ブログ版 週刊「ボチボチいこか」

不確かだけれど、生きる喜びと確実に結びついた、パーソナルな営みとしての、学びを求めて

マスターができるまで 久々920

俺の顔を見ると、京子の母親はホッとしたように
『ああ、善洋ちゃん、おったん』
と言い、さも安心したような顔をした。
そして、左右の手をもじもじさせて、いつもかけているうす汚れたエプロンの前をしぼるような動作をした。
京子の母親も京子同様、さえないおばさんだった。
頭髪のパーマは、いつかけたのかわからないほどにのびきっており、化粧気のない顔は、頬ばかりがいやに赤々としていた。
京子達一家は、俺の家とは目と鼻の先に住んでおり、同じ町内ではないが、ほとんど、同じ町内とっても言い距離だった。
そんな関係で、京子の母親は俺を小さい頃から知っていて、それで、心安げに俺を
『善洋ちゃん』
と呼ぶのだった。
俺が
『おばさん、どしたん』
というと、京子の母親は、勝手に上がりがまちに腰をおろすと、身を乗り出すようにして、
『京子がな』
と言い始た。
耳新しい話しではなかった。
しかし、母親が、最後に、言った
『きょうのあの怪我、あれ、誰かに切られたんかいな』
と、言う言葉は俺を驚かせた。
俺は言下に
『そがな事、ねえわぁ。
おばちゃん、
あれは、京子ちゃんが自分で包丁を使こうとってミスっただけじゃ。』
と言った。
すると、京子の母親は
『へじゃけど』
とクビをかしげ、
『夕方、学校から変な電話がかかって来てなぁ』
と言った。
俺はどきっとした。
母親は、俺の動揺に関係なく話しをついで行き、
『学校はな、怪我の事は、きちんと解明しますからご心配なく言うんじゃ。
解明します、言うんで。
おかしかろうがな。
そがな電話がかかって来てみねぇ。
かえって心配になるがな。
京子一人のミスじゃったら、わざわざ、学校から連絡やこうくるはずねえもんなぁ。
それで、京子を問いつめたんじゃけんど、泣くばあで何も言わんのんじゃ。
言わんとわからんがな、言うても口をつむいだままでなぁ。
そしたら、シンイチが、古谷君じゃったら何か知っとんじゃぁねえか、言うてな。
まぁ、ほれで、こうしてやって来た次第なんじゃ』
と言った。
シンイチと言うのは中学生になる京子の兄の事で、これは京子の一家の誰にもにていない眉目秀麗な秀才の息子だった。
俺が
『おばちゃん、電話言うて、学校の誰からかかってきたん?
大熊先生?』
と聞くと、母親は
『いいや』
とかぶりをふると
『それじゃったらここまで慌てるもんか。
どうやら、アンタ、校長先生のようじゃったから余計、びっくりしたんじゃがな』
と言った。
俺は、まさか、校長先生が出てくるとは予想だにしていなかったので、のけぞるほど驚いてしまった。
その時だった。
もう一人、やはり化粧っけのない尖ったような顔をしたおばさんが、玄関をあけて入って来た。
今度のひとは患者さんだと思ったが、どうやら、その人も患者さんではないようだった。
尖ったようなおばさんは顔つきに似た、切り口上で
『二子山の母です。』
と名乗ると、俺を見据えて
『古谷君じゃね』
と言った。
なぜか、京子の母が
『そうですよ』
と答えてくれた。

日々のつぶやき

ソフトバンク日本一決定の日に、3年間12億円で1試合しか登板しなかった松坂が、球団を去る。ドラマだね。https://news.yahoo.co.jp/pickup/6260005(11月05日)

 

 

Gショック人気再来だって。どこがいいのかわからんが、この話はプロジェクトXだね。https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171020-00000009-nikkeisty-bus_all&p=1(11月16日)

 

 

「ブラックリベンジ」の佐藤二朗が、圧巻の演技。日本のソン・ガンホと言って良い。マメシバ以外の大役で、世界に出ていってほしい。(1時間前) https://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20171109/E1510154424145.html

佐藤二朗、木村多江をおちょくる


主人公・今宮沙織(木村多江)と「週刊星流」デスク・天満龍二(平山浩行)は、編集長・福島勲(佐藤二朗)の捏造を糾弾する記事の掲載を画策。しかし、福島は寸でのところで記事の差し替えに成功する。新たな記事の内容は「寺田圭吾にもう一人の愛人 相手はなんと妻の妹」というものであった。

