ブログ版 週刊「ボチボチいこか」

不確かだけれど、生きる喜びと確実に結びついた、パーソナルな営みとしての、学びを求めて

瀬戸大橋開通30周年記念企画 くらしき物語 児島編

瀬戸大橋開通30周年記念企画 くらしき物語 児島編 リーフレットより

瀬戸大橋開通30周年記念企画 くらしき物語 児島編 リーフレットより
 倉敷市立美術館で「瀬戸大橋開通30周年記念企画 くらしき物語 倉敷×児島×玉島 郷土の名宝と作家たち」が開催されています。児島編2018年7月14日(土)〜9月9日(日)

 大雨は災害とはほぼ無縁と思われてきたこの倉敷にかつて無い被害をもたらしました。真備は言うに及ばず、報道ではこれまで伝えられて来なかったひどい状況の地域の話が次々に明らかになってきています。被災された方が地域を出たおり、川一本隔てたそこに昔となんら変わらぬ日常があることに不思議な気持ちになったという話を聞きました。一方、遠い地の古い友人たちより報道になんども流れる地域名から安否を気遣う電話をいただいたり。私は無事でしたが・・・心がざわざわとする今日このごろです。



 倉敷市立美術館は開館しています。
「くらしき物語」展が始まっています。
 
 瀬戸大橋開通30周年記念企画、めでたい展覧会、オープニングには関係者大勢が集まる予定だったとのことですが中止となりました。倉敷市内の公民館、図書館などの多くは閉館して、スタッフは災害地支援に廻っているようです。美術館も例外では無く多くのスタッフが出払っていました。施設利用を限定しての開館です。

 児島の学生服産業を伝える展示(懐かしい学生服メーカーの当時の商標、実物制服など)が美術館1階エントランスにあります。また2階展示室では蓮台寺、野崎の所蔵品など児島の底力を感じさせる作品が並びます。

 ありがたいことに名品と共に私の描いた「海中図」「倣光琳・紅白梅図屏風」「海風」も展示していただいています。「海風」は、岡山で初公開、東京時代の絵です。

 円山応挙、浦上玉堂、海北友松、長沢芦雪・・・・柴田是真もあったり・・・

 見どころ満載、気合の入った展覧会です。

 観光地倉敷として、風評被害の噂も聞きます。倉敷、いわゆる美観地区は開いています。大原美術館他、倉敷市立美術館にもぜひ足を運んでくださいね。

 このあと、玉島編、倉敷編が予定されています。

京都橘マーチング

 
京都橘何を探していたか忘れたけど、京都橘高校のマーチングバンドにはまってしまって、なかなか出れないという米国のローズパレードのパフォーマンスにしばらく釘付けになってしまった。
マーチングバンドといえばパレードなんかに登場する軍隊の行進っぽいブラスバンドを思い浮かべるが、2018年1月1日に全米で大人気のローズボールの前祭で行われるローズパレードに参加した「京都橘高校」のブラスバンドのパレードが世界中で話題になっていた。
京都橘.2 な、なんちゅーマーチングだ。女子が95%で超ミニのコスチュームでダンスしながら演奏する、しかもSing Sing Singというジャズ。その斬新さと想像する困難さで世界を驚かせている。今までマーチングバンドなど全然関心が無かったのだが、この高校生たちの日ごろの訓練はかなりのハードさが想像される。おそらく登美丘高校ばりかそれ以上の訓練をしているんだろうね。10kg以上の楽器を持って演奏しながら足をあげたり回転したり、バランス感覚も肺活量ももちろんそれなりの腕力と脚力も、そして協調性など細か京都橘.3い技も、泣きながらでもこなしているんだろう。私もちょっと真似してみたが相当の運動量だ。それを少しも見せず笑顔を振りまき手を振って、愛想を振りまく余裕(っぽさ)まで見せて数キロ(ローズパレードは約9キロ)行進するわけだ。他のバンドの様子も見たけど、そりゃみんなぶったまげるわ。またオレンジのミニで可愛く見えるんだ、笑顔だからねぇ。何も分からん新入生だって7ヶ月でいっぱしに行進に加わるらしいからそりゃ厳しいだろうねぇ。歩幅は67.5cmが身に付くんだって?
 これまたワールドカップの日本チームばりに、日本らしさを世界200か国(に中継されたらしい)にアピールしたんとちゃうかな。京都橘って結構偏差値も高いんじゃないのかな。まぁこういった特技で世界に出回れるのも、特別な勉強になるよね。このパレードは100万の人が出るらしいけど、そこで目立ったら気分は最高だろうね。ただ、メンバーは100人ちょっとらしいし、楽器はボロもが多いというから、かなりの卒業生など協力者も含まれていたんだろうね。
 そういった細かいことは別にして、この伝統と技は素晴らしいわ。毎年メンバーも入れ変わるわけだしね。根性ある子が多いだろうし、こういう子がうちの会社にも来てほしいよ(笑)。

