ブログ版 週刊「ボチボチいこか」

不確かだけれど、生きる喜びと確実に結びついた、パーソナルな営みとしての、学びを求めて

読んでひとこと 第890号

表紙: ゴージョニゴーゴー、ですね。恐ろしくノリが良い。僕らが生まれた頃の歌なんですね。90歳でなくなったチャック・ベリーが、そうすると30歳頃か。ご冥福をお祈りするという意味で、描かれたのですね。音楽への敬意が溢れていて、かつ、かっこいいね。1年で一番の繁忙期にも絵心を忘れない。ボチいこ精神の具現者です。



旅立ち: 小さな具体的な変化の中に、喪失の悲しみがこみ上げてくる。だいせんじがけだらなよさ。



風の道: もとは線路であったために、家々を裏側から覗くことができるんだな。確かに興味深い。今でも江ノ電やJR呉線では、枝先が電車に当たるのではないかというくらい、裏庭が間近に見える。筆者の言うように、庭を見ればそこの住人の「生き物との接し方」が見えるのかもしれない。我が家を考えると、おそろしい。



無理でもスポーツ観戦: 準決勝のアメリカ戦。1−2で敗れたけど、歴史に残る名勝負だったね。なんと名手菊池が2つもエラーをして、その後まさかのホームラン。菅野と千賀がメジャーの強打者をストレートできりきり舞いさせるという、実に爽快な場面を堪能させてもらった。と思ったら、その深夜には、23歳久保と34歳今野の大活躍でUAEにアウェイ初勝利。やっぱり、テレビはスポーツが一番。KCTの竹刀中学女子ハンドボール決勝戦でも、録画して観たいくらいだ。


「ワークル」という発想: しかし、毎日がサークル合宿状態で、しょっちゅういろんな人間が出入りして宴会状態とは、おもしろい生活だろうね。次男がこないだ青春18切符で島根旅行をしたが、「どこに泊まるのか」と訊くと、「適当に知り合いのつてを辿って」と言う。全国の地域で面白い活動をしている若者たちと、ネットワークが繋がっていきつつあるらしい。そして、それが本業のWEB企画にも大いに役立っているようだ。彼の紹介で、高1の3男も、こないだ学校を1週間休んで鹿児島の芋掘り農家のHPを作るイベントに参加し、明日からは東京で高校生起業セミナーに出るようだ。親としては交通費がタマランが、思春期の自意識過剰を乗り越えて、他者とストレートにつながることのできる若者に変身してほしいと思っている。


ひるね姫鑑賞: 私たち夫婦は今月初めに、アカデミー作品賞取り違えで話題になった「ラ・ラ・ランド」を観た。ハリウッドミュージカル+「アメリ」のパステルカラーの世界のような作品で、モロ私の好みだった。私の評価は、ちょうど「君の名は。」と同じで、私は好きだけれど特別にレベルが高いとか爆発的に売れる作品だとは思えないって、とこだな。「ひるね姫」は、車で30分かけて行くだけの引力を感じないけど、地元民の責任として観ようかな。


マスターができるまで 久々865: マスでき史上でも屈指の名場面ですね。桃太郎児童合唱団の入団試験で鶴田浩二の♪何から何まで真っ暗〜闇よ〜を歌う小学生。マスターの本領発揮だね。その野放図さがあるから、白豚のオカマなのに、皆からイジメられるどころか、「ボロさん」と一目置かれるんだろうね。