沙織にとっては衝撃的過ぎるスクープだが、世間的にそれほどの激震でないことは周囲のリアクションを見れば明らかだ。何しろ、星流の編集部員が「なんでこのネタ載っけたんですかね?」「こんな古いネタに差し替えるくらいだったら……」とボヤくくらいなのだから。要するに、福島は沙織とその周辺を攻撃する目的でこの記事を引っ張り出してきた。

それにしても、佐藤二朗の芝居が凄い。自分の寝首をかこうと企む沙織と天満を前にした時の態度が、憎らし過ぎるのだ。
天満に対し、お茶目なノリで「俺さぁ〜、お前の考えてること、手に取るようにわかっちゃうんだよね〜。だってお前、俺の、ベストパートナーだから」と、感情を逆撫でするような表情で語りかける福島。いや、そんな舌をペロッと出さなくても……。
沙織と相対した時のテンションも凄い。「こんな内容、真実なはずないでしょ!」と激昂した沙織の温度をあざ笑うように、飄々とし続ける福島。「俺にはね、君がな〜んでそんなに怒ってるのか、ちょっとホント、わかんないんだよね。えっ、捏造って何? 捏造なんてしてないよ?」と、まるで赤子をあやすかのような話しぶりなのだ。この態度を見て、沙織の怒りはますます上昇する。

というか、福島の態度そのものは以前と大して変わるものではない。しかし、シチュエーションが変わるだけで、意味合いが真逆になる。おちょくられてる気分になるのだ。

廣島晃甫 回顧展 近代日本画のもう一つの可能性

廣島晃甫 回顧展 近代日本画のもう一つの可能性 展チラシ表

廣島晃甫 回顧展 近代日本画のもう一つの可能性 展チラシ表
徳島県立近代美術館で「廣島晃甫 回顧展 近代日本画のもう一つの可能性」が行われています。10月21日(土)〜12月10日(日)まで。開館9時半から午後5時まで。月曜休館。

 1997年に開催された<近代日本画への道程「日本画」の19世紀>、カギカッコ付きの日本画、問題提起は行われました。そして2002年の <自然を見つめる作家たち「現代日本の自然表現と伝統」>では、テーマとしての自然、また自然との関係の作り方を問いました。2007年の<日本画-和紙の魅力を探る>では、素材としての和紙に注目することで継続すること、地域との関係などに目を向けることになったのです。2012年の<墨と紙が生み出す美の世界>展では、墨、再び広く東洋に目を向けることになりました。
 徳島県立近代美術館が行ってきた「日本画とは何か」を問う展覧会の数々。そして2017年の今年、地元徳島出身の作家、廣島晃甫の展覧会を開いています。20年に渡るこの一連の展覧会の軌跡が指し示すものは何か。

「日本画」は、定義できないから「無い」と言って消費したかに見える都市部での流れ。一方、四国、この徳島で手がかりを求め、「日本画」を定義するべく具体的な姿・形を求めてきた研究の姿。

 廣島晃甫の輝かしいデビューとその後の活躍の姿。しかし、それらも新しいことを次々に求める社会、時の流れのなかにいずれ埋もれ、沈んでしまうことはしょうが無いことかもわかりません。しかし、それでも誇れる作家としてこのように顕彰、回顧展を開いてくれる郷土があることの素晴らしさを思うのです。

「日本画なんて無い」と通り一遍に片付けてしまうのではなく、誇れる素晴らしいところを探し、見つけ、明らかにする地道な作業は、こうした地元作家の見直し、顕彰する回顧展の開催にもつながっているように思います。


 日本画再発見ワークショップ 森山知己(担当させていただきます)
11月25日(土)、26日(日)。2日連続の開催です。一日のみの開催では難しい体験、気付きの機会が提供できればと思っています。
 ※定員あり・要申し込み・問い合わせは徳島県立近代美術館まで

読んでひとこと 第923号

紙: 品があって暖かくて、そこはかとなく寂寥感も漂っていますね。今年は、忘れていた紅葉の魅力を再発見した気がします。勤労感謝の日に、またどこかで紅葉狩りをしたい。


