コロナウイルスは、まさに世界的疫病と化して、実際の感染の恐怖もこの岡山にまで迫ってきたが、それをきっかけとして、世界中の人間の「秘めた差別意識」も、一気に拡散しているようだ。まず中国国内で、武漢からの人の侵入を暴力的に防いでいる集落が報道された。一千万都市から拡散する人々を、どう取り締まっているのだろう。私が周辺地方の行政官だったら、どうやって食い止める? やっぱり、「武漢」と聞いただけで激しい拒否反応を示すだろう。私は差別者だ。

日本にいる私にとって、今、中国人は恐怖の対象だ。もともと児島の繊維会社の労働者として、たくさんの中国人女性を身近に見ていて、その人達は大丈夫だと理屈ではわかっているが、それでもあまり接触したくはない。コンビニですれ違うときは息を止める、なんてことは流石にしないが、どうだろう、2割の日本人は露骨に避けるんじゃないか。

一方、世界中の白人や黒人は、黄色人種と見ただけで、中国人だろうが日本人だろうが、見境なしに排斥しようとしている。実際に顔で区別できないだけでなく、もっと根本的に黄色人種に対する歴史的な蔑視の姿勢が、コロナという小さな一穴からシャワーのように噴出しているのだろう。

正直に言う。白人、とりわけ東欧北欧人に比べて、顔も体格も明らかに劣っていることを、国際的なスポーツ大会などで、今更ながら感じる。黒人のパワーへの畏怖はあるが、それもかなり偏見のバイアスがかかっているだろう。50年くらい前、街で初めて黒人を見たときには、その肌の黒さに驚いた記憶がある。が、黒人を動物と同じレベルに蔑む白人よりは、私達日本人は、黒人を劣った醜い存在とは、感じていないと思う。奴隷の歴史をほぼ知らないからだ。

何を言いたいのかというと、身体的に白人が黄色人種をバカにする理由は、明らかにある、ということだ。それに加えて、かつて植民地として君臨した歴史もある。小学校の同じクラスに、戦前は我が家の小作を細々とやっていた家のモヤシのように華奢で平面顔の生徒がいれば、平等のような態度をとっていても、内心ではマウントを取って小馬鹿にするだろう。

東の海から突然やってきて、住民を殺したり追いやったりしながら、ついに西海岸まで蹂躙して自国の領土にした歴史をフロンティア・スピリットと称して、原罪を隠蔽するアメリカ人と同じように、シリアやトルコの難民を「人道上の見地」から受け入れて、いまや深刻な矛盾と不安を醸しているドイツなどのEU諸国にしても、白人の圧倒的な自尊心と、その裏返しとしての賤民である有色人種への潜在的恐怖が、空前絶後の疫病の恐怖の中で、「自由と平等」という建前を突き破って、マグマのように噴出している。

もう一度言うが、コロナウイルスの感染の危険は、私自身をかんたんに、差別者に変えてしまう。それほど歴史上類を見ない危険性を抱えていると同時に、差別の根源は恐ろしく深いものだと、あらためて感じている。