender
FullSizeRender
FullSizeRender
府中宿、いまの静岡市は人口1万4千人の東海道最大の宿場町だったよう。

FullSizeRender
FullSizeRender
たまたま『しずおかフェア』なるものも行われており、大福と生ビールでエネルギー充填。
あの武将キャラは家康ではなく今川義元。なぜ涙を流してるんだろう。

FullSizeRender
FullSizeRender
よもぎ大福もレモン大福もコシがあって美味しい。

FullSizeRender
最後の江尻宿(清水)までは少し長い11.4km。先を急ぐ。

FullSizeRender
道中「しずでん(静岡電鉄)」と並走。

FullSizeRender
プラモデルの聖地静岡。バンダイホビーセンターに遭遇。

FullSizeRender
いよいよ雲行きも怪しくなってきた。雷も聞こえる。

FullSizeRender
本格的に降られる前に、無事江尻宿に到着。

FullSizeRender
FullSizeRender
FullSizeRender
素敵な写真館

FullSizeRender
今日のゴールは新清水駅。
帰りはしずでんで静岡駅まで戻ってみる。

FullSizeRender
静岡からは新幹線で大阪へ。
いつものように車中で缶ビール。

2泊3日で歩くのは初めてだったが、一気に浜松から静岡まで進むことができた。
家康が人質として預けられていた駿府と、後に居城となる浜松までの距離感が、実感として分かったような気がする。静岡は広い。

本日のコース詳細はこちら
時間7時間半、距離39km。

3日間で113キロを踏破した。
10日ほど前に100キロ走ったところだったのに(笑)
記事検索
Archives
Profile
キムラヒロシ
プラスデザインカンパニー株式会社
代表取締役/ウェブディレクター
東京・大阪を行ったり来たりしながら、いろいろ考えたり作ったりしています。
メッセージはこちら
  • ライブドアブログ