しまんと新聞パック: 建築で隈研吾さんの紙管による作品が世界的な賞を獲ったように、日本人は、髪や竹などのフラジャイルな素材を扱うのが上手なんだろうね。海外で日本バージョンつまり新聞の紙面が載っているのが好評なのは、わかる気がする。「ブレードランナー」で再び夜の大阪の飲み屋街が映され、日本語の看板がコラージュのように集められた映像は、日本人の私が見てもエキゾチックでドキッとしたもんね。19世紀のパリ印象派の浮世絵ブームは、陶器の包み紙から発見された粗末な紙質の作品から興った。この新聞パックも、manga, anime に続く新たなジャポニスム・フィーバーを巻き起こすかもしれない。


今、三江線が熱い! その4: 来年3月の(本州最長の)廃線の後は、沿線の町々はどうなるんだろう? 実際は車社会で列車の利用者は少なく、だからこそ廃線になるのだが、まず鉄道でつながっているという一体感は、薄れてしまうだろう。個々がただの寒村になる。川本の町の求心力もなくなるかもしれない。島根中央高校に通う生徒たちはどうなるのか。寮をさらに増やすしかない。


ガジェットの魅力: 語感からポシェットを連想してしまった。葉巻きシガーと紙巻たばこシガレットのように、ラテン系の言語では語尾の「ット」が、もとのものを少し可愛くキッチュで、万人向けにしたものを指すようだ。じゃあ、「ガジュ」や「ポシュ」があるのかどうか知らないが、ギミックにしても、なんとなく日本人好みの、箱庭思考、縮み文化の象徴に見える。もちろん、子供の遊びはおとなになってから直面する諸問題への耐性や対処能力を養うものであるから、秘密基地もピタゴラスイッチも、人生の胎盤となり、喜怒哀楽の感情の根源を形作るものだろう。浦沢直樹の「21世紀少年」は、そうした事情をメイン・テーマに掲げた作品だが、爆発的人気にも関わらず、私は違和感がずっと拭えなかった。少年時の秘密基地や自然体験は、根源的な恐怖につながりやすいのだが、あの1本指の怪物には、それとは少し違う薄気味悪さがあった。
話がずれたが、たとえばフィギュアに愛情を持つような、フェチ的オタク的な傾向は、やはり日本人の特質と関連しているのだなあと、読んで思った。


サプライズ効果も数字利用で: ほんまに、娘にまで首相が会う必要があったとは思えんな。「イバンカ助成金」は、私もいいなと思う。


和ガラスの美を求めてー瓶泥舎コレクションー: 「和」ガラスって、どういうことなのかな? 西洋の数学に対して「和算」というハイレベルの数学があったが、輸入される前に日本流のガラスの製法があったのかな? たたら製鉄みたいに古代から伝わって日本流に進化したものだろうか? まったく無知だな。恥ずかしい。


マスターができるまで 久々917: 学校の裏お局様・松成先生。仮名かも知れないが、どうも私の記憶にかすかに残っている。大熊先生や下津井先生も、皆子供と同じレベルの人間的な姿が描かれていて、感心する。