北へ南へ: そして姫路へも。八面六臂のご活躍。安全のためにVOLVOに乗り換えられては、どうでしょう。なあに、百号1点で贖えるでしょう。


今週の世の中: 籠池問題が、訳のわからんことになりつつあるね。あの一族、嫁もスゴイ悪顔だった。それより今治の80億円が有耶無耶にならんようにしてもらいたい。

マスターができるまで 久々866

細川先生は
『そんな歌、自由曲には不向きです。
ダメです。』
と言った。
言われるまでもなく、俺も、心のどこかでは不向きという事はわかっていた。
それでも歌いたかったのであくあまで
『この歌を歌わせてくれんのんじゃったらコンテストには出ません』
と言い張った。
細川先生は呆れたような顔をした。
一度言い出したらガンコな俺の気性を知っている細川先生は、ため息をはくような声で
『猪木君さえ一人で出る言うてくれたら、、』
と言った。
やがて細川先生はきを取り直したようにピアノを奏で始め
『おお、牧場はみどり』
と歌い出した。
それは、最前の『遥かな尾瀬』に引き続き、自由曲にむいている歌はこんなにもあるんだぞ、という所を示したいような歌唱だった。
黒鍵も白鍵も、いずれも、鍵盤は細川先生の指の連動にあわせ、軽快な音を立てた。
ピアノは、さっきの爆音にも持ちこたえていた。
俺は細川先生の自由曲の例えよりも、ピアノの頑丈さに深い感動を覚えた。
『よく茂ったものだ。
ホイ!』
と、リズミカルに歌い切った細川先生は
『ね、
ええ歌でしょう』
と額に汗を浮かべ、言った。
俺は
『それはわかってますけど、、、』
と言い、
『へえでも、さっきの「傷だらけの人生」がええです』
と言った。
すると細川先生は
『なんで、なんでなの?』
と詰問して来た。
それは耳をつんざくようなソプラノだった。
俺は
『それは、』
と言い
『この歌が死んだシゲイチのお父さんの好きな歌じゃったからです』
と言った。
細川先生は
『へ?』
と言い
『笠原君のお父さん?
それと、これとどう言った関係があるの?』
と聞いて来た。
俺はどこから説明しようか迷い、あげく、説明したくなくなった。
説明すればするほどウソっぽくなるような気がしたからだ。
俺はこれがカワタカの好きな歌だったら歌う気にはならないだろうと思った。
細川先生の言う通り「オオスザンナ」だろうが「はるかな尾瀬』だろうが推薦されるままに何でも歌っていたと思う。
しかし、死んだシゲイチの父親が
『上手じゃなぁ』
と髭だらけの顔で褒めてくれた歌だからこそ、シゲイチのために『傷だらけの人生』を歌いたいと思ったのだ。
最前はシゲイチに、カワタカの好きと、シゲイチの好きの種類の相違を上手に説明できなかった俺だが、それこそが全てを端的に物語っている相違のような気がしてならなかった。

3人暮らし

洗濯が1回で終わる。

毎日買い物に行かなくてもいい。

メニューに鶏のムネ肉を出しても大丈夫。

ハーブがじゃんじゃん使える。

肉料理が減った。

玄関の靴箱が余裕で空いている。

夕ご飯が早く終わって、9時半に布団に入れる。うそみたい。

 

一人いなくなるだけで、お風呂を待つ時間が短くなり、

洗い物も減って、買い物する量も減って、かなり違うんだなーを実感。

 

今になって母の心情を思いめぐらす。

 

弟が高専の寮に出ていったとき、家族が6人になった。

もう一人の弟が大学で出ていったときには、家族が5人になった。

ちゃんと食べているか、風邪は引いてないか、いつも気にかけてたなぁ。

 

私が結婚して家を出ていくと、家族は4人になり、

祖父がなくなって3人、祖母が亡くなると、父との2人暮らし。

ご飯の量がどれだけ減っただろう。

7人家族のときには、大きなガス釜に1升7合炊いていた頃もあったのに。

 

そして、父のことを思う。

母が亡くなり、大きな家に住むのは父に一人になってしまった。

寂しかったよね、きっと。

その姿を想像すると、今でもキュンとなる。

 

 

我が家で毎日使っているごはん鍋。

4合ずつ炊いてたご飯も、今後は3合、2合でいけそうです。

ひるね姫鑑賞

 
そんなに出向くこともないがMOVIX倉敷へ出向き、「ひるね姫」を観てきた。
昨夜かみさんと久々のデートとすれば完全なハズレだが、二人とも話題性で鑑賞。内容は想像以上に小学生向けだった。神山監督も「自分の娘に見せるなら・・」という構成だったし、あえてファンタジーで落ち着かすなら「こんなもんか??」。
ひるね姫5bちょっと心配なのは「君の名は」の後だし、アニメファンの若者世代が期待して観たら大外しかもしれない。まともに批評すれば突っ込みどころ満載。

まず好かろうと思う所は、そりゃ聖地児島の景色。下津井口の景観や細い路地、児島署までそのまま登場していた。ストーリーは単純。夢と現実のリンク、組織の勢力争い、親が残した技術(当たり前すぎ、もう少し遊びが欲しかった)がキイでその取り合い。ストーリー的に王道??夢と現実の交錯の仕方はファンタジーでも無理が有るし、所どころに他のアニメからパクったようなものが出るけど、まぁすべて小学向けならそれも良しかな。今どきでもそんなもん?