181枚の記憶 高松市美術館特別展の歩み

181枚の記憶 高松市美術館特別展の歩み 小冊子 表

181枚の記憶 高松市美術館特別展の歩み 小冊子 表
 高松市美術館の常設展示室で 「181枚の記憶 高松市美術館特別展の歩み」展が開催されています。2018年6月30日(土)から9月24日(月・祝)まで。休館日は月曜日。開館は9:30から17:00。 特別展が開催されている期間には開館時間が19:00までの日もあるようです。

 少し前、所要で高松に行った折、高松市美術館に立ち寄ることが出来ました。何分こちらの都合、お目当ての企画展に合わせたわけでもなく、まさしくたまたまが正直なところです。

 立派な施設であることは、先日(高松市美術館開館30周年記念特別展「京都市美術館名品展 京の美人画100年の系譜」展に付帯のワークショップと講演会5/27//2018  材料技法 「美人画で見つける日本画の話」+ワークショップ)で紹介しました。あいにく今回は特別な企画展を行っていない期間だったのですが、だからこそ出会えた展示です。

 さて、今回の常設展示室,療玄─181枚の記憶 高松市美術館特別展の歩み」は、この30年の間にどんな展覧会を企画し何を行ってきたかをポスターや収蔵品によって紹介する展示でした。

 本州と四国を結ぶ瀬戸大橋が今年開通30周年を迎えています。夢の架け橋とも呼ばれた海を超える橋がかかったのはちょうど今から30年前の話、開館30周年となる高松市美術館もある意味で当時の前へ向く地域エネルギーそのままに生まれた施設なのかもわかりません。美術館設立時の収集3つの方針、\鏝綟本の現代美術20世紀以降の世界の美術9畧遒糧術、これらに基づいてコレクションを行うと共に展覧会を企画、開いてきたのです。

 181枚は特別展のチラシ、加えてコレクションの中核となる作品をその特別展のヒストリーとして展示しています。普段の作品解説とはちょっと違ったそれぞれの企画展紹介文。ゆっくりと読むことが出来ました。また紹介されている作品もゆっくり見ることが出来ました。30年の時の流れをこれまで開催してきた企画展を一覧することでこの美術館の姿勢といったものが見えてくるようです。

 それぞれの展覧会の開催時期、また飾られている作品を通してそれぞれの30年を振り返る。そこには展覧会企画者の名前がありました。美術館が身近な存在となり、日常的に街に存在する姿を思いました。