マスターができるまで 久々919

カワタカに意見がましい事を言われた俺はむっと来て、
『アンタに言われとうねぇわぁ』
と言い返した。
言われたカワタカは、
『おっ?』
という顔をした。
『そもそも、アレじゃがな。
アンタが二子山を個人攻撃するけん、話しがややこしゅうなって、こがん事になったんじゃ。
その癖、自分はジュンコさん、ジュンコさん言うて、ジュンコさんの事ばぁ気にかけてからに、
ええ加減な男じゃ』
俺がそう言うと、カワタカは、そばかすの浮いた顔に薄笑いを浮かべ
『焼きもち、焼いとんか?』
と言った。
俺は
『はぁ?』
と言ってしまった。
相手をするのもバカらしくなって来た俺は
『アホらし。
誰がぁ』
と言うと、そのまま、校門をくぐって帰宅しようとした。
すると、カワタカは、俺の前で通せんぼするように立ちはだかり、俺が右に行けば右に、左に行けば左に動いた。
俺が
『邪魔じゃ、どけねぇ』
と言うと
『シゲの事と言い、ジュンコさんの事と言い、ボロさんは焼きもち焼きじゃな』
と言った。
何故か余裕しゃくしゃくの顔をしており、俺は、
『邪魔じゃ言ようるんが聞こえんのんかな。
帰るわぁ』
と言うとカワタカの体を強引に押しのけた。
カワタカは抵抗せず、俺のなすがままになった。
俺はカワタカに
『さよなら』
も言わず、一目散に、坂道を下って行った。
追ってくるかなぁと思ったが、カワタカは校門の付近で立ち止まったまま、俺を見ているだけだった。
家に着くと、居間に母の姿はなかった。
この前までいたつら婆さんもおらず、そうでなくても日当りの悪い居間は一足早く日が暮れたような気配を漂わせていた。
俺はランドセルを六畳の部屋におくと、ひとりでにため息をはいていた。
母でもいたら、今日あった事を相談したい俺だった。
その時、機械音に交じって、診療所の方から陽気な母の声が聞こえて来た。
どうやら、母は衛生士の勉強もかねて、父の手伝いをしているようだった。
わざわざ、診療所まで報告に行く事でもないと思った俺は自室で昼寝でもしようかと思った。
横になったその時だった。
俺は、細川先生と放課後、歌の練習の約束をしていた事を思い出した。
カワタカの事や、下津井先生の事で、すっかり忘れてしまっていたのだ。
俺はどうしようかと思った。
これから、学校まで戻って戻れない事はなかった。
しかし、細川先生からも大熊先生の事を聞かれそうな気がした俺は、練習に戻って行く気にはどうしてもなれなかった。
俺は
『どうとでもなれ、
叱られたらその時の事だ』
と言った捨て鉢な感じでズルズルと、横になってしまった。
そのまま、俺はいつしか眠てしまっていたようだった。
そんな俺の眠りを破ったのは玄関のあく音だった。
患者さんだと思った俺はその音を無視してさらに眠ろうとした。
しかしそれは、患者さんの訪問ではなかった。
『こんにちは。
こんにちわ。
古谷さん、いますか?』
気ぜわしい感じの声が俺達を呼びかけたからだ。
俺は、無意識に
『お母ちゃん、誰か来とるよ』
と言った。
そして、俺は、母は二階にあがっており、下にはいない事を思い出した。
出て行くのは面倒だったが、声はいつまでも俺達を呼び続けた。
俺はしぶしぶ体を起こすと、玄関に出て行った。
そして、俺は
『あっ』
と言った。
そこには、血相をかえた、京子の母親が立っていた。

近代動物画の冒険 木島櫻谷

近代動物画の冒険 木島櫻谷 展チラシ表

近代動物画の冒険 木島櫻谷 展チラシ表
京都の泉屋博古館で「近代動物画の冒険 木島櫻谷」展が行われています。10月28日(土)〜12月3日(日)まで。休館日:月曜 開館午前10時〜午後5時まで 入館は4時半まで。

 流石!このシーズン、興味深い展覧会が目白押しの秋の京都です。せっかく立ち寄ったからには何か一つでも見て帰ろうと駅をでました。さて、何処に行こう?。予想はしていたのです。時計は午後3時少し前、週末・・・京都駅のバスターミナルに並ぶ人の列に呆然としました。

 一番近い100系統、このバスに乗れば、京都国立博物館も近代美術館もそして京都市美術館も行けます。もう少し乗れば泉屋博古館、そして橋本関雪・・・・。なるべく遠くが人が少ないのではないか・・・。上手く行けば、泉屋博古館の木島櫻谷、そして橋本関雪も見ることが出来るかも。

 というわけで、泉屋博古館の木島櫻谷展へ。

このように書いてしまうと、本当に偶然に立ち寄っったみたいですが、イエイエ違うのです。チラシの画像、このキツネは、「寒月」のそれ!。昔から気になる絵だったのです。思えば2013年にも観に来たのです。あのおりは展示替えで見ることが出来ませんでした(しかし、これ又偶然にその後行くことになった東京で見ることが出来たりするのですから縁とは不思議なものです)。

 雪にほんの僅か残した墨跡が複雑な起伏、ニュアンスを生み出します。焼いた群青で表現された竹林、竹がまた奥行きに大きな効果を出しているようです。

 奔馬図、竹林老狸、技の冴えを感じます。竹内栖鳳、西村五雲と続く流れとはちょっと違うこの感じ。

 筆の当て方。前回とは違ったところが見えたように思います。

 展示されていた絵具、刷毛などの資料。なかなか興味深いものでした。なるほど、この太さ、形の連筆なら動物画に有効に使えたように思います。毛の腰もおそらく・・・。 楽しめました。