b しかしなぁ・・・近未来の「ハートランド」の描き方は40年前の手塚さんの方が夢が有ったな。未来のくせにちっとも先進感が無い。車のデザインもほとんど“今風”なのにビット打ち出し表現でジブリ感を出そうとしている。流線型とか台形とか、タイヤが無くなるとか「未来」を感じさせながら名残も有るとか工夫があれば「夢世界」の意識も強くなっていた。立体道路で車の大渋滞なんて現実より遅れている。運転しながらTV電話で会議とか、自動運転に結び付ける他の持って行き方も有ったはずだけどね。混雑=自動運転なんて、中国でも当たり前すぎる(笑)。
スマホや新幹線は3年後の現代で、2020年の3日前というこだわりが、自動車メーカーの自動運転発表という貧相な問題で流されたのは「夢見る近未来」としてなんともはや寂しい。そのくせ、空を飛ぶバイクや攻殻機動隊のようなロボットが出てくるギャップ。なによりファッションセンスが「どの時代の夢なんだ?」と悩ませてくれる。これは現代ことねのセーラー服の魅力アップにも繋がらないのでファッション児島には痛い。ジブリのような電通管の古典的部分もそれほど味が無い。一つ一つにこだわりが感じられず、ただのパクリに見える。
細かいことだが、ことねの動きに対してパンツを見せない(保護者配慮?)こともちょっと無理な部分が有る。ITなどハイテクと魔法の絡み方が夢を描ききれない。すべて幼ない見方にたよってみても、ことねの可愛らしさとか親子関係とか足りない気がする。・・・まぁ4年もかけて練った構成に素人が文句を言ってもしゃーないが・・・。多分ファミリーでももう一度見たいと思う人は少なかろう。それがちょっと寂しい・・・。・・・聖地巡礼・・・はぁぁ??宣伝の仕方を間違ったかな。
 でも、「住んで平和な児島の世界」はファンタジーより“現実の方が魅力的”と世間にうったえることはこれから出来ると思うし、そのきっかけでプレゼントしてくれた作品だったと思えば「神山監督ありがとう」だ。

無理でもスポーツ観戦

 
20170319_kawasaki2-560x373いよいよアメリカラウンド。準決勝は米国に決まった。WBCもあと2試合。

今日は練習試合でカブスとやったらしいが、6:4で負けたという。いいじゃないの、調整はあくまで調整。
前回優勝で今回もダントツの優勝候補だったドミニカが敗退。残っているのは東京ラウンドで死闘をやったオランダと前回大会で煮え湯を飲まされたプエルトリコ。どっちが出てきても少なからず「縁」が有る。
さて、藤波も投げて、次の練習試合(ドジャース)は岡田も投げるだろう。まぁ若い連中が肩慣らししながら試合勘に慣れtubakiていくには間で主力選手が出て調整ぐらいで丁度ええ。今は休んで疲れを取るのが先決意。こりゃ23日が楽しみになるが、その日は出張で家にいない。ビデオ撮りをしておくがやっぱりライブの緊張感が味わえないと面白くないねぇ。24日にはサッカーもUAE戦が有るんだな。さぁ困ったぞ、今週は空き時間にしっかり仕事をこなさないと楽しめそうもないな。う〜ん・・力が入る。
体力を維持するために走ってみたが、その維持どころか劣化の激しさに落ち込む。とにかく足を動かして走ることだけで苦しさが体中に響く。とにかく5〜6km、中山を挟んだ近所をヨタヨタ。横を見れば咲きそうな椿が花をちりばめている。1万歩少々のジョギングは、アリゾナの侍応援にしては貧相な出来栄え。まぁ一瞬でもアドレナリンを出せるよう米国戦に向けて自分なりの準備運動だな。

「ワークル」という発想

 

18日の土曜日、東京で不思議な体験をした。まあ一種のワークショップです。全然そんな心の準備もなしに。

 

次男が去年、日本橋蛎殻町、水天宮の近くに引っ越しした。そこで男女7人でハウスシェアをしているらしい。そして今回、父兄参観日をしたいということで、両親も含めて一堂に会したということ。

 

人形町界隈はテレビ「新参者」の舞台で大体のイメージがあり、そこの一軒家ならビルの谷間に押し込むように作られたペンシルハウスのようなものと予想していたら、まさにそのとおりだった。随分オシャレでシブい外観だ。中は4階+ベランダ・バルコニー。

 

見る前は、7つの個室+共有スペースで、どんだけ広い家なんだろうと想像できなかったが、実際は極小な空間をうまくアレンジした家だった。ただ、プライバシーはどうなってるの? という単純素朴なギモンが浮かび、それは最後まで解決されなかった。

 