※常設展示質△任蓮∀造肇皀瀬鵝雫盥家・北原千鹿ー の作品が特集展示されていました。作家は時代をどのように感じ捉えるか。技術の存在を改めて思う展示でした。

7月27日(金)〜9月2日(日)「高松コンテンポラリーアート・アニュアル vol,07つながりかえる夏」が開催されます。
 

マスターができるまで 久々988

大熊先生は、俺達をしずめると、今日の海の家における訓話のようなものをひとしきり語った。
海の家には専門の先生がついているので、あちらに着くと、すべて、あちらの先生の言う事を遵守し、ご迷惑をかけないよう心がける事。
カッター漕ぎなど、危険をともなう行事もあるので、遠足に行くような遊び半分の気持ちで出かけると怪我をしたり、下手をすると、命まで落とすかもしれないので、おさおさ、気分をゆるめない事。
他校の子供とかち合う事もあろうが、ケンカなどせず、さすが、我が校の生徒は違うと、あちらの先生を感心させるよう心がける事。
それは月並みは訓話だった。
しかし、カッター漕ぎで怪我人がでるかもしれないという箇所では、ミツヒロが異様におびえたような顔をし、シゲイチに何か言っていた。
シゲイチはそんなミツヒロに向かって笑っていた。
その他にも大熊先生はいくつかの訓話を施した。
しかし、もはや、誰もまともに聞いているものはいなかった。
それは、大熊先生をないがしろにしていると言うものではなく、少しでも早く、運動場に出て、出発したいという気が強かったからである。
大熊先生も、その気配を察したのか
『まぁあとは、向こうに行ってからじゃの』
と言うと、朝礼を終了させ、俺達に校庭に出るように言った。
俺達は
『わぁー』
と歓声をあげ、我勝ちに校庭に向かって走って行った。
ヒロコは、出て行こうとする京子に向かって
『あんた、これ、持って』
と言い、自分の荷物を持たそうとした。
それを見とがめたジュンコが
『二子山さん
自分の事は自分でせんと』
と言ったが、京子のほうが
『持つ、持つ』
と自らへりくだって行った。
ジュンコはそんなヒロコを見て、呆れたような顔をしたが、喜々として荷物持ちをしている京子にも呆れたのか、何も言おうとはせず、折りからやって来たカワタカに
『ジュンコさんあっち、行こうやぁ』
と言われると、
『そうじゃなぁ』
と言って、そっちの方に行ってしまった。
カワタカには興味を持っているヒロコは、そんなジュンコをしゃくに思ったのか、小さい声で
『あの「しゃくれ顎」いつみても腹立ちわぁ』
と言った。
ヒロコの取り巻きが、迎合するように笑った。
京子などは、ゴリラのように、手を叩いて笑った。
俺は、そんな光景を見ているうちに、やはりこのクラスには、見えない部分で、村ハチ現象は未だ温存しているのだと言う確信を新たにした。
カオルコは、エミや、カズヨ達と楽しそうに話していた。
ヒロコ達の笑い声が聞こえていないわけはなかったが、敢えてかかわり合いになろうともせず、黙って、そのまま出て行った。
エミが何か冗談でも言ったのか、カオルコが笑って
『アホじゃなぁ』
と言い、エミの肩を叩いた。
それは、最前のかげりなどみじんも感じさせない明るさだった。
俺は、最前のカオルコの陰りは何だったんだろうと訝しんだが、カオルコが元気を取り戻したのならそれで良いと思った。
校庭に出て見ると、俺達のクラスが一番乗りのようで、他のクラスの生徒はまだ誰も出てきていなかった。
6年生がプールのある校庭の片隅で体育の授業を受けていた。
その中にヒサモト達に交じってボールを投げているユアンの姿があった。
俺はその瞬間、海の学習から帰って来たら、ユアンにリアンの家の電話番号を聞かなくてはいけないという事を思い出した。
今,聞こうかなぁと思ったがさすがに授業中はまずいと判断した。
俺がユアンの方をじっと見つめ過ぎていたせいか、やがて、ヒサモトが、俺の気配に気がつき
『なん見とんなぁ』
と、言わんなかりの顔をしてすごんで来た。
俺は慌てた。
大切な海の家の学習の前に下手なトラブルは起こしたくなかったのだ。
普段の俺ならヒサモトを睨みかえし、ケンカになる事は必定だったが、その時は、そんなわけで、俺は急いでヒサモトから目をそらした。
そろそろ、他のクラスの生徒達も三々五々、校庭に出てき始めた。
俺はその中にユウゾウの姿を認め、急いで走りよろうとした。
それでもしばらくの間は、背中に粘り着くようなヒサモトの視線を感じていた。