 上手く行けば橋本関雪も・・・。しかし、バス停に並ぶ人の列をみて降りることを止めました。京都駅まで満員、積み残しも出るほどのバス。普段の二倍程度の時間がかかり京都駅についたおりには真っ暗闇。一路、岡山に帰りました。

 渋い展覧会ですが、おすすめです。

ハリルジャパンvsベルギー観戦記

 
32597_ext_04_0野球はシーズンオフ。
サッカーは来年のWカップに向けて調整中。

「本番のためにスキルアップしているのもまた妙味。」と朝起きてベルギー戦を見た・・がやっぱり負けるのはすっきりしないし、見直しのために録画していたがすぐに消してしまった。

特にサッカーはスピーディーな流れと同時に展開する戦術の移り変わりが分かりにくいから、強い相手との駆け引きが楽しめない。

試合の後で相手がおべんちゃらでも「予想外に強かった。」と言う談話と、選手自体が”進化”を感じている程得ることなんて有りゃしない。

32601_ext_04_0「まぁ本番で驚かせてくれればええワ。」とぐらいに思って冷静に見るものの、やっぱりなんでも負けるんは嫌だ。

各国のマスコミも、「健闘したがそれなりだった。」という評価のようだ。それはそれでいい。

ハリルホジッチと言う監督の考え方が分かるような分からんような、最もと言うか当たり前の手段をやっていこうとしているようだけど、今までのように“日本人の特徴に合った”やり方というものではない。まぁそこが今までと違う可能性にもなるのかな。
とにかくこのところしばらくは、あまり熱を突っ込まず傍から冷静に見て来年にちょっとだけ期待を残すという見方しか出来ないな。
それでも4時から起きてみてしまうんだけど・・・。

毛無山 その2

駐車場には先客が10台ほど。さすがに人気の山だ。午前9時。さあ、登山開始。木製のポストに、一応登山届も出す。2合目までは、旭川の源流の一つのせせらぎとともに歩く。ここで案内板があって、分かれ道。よく見もせずに右を選択したのが運の尽き。スマホで確認すると、30分速い方の道だった。つまり、急坂ということじゃがなあ。

 

上りに極端に弱い私。先行する若い二人に要所要所で待ってもらい、えっちらおっちら。心臓なのか肺なのか、えづきたいほどドキドキする。今回はライバルのジジイがいないため、甘えが出て、我ながら情けない体たらく。買っておいたストックが役立った。それでも、道はよく整備されていて、児島周辺の山の道なき道を登ってきた私たちにとっては、天国だった。

 

7合目辺りから眺望がひらけ始め、ブナの美しい林を抜けると、樹木がなくなり熊笹の世界になって、一気に世界が開ける。この高さまで来るのは、何年ぶりだろうか。標高差530m。頂上は広いスペースで、先客10名ほどが、弁当を広げている。カップヌードルカレーが人気のようだ。なぜカレー味が受けるのか下山中に討論したが、結論は出なかった。山でカップ麺。簡易コッフェルのようなものが一般的になったのだろう。我々も児島アルプスでO隊長に熱いコーヒーをふるまってもらったことがある。

 

蒜山から大山、日本海と弓ヶ浜、宍道湖。とりわけ東から北の眺めが素晴らしい。そこから白馬山まで、稜線をゆったり下る。右は岡山県、左は鳥取県の下界を見下ろしながら、県境線を縫うように、天上のウォーキングだ。私の大好きな尾根歩き。

 

下りは、2kmで標高差400m下るという標識。サインθ=5分の1、平均斜度12度はキツイよ。ここでストックが大活躍する。まさに、転ばぬ先の杖そのまんま。足腰の踏ん張りへの補助が素晴らしい。おかげで、3日後も何の痛みも出てこない。

 