で、八畳ほどのリビングに二〇名近くが座り、リーダーが進行役になって、自己紹介・他己紹介などを通して、相互理解が図られるようなプログラムが進められていった。その段取りや手際が際立って良いのは、なんと彼らがそういう自己啓発のセミナーを運営するベンチャー企業を立ち上げていたからだとわかって、驚いた。

http://goinggoinggoing-an.wixsite.com/workle

 

以下は、私が鈍い頭で理解しようとした、リーダーのM君と彼の仲間たちの発想である。ちなみに、同居の6人は別の会社や大学に籍を置きながら、M君の考えに共感し、共同生活の中で互いに自己啓発を行っているようだ。

・・・・・・・・

若者たちは、今の会社で働きながら、同時に様々な疑問や不安も抱えて生きている。「本当はもっと他に自分を活かす場所があるのではないか」とか、趣味と仕事を両立させたい、とか。

 

そういう問題意識を一人で抱えて悶々としていても、答えは出にくい。ならば、それをサークルの中で他の人に語り、また、他の人の問題を直接聞くことで、自分の問題が次第に明確になっていき、さらに、起業した先輩たちの話を聞いたり、ワークショップに参加したりして、起業するか、あるいは今の仕事の中で意識改革をするとか、ともかくも新たな出発に結びつける。ワークについて考えるサークル=「ワークル」。

 

そこのサポートをする会社であり、そのために、日本橋のシェアハウスと北鎌倉駅徒歩3分の古民家を、拠点にしている。そこに様々な人が出入りして、コミュニティーがどんどん広がっている、という感じに私は理解した。

 

需要は絶対に、無限にある。私が若者であった時代から「新人類」、「モラトリアム症候群」、「シンデレラ症候群」はあったし、今はそれがさらに進んでいる。多くの若者が、こんな場を求めている。

 

しかも、会社として若者たちの目覚めをサポートする活動の中で、自分自身がどんどん覚醒していく。自分の成長を実感できる。私の息子のように、他社に在籍していながら協力している人間にも、確かな充実感を与えられる。

 

「学ぶ」の斬新なスタイルであり、また、ラディカルなモデルの提出だと思う。そしてまた、「共生」とか、「友だち」という古風な問題への、新しいアプローチでもあろう。ため息が出るほど羨ましい。

 

「サークル」と言うと、何か軽くてチャラいイメージだが、私たちは一人ひとり、自分を取り巻くサークルの中で生きていて、そのサークルがどれほど柔軟で多様であるかによって、人生の喜びも成功も決まってくるのではないか。

 

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土曜の父兄参観日に戻る。輪になって自己紹介、3人ずつでインタビューの後の他己紹介。アラ還暦のジジババたちには、かなり酷な展開である。私も苦手だ。それでも実に楽しく参加できた。なぜか?

 

その理由を今考えてみると、若者たちの「聞きたい。汲み取りたい」という無言のメッセージのせいだと思う。それは、目上の人を慮った優しさではなく、相手が子どもだろうと外国人だろうと有名人だろうと田舎の爺だろうと関係なく、サークルの仲間として吸収し合いたいという姿勢だろう。

 

私たちは、親とか大人としてではなく、仲間として迎え入れられたのだ。なんという嬉しい歓待だろう。そのおかげで、普段なら容易に打ち解けることのできないオヤジ同士が、すぐに仲良くなってしまった。正直、自分にもまだ新しい友達をつくる感性が残っていることに、少し感動した。

 

うん?  ということは、普段したり顔で澄ましている中高年も、内実は「青い鳥症候群」であり、孤独で友だちに飢えている人間がほとんどなのではないか。いい年してるから体面があって、それを表現できないだけ。

 

ならば、中高年版「ワークル」があってもいいな。

 

若者たちの説明を聞いている時、私の頭のなかには、40年前に流行した「コミューン」のイメージが通り過ぎた。しかし、当時の彼らの発想は、狭く生硬で、他者と言葉に頼りすぎていた。それに比べて、今の彼らは、はるかに自由で柔軟だ。

 

息子の共同生活者たちを初めて見た印象は、「皆どこかよく似ている」というものだ。大変温厚で、起こったり熱り立ったりする場面が思い浮かばない。内面にある種の自信があるから、おどおどしていない。偏見や先入観なしに新しい人を受け入れようとする。思い切った行動も自然にできる。

 