気温と湿度と不快指数

 
 まー毎日暑いこと。体温並みに上がっているというのは、大嫌いな奴がぺたっとへばり付いているのと同じことですから、そりゃ不快指数は相当なもんです。それでもこの前の豪雨の被災地に比べれば、日本中どこでも我慢のできる範囲だと思えますから、愚痴りながらも絶えどころの毎日ですな。
d390de62f192a162cac837101327ef73 それこそ熱帯地から来る観光客も驚く日本の暑さ、今後の1週間も、気温ではエジプト・カイロとほぼ同じ状態といいますから、中東にでも言った気分で仕事をやったら気分が違うかも(ンな事ないが)知れませんな。熱中症の方も激増で、このところは毎日2000人を超しているらしいですね。被災地のボランティアさんは長袖長靴にマスク姿で頑張ってるわけでしょ、頭下がるしかありません。
 しかし、現実にはそれ以上の過酷な条件だってある訳で、私も加水分解機を動かしているときの工房は、100〜130℃の窯を横に置いているのでサウナ並みの汗だらけです。水分を摂るのが早いか流れ出すのが早いか、とにかく服はびちょびちょでタオルは絞ってもまだ匂う状態です。出た汗がすぐに腐るんですなぁ。酷暑の外に出ても涼しいと感じ、エアコンが回っている部屋に入ったら涼しいどころかすぐに寒いに変わってしまいます。2リッターのペットボトルの水をどんどん継ぎ足しても間に合わない。そんな過酷な暑さを経験してもやっぱり暑い毎日です。夜に落ち着いて体のほてりを冷やしながら事務仕事をすると、これがまた眠くなるんです。うっかり眠りこけると風邪をひきそうだし、シャワーを浴びで着替えたら睡眠薬を飲んだように眠気が襲います。夏場にしっかり眠れるのは有り難いこeakonとで眠って体力を回復させないと持ちません。エアコン様様ですなぁ。年がら年中熱帯地方に住む人々は長生き出来ませんわ。きついとは言え、
太平洋高気圧がどっぷりと日本列島を覆っている猛暑もあと1か月ほど。台風やら何やらもどうなるか分かりませんが、数十年に一度の異常気象が毎年繰り返されるようになってきたら、この暑さの中でどう暮らすか、どう遊ぶかを真剣に考えないといけませんなぁ。
 それでなくとも日々いろんな問題が噴出してくると、温度湿度以外の不快指数は熱帯地方をしのぐかもしれません。そうなるとこの日本に耐えられれば世界中どこでも通用するんじゃないっしょか(笑)。ただしエアコンは必要ですがね。

名もなきパンク侍

ここ数日、いろいろあって、なかなか大変だ。というわけで、久々に、思うがままに書き始めよう。


宮部みゆき『名もなき毒』、読了。名のある小説で、数年前にドラマも観た気がするが、題の意味を初めて知った。つまり、ライオンにかつて「ライオン」という名前がなかった時、それは人類にとって、ただただわけの分からぬ恐怖の対象だったが、『ライオン』という名前がつけられて概念化され、知識が蓄積されて、人類はライオンを打ち倒すことが可能な敵とすることができたという話を作者は挙げて、『名もなき毒』は、この世の中には名前のない悪意が渦巻いていて、それは名もなきゆえに対処がいまだに難しい、という趣旨のようだ。まさに、その説を裏付けるような事件が、後を絶たない。

塾でも、かなり気合の入った嘘つき生徒が、この一年で三人も登場して、引っ掻き回された。うち二人の病的な生徒は、やめていった。正直、少しほっとしている。学校の先生は、ますます「名もなき毒」に苦しめられる世相なのだろう。


一昨日の火曜日、床上浸水の被害に遭った義兄宅に、ボランティアに行った。災害から10日。やや遅きに失したかと危惧していたが、仕事はまだいくらでもあった。前庭に積もった泥を取り除く作業。たいした作業量でもないのに、汗が吹き出た。日陰で暫く休むと、頭全体が熱く、「ああ、今のは熱中症に近づいていた」と気づく。まったく頼りない助っ人だ。飲料水のボトルを凍らせて2リットル以上持っていったが、あっという間。蒜山三座縦走よりもしんどいくらいだった。実働三時間もせずに退散。毎日これをやっていたら、本当に体が持たんだろうと、心配になった。


貴重な休日の締めは、映画。なんと、お客は私一人という状況を、久々に体験した。独占席。途中でかかってきた電話にも、出てよい。その不入りの映画の名は、『パンク侍斬られて候』。脚本は宮藤官九郎。主役は綾野剛と北川景子。さらに、トヨエツ、永瀬正敏、浅野忠信、染谷将太。すごいメンツが揃って、くだらない宗教一揆ごっこをやっている。これでは、客が入らないのも道理だ。そのくだらなさ加減を観たくて、あえて入ったが、やっぱり、つまらなかった。特に、浅野忠信と染谷将太は、顔や体に入れ墨をして半裸で狂ったように踊りまくるだけ。よく出演オファーを受けたな、と、そっちに感心する。永瀬正敏も、「猿の惑星」の完全パクリの着ぐるみだしなあ。それでいて、綾野と北川は、妙に意味があるような芝居をしてるから、名優たちの必死のバカ騒ぎが生きてこない。でもまあ、こんなもんかという感じ。昔、三池崇史が源平合戦の西部劇みたいなのを撮ったのよりは、少しはマシかな。オススメしません。クドカンは、私の好みでは、ハズレの作品の方が多いな。