無事元の登山口に帰ったのが、午後1時半。日はまだ高い。

マスターができるまで 久々918

廊下に出ると、俺の背後から
『アンタ、アンタ』
と言う声がかかった。
相手になるのもいやで、早く帰りたかった俺は、その声を無視して階段をおりかけた。
すると声の主は、俺の先回りをするように、階段のところまでやって来て、通せんぼのように左右に腕をのばし、
『アンタ言うとるでしょうが。
聞こえてとるくせに。
無視するじゃなんて、根性の悪い』
と言った。
それは、下津井先生だった。
下津井先生は、いつにもまして濃い化粧をしており、風下になっている俺のほうに人口的な香料の匂いが流れて来た。
俺は無意識に顔をしかめてしまった。
下津井先生は真っ赤な口紅が施されている口を大きくあけると
『いったいアンタのクラス、なんがあったん?
最前から職員室じゃぁ、藤原さんと松成さんが額を寄せて相談しとるし、
校長さんも出たり入ったりしとるし。
あれか?山本さん言うコの怪我のことかいな?』
と聞いて来た。
言われて、俺はドキっとした。
それは、松成先生と、藤原先生が、額を寄せて密談をこらしている図が容易く想像できたからであった。
そんな事はないと信じたかったが、校長先生も絡んでいるとしたらただ事ではなかった。
みんなして大熊先生を監督不行き届きの咎でクビにするのかもしれない。
老獪なおじさんとおばさんの手にかかれば清廉な大熊先生などひとたまりもない感じであった。
最前、京子に聞かれたさいは、一笑にふした杞憂がにわかに現実味を帯びて見えて来た。
俺は返事のかわりに
『藤原先生と松成先生がなんか言ってるんですか?』
と聞いた。
すると下津井先生は
『へん』
と言うと、
『ずるこいコじゃなぁ。
人の質問には答えんと、自分の方から聞いて来た』
と言った。
俺は、
『京子ちゃんが怪我したんと、大熊先生は関係ないですよ。
そりゃあ、女子はあれかもしれんけど、、
そこまで大熊先生じゃって把握できんじゃろうし、、、、』
と言った。
言いながら俺は余計な事を言っているなぁという自戒はあった。
しかし、何か言わなければという焦りが俺の口を軽くしてしまった。
すると、思ったとおり下津井先生は俺の言葉尻に興味をもち
『女子?
女子がなんかあったん』
と言った。
俺は窮地に追い込まれたようになり、
『それは、、』
と言った。
その時、俺の背中を誰かがたたいた。
振り帰ってみると、それはカワタカだった。
カワタカは
『ボロさん、帰ろうや。』
と言った。
カワタカの一言で救われたようになった俺はほっと一息ついた。
『ちょっと、ちょっと』
と已然、下津井先生は引き止めたが、カワタカは
『じゃぁ』
と言うと、俺の手をとらんばかりにして階段を駆け下りて行った。
運動場まで、俺達は黙って走った。
足の早いカワタカについて行くのは大変だったが、俺達は、校門脇の銅像が立っている場所についた。
そこは昨日、ヒロコ達が俺を待ち伏せしていた場所だった。
カワタカは銅像脇に立ち止まると息を整えて、
『ボロさん』
と言い、
『余計な事、言わんほうがええぞ。
あの先生はええ事嫌いじゃからな』
と言った。

毛無山 その1

ボチいこ登山部ジュニア(笑)は、11月12日に、鳥取県境に立つ毛無山(けなしがせん)にアタックしました。

午前6時に児島を出発したのは、気ままなドライブを楽しみたかったから。岡山県の真ん中、晩秋の田舎道を一路北へ。

落合から181号線に入ると、山間の道沿いに、見事な紅葉が目を楽しませてくれた。閑谷学校の楷の木や五色台の根来寺など、もみじの名所はいくつか訪れたが、集落の家々と調和した里山の自然そのままの景観は、何か忘れていたものを思い出させてもらった。来年も同じ時期にここに来たいと強く思うほどに。中でも、新庄村の入口近くの、この竜宮岩は、渓谷美とモミジが圧倒的なスケールで迫ってくる。朝早くとは言え、我々以外に観光客がいないのが不思議なくらいだ。

新庄村は初めてなので、有名な凱旋桜を見る。桜というより、低い桜並木の伝統的な平屋の通りを見る。テレビで知ってはいたが、実際に見るとなかなかのものだ。そこは停車をせずに通り過ぎて、田浪キャンプ場へ。ここが登山口になる。標高660mくらい。結構高い。小さな丘全体が金色に輝いている。最高の季節だ。

コメントどうも。
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