ああ、我々の世代の教育が間違っていなかったという証拠だろうかと、嬉しくなった。

マスターができるまで 久々865

俺は急いで音楽室に入って行った。
ピアノを引いていた細川先生は驚いたような顔をして俺の方を見、
『どしたん』
と言った。
俺は息を弾ませて
『先生、』
というと
『今、自由曲を思いついたんです。』
と言った。
細川先生は
『アラ、何かしら?』
と身を乗り出した。
俺は
『それはですね』
と言うと
『今のボクにはこれしか無いんです。
これしか歌いたくないんです』
と前置きして、片耳を手で塞ぐ仕草をし、
『古いヤツだとお思いでしょうが
古いヤツほど新しいもんを欲しがるもんでございます』
と言い始めた。
それはこれから始る歌のセリフの部分だった。
最初、細川先生は俺が何を言っているのかわからないようだったが、わかった瞬間、あっけにとられた顔になった。
それは昨年の今頃大ヒットした、映画俳優が歌ったセリフ入りの演歌だったからだ。
童謡唱歌を推奨している細川先生からは最も懸け離れた歌だった。
それが証拠に、細川先生は俺がセリフを言い終わらないうちに
『ちょっと待ちなせぃ。』
と遮って来た。
細川先生はよほど驚いたのか
『はぁ、はぁ』
と、肩で息をしつつ。
『それは,アンタ、大人の歌う歌じゃぁないですか。
そんなもん、桃太郎の自由曲にやこうになるもんですか』
と、言い
『いいですか、自由曲というものはですねぇ』
と言って、にわかにピアノをじきはじめ
『夏が来れば思い出す
と歌い始めた。
やがて細川先生はあらん限りの声で
『遥かなオゼ〜』
と歌い上げ、
『遠い空』
と締めくくった。
細川先生の声は体型ににあわず、細く澄み切っていた。
それは、さだめし、尾瀬の空はこんな感じなのだろうなぁという事を彷彿させるものだった。
しかし、それは何の感動も俺には齎さなかった。
何故ならこんな歌が歌いたいわけではなかったからだ。
俺は、細川先生をやり込めるように
『何から何まで真っ暗ぁぁ闇よ
スジの通らぬ事ばかり
右をむいても
左を見ても
バカとアホウの絡み合い
どこに男の意地がある』
と敢えて大きな声で歌った。
俺が歌い終わった瞬間、突然、ガンという音が耳元で起こった。
それは怒りに燃えた細川先生があらん限りの力でピアノの鍵盤を叩いた音だった。
俺は昨日の椅子に引き続き、今日はピアの本体まで壊れてしまうのではないかと心配になって来た。
しかし、細川先生は、俺の心配をよそに、満面に朱を注いだ仁王のような顔になると
『人をバカにするのも大概にしなさい』
と言った。

エナガ コゲラ ヒヨドリ アトリ


暖かな一日 エナガ


コゲラ


ヒヨドリ


コゲラ


アトリ

読んでひとこと 第889  その1

表紙: まさに「山笑う」ですね。この季節だけの、白く霞んだような山々。芽吹きの色なんだね。色合いの美しさは、3週連続。新しい境地を発見しつつあるのか!!  ともかく素敵です。



日本画山脈 再生と革新〜逆襲の最前線: 学芸員がハッタリの利くタイプと見た。これは、県北ドライブがてらみにいきたい。



娘参加の3国協力事業: やや胡散臭いが、それゆえにこれからの展開がおもしろそうな組織ですね。本当に架け橋になってくれればよいが、相手が中韓だけに、期待は薄い。



お水取り: 寡聞にして知りませんでした。恥ずかしい。灯油の残量は、私も毎年気にかける。ところが、本当にある日突然不要になって、いつも余らせてしまう。実に難しい。服装もこのころ、セーターやコートから突然、TシャツでOKということになる。春は短い。



マスターができるまで ナツコの恋107: 急展開ですね。すると、シノハラ夫妻が揺すられていたネタは何なんだろう? きっと次回明らかになるだろう。ナツコは既に知っているのかもしれない。


今週の世の中: 北朝鮮のミサイル4発は本当に脅威だ。断末魔の足掻きで、とんでもない最後っ屁を喰らわないためには、どうすればいいのか。国内で革命を起こさせるのが一番だ。アメリカCIAが中南米の多くの国でやってきた十八番の戦術なのに、今まで使わなかったのは、自国の利益と結びつかないからだが、そろそろ限界だろう。日本国内の米軍基地が目標と宣告した以上、今年中にもやらかすんじゃないか。金正男暗殺も、そのための布石としてCIAがやったのかもしれない。

椿 梅 水仙 アトリ


成羽美術館のエントランス石段横にある椿


その隣の梅

我が家の水仙


アトリの群れ 

アカハラ 枯れ葉を動かす音の犯人


画像にできなかった・・・ヤイロチョウ!
コメントどうも。
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