ドタバタナンセンスというのは、これほどに難しい。ある種のストイシズムが必要不可欠だと思う。


マスターができるまで 久々987

ヒロキと聞いて胸が騒いだ事は事実だったが、俺は、
『別に、、、』
とカワタカに言った。
カワタカは
『そうかぁ』
と言いながら、俺の顔を見た。
俺が
『そがん事よりヒロキがどしたん』
と先を促した。
カワタカが何か言いかけたその時、
『こら』
と言う声がしたかと思うと、
『そがんとこでいつまでも何しとる』
と言いながら、大熊先生が階段を上って来た。
大熊先生は、俺とカワタカの姿を見ると
『朝礼するで
はよ、教室に入れよ』
と言った。
カワタカは、
『はい』
と素直に言うと足早に教室に走って行った。
俺は、カワタカの言わんとする所が聞きたかったのだが、大熊先生に
『ほれ、お前もじゃ』
と言われた手前、グズグズもしておれなかったので、不承不承、教室に向かった。
教室は、これから出かける海の家の話題で異様に浮き立っていた。
カワタカが
『ボンボン来たで』
と言いながらおどけて入って行っても、なかなか教室に静寂は戻ってこなかった。
いつもなら、静かに読書にふけっているジュンコでさえ、エミやカズヨとおしゃべりに余念がなかった。
さすがに俺の背中を押すように、大熊先生が入ってくるのを見ると、ジュンコはおしゃべりを止めたが男子などは興奮の極にあった。
サトシが
『地引網はの、こうやっての』
と網を引くまねをすると、それにあわせたようにカツマが
『カッター漕ぎで沖まで出ていって溺れたらどうする』
と言った。
ミツヒロは
『溺れるわけねえがぁ。
第一、監視員の先生がついとるもん』
と言った。
しかし、カツマが
『じゃってワィのおねぇが昔行った時、溺れた生徒がおる言うとったで』
と言うと、ミツヒロは
『まさか、、、』
と不安がった。
そんな中、何故か、カオルコだけは誰とも会話しておらず、黙って黒板を見つめていた。
相変わらず、ヒロコの周囲にはミホコを筆頭にユミコやクミコといった取り巻きが固まっており、いつとはなく村ハチが許されたのか京子も最末端に侍っていた。
それだけにカオルコだけが、ぽつんと椅子に座っているのが異様だった。
俺は、そんなカオルコを見た瞬間、
『はっ』
となった。
カオルコの母親が父兄会でヒロコの母親にたてをついたのは、母から聞いて知っていたが、それ以後も、ヒロコがカオルコを村ハチにする事はなかった。
しかし、今朝のカオルコのふさぎようはどうだろう?
ヒロコの性格から言って、陰険な悪巧みをしている可能性は多いにあった。
父兄会このかた、カオルコに興味を持っていた俺は、カオルコの塞ぎようが気になってしかたなかった。
大熊先生が
『静かにせいよ』
と言ったため、教室にはようやく静寂がやって来た。
俺は、目の前に座っているヒロキの背中も気になったが、やはり、カオルコの事が気になった。
カオルコは白い百合の花のような横顔を見せて黙っていた。
明るい日差しが差し込んでいる中、その百合の花の周囲にだけ、薄い雲がかかっているようにその時の俺には見えた。

ロシアW杯で残したもの

 
WJW杯はフランスの優勝で終わったが、ヤフースポーツで、ロシアW杯名場面18選で1位になったのは日本vsベルギー戦。2:0から最後の高速カウンターは史上最高のゴールの一つ。決勝トーナメントで2:0からひっくり返されたのは48年ぶりと言うのも有るだろう。シュミレーションやファウルの少ない、攻守の移り変わりが激しく見ごたえある本来のサッカーを見せたことが大きいだろうね。
米スポーツサイトのBleacher Reportで出場32か国の最終格付けが有った。1位がフランス、そしてクロアチア、ベリギー、イングランド・・日本は15位。
Whaiしかし、別に「日本は世界のファンにとって”2番目に贔屓のチームになった。」という名言で称賛されていた。「いつも笑みを浮かべ、テクニカルでスピーディーなフットボールを貫いた。」監督交代などの曇りを見せず堂々と大会を駆け抜けた。これにはネット上で広まったゴミ掃除やロッカールームでの片づけも含まれているだろうし、敗戦後の力を出し切ったシーンとベルギー選手の感動的なたたえ合いも有ると思うが、https _imgix-proxy.n8s.jp_DSXMZO3253434003072018000001-3「2番目の贔屓」はいいねぇ。どこの国も自国を応援するのは当たり前だから、最高の褒め言葉じゃないの。
 改めて試合を見かえしてみたかったが、あの劇的クンター敗戦のショックですぐさま録画を消去してしまった。
しかし、世界では優勝候補と目されたFIFAランキング3位の難敵相手に見せた日本の健闘ぶりに対して、世界から賛辞の言葉が送られているのは確かなようだ。唯一「ベスト16以上に言ったのは我が国だけ。」と叫んでいる国以外はいいイメージを持ってくれたかな。
「カタールでまた会おう。」はいいけれど、カタールでW杯がはたして出来るのか?
次のメンバーでどんなチームが出来るんだ?4年後が楽しみだし、それまでのプロセスを楽しむか。

 般若波羅密多とは

 

 (以下は付け焼刃の生半可な知識なので、読み込みや噛みしめが不十分です)

 「般若」とは仏教で智慧の完成を意味するそうだ。

  私は般若のお面というと怖いイメージがあったので、違う意味を想像していた。

 続く「波羅密多」とは完成を意味するそうで、 「般若波羅密多」は智慧(知恵ではなくもっと大きく深いもの)の完成となる。

 菩薩さまは「般若波羅密多」を実践され、心にこだわりがなくなりこだわりがなくなったので、恐れがなくなったそうです。

 そしてすべての間違った考えや妄想から解き放たれ、完全な心の平安に至ったそうです。

 それがすべての苦しみから解かれることだと。

 私はそれを読んでなんだか意外だった。

 世界平和のために祈ったり、誰かのために何か行動したり、してはいけない制約を求められるのではなく、すべては己という個人の心の中で完成するものだからだ。

 自分がかわれば、まわりも変わるということだろうか。

 

 「度一切苦厄」とはすべての苦しみや災厄から解き放たれるという意味。

 人は様々な悩みや苦しみを抱えている。仏教では四苦、生老病死の苦しみに加え愛する人との別れや嫌いな人との出会い、求めても得られない苦しみ、心身の苦痛を加えて四苦八苦という。「般若波羅密多」を得て一切が空だと悟れば苦しみを克服できると説く。

 空とは、五感も六感も人によって感じ方の違うもので、同じものの考え方でも国が違えば変わってしまうように、とらえようがない実体のないものは空だという考えかた。人のからだもやはり移り変わっていくとらえようのないもの。

 一切が空だと悟ると、こだわりがなくなることが苦しみから救われる、という。

 ではどうすれば一切のこだわりをなくすために「般若波羅密多」を実践できるのだろう。

菩薩さまが「般若波羅密多」(智慧の完成)のためにされた実践とは布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の六波羅密多の実践のこと。

うーん一気に遠のく気がする。たった三日の体操や、ダイエットもできない身なれば。

それでも、一切が空という考えをめぐらせていると、少し楽になるものがある。

般若心経を読む前、考えていたのは大きな木のこと。

木は見えるから認識できるけど、その下にどれだけ根を張っているかは掘り起こしてみないとわからない。掘り起こして、その木をなくさないとわからない。

どれだけ深い根で、どれほど長く緻密に張り巡らしていたか、人を亡くすことと同じ。

その深さはどれほど深く傷つくかということと同じだ、などとぐるぐる取り留めなく考えていた。答えのでない苦痛のなかにいた。私ってめんどくさい。

                              

危険! 通行止めにもなっとらん。

画像に含まれている可能性があるもの:山、空、屋外、自然


鷲羽山スカイラインの、たぶん稗田ー宇野津線の上を少し倉敷側に越えたあたり、鷲羽カントリークラブの手前あたりじゃないかな。知らずに通ったら危ないぞ。夜なんか大丈夫か。
コメントどうも